第九十八話 シアが言った「これで本当に繋がった」
第九十八話 シアが言った「これで本当に繋がった」
前話までのあらすじ
田中が一人で図書室で過ごした夜。
「ここにいて良かった」と思った。迷わずに思えた。
「今夜、図書室で落ち着いた。ここにいて良かった、と思った」とメモに書いた。
シアが来た。
今回は、月次情報交換のためではなかった。
田中に会いに来た、という手紙が先に来ていた。
『田中、余は近々またそちらに行く。仕事の話ではない。ただ、会いに行く。それだけだ』
田中はその手紙を読んで、少し考えた。
シアが仕事の話ではなく来る。
初めてのことだった。
これまで、シアが来るときは、いつも月次情報交換か、何か話し合いがあるときだった。
「レオン、シアさんが来ます。今回は仕事の話ではないそうです」
「そうですか。どう対応しますか」
「どう、というのは」
「会議室を用意しますか」
「要らないです。食堂で、スープを飲みながら話しましょう」
「わかりました」
シアが来たのは、午後だった。
城門で田中が出迎えた。
「来てくれましたか」
「来た」
「ありがとうございます」
「仕事の話ではないと書いた」
「書いていましたね」
「余は、仕事の話ではない話をしに来るのが、今日が初めてかもしれない」
「そうかもしれません」
「変な感じがするな」
「そうですか」
「ただ、来たかった。それだけだ」
「来てくれて、良かったです」
「スープを出してくれるか」
「出します。食堂に行きましょう」
食堂に入った。
スープが出てきた。
二人で飲んだ。
しばらく、何も言わなかった。
シアが先に口を開いた。
「田中、調印式から何週間経った」
「三週間ほどです」
「そうか。三週間で、色々と動いたな」
「そうですね」
「ガルドが貴族をまとめた。グレイドが若い幹部に経験を伝え始めた。ランセルが人を送る準備をした。ロイドと余が手順書を作った。レオンが情報共有の窓口になった」
「全員が動いてくれました」
「そうだ。ただ、今日、余が言いに来たのはそのことではない」
「何を言いに来ましたか」
「田中が先週、図書室にいたと聞いた」
「アレンから聞きましたか」
「レオンから聞いた。図書室で一人で落ち着いていた、と」
「そうですね」
「余は、それを聞いて、思ったことがある」
「なんですか」
「田中が落ち着いている、というのは、田中がこの世界に根を張っている、ということではないかと」
「根を張っている、ですか」
「そうだ。来たばかりの頃、田中は落ち着かなかっただろう」
「そうですね。やることが次々来て、動き続けていました」
「今は違う」
「そうですね」
「一人で図書室で本を読んで、落ち着ける。それは、この城が田中の場所になっているということではないか」
「そうかもしれません」
「田中は、この城に根を張った」
「そうかもしれません」
「それを言いに来た」
「それだけのために来てくれたんですか」
「それだけだ。問題があるか」
「問題ないです。ありがたいです」
「受け取れたか」
「受け取りました」
「良かった」
シアはスープを一口飲んだ。
「田中、もう一点だけ言っていいか」
「どうぞ」
「余は、田中が来てから、この城が好きになった」
「そうですか」
「最初は、田中がいるこの城が好きだった。今は、田中がいなくても、この城が好きだ」
「どう変わったんですか」
「最初は、田中という人間を通じて見ていた。田中がいるから、この城が良く見えた。今は、この城自体が好きだ」
「この城が変わったんですか」
「変わった。田中が来てから、変わった」
「皆さんが変えたんです」
「どちらも本当だ」
「そうですね」
「田中、今日、余がここに来て、思ったことがある」
「なんですか」
「これで本当に繋がった、と思った」
「本当に繋がった、ですか」
「そうだ。停戦が成立したとき、繋がった気がした。月次情報交換を始めたとき、繋がった気がした。三国会談をしたとき、繋がった気がした。調印式をしたとき、繋がった気がした。ただ、どこかまだ、本当に繋がったとは思えなかった」
「今日、繋がったと思えたんですか」
「そうだ。今日、余がここに来て、スープを飲んで、田中と話した。仕事の話ではなく、ただ話した。それが、本当に繋がった感覚だ」
「仕事の話ではない話をしたから、ですか」
「そうだ。仕事の関係は、仕事がなくなれば終わる。仕事ではない話ができる関係は、仕事がなくなっても続く」
「そうですね」
「余と田中は、今日から、仕事ではない話もできる関係になった。それが、本当に繋がった、ということだ」
「そうですか」
「そうだ」
「シアさん、ありがとうございます」
「珍しくすぐ言えたな」
「今日は言えます」
「なぜだ」
「シアさんが、仕事ではない話をしに来てくれたからです。それが、田中にも、本当に繋がった感覚をくれました」
「そうか」
「そうです」
「どちらも本当だな」
「そうですね」
食堂でしばらく話した。
仕事の話ではなかった。
シアが魔王城の川の話をした。
「余は、川が好きだ」
「そうですね。以前から言っていましたね」
「流れているのに、同じ場所にいる。それが好きだ」
「そうですね」
「田中も川みたいだ、とずっと思っていた」
「そうですか」
「流れているのに、田中は田中だ。動き続けているのに、変わらない」
「王様も似たようなことを言っていました」
「王もそう思っているのか」
「スープみたいな人間だ、とおっしゃっていました」
「スープか。川より、スープの方が田中に近いかもしれない」
「どう違いますか」
「川は流れて、遠くに行く。スープは、その場にある。田中は、その場にある人間だ」
「その場にある、ですか」
「そうだ。田中が来た場所に、田中がいる。来た場所を、温かくする。スープのように」
「そうですか」
「ただ」
「ただ、何ですか」
「スープは、いつかなくなる。なくなったとき、その場が冷たくなる」
「そうですね」
「田中がいなくなっても、この城が冷たくならないといいと思っている」
「冷たくならないと思います」
「なぜだ」
「今まで作ってきた仕組みが、温かさを保ちます。レオンが、ガルドが、アレンが、ロイドが、動き続けます。田中がいなくなっても、温かさは続きます」
「そう思うか」
「そう思います」
「田中が確信を持って言うから、信じる」
「ありがとうございます」
「田中、いつかいなくなるのか」
「いつかはわかりません。ただ、今はここにいます」
「今は、か」
「そうです」
「今いることが、大事だな」
「そうですね」
「余も、今ここにいる。それが大事だ」
「そうですね」
「田中、余と今日話せて、良かった」
「私もです」
「シアさん、今日来てくれてありがとうございます」
「余が来たかったから来た。礼はいい」
「受け取らせてください」
「わかった。受け取れ」
「ありがとうございます」
夕方、シアが帰った。
田中は城門で見送った。
シアが馬に乗った。
「田中、また来る」
「来てください」
「今度は、川の話をしよう」
「しましょう」
「余の城の近くにも、川がある」
「そうですね」
「いつか、一緒に川を見よう」
「そうしましょう」
「約束か」
「約束です」
「スープの約束と、川の約束か」
「どちらも守ります」
「田中らしい約束の仕方だ」
「そうですか」
「当たり前のものを、約束にする」
「そうかもしれません」
「では、また」
「また」
「田中、これで本当に繋がった」
「そうですね」
「これからも、繋がり続ける」
「そうです」
「良かった」
シアは馬を進めた。
足音が遠ざかった。
田中はしばらく城門の前に立っていた。
これで本当に繋がった、とシアが言った。
田中もそう思った。
仕事の関係が、人の関係になった。
それが、本当に繋がった、ということだった。
田中はメモアプリを開いた。
一行書いた。
・シアが「これで本当に繋がった」と言った。仕事ではない話をしたから。それが本当の繋がりだ。
次回「第九十九話 田中が次の章の入り口に立つ(第四章完結)」へつづく




