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第九十二話 調印式の後、全員で食事をした

第九十二話 調印式の後、全員で食事をした


前話までのあらすじ

三国同盟文書に全員がサインした。

田中が文書を読み上げた。署名は三国の代表が行った。

「三国同盟文書に、全員がサインした」と一行だけメモに書いた。


 食堂に入ると、準備が整っていた。

 大きなテーブルが一つ。

 全員分の席が並んでいた。

 王様、魔王、ミラ。

 シア、グレイド、カラ。

 ロイド、ガルド、アレン、レオン、バルト卿。

 田中。

 十二名だった。

 バルト卿は今朝、急いで城に来ていた。

「調印式があると聞いたので、来ました」と言っていた。

「連絡しませんでしたが」と田中が言うと、

「ガルドから聞きました」とバルト卿が言った。

「ガルド卿が連絡してくれたんですね」と田中が言うと、

「余が連絡した。バルトは来るべきだと思ったので」とガルドが言っていた。

 ガルドが動いていた。

 田中が頼まなくても。

 全員が席に着いた。

 スープが出た。

 塩気が強くて、草の風味がした。

 いつものスープだった。

 田中は一口飲んだ。

 いつもの味だった。

 今日も変わらない味だった。


 食事が始まった。

 最初は、少し静かだった。

 三国の人間が同じ食卓に着いている。

 以前なら、ありえなかった光景だった。

 アレンが言った。

「なんか、変な感じがします」

「何がですか」とシアが言った。

「以前、魔王軍の兵士と腹が減ったって話をしたことがあります。ゲルトという兵士と」

「知っている」とシアが言った。

「あのとき、変な感じがしました。敵だと思っていた相手と、普通に話していると思って」

「今は」

「今は、それが普通になっています。それが変な感じです」

「変な感じがするのは、慣れてきた証拠だな」とシアが言った。

「そうですか」

「敵だった頃の感覚が残っているから、変な感じがする。慣れれば、変な感じもなくなる」

「変な感じがなくなったとき、本当の同盟になるんですね」

「そうだな」

「ゲルトはどうしていますか」

「元気だ。先月の巡回でアレンと話したと、報告書に書いていた」

「そうですか。また話せると良いですね」

「話せると思う。同盟が成立したから」


 食事が続いた。

 グレイドが田中の横に座っていた。

「田中」

「はい」

「余は、ここに来たことがなかった」

「そうですね」

「魔王城を出て、この国の城に来て、食事をするとは思っていなかった」

「そうですか」

「田中が来てから、色々なことが変わった」

「グレイドが変わったんです」

「どちらも本当だ」

「そうですね」

「余は、長く、この城を守ることが全てだった」

「そうでしたね」

「今は、この城が他の城と繋がることで、この城が続くとわかった」

「そうですね」

「孤立していては、続かない。繋がっていれば、続く」

「そうです」

「田中が教えてくれた」

「グレイドが気づいたんです」

「どちらも本当だ。今日は言わせてくれ」

「どうぞ」

「ありがとう、田中」

「ありがとうございます、グレイド卿」

「余に卿をつけるのか」

「今日は付けたいです」

「そうか。では、余も田中殿と言おう」

「それは、やめてください」

「なぜだ」

「田中で十分です」

「そうか。田中、ありがとう」

「グレイド卿、ありがとうございます」

「グレイドでいい」

「グレイド、ありがとうございます」

「良い」


 食事が進んだ。

 ミラが田中に言った。

「田中殿、スープの約束を守ってくれた」

「そうですね。今日は出しました」

「約束を守る人間は、信用できる」

「ありがとうございます」

「スープが出るたびに、田中殿を思い出すと思う」

「そうですか」

「ランセルに戻っても、スープを飲むたびに、今日のことを思い出す」

「それは良いですね」

「良いか」

「はい。何かを思い出せる、ということは、それが自分の中に残っているということです」

「そうだな」

「ミラ公王の中に、今日のことが残ります。それが、同盟を続ける理由の一つになります」

「なるほど。記録は書類だけではなく、記憶にも残る」

