↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界に転生しちゃったので刑事になってみた  作者: 羽越世雌
第3章:正義の墓標
PR
14/27

第14話:結晶の関門

1.脱出の泥濘(ぬかるみ)


「――退路を塞がれるぞ、走れ!」


ツヨシの怒号が、地下倉庫に響く黒曜騎士団の魔導銃の爆音にかき消されそうになる。

アルフレッドの展開した『大型魔導障壁』が、極彩色の光弾の直撃を受けて激しい金属音のような悲鳴を上げていた。衝撃のたびに、地下倉庫の天井から煤けたコンクリートの破片が雨のように降り注ぐ。


「クラウス、その帳簿を絶対に離すなよ!」

「言われなくとも……! 私は法の証拠を犬に渡すほど落ちぶれてはいない!」


クラウスは乱れた眼鏡を片手で押さえ、ハイドラの国家予算フローが記された帳簿を胸元に抱え込みながら、階段とは反対方向の「非常用魔導排気ダクト」へと滑り込んだ。

アルフレッドが障壁を維持したまま、じりじりと後退する。


「ツヨシ、障壁が保ちません! あと一撃で崩壊します!」

「だったら、こいつをくれてやる!」


ツヨシは近くにあった錆びついた鋳造用の巨大な鉄製鋳型を、警察仕込みの踏み込みで全力で蹴り倒した。数トンの重量を持つ鉄塊が、轟音を立てて階段の登り口へと倒れ込み、神聖騎士団の追撃経路を完全に物理遮断する。


「今だ、飛べ!」


ツヨシはアルフレッドの襟元を掴むようにしてダクトへと放り込み、自らも頭から滑り込んだ。直後、ダクトの背後で、障壁の瓦解を告げる凄まじい爆発音が響き、熱風が彼らの背中を激しく押し出した。


三人が這い出たのは、王都の地下を複雑に流れる暗黒の地下水道だった。

胸まで浸かる泥水。鼻を突く生活排水の臭気と、魔導残渣の不気味な青い光。

堂場瞬一の描く、極限の逃亡劇。

全身を冷たい泥水に濡らしながら、彼らは息を殺して這いずり回った。


「ハルデンベルク課長……、公式の指名手配が回るまで、あとどのくらいありますか」

アルフレッドが、凍える身体を震わせながら、暗闇の中で囁く。


「法務省の正規手続きを踏むなら、真木の署名から布告まで約三時間。だが、彼は超法規的に動いている。王都の各門(ゲート)には、すでに私たちの人相書きが送られていると見ていい」

クラウスは、泥水のついた法衣の汚れを気にする様子もなく、冷徹に答えた。


「つまり、俺たちは王都から出ることも、公式のホテルに泊まることもできねえ『テロリスト』になったわけだ」

ツヨシは、泥水で完全に機能しなくなった煙草の箱を握りつぶし、壁に投げつけた。


「だがな、お坊ちゃんたち。ホシが身内の全戦力を使って俺たちを消しに来るってことは、それだけあの『極秘帳簿』が本物で、真木の喉元にナイフが刺さってるって証拠だ。……ここで立ち止まってりゃ、ただの負け犬だ。反撃のヤマ(捜査)を始めるぞ」


2.反撃の「関門」


王都の西端、廃業した製材所の片隅。

雨漏りの音がトタン屋根を叩く不快なリズムの中、三人は地図を囲んでいた。

クラウスが持ち出した法務省の監査データ。そこには、真木が支配するハイドラ密造システムの「最大の弱点」が記されていた。


「ハイドラの製造理論は、使用者の精神負荷と魔導濃度に基づいている」

クラウスが、汚れた指先で地図の一点を指した。


「数式 E = κ・D²/1 + γ・M における濃度Dを極限まで高めるには、王都の外部から極秘裏に持ち込まれる『高純度魔導結晶』が必要不可欠だ。この結晶は、真木の直属である法務省・特別輸送部隊が、治安維持の『重要物資』と偽って、北門の検問所――結晶の関門を定期的に通過させている」


「それを、叩くわけですね」

アルフレッドの目が、鋭く輝く。


「そうだ。関門を通過した直後、王都の市街地に入る手前の『ウル街の裏街道』。ここなら、神聖騎士団の哨戒ルートからも外れている。ハイドラの原材料を現行犯で押収すれば、真木がいくら司法のトップであろうと、言い逃れはできない。……何より、彼が直属部下と連絡を取るための『通信魔導結晶』を奪うことができる」


「真木の『連絡網』か」

ツヨシの口元に、不敵な笑みが浮かんだ。

「そいつを奪えば、真木の次の出方がすべて事前に筒抜けになる。……よし、アル、クラウス。夜雨の強襲(おそい)を仕掛けるぞ。お上から『テロリスト』って名誉な肩書きをいただいたんだ。その名に恥じない、泥臭い伏撃を見せてやるよ」


3.夜雨の待ち伏せ(ステークアウト)


ザーザーと、容赦ない夜雨が、ウル街の裏街道を黒く濡らしていた。

街道の両脇に茂る不気味な街路樹の影。ツヨシは冷たい地面に腹這いになり、すり減ったブーツの底に染みる泥水の冷たさに耐えながら、街道の奥を凝視していた。


肉体を極限まで酷使する、堂場瞬一風のストイックな待ち伏せ。

指先の感覚は、冷雨のためにとっくに消失していた。アルフレッドはツヨシの隣で、自らの魔力を極限まで抑え込み、周囲の魔導センサーを欺くための『隠蔽結界』を静かに維持している。


「ツヨシ、来ました」

アルフレッドの微かな囁き。


街道の奥から、二頭立ての頑丈な鉄張り馬車が、雨の音に混じって不気味な地鳴りを立てて近づいてきた。

馬車の周囲には、漆黒の雨合羽を羽織った、法務省直轄の特別護衛兵が四名。いずれも、抜身の魔導槍を構えた精鋭たちだった。


「仕掛けるぞ。アル、俺が合図したら、馬車の前脚を狙って『重力(グラビティ)』を叩き込め。馬を殺すなよ、車輪を壊すんだ」

「了解です」


馬車が、ツヨシたちの伏撃ポイントに差し掛かった、その瞬間だった。


「――今だ、やれ!」


ツヨシの咆哮とともに、アルフレッドが全力の重力魔法を解放した。

ズドン! と、馬車の前方数メートルの泥土が、目に見えない巨大な足で踏み潰されたように急激に陥没する。

「な、何だ! 敵襲――」


御者が叫び、馬たちが激しくいななきながら急停止しようとした。だが、その慣性運動を、ツヨシの「物理的戦術」が容赦なく破壊する。

ツヨシは事前に街道の泥の中に仕込んでおいた、極太の鉄製鋳造パイプを、馬車の前輪のスポークに向けて全力で突き刺した。


ガギィィィン!


凄まじい金属の破壊音が雨の夜に響き渡る。

車輪が粉砕され、バランスを失った数トンの鉄張り馬車が、激しい地響きを立てて泥濘の上を滑り、横転した。


4.現行犯制圧


「貴様ら、何者だ! 国家治安部隊に対する反逆行為だぞ!」

泥まみれになりながら立ち上がった護衛兵のリーダーが、魔導槍の先を光らせる。


「反逆? 違うな、お坊ちゃん」


煙幕のように立ち込める泥水の中から、ツヨシの狂犬のような瞳が浮かび上がった。

「俺たちは、警備隊の特別捜査係だ。……魔導ドラッグ『ハイドラ』の原材料・不正輸送の容疑で、お前らを現行犯逮捕する!」


「平民のゴミが、死ね!」


護衛兵が鋭い突きを放つ。極限の魔導エネルギーを纏った槍の穂先が、ツヨシの胸元を狙って閃いた。

だが、ツヨシは一歩も引かなかった。

前世で、ヤクザの日本刀やドスを相手に何度も素手で立ち向かってきた、日本の警察「逮捕術」の極意。


ツヨシは槍の軌道をミリ単位で見切り、上体を右に捻りながら相手の懐へと滑り込んだ。

すかさず、左手で相手の魔導槍の柄を強く固定し、同時に右手の掌底を護衛兵の鎧の隙間――剥き出しの喉元へ向けて容赦なく叩き込む。


ゴッ、という鈍い音が響き、護衛兵が呼吸を失って膝をつく。

ツヨシはその腕を背後へと捻り上げ、冷たい手錠(ワッパ)をガチャン、と力強くハメた。


「一人目!」


「ツヨシ、右です!」

アルフレッドが、背後から襲いかかろうとした二人目の護衛兵に向けて、水属性の『激流(アクア・プレッシャー)』を放ち、その視界と足場を完全に奪う。

ツヨシは倒れた一人目を踏み台にするようにして跳び、目潰しを食らった二人目の首根っこを掴んで、冷たい泥の中に全力で叩きつけた。関節を極める鈍い音が再び響く。


クラウスもまた、自らの白金魔導杖から氷の弾丸を放ち、残る二人の護衛兵の足を石畳ごと氷結させ、完全にその戦闘能力を奪っていた。


わずか数十秒。

真木直属の特別輸送部隊は、魔法を駆使する間もなく、ツヨシの「物理的伏撃」と、三人の息の合った連携によって、文字通り泥の中に叩き伏せられた。


5.真木の耳(ミッシングリンク)


雨が、横転した馬車を冷たく叩き続けていた。

ツヨシは馬車の後部扉を警棒で叩き壊し、中から木箱を引きずり出した。

厳重な封印魔法が施された蓋を、クラウスが手際よくハッキングして解除する。


パカリ、と開いた木箱の中から、仄青く、妖しい光を放つ、巨大な『高純度魔導結晶』が数十個、姿を現した。


「……間違いない。これほどの純度は、王宮の極秘鉱山でしか採掘できないものだ。真木は、国費を使ってこの結晶を買い占め、ハイドラの製造プラントへと流していた。……これで、彼の不正は物理的にも完全に証明された」

クラウスが、眼鏡を拭いながら、その青い瞳に勝利の光を宿した。


ツヨシは、泥まみれになって失神している護衛兵のリーダーの懐から、小さな、不気味な黒い魔導結晶を引っ張り上げた。

九頭の蛇の刻印が施された、真木直属の部下だけが持つ「通信魔導結晶」だった。


「……これだ」

ツヨシは結晶を指先で弄り、不敵にニヤリと笑った。


「真木の『耳』を、ハメてやったぞ。……マサキ。お前がどれだけ偉い役職の服を着て、王宮の奥で綺麗な命令を出していようが関係ねえ。お前の描く『次の絵図(システム)』は、全部この俺が、この泥靴で踏み潰してやる」


冷たい夜雨の中、ツヨシの胸の奥で、前世から続く執念の炎が、かつてないほど激しく燃え上がっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。