第八十八話 ミラ公王が決断した
第八十八話 ミラ公王が決断した
前話までのあらすじ
三国確認会で全条項が合意された。
グレイドが軍の調整役の懸念を自分で解消した。レオンが会議の全段取りを担当した。
「グレイドが会議を動かした。レオンが会議を進めた。田中はほとんど話さなかった。それが今日の形だった」とメモに書いた。
確認会の翌日。
田中のところに、ミラから使者が来た。
「ミラ公王が、田中殿に会いたいとのことです」
「今日ですか」
「そうです。まだこの城にいます。今日の午後、時間をもらえますか、とのことです」
「会います。どこで待っていますか」
「中庭にいます」
中庭に行くと、ミラが一人で立っていた。
カラはいなかった。
ミラ一人だった。
「来てくれた」
「呼んでいただきありがとうございます」
「少し、話したかった」
「どうぞ」
二人で中庭を歩いた。
しばらく、黙っていた。
ミラが口を開いた。
「田中殿、昨日の確認会で、全条項が合意された」
「そうですね」
「余は、それを見ていた」
「はい」
「グレイドが自分で懸念を解消した。レオン殿が段取りを全部進めた。王様と魔王が直接話した。田中殿は、ほとんど話さなかった」
「そうでしたね」
「それを見て、余は思った」
「何をですか」
「この同盟は、続くと思った」
「そうですか」
「田中殿がいなくても、動ける人間が揃っている。田中殿がいることで動いていた状態から、田中殿がいなくても動ける状態になっている。それが、昨日の会議で見えた」
「そうですね」
「田中殿、余に一つだけ聞いていいか」
「どうぞ」
「いつか、この世界を離れるつもりがあるか」
田中は少し止まった。
「考えていることはあります」
「そうか」
「ただ、今はまだ、やることがあるので」
「今はまだ、か」
「はい」
「昨日の会議を見て、田中殿の準備が進んでいると感じた。皆に引き継いでいる。仕組みを渡している。そういう動きをしている」
「そうかもしれません」
「それは、余にはうらやましいことでもある」
「うらやましい、ですか」
「田中殿には、もう一つの場所がある。ランセルには、余しかいない。余が離れれば、ランセルはなくなる」
「そうですか」
「ただ、田中殿が作ってくれた仕組みが、ランセルを支えてくれると思っている」
「ミラ公王が作った仕組みです」
「田中殿が教えてくれた形で、余が作った」
「どちらも本当です」
「そうだな」
ミラはしばらく歩いた。
「田中殿、余は今日、一つ決断した」
「なんですか」
「同盟が成立したら、余はランセルで変えることを始める」
「どんなことをですか」
「今まで、ランセルは守ることに集中していた。北の問題に備えて、守る。変化を避けて、守る。それだけだった」
「そうでしたね」
「ただ、田中殿と話して、バルト卿の話を聞いて、考えが変わった」
「どう変わりましたか」
「守るだけでは、続かない。作ることも必要だ。バルト卿が言った言葉だ」
「そうですね」
「余もそう思い始めた。同盟が成立すれば、三国の往来が増える。ランセルにも、新しい人が来る。新しい繋がりができる。それを守るだけでなく、作ることに使いたい」
「具体的には、何をするつもりですか」
「まず、ランセルの若い人間を、この国と魔王城に送る。学ばせる。向こうのやり方を見てきてもらう」
「留学のような形ですね」
「そうだ。田中殿が魔王城に一人で行ったように、余の若い人間も行く。田中殿がやったことを、余の人間がやる」
「それは良い考えです」
「田中殿、受け入れてもらえるか。この国に、ランセルの若い人間を」
「受け入れます。ただ、王様に確認します」
「頼む」
「確認できると思います。王様はそういう話は喜びます」
「そうか」
「はい」
「魔王陛下にも頼めるか」
「シアさんに頼みます。おそらく大丈夫です」
「ありがとう」
「ミラ公王、この話を今日、田中に言ってくれた理由はなんですか」
「田中殿に聞いてほしかった」
「なぜですか」
「田中殿は、いつか離れるかもしれない。その前に、余がこう考えていると、知っていてほしかった」
「知っていてほしかった、ですか」
「そうだ。田中殿が離れた後も、余はこの方向で動く。それを知っていてほしかった」
「わかりました」
「田中殿が離れても、余は続ける。それが、余の決断だ」
「ミラ公王が決断したんですね」
「そうだ」
「ありがとうございます」
「珍しくすぐ言えたな」
「大事なことを言っていただいたので」
「大事なことか」
「はい。ミラ公王が続けると言ってくれた。それは田中にとって、大事な言葉です」
「そうか」
「はい」
「田中殿が離れても、この同盟が続く。それが、田中殿がやってきたことの意味だ」
「ミラ公王が動いてくれるからです」
「どちらも本当だ」
「そうですね」
「この言い方、余も使えるようになった」
「そうですね」
「田中殿から覚えた」
「ミラ公王が使えると思ったから、使えるようになったんです」
「どちらも本当だ」
「そうです」
二人でしばらく中庭を歩いた。
「田中殿、一つだけ聞いていいか」
「どうぞ」
「離れた後、また来られるか」
「わかりません」
「わからないか」
「道が開くかどうかは、わかりません。ただ」
「ただ、やることがあれば来る、か」
「そうかもしれません」
「やることは、いつもある」
「そうですね」
「では、また来るかもしれない」
「そうかもしれません」
「それで十分だ」
「そうですね」
「田中殿、スープの約束、忘れていないか」
「忘れていません」
「次に来るときは、持ってきてくれ」
「持ってきます」
「約束か」
「約束です」
「良かった」
ミラは少し笑った。
「田中殿、余は今日、あなたに会いに来て良かった」
「私もです」
「では、また」
「また」
ミラが帰った後、田中は王様のところに行った。
「ランセルの若い人間を、この城に受け入れることを検討していただけますか」
「どういうことだ」
「ミラ公王が、ランセルの若い人間をこの国に送って、学ばせたいと言っています」
「そうか」
「受け入れていただけますか」
「構わない。むしろ、良いことだ」
「そうですか」
「ランセルの人間がここに来れば、三国の繋がりが深まる。同盟は書類だけでは続かない。人が行き来することで、本物になる」
「そうですね」
「田中がいつも言っていることだ」
「言いましたね」
「では、受け入れる。ミラ公王に伝えてくれ」
「はい。ありがとうございます」
「田中、今日は何があったんだ。ミラ公王と長く話していたな」
「ミラ公王が、決断をしたとおっしゃっていました」
「どんな決断だ」
「田中が離れた後も、この方向で動く、という決断です」
「そうか」
「ミラ公王が続けてくれます」
「ランセルは、小国だが、頼もしい国だな」
「そうですね」
「ミラ公王がいるからだ」
「そうです」
「田中、今日は良かったな」
「そうですね」
「調印式が近づいてきた」
「そうですね」
「田中がいなくても動ける人間が揃ってきた。同盟が成立したとき、この城は続いていける」
「皆さんが動いてくれているからです」
「どちらも本当だ」
「そうです」
「最近、余もこの言い方をするようになった」
「そうですね」
「田中から学んだ」
「王様が使えると思ったから、使えるようになったんです」
「どちらも本当だ」
「そうです」
王様は少し笑った。
「田中、同盟が成立したら、余と一緒に飯を食おう」
「はい」
「全員で。アレンも、レオンも、ロイドも、ガルドも、シアも、ミラも、魔王も」
「全員で、ですか」
「そうだ。調印式の後に、全員で飯を食う。それが余の望みだ」
「かしこまりました。段取りをします」
「頼む」
「スープも出しましょう」
「そうだな。スープは必要だ」
「どこでもあるものが、場を作ります」
「それが田中だな」
「そうかもしれません」
夜、田中はメモを整理した。
【本日の完了事項】
・ミラ公王との面会:完了。
・ランセルの若い人間の受け入れ:王様が承認。ミラ公王に伝える。
・調印式後の食事会:王様の提案。全員で。
・スープの約束:ミラ公王に。
最後に一行書き足した。
・ミラ公王が「田中殿が離れた後も、余はこの方向で動く」と言った。それが今日の一番大事なことだった。
次回「第八十九話 魔王が、初めてこの国の城に泊まった」へつづく




