第九十九話 田中が空を見た
第九十九話 田中が空を見た
前話までのあらすじ
シアが仕事の話ではなく会いに来た。
「これで本当に繋がった」とシアが言った。仕事の関係が、人の関係になった。
「シアが『これで本当に繋がった』と言った。仕事ではない話をしたから。それが本当の繋がりだ」とメモに書いた。
同盟が成立してから、一ヶ月が経った。
田中は朝、メモアプリを開いた。
やることリストを確認した。
以前より、少なかった。
少なくなった分、全員が担っていた。
田中はリストを見た。
今日のやることは、三点だった。
レオンの月次情報交換の確認。ガルドとの貴族対応の報告。ランセルから来る若い人間の受け入れ準備の最終確認。
三点だけだった。
田中は少し考えた。
三点が終わった後、どうするか。
まだ、やることがある。
ただ、以前と違う種類のやることだった。
以前は、問題に対処するやることだった。
今は、次に向けて積み上げるやることだった。
田中はメモを閉じた。
窓を開けた。
午前中、三点のやることを終えた。
レオンの月次情報交換の確認は、問題なかった。
「問題ないですね」と田中が言った。
「はい。全部、私がやりました」とレオンが言った。
「そうですね。田中が確認しなくても、問題なかったですね」
「そうかもしれません」
「来月から、田中は確認しません」
「確認しないんですか」
「レオンが担当しています。田中が確認すると、レオンの仕事ではなくなります」
「なるほど」
「問題が起きたとき、田中に相談してください。問題がなければ、田中に報告しなくていいです」
「わかりました」
ガルドからの報告は、良いものだった。
「懸念が残っていた一名が、先日、余に連絡をしてきた」
「どんな連絡でしたか」
「同盟を支持する、という連絡だった。自分から連絡してきた。余から追いかけなかった」
「待っていたんですね」
「そうだ。田中がいつも言っていることだ。追いかけすぎると、逃げる。待てば、来る」
「来たんですね」
「来た。良かった」
ランセルからの準備確認は、カラからの手紙で来ていた。
「二名の出発が来月に決まったとのことです」とレオンが翻訳した。
「ネルという名前の若者が来るんですね」
「そうです。語学が得意で、山脈の調査も少し経験しているとのことです」
「アレンさんに巡回してもらいましょう」
「伝えます」
午後、田中は一人で中庭に出た。
空が晴れていた。
田中はしばらく、空を見た。
何も考えていなかった。
ただ、見ていた。
アレンが来た。
「タナカさん、何をしていますか」
「空を見ていました」
「やることがないんですか」
「午前中に全部終わりました」
「珍しいですね」
「そうですね」
「どんな気持ちですか」
「不思議な気持ちです。やることが終わっているのに、焦っていません」
「それは良いことですね」
「そうかもしれません」
「タナカさん、少し話していいですか」
「どうぞ」
「俺、ランセルから来るネルという人間に、何を伝えればいいか、考えていました」
「どんなことを考えていましたか」
「タナカさんがいつも言っていたことを、どう伝えれば良いか」
「どんなことを伝えたいですか」
「やることがある限り、動ける、ということを伝えたいです。あと、攻撃するより観察する方が、多くがわかる、ということも」
「そうですね」
「それを言葉で伝えるか、動きで見せるかで迷っています」
「どちらがいいと思いますか」
「動きで見せる方がいいと思います。ただ、タナカさんが見せてくれたように、俺がうまく見せられるかどうか」
「うまく見せなくていいです」
「えっ」
「うまく見せようとすると、作ったものになります。ただ動いているところを見せれば、伝わります」
「ただ動いているところを」
「そうです。アレンさんが村で普通に巡回しているところを見せれば、ネルには伝わります」
「普通に巡回していれば」
「そうです。田中がアレンさんに何かを伝えたとき、特別なことをしましたか」
「していないですね。一緒に動いていただけです」
「そうです。一緒に動けば、伝わります」
「なるほど」
「アレンさんにしかできない方法です」
「俺にしかできない」
「そうです」
「わかりました。普通に動きます」
「それで十分です」
「タナカさん、ありがとうございます」
「アレンさんが考えてくれたからです」
「どちらも本当だ」
「そうですね」
「この言い方、身についてきました」
「そうですね」
二人で少し笑った。
夕方。
王様が田中を呼んだ。
「田中、少し話せるか」
「はい」
「同盟が成立した。次は何だと思うか」
「外交です」
「外交か」
「三国同盟が成立しました。ただ、この世界には他の国もあります。三国同盟を、周辺の国々に知らせる必要があります。また、北の問題が完全に終わったわけではありません」
「外交が必要ということか」
「そうです。ただ、今回は田中だけが動くのではなく、三国が一緒に動きます」
「三国で外交をする」
「そうです。三国同盟が成立したことで、三国が一体として外交できるようになりました」
「それは、強い立場だな」
「そうです」
「田中、外交を動かすのは、余たちか」
「そうです。王様、魔王陛下、ミラ公王が中心になります。田中は段取りをします」
「余たちが中心か」
「そうです。田中が間に入ることは、少なくなっていきます」
「それが、田中が目指してきた形だな」
「そうです」
「田中、今日の余はお前に言いたいことがある」
「はい」
「今日は、受け取れ」
「何をですか」
「余の気持ちを」
「はい」
「田中、よくやった。本当に、よくやった」
「……ありがとうございます」
「珍しくすぐ言えたな」
「今日は、受け取る準備ができていました」
「そうか」
「はい」
「良かった」
王様は田中を見た。
「田中、これから外交が始まる。余たちが動く。田中は後ろで支える」
「そうです」
「やることは変わらないが、形が変わる」
「そうですね」
「田中が前に出なくても、余たちが動く。それが今の形だ」
「そうです」
「田中、余はお前が来てから、変わった。変わり続けている。お前がいなくなっても、変わり続けられると思っている」
「そうですね」
「それが、今日余が言いたかったことだ」
「受け取りました」
「良かった」
夜、田中は部屋でメモを整理した。
今日一日を振り返った。
やることが少なかった。
焦らなかった。
アレンと空を見た。
王様と話した。
同盟が成立した後の世界が、静かに動いていた。
田中は窓を開けた。
北の空を見た。
山脈が見えた。
光がなかった。
ただの山脈だった。
大きかった。
「OLA」と田中は言った。
小声で言った。
「同盟が成立しました。全員が動いています。向こうの様子は、どうですか」
返事はなかった。
当然だった。
ただ、言いたかった。
田中は窓を閉めた。
メモアプリを開いた。
最後の一行を書いた。
・今日、空を見た。焦らなかった。それが、積み上げの証拠かもしれない。
次回「第百話 同盟成立後、初めての月次情報交換」へつづく




