第九十四話 ガルドが貴族たちをまとめる
第九十四話 ガルドが貴族たちをまとめる
前話までのあらすじ
各国の反応を把握した。三国とも静かに受け入れられていた。
「静かに始まる同盟が、長く続く。それが積み上げだ」とメモに書いた。
この国の一部の貴族に、軍事義務への懸念が残っていた。個別対応を続けることにした。
翌週。
ガルドから連絡が来た。
「田中、来週、貴族たちへの個別説明を余がやる」
「田中なしで、ですか」
「そうだ。田中と一緒にやると言っていたが、考えが変わった」
「どう変わりましたか」
「田中が一緒にいると、貴族たちは田中に頼る。田中に聞けばいい、と思う。それでは、田中がいなくなったとき、困る」
「そうですね」
「余一人でやれば、余に聞くようになる。余が窓口になる。それが、続く形だ」
「正しい判断だと思います」
「田中のやり方を、余がやる。月次報告書の内容を持って行って、現状と対処を伝える。それだけだ」
「準備は何が必要ですか」
「軍事義務についての説明資料を、田中に作ってほしい」
「作ります」
「一枚でいい。余が読んで説明できる形にしてくれ」
「わかりました」
「それだけで十分だ」
「かしこまりました」
「田中、一つだけ」
「はい」
「余が一人でやると言ったとき、止めると思っていた」
「止めませんよ」
「なぜだ」
「ガルド卿が一人でやれると思ったから、止めません」
「根拠はあるか」
「この一年間、ガルド卿が動いてきたのを見てきました。それが根拠です」
「それだけか」
「それだけで十分です」
「なるほど」
「ガルド卿、一つだけお願いがあります」
「なんだ」
「結果を教えてください。何がうまくいって、何がうまくいかなかったか」
「それは、田中への報告か」
「引き継ぎのためです。ガルド卿がやって気づいたことが、次に役立ちます」
「わかった。報告する」
「ありがとうございます」
田中は一枚の資料を作った。
軍事義務についての説明だった。
現在の同盟文書の該当条項。
攻撃的な軍事行動の義務はないという事実。
調整役は情報を集めて整理するだけという役割の説明。
全会一致の原則。
一枚にまとめた。
ガルドに渡した。
「これでいいか」
「ガルド卿がお読みになって、問題なければ使ってください」
ガルドが読んだ。
二回読んだ。
「問題ない。これで行く」
「ありがとうございます」
「田中、この資料の書き方は、お前のやり方だな」
「どういう意味ですか」
「現状、課題、対処の順番ではなく、事実だけを並べている」
「そうです。今回は説明資料なので、事実を並べる方が伝わりやすいと思いました」
「場合によって、書き方を変えるのか」
「そうです。報告書は現状、課題、対処の順番がいいです。説明資料は、事実を並べる方がいいです。目的によって変えます」
「なるほど。余は、全部同じ形で書いていた」
「今日から変えれば良いです」
「そうだな。今日から変える」
「そうしてください」
「田中、お前は、細かいことを大事にするな」
「細かいことが、大きいことに繋がるので」
「そうだな。余もそれがわかってきた」
「そうですね」
一週間後。
ガルドが田中のところに来た。
「報告に来た」
「どうでしたか」
「全員と話した。懸念が残っていた三名も含めて、全員と話した」
「一人ずつ、個別にですか」
「そうだ。全員に時間を取ってもらって、一対一で話した」
「一対一で、ですか」
「そうだ。田中がよくやることだ。一対一で話す方が、本音が出やすい」
「そうですね」
「それを、余がやった」
「どうでしたか」
「予想より、早く終わった」
「なぜですか」
「余が一人で来たからだと思う。田中が一緒だと、田中が答えてくれると思う。余一人だと、余が答えるしかない。余が答えることで、余への信頼が生まれた気がした」
「そうですね」
「一人でやることで、責任が生まれる。責任が生まれると、相手も真剣になる」
「なるほど」
「田中が言っていたことだ。引き継いでいくことで、その人間のものになる、という話だ」
「そうでしたね」
「余が一人でやったことで、余の仕事になった」
「そうです」
「どちらも本当だ」
「そうですね」
「懸念が残っていた三名は、どうなりましたか」
「一名は、余の説明で納得した。一名は、様子を見たいと言っていた。一名は、まだ懸念が残っている」
「三名のうち、一名が残っていますか」
「そうだ。その一名は、軍事義務への懸念というより、別の懸念があった」
「別の懸念とは」
「魔王軍との同盟が続くかどうかへの懸念だ。同盟が成立しても、またいつか崩れるのではないか、という懸念だ」
「それは、実績で答えるしかない懸念ですね」
「そうだ。余もそう答えた。今は実績がない。ただ、実績を作っていく。そう言った」
「それが正しい答えですね」
「田中が言いそうなことを言った」
「ガルド卿が考えた答えです」
「どちらも本当だ」
「そうですね」
「田中、その一名は、時間をかけるしかないか」
「そうですね。実績が積み上がれば、懸念が小さくなります。急かすより、時間をかけた方がいいです」
「わかった。続けていく」
「ガルド卿が続けてくれますか」
「そうだ。これは余の仕事になった」
「ありがとうございます」
「礼はいい。やるべきことをやるだけだ」
「田中が言いそうなことですね」
「田中から学んだ」
「ガルド卿が身につけたことです」
「どちらも本当だ」
「そうですね」
二人で少し笑った。
その日の夕方、ロイドが田中のところに来た。
「田中、報告がある」
「どうぞ」
「シアとの手順書の作成が終わった」
「できましたか」
「そうだ。シアと三回話し合って、仕上げた」
「どんな内容ですか」
「状況別の対応手順が十二パターンある。北から脅威が来た場合、内部で問題が起きた場合、三国のうち一国が機能しなくなった場合など」
「十二パターンも作ったんですね」
「シアが細かく考えた。余は軍の観点から確認した。全部で十二になった」
「シアさんが細かく考えてくれたんですね」
「そうだ。シアは、田中の議事録の書き方を参考にしたと言っていた」
「議事録の書き方を、ですか」
「そうだ。具体的な状況を書いて、その場合の対処を書く。田中の議事録がそういう形だから、それを参考にした、と言っていた」
「シアさんが応用してくれたんですね」
「そうだ。田中から学んで、シアが応用した。余が軍の観点を加えた。全員の力で作った手順書だ」
「そうですね」
「田中、これを文書に追加するか」
「同盟文書とは別に、運用文書として管理した方がいいです。同盟文書は変えにくいですが、手順書は状況によって更新できる形にしておいた方がいいです」
「なるほど。別文書にする」
「そうしてください。ロイド卿とシアさんが管理者になります」
「余たちが管理するのか」
「そうです。田中が管理すると、田中がいなくなったとき困ります。ロイド卿とシアさんが管理してください」
「引き継ぎが進んでいるな」
「少しずつ」
「田中がいなくなることを、準備しているのか」
「いつかはわかりません。ただ、田中がいなくても続く形を作っておきたいです」
「そうか」
「ロイド卿が管理してくれれば、田中がいなくても続きます」
「わかった。余が管理する」
「ありがとうございます」
「礼はいい」
「ロイド卿、一つだけ」
「なんだ」
「シアさんと一緒に作ったというのが、大事だと思います」
「どういう意味だ」
「田中が作った手順書より、ロイド卿とシアさんが一緒に作った手順書の方が、二人が守ります」
「自分たちで作ったものを守る、ということか」
「そうです」
「なるほど。田中がいつも言っていることだ」
「そうですね」
「では、余とシアで守る」
「よろしくお願いします」
夜、田中はメモを整理した。
【本日の完了事項】
・ガルドが貴族への個別説明を一人でやり遂げた。懸念が残る一名は引き続き対応中。
・ロイドとシアが軍の手順書を完成させた。十二パターン。
・手順書はロイドとシアが管理。別文書として管理。
田中はリストを見た。
今日、田中が直接やったことは、資料を一枚作ったことと、ガルドからの報告を聞いたことだけだった。
後は、ガルドが動いた。
ロイドが動いた。
シアが動いた。
全員が、田中なしで動いていた。
田中は最後に一行書き足した。
・今日、田中が直接やったことは少なかった。全員が動いていたからだ。それが今の形だ。
次回「第九十五話 魔王城の幹部たちの反応」へつづく




