第九十六話 ランセルが動く。ミラ公王の手腕
第九十六話 ランセルが動く。ミラ公王の手腕
前話までのあらすじ
シアからグレイドの変化が報告された。グレイドが「方向が同じなら一枚岩」と発言し、若い幹部に経験を伝え始めた。
王様がアレンに経験を伝えることを考え始めた。
「田中の引き継ぎが、周りに伝わっていた。言葉ではなく、動きで伝わった。それが一番深い引き継ぎかもしれない」とメモに書いた。
カラから手紙が来た。
今回は、ミラ公王からの言葉も含まれていた。
レオンが翻訳した。
「タナカ、カラさんからです。ミラ公王の言葉も入っています」
「どんな内容ですか」
「まず、ランセルの若い人間を送る準備が進んでいるとのことです」
「具体的にはどんな準備ですか」
「候補者が二名決まったとのことです。一名はこの国へ、一名は魔王城へ送る予定です」
「二名、ですか」
「そうです。ミラ公王が選んだとのことです。カラさんが書いています。『ミラ公王は候補者の選定に、二週間かけた。ただ速く決めるのではなく、誰が適しているかを丁寧に考えた』と」
「二週間かけたんですね」
「そうです。ミラ公王らしいですね、とカラさんが書いています」
「そうですね。ミラ公王は話が早い方ですが、大事なことには時間をかけます」
「そうですね。候補者の条件が書いてあります。読みますか」
「読んでください」
「一、語学が得意であること。二、新しい環境に慣れるのが早い人間であること。三、ランセルに帰ってきたとき、周りに伝えられる人間であること。この三点とのことです」
「三点目が大事ですね」
「どうしてですか」
「ただ行って学んで帰ってくるのではなく、帰ってきたときに周りに伝えられる人間を選んでいます。ミラ公王は、一人のためではなく、ランセル全体のために選んでいます」
「そうですね」
「それがミラ公王の考え方です」
「田中が引き継ぎをしているのと、似ていますね」
「そうかもしれません」
「タナカが田中一人のためではなく、この城のために引き継ぎをしているように、ミラ公王もランセルのために選んでいる」
「そうですね」
手紙の後半に、ミラ公王の言葉が入っていた。
レオンが読んだ。
「ミラ公王からの言葉です。『田中殿、ランセルが動き始めた。これは田中殿のおかげではなく、余が動いたからだ』と書いてあります」
「ミラ公王が自分で言っているんですね」
「そうです。続きがあります。『ただし、田中殿がいなければ、余は動かなかった。どちらも本当だ』と」
「ミラ公王がこの言い方を使っているんですね」
「そうです。続いて、『この言い方、田中殿から覚えた。使えると思ったから、使っている。田中殿が覚えたことを言うと、田中殿はまた同じことを言うだろう。だから先に言っておく。どちらも本当だ』と書いてあります」
田中は少し笑った。
「ミラ公王に先を読まれましたね」
「そうですね」とレオンも笑った。
「続きがありますか」
「はい。『田中殿、若い人間を送る。この二人が、田中殿からも多くを学んでほしい。ただし、余から頼まなくても、田中殿は自然にそうするだろう。だから頼まない。ただ、知っておいてほしかった』と書いてあります」
「ミラ公王らしい言葉ですね」
「そうですね。頼まないけど、伝えておく、という」
「ミラ公王は、言葉が少ないですが、全部入っています」
「そうですね。最後にもう一文あります」
「なんですか」
「『スープの約束、忘れるな』と書いてあります」
「ミラ公王は、いつもそれを最後に入れますね」
「そうですね。大事なことですから」
「そうですね」
田中はミラへの返事を書いた。
今日中に書きたかった。
『ミラ公王、手紙をありがとうございます。ランセルが動き始めたと聞いて、良かったと思いました。候補者の条件を読みました。三点目が大事だと思います。帰ってきたとき周りに伝えられる人間を選ぶ。それが、ランセル全体を動かす方法です。ミラ公王が考えたことです』
書いてから、少し考えた。
ミラが「どちらも本当だ」を先に使ったので、田中が同じことを言う場面がなくなった。
田中は少し笑って、続けを書いた。
『先に言っておきます。ミラ公王がそう考えて動いたから、ランセルが動きました。どちらも本当だと言われましたが、ミラ公王が動いたことが一番です。田中がいなくても、ミラ公王は動いていたと思います』
最後にもう一文。
『スープの約束、忘れていません。ランセルに行くときは、必ず持っていきます』
封じた。
レオンに渡した。
「ミラ公王への返事ですね」
「そうです。今日中に出してください」
「わかりました。ただ、タナカ、一点だけ確認していいですか」
「はい」
「ミラ公王は田中に先を読まれないよう、先に言いましたね」
「そうですね」
「田中も、ミラ公王に先を読まれないよう、先に言いましたね」
「そうですね」
「二人が互いに先を読み合っています」
「そうかもしれません」
「それは、二人の関係が深まっているということですよね」
「そうかもしれません」
「良い関係ですね」
「そうですね」
翌日、ミラから返事が来た。
予想通り、早かった。
レオンが翻訳した。
「タナカ、ミラ公王からすぐ返事が来ました」
「どんな内容ですか」
「短い手紙です。二文だけです」
「読んでください」
「一文目。『田中殿、読んだ。受け取った』とのことです」
「受け取ってくれましたか」
「はい。二文目。『スープ、楽しみにしている』とのことです」
「それだけですか」
「それだけです」
「ミラ公王らしいですね」
「そうですね。短くて、全部入っています」
「そうですね」
「タナカ、ミラ公王との関係は、どんな関係だと思いますか」
「どういう意味ですか」
「王様とは、補佐官と王という関係です。シアさんとは、仕事仲間という関係です。ミラ公王とは、どんな関係ですか」
「互いに先を読み合う関係、でしょうか」
「もう少し普通の言い方はありますか」
「同じ方向を向いている人間、でしょうか」
「田中とミラ公王は、似ていますよね」
「どこが似ていますか」
「直接的で、話が早くて、大事なことに時間をかけます」
「そうかもしれません」
「だから、先を読み合えるんですね」
「そうかもしれません」
「良い関係ですね」
「そうですね」
その日の午後、アレンが田中のところに来た。
「タナカさん、ランセルから人が来るって本当ですか」
「本当です。二名来ます。一名がこの城に、一名が魔王城に行きます」
「この城に来るのは、どんな人ですか」
「まだ詳しくはわかりません。ただ、ミラ公王が選んだ人間です。語学が得意で、新しい環境に慣れるのが早くて、帰ったときに伝えられる人間です」
「それは、俺みたいな人間とは違いますね」
「どういう意味ですか」
「俺、最初は書類が全然書けませんでした。タナカさんが来たとき、何も整っていませんでした」
「そうでしたね」
「ランセルから来る人間は、最初から整っているんですね」
「そうかもしれません。ただ、アレンさんも今は整っています」
「今はそうですが、最初はそうじゃなかった」
「そうですね」
「タナカさんがいたから、整いました」
「アレンさんが整えたんです」
「また同じことを言う」
「事実なので」
「わかりました。ただ、一つだけ」
「はい」
「ランセルから来る人間が、この城に来たとき、俺にできることがありますか」
「ありますよ」
「なんですか」
「前線の様子を教えてあげてください。アレンさんが見てきたことを、伝えてあげてください」
「俺が教えるんですか」
「そうです。アレンさんが一番よく知っていることを、伝える。それがアレンさんにしかできないことです」
「そうか」
「アレンさんから学べることは、たくさんあります」
「俺から、ですか」
「そうです」
「タナカさんから田中を言われていたように、俺もそうなるんですね」
「そうかもしれません」
「それは、少し怖いですね」
「なぜですか」
「俺、そんなにうまく教えられるかどうか」
「教えなくていいです」
「教えなくていいんですか」
「アレンさんが動いているところを見せるだけで、伝わります。田中がアレンさんに伝えたのも、同じ方法でしたよ」
「動きを見せる」
「そうです。一緒に村を巡回すれば、全部伝わります」
「それなら、できます」
「できます。アレンさんにしかできない方法です」
「わかりました。一緒に巡回します」
「よろしくお願いします」
「タナカさん、ありがとうございます」
「アレンさんが動いてくれるからです」
「どちらも本当だ」
「そうですね」
「タナカさんの言い方、使えるようになってきました」
「そうですね」
「いつの間にか」
「そうかもしれません」
夜、田中はメモを整理した。
【本日の完了事項】
・カラからの報告:ランセルの若い人間の候補者が二名決まった。
・ミラ公王との手紙:田中とミラが互いに先を読み合った。
・アレンとの話:ランセルから来る人間に、巡回を見せることになった。
田中はリストを見た。
ランセルが動いていた。
ミラが動いていた。
アレンが動こうとしていた。
全員が、田中なしで動いていた。
田中は最後に一行書き足した。
・ランセルが動き始めた。ミラ公王が選んで、アレンが受け取る。繋がりが広がっている。
次回「第九十七話 田中が一人で図書室で過ごした夜」へつづく