「そうです」

「田中殿らしい考え方だ」

「そうかもしれません」

「田中殿、ランセルに来るときは、また連絡してくれ」

「行きます」

「スープを持ってきてくれ」

「持ってきます」

「約束か」

「約束です」

「何度目の約束だ」

「数えていません」

「また同じことを言う」

「事実なので」

「わかった」

 ミラは少し笑った。


 バルト卿が田中に言った。

「田中殿、今日は来て良かった」

「来てくれてありがとうございます」

「ガルドから連絡をもらったとき、行くかどうか迷った」

「そうですか」

「余は商売人だ。式典は余の仕事ではない、と思っていた」

「そうですね」

「ただ、ガルドが言った。バルトはここにいるべきだ、と」

「ガルド卿が」

「そうだ。余を動かしたのは、田中ではなくガルドだった」

「そうですね」

「田中が作った関係が、田中なしで機能し始めている」

「ガルド卿が動いたからです」

「どちらも本当だ」

「そうですね」

「余も、この言い方を使えるようになった」

「そうですね」

「田中殿、今日の同盟で、余の港はどう変わると思うか」

「少しずつ変わります」

「少しずつ、か」

「そうです。すぐには変わりません。ただ、往来が増えて、物資が動いて、記録が積み上がって、少しずつ変わります」

「百年後には変わっているか」

「変わっていると思います」

「田中殿は、百年後のことを考えているのか」

「考えています。今日始まったことが、百年後に続いているかどうかを考えながら、今日の文書を作りました」

「なるほど。今日のことが、百年後に続くように作った」

「そうです」

「それが、田中殿の仕事だな」

「そうかもしれません」

「田中殿、ありがとう」

「バルト卿、ありがとうございます」


 食事が終わりに近づいた頃、王様が立ち上がった。

「余から一つだけ言っていいか」

 全員が王様を見た。

「今日、三国同盟が成立した」

 静かになった。

「長かった。ここまで来るのに、長かった。ただ、来た」

「そうですね」と田中が言った。

「田中が来てから、余はずっと変わり続けてきた。変わることが怖い時期もあった。ただ、田中が隣にいたから、変われた」

「王様が変わろうとしていたからです」と田中が言った。

「どちらも本当だ」と王様が言った。

「そうですね」と田中が言った。

「田中、余は今日、お前に言いたかったことがある。昨夜、明日の後に言うと言った」

「はい」

「全員の前で言う」

「どうぞ」

「田中、来てくれてありがとう。この城に来てくれて、ありがとう。居酒屋で余に声をかけてくれて、ありがとう。そして、今日まで一緒にいてくれて、ありがとう」

 田中は少し止まった。

「……ありがとうございます」

「珍しくすぐ言えたな」

「今日は、言わないわけにいかないので」

「そうか」

「はい」

「魔王も、何か言うか」と王様が聞いた。

「余も同じだ」と魔王が言った。

「田中に会えて良かった。余の城に来てくれて、ありがとう」

「ありがとうございます」と田中が言った。

「ミラも」と王様が聞いた。

「田中殿、ランセルに連絡をくれてありがとう。繋いでくれてありがとう」とミラが言った。

「ありがとうございます」と田中が言った。

「三回言えたな」とレオンが言った。

「そうですね」と田中が言った。

「今日は言える日ですね」とアレンが言った。

「今日は特別な日です」と田中が言った。

「毎日が特別な日になるといいですね」とレオンが言った。

「そうですね」と田中が言った。

「シアも言うか」と魔王が言った。

「余は田中に言いたいことがある」とシアが言った。

「どうぞ」と田中が言った。

「田中と話してきて、余は動けるようになった。ありがとう」

「シアさんが動いてくれたからです」と田中が言った。

「どちらも本当だ」とシアが言った。

「そうですね」と田中が言った。

「今日だけは、どちらも本当、ではなく、ありがとうを受け取れ」とシアが言った。

「……ありがとうございます」と田中が言った。

「受け取れた」とシアが言った。

「はい」と田中が言った。

「では、余も言う」とガルドが言った。

「最初、余はお前を信用していなかった。今は信用している。それだけだ」

