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第八十七話 難航した一点。田中が間に入る

第八十七話 難航した一点。田中が間に入る


前話までのあらすじ

北への対処方針を同盟文書に入れるかどうかで、魔王とミラの意見が分かれた。

姿勢は入れるが内容は固定しない、という整理案を出して両者が合意した。

三国確認会の段取りをレオンに引き継いだ。

「どちらも本当だ、という考え方がここでも機能した」とメモに書いた。


 三国確認会の前日。

 レオンが田中のところに来た。

「タナカ、一点だけ報告があります」

「どうぞ」

「シアさんから連絡が来ました。明日の確認会の前に、一点だけ田中に伝えておきたいことがある、とのことです」

「どんな内容ですか」

「詳しくは書いていません。田中に直接話したい、とのことです」

「今日、シアさんは来られますか」

「今夜到着するとのことです。明日の確認会に備えて、今夜来ると」

「わかりました。着いたら、田中のところに来てもらってください」


 夜、シアが来た。

「今夜、来てくれてありがとうございます」

「話しておきたかった」

「なんですか」

「明日の確認会で、難航する可能性がある点がある」

「どんな点ですか」

「軍の調整役について、グレイドが意見を持っている」

「グレイドが、ですか」

「そうだ。グレイドは、調整役をこの国と魔王軍で交代する案に、一点だけ納得していない部分がある」

「どんな部分ですか」

「最初の調整役をどちらが担うか、という点だ。最初にどちらが担うかで、主導権のイメージが変わる、とグレイドは言っている」

「なるほど」

「魔王は、抽選か、どちらでも良いと言っている。ただ、グレイドが強く、最初はこちらが担うべきだ、と言っている」

「グレイドが、魔王軍が最初の調整役を担いたいと言っているわけですね」

「そうだ。理由は、この同盟を提案した動きが魔王側から来たことへの誇りだ。最初に提案した方が、最初に担う。それが筋だ、とグレイドは言っている」

「グレイドらしい考え方ですね」

「そうだ。ただ、この国側も、最初はこちらが担うべきだと思う貴族がいるかもしれない。同じ理由で」

「こちらも、招いた方が最初に担う、という考え方ができます」

「そうだ。どちらも、正しい主張に見える」

「そうですね」

「田中、明日、これが難航するかもしれない」

「難航した場合、どうしますか」

「どうすればいいか、田中に聞きに来た」

「そうですか」

 田中はしばらく考えた。

「シアさん、一点だけ聞いていいですか」

「どうぞ」

「グレイドは、最初の調整役にこだわっているのは、本当に誇りの問題だと思いますか。それとも、別の理由がありますか」

「どういう意味だ」

「誇りの問題であれば、形が大事です。ただ、もし実際の権限への懸念があるなら、形より中身を話した方が解決します」

「グレイドは、最初の調整役が主導権を持つと思っているかもしれない」

「そうかもしれません。最初に担う国が、その後も影響力を持つ、という懸念があるなら、それを解消すれば、最初がどちらでも関係なくなります」

「影響力を持たない仕組みを示す、ということか」

「そうです。調整役は、情報を集めて選択肢を整理するだけです。決定権は全会一致です。調整役が主導権を持てない仕組みを、明確に示せば、最初がどちらでも良くなるかもしれません」

「なるほど」

「グレイドにとって大事なのは、誇りではなく、城が不利な立場に置かれないことかもしれません」

「そうかもしれない」

「明日、グレイドへのアプローチを変えてみてください。最初をどちらが担うかではなく、調整役が主導権を持てない仕組みを確認する、という方向で話してみてください」

「それで、グレイドが納得するか」

「わかりません。ただ、やってみないとわかりません」

「田中らしい答えだ」

「そうかもしれません」

「わかった。試してみる」

「シアさん、もう一点だけ」

「なんだ」

「グレイドが変わったことは、シアさんが動いたからです」

「田中が話してくれたからだ」

「シアさんがグレイドに役割を伝えてくれたからです」

「どちらも本当だ」

「そうですね」

「この言い方、余も使うようになった」

「そうですか」

「田中から学んだ」

「シアさんが使えると思ったから、使えるようになったんです」

「どちらも本当だ」

「そうです」

 シアは少し笑った。

「田中、今夜は良かった。話しておいて」

「来てくれてありがとうