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異世界に転生しちゃったので刑事になってみた  作者: 羽越世雌
第3章:正義の墓標
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第13話:地下の誓いと司法の罠

1.非公式の「帳場」


王都グラナダの西街区、放置された魔導具鋳造所の地下倉庫。

薄暗い空間に、数個の魔導発光器が白い光を投げかけていた。埃っぽい空気の中に、即席で持ち込まれた木製デスクと、壁一面に貼り出された羊皮紙の捜査資料が浮かび上がる。


日本の警察で言うところの「帳場(捜査本部)」――ただし、王宮の許可を一切得ていない、法執行官たちの無法な秘密基地だった。


「バルドー・ファミリーの資金洗浄ルート、および新型ハイドラの製造プラントの候補地だ」


クラウス・フォン・ハルデンベルク警視正が、仕立ての良い漆黒の外套の袖をまくり、壁の地図に何本もの赤いインクで線を引いていく。彼の表情は徹夜の疲労を感じさせず、むしろ獲物を狙う鷹のように研ぎ澄まされていた。


「私の権限で、王宮法務省の内部監査ログを極秘裏にハッキングした。そこから浮かび上がったのは、ハイドラの原料となる結晶の購入費用が、すべて『国家治安維持費』の名目で偽装され、真木・フォン・バルドーの直属の口座からマフィアへ流れているという事実だ」


「つまり、ヤクザの軍資金を、国が合法的に調達してたってわけか」


ツヨシは即席の椅子に深く腰掛け、すり減った革靴のつま先を見つめながら低く呟いた。その目は、かつて警視庁組織犯罪対策課で数々の広域暴力団を壊滅させてきた「鬼デカ」の、冷徹な光を宿している。


「前世でもそうだった。九頭竜会は、警察上層部の不祥事を握ることで、自分たちの密売ルートを守らせていた。真木はあの時、その歪んだ構造を一番近くで見ていた男だ。……まさか、この異世界で自分がその『構造そのもの』になるとはな」


ツヨシの胸の奥で、かつて命を懸けて守り、「生きろ」と願った相棒への、怒りと哀しみが複雑に渦巻いていた。真木はなぜ、正義を捨てて闇に落ちたのか。その「Why(動機)」を突き止めることこそが、この事件の核心だった。


「ツヨシさん、クラウス課長」

入り口の警戒に当たっていたアルフレッドが、息を弾ませて地下へ降りてきた。その手には、王宮の公式な捜査差押令状の写しが握られていた。


「動きがありました。魔導組織犯罪対策課が公式に動く前に、法務省の直属部隊――真木の『私兵』たちが、カジノの地下現場の全資料を強制収収(接収)し、関係者をすべて王宮地下の特別監獄へと移送し始めました。……私たちの動きが、完全に読まれています」


2.司法の罠(ブロック)


「チッ……、耳が早いな。さすがはキャリア様だ」

ツヨシが立ち上がる。


「当然だ。真木・フォン・バルドーは司法の頂点にいる。私が非公式に動いていることなど、彼にとっては想定の範囲内だろう」

クラウスが冷静に眼鏡のブリッジを押し上げた。


「だが、泳がされているわけにはいかない。瀬戸川が遺したあの極秘帳簿の現物は、この帳場にある。真木が次に狙ってくるのは、この証拠の隠滅と、私たちの『社会的な抹殺』だ」


その言葉が現実となるのは、あまりにも早かった。

鋳造所の地上階から、重いブーツの足音と、金属鎧が擦れ合う不穏な音が響いてきた。それも、数人ではない。一個小隊規模の軍勢が、この建物を完全に包囲していく気配だった。


「結界が張られるぞ!」

アルフレッドが叫ぶと同時に、地下倉庫の天井に、禍々しい紫色の魔導障壁の模様が浮かび上がった。外部への通信、および空間転移魔法を完全に遮断する、国家規模の「捕縛結界」だった。


階段からゆっくりと降りてきたのは、神聖騎士団の最精鋭「黒曜騎士団」の鎧をまとった男たち。そして、その中央から、一人の若い男が姿を現した。


仕立ての良い白銀の法衣、冷徹に整えられた髪、そして細いフレームの眼鏡の奥から覗く、凍てつくような知的な瞳。


「――久しいな、剛さん。いや、今は『ツヨシ係長』と呼ぶべきですか」


その男が、流暢な「日本語」で静かに微笑んだ。

ツヨシの全身の血が、一瞬で沸点に達する。前世の記憶が、あの雨の夜の銃声とともに、目の前の男の姿へと完全にオーバーラップした。


「マサキ……!」


真木・フォン・バルドー。

かつてツヨシが命を懸けて生かしたはずの、警視庁の相棒が、今、異世界の絶対的な権力者としてそこに立っていた。


3.言葉の銃撃戦


「不法侵入に、国家機密の不正窃盗。ハルデンベルク警視正、君ほどの優秀なキャリアが、こんなドブネズミのようなノンキャリの真似事をするとは、失望したよ」


真木はクラウスに視線を向け、冷淡に言い放った。その声には、一切の動揺も、かつてツヨシに見せていた気弱さも微塵もなかった。


「真木副大臣」

クラウスが一歩前へ出る。彼の身体からも、青い魔導のプレッシャーが立ち上る。

「私は法に従って行動している。ハイドラを用いた国家転覆、および薬物密売の容疑で、バルドー・ファミリーを内偵中だ。この帳簿にあるあなたのサインについて、釈明を求めたい」


「釈明? 必要ないね」

真木は小さく首を振った。

「その帳簿は、私の名前を騙ったマフィアの偽造品だ。法廷で何の証拠能力もない。それよりも、君たちが許可なく王宮のシステムに侵入し、データを盗み出した事実の方が、遥かに重い罪だ。……君たちはここで『不審な魔導テロ組織』として処理される」


「相変わらず、奇麗な理屈で人をハメるのが上手ぇな、マサキ」


ツヨシが、一歩、また一歩と真木に向かって歩み出た。アルフレッドがすかさずツヨシの斜め後ろに位置取り、いつでも魔導盾を展開できるよう身構える。


「前世でもそうだった。九頭竜会の情報を俺に流して、手柄を立てさせ、いざとなったら俺を身代わりにして組織の幹部へとのし上がった。あの雨の夜、俺が飛び出さなきゃ、お前がヤクザの弾丸を食らうはずだった。……俺はお前を生かすために死んだんだぞ、マサキ!」


ツヨシの怒号が、地下倉庫の壁に反響した。

しかし、真木はその眼鏡の奥の瞳を僅かに細めただけで、表情一つ変えなかった。


「……だから、感謝していると言ったはずだ、剛さん」

真木の声が、さらに冷たく沈む。

「あんたが身代わりになってくれたおかげで、僕は生き残り、警視庁の頂点へと上り詰める切符を手に入れた。だが、その直後に僕も事故で死んだ。……そして、この世界に転生したんだ」


真木は自らの白い手を広げ、周囲の紫色の結界を見上げた。

「この世界に来て、僕は理解したよ。前世の日本も、この異世界グラナダも、本質は何も変わらない。持てる者が、持たざる者を支配する格差社会だ。前世ではそれが『金と血統』であり、この世界では『魔力の量』だ。……魔力を持たない下層街の人間は、貴族の踏み台にされて使い捨てられる。あんたたちの守ろうとしている『法』は、その格差を維持するための道具に過ぎないんだよ!」


「だからハイドラをばら撒いて、王宮の連中を薬漬けにしたってのか!?」

ツヨシが吠える。


「そうだ。絶対的な魔力を持つ支配層の脳を、ハイドラでオーバークロックさせ、依存させる。そうして僕が司法と薬物のすべてを握れば、この歪んだ国のシステムを、根底から『再構築』できる。……僕は、前世であんたが成し遂げられなかった『真の正義』を、この世界で完成させるつもりだ。あんたの死を、無駄にはしない」


東野圭吾作品に漂う、歪んだ、しかし狂おしいほどの独自の正義。真木にとって、ハイドラ密売は私欲のためではなく、世界を裏から支配し再構築するための「手段」だったのだ。


4.開戦の銃声


「自分の狂気を正義と呼ぶな、マサキ。……お前はただの、麻薬(ハイドラ)の売人だ」


ツヨシは静かに、しかし明確に、真木を「ホシ(犯人)」として定義した。

その言葉に、真木の笑みが完全に消えた。


「話は終わりだ。……やれ」


真木が短く命じると同時に、黒曜騎士団の魔導銃が一斉にツヨシたちへ向けられた。極彩色の魔導弾が、狭い地下倉庫の空気を切り裂いて飛び交う。


「ツヨシさん、伏せて!」

アルフレッドが叫び、全魔力を込めた『大型魔導障壁』を展開。激しい着弾音が地下に轟き、火花が四散した。


「クラウス、証拠を死守しろ! ここは俺たちが食い止める!」

ツヨシはすり減った革靴で石畳を強く蹴り、硝煙の渦巻く中へと飛び出した。


日本の警察逮捕術と、異世界の魔導盾が、司法の頂点に君臨する宿敵の軍勢と激突する。

ツヨシシリーズ第7弾『正義の墓標』。前世の絆を切り裂く、本当の闘いが、今ここに幕を開けた。

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