「ありがとうございます」と田中が言った。

「バルトも言うか」とガルドが言った。

「余は、田中殿が来てから、守るだけでなく、作ることも覚えた。ありがとう」とバルト卿が言った。

「ありがとうございます」と田中が言った。

「ロイドも」と王様が言った。

「田中がいてくれたから、余も動けた。それだけだ」とロイドが言った。

「ありがとうございます」と田中が言った。

「アレンも」と王様が言った。

「タナカさん、俺、変わりました。タナカさんのおかげです。ありがとうございます」とアレンが言った。

「アレンさんが変わったんです」と田中が言った。

「今日だけは受け取ってください」とアレンが言った。

「……ありがとうございます」と田中が言った。

「レオンも」と王様が言った。

「タナカ、最初からずっと隣にいました。これからも隣にいます。今日は、ありがとうと言わせてください」とレオンが言った。

「レオン」と田中が言った。

「はい」

「……ありがとうございます」と田中が言った。

「珍しくすぐ言えましたね」とレオンが言った。

「今日は言えます」と田中が言った。

「グレイドも」とシアが言った。

「田中、余の話を聞いてくれてありがとう。それだけだ」とグレイドが言った。

「グレイド、ありがとうございます」と田中が言った。

「カラも」とミラが言った。

「田中殿、OLAとの対話を諦めなかった。それが今日に繋がった。ありがとうございます」とカラが言った。

「カラさん、ありがとうございます」と田中が言った。

 全員が言い終えた。

 食堂が静かになった。

 田中はしばらく、全員を見た。

 全員が田中を見ていた。

「……皆さん、ありがとうございます」と田中が言った。

「全員分でまとめるのか」とアレンが言った。

「そうです」と田中が言った。

「田中らしいですね」とレオンが言った。

「そうかもしれません」と田中が言った。

「ただ、一つだけ言わせてください」と田中が言った。

「どうぞ」と王様が言った。

「皆さんが動いてくれたから、今日があります」

「また同じことを言う」と魔王が言った。

「事実なので」と田中が言った。

「今日だけは」と全員が言った。

 全員が同時に言った。

「受け取ります」と田中が言った。

「……受け取れましたね」とレオンが言った。

「はい」と田中が言った。

「良かったです」とレオンが言った。

「そうですね」と田中が言った。

 食堂に、静かな時間が流れた。

 スープの器が並んでいた。

 全員が飲み終えていた。

 それでも、誰も席を立たなかった。

 しばらく、全員でいた。

 それで良かった。


 食事が終わって、それぞれが帰り始めた。

 魔王が田中に言った。

「田中、また来い」

「来ます」

「約束か」

「約束です」

「何回目かわからないが」

「わかりません」

「毎回、本気で言っている」

「わかっています」

「わかっているなら、守れ」

「守ります」

 シアが田中に言った。

「田中、また来い」

「来ます」

「川沿いの東屋で待っている」

「行きます」

「スープを持ってきてくれ」

「持ってきます」

「約束か」

「約束です」

「良かった」

 ミラが田中に言った。

「田中殿、またな」

「また」

「スープを忘れるな」

「忘れません」

「約束だ」

「約束です」

「良い」

 グレイドが田中に言った。

「田中、またな」

「また」

「余の城に来い」

「行きます」

「約束か」

「約束です」

「良い」

 全員が出ていった。

 最後にシアが振り返った。

「田中、また」

「また」

 シアが出ていった。

 田中は食堂に一人残った。

 スープの器が並んでいた。

 田中は自分の器を手に取った。

 まだ、少し温かかった。

 田中はメモアプリを開いた。

 今日は、たくさん書こうと思っていた。

 ただ、書き始めると、一行で十分だと思った。

 一行書いた。

 ・今日、三国同盟が成立した。全員で飯を食った。スープが出た。それで、十分だった。


次回「第九十三話 各国に持ち帰った反応」へつづく

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