第九十五話 魔王城の幹部たちの反応
第九十五話 魔王城の幹部たちの反応
前話までのあらすじ
ガルドが貴族への個別説明を一人でやり遂げた。
ロイドとシアが軍の手順書を完成させた。十二パターン。
「今日、田中が直接やったことは少なかった。全員が動いていたからだ。それが今の形だ」とメモに書いた。
シアから手紙が来た。
今回は、いつもより長い手紙だった。
レオンが翻訳した。
「タナカ、シアさんから詳しい報告が来ました」
「どんな内容ですか」
「魔王城の幹部たちの反応が、予想より良かったとのことです」
「どう良かったですか」
「調印式の後、幹部会議が開かれました。グレイドが司会をしたとのことです」
「グレイドが司会をしたんですか」
「そうです。以前は、シアさんが会議を進めることが多かったとのことです。グレイドが自ら司会を申し出たのは、珍しいことだったとシアさんが書いています」
「グレイドが変わっていますね」
「そうです。グレイドが会議で言ったことが書いてあります。読みますか」
「読んでください」
「『余は長く、この城が一枚岩であることを求めてきた。ただ、一枚岩とは、全員が同じ意見を持つことではないと気づいた。全員が同じ方向を向くことだ。意見が違っても、方向が同じなら、一枚岩だ。今日から、余はその意味で城の一枚岩を目指す』とのことです」
田中はしばらく黙った。
「グレイドが、そう言ったんですか」
「はい。シアさんも、驚いたと書いています」
「そうですか」
「以前のグレイドは、全員が同じ意見を持つことを求めていたとのことです。反対意見を許さない雰囲気があったと」
「そうでしたね」
「それが変わった。意見が違っても、方向が同じなら一枚岩だ、という考え方になった」
「どこで変わったんでしょうか」
「田中と話したときだと思います、とシアさんが書いています」
「そうですか」
「田中がグレイドに、変えてはいけないものを守る役割と、変えるべきものを変える役割が同じ城の中にある、という話をしたとのことです。それが、グレイドの中で育ったのかもしれない、と」
「田中がそんな話をしましたね」
「はい。それがグレイドの言葉として出てきた」
「グレイドが考えたんです」
「また同じことを言う」
「事実なので」
「わかりました」
レオンは手紙を続けた。
「もう一点、シアさんが書いています」
「なんですか」
「グレイドが会議の後、若い幹部たちと個別に話したとのことです」
「若い幹部たちと、ですか」
「そうです。グレイドは古い人間ですが、今回は若い幹部たちに話しかけたとのことです。三十年の経験を、若い幹部たちに伝え始めたということです」
「三十年の経験を伝える、ですか」
「はい。シアさんが書いています。『田中がグレイドに、変えてはいけないものを守る役割があると言った。グレイドが、その役割を自分のものにした。そして、自分の経験を次に渡そうとし始めた』と」
「グレイドが引き継ぎを始めたんですね」
「そうかもしれません。田中が引き継ぎをしているのを見て、グレイドも同じことをしようとしているのかもしれません」
「グレイドが決めたことです」
「どちらも本当だ」
「そうですね」
田中はシアへの返事を書いた。
グレイドの変化について、シアに伝えたいことがあった。
『グレイドの変化を聞きました。グレイドが経験を次に渡そうとしていることは、とても良いことだと思います。グレイドの三十年は、この城にとって大事なものです。それが次に繋がれば、城が続きます。シアさんがグレイドとの関係を続けてくれたから、グレイドが変わりました。シアさんの積み上げが、今日に繋がっています』
書いてから、田中は少し考えた。
もう一文追加した。
『シアさん、ありがとうございます。田中がいない場所で、田中が伝えたかったことを続けてくれています』
封じた。
レオンに渡した。
「これ、シアさんへの返事ですね」とレオンが言った。
「そうです」
「今回は、田中からですか。私からではなく」
「シアさんへの個人的な返事は、田中から出したいです」
「わかりました」
「レオン、一つだけ」
「はい」
「情報共有の仕組みの窓口はレオンに引き継ぎました。ただ、こういう個人的な繋がりは、田中が直接続けます」
「わかりました」
「仕組みと繋がりは、別物です。仕組みはレオンが引き継ぎます。繋がりは、田中が続けます」
「区別するんですね」
「そうです。仕組みは、誰でも続けられます。繋がりは、その人間が続けるものです」
「なるほど」
「レオンにも、レオンの繋がりがあります。シアさんとの繋がり、ミラ公王との繋がり。それはレオンが続けてください」
「私の繋がりですか」
「そうです。レオンが手紙を書いて、シアさんがレオン宛てに返事を書くようになりました。それはもう、レオンとシアさんの繋がりです」
「そうですか」
「田中が作ったものではありません。レオンが作ったものです」
「……そうかもしれません」
「そうです。それを続けてください」
「わかりました」
「ありがとうございます」
「タナカ、今日は素直ですね」
「そうかもしれません」
「最近、素直になってきました」
「そうですか」
「少しずつ、変わっています」
「そうですね」
その日の夜、王様が田中のところに来た。
「田中、魔王城の様子を聞いた。グレイドが変わったと」
「そうです。シアさんから報告が来ました」
「グレイドが若い幹部たちに経験を伝え始めた、とのことだったな」
「そうです」
「田中、それを聞いて、どう思ったか」
「良かったと思いました」
「なぜだ」
「グレイドの三十年が、次に繋がります。城が続きます」
「そうだな。余の城でも、同じことが必要だ」
「そうですね」
「誰が、余の経験を次に受け取るかを考えた」
「どんなことを考えましたか」
「アレンかもしれない、と思った」
「アレンさんが、ですか」
「そうだ。アレンは現場を知っている。村の人間とも繋がっている。余が伝えたいことを、一番受け取れる人間かもしれない」
「アレンさんに伝えることを考えているんですね」
「まだ考えているだけだ。ただ、考え始めた」
「それは良いことですね」
「田中が引き継ぎをしているのを見て、余も考えるようになった」
「王様が考えたことです」
「どちらも本当だ」
「そうですね」
「田中、一つだけ」
「はい」
「余は、お前が来てから、たくさんのことを考えるようになった」
「そうですか」
「以前は、考えることを避けていた。難しいことは、誰かがやってくれると思っていた。今は、自分で考えるようになった」
「王様が変わったんです」
「どちらも本当だ」
「そうですね」
「田中、もう一つだけ」
「はい」
「アレンに話しかけるとき、余はどうすればいいか」
「難しく考えなくていいです」
「難しく考えるな、か」
「そうです。王様とアレンさんは、いつも一緒にいます。ただ話しかければいいです。特別な形は必要ありません」
「いつも通りに話しかければいいか」
「そうです。王様が感じていることを、いつも通りに話せば、アレンさんに伝わります」
「なるほど」
「アレンさんは、王様を見ています。いつも通りの王様が、何を大事にしているかを、アレンさんは知っています」
「そうか」
「知っているから、受け取れます」
「わかった。難しく考えずに、話しかけてみる」
「そうしてください」
「田中、ありがとう」
「王様が考えてくれたからです」
「どちらも本当だ」
「そうです」
夜、田中はメモを整理した。
【本日の完了事項】
・シアからの報告:グレイドが会議で「方向が同じなら一枚岩」と発言。若い幹部たちに経験を伝え始めた。
・シアへの返事:送付済み。
・王様との話:アレンに経験を伝えることを考え始めた。
田中はリストを見た。
グレイドが引き継ぎを始めた。
王様が引き継ぎを考え始めた。
田中が引き継ぎをしているのを見て、周りが同じことを始めていた。
言葉で教えたわけではなかった。
ただ、やっているのを見ていたら、始まっていた。
田中は最後に一行書き足した。
・田中の引き継ぎが、周りに伝わっていた。言葉ではなく、動きで伝わった。それが一番深い引き継ぎかもしれない。
次回「第九十六話 ランセルが動く。ミラ公王の手腕」へつづく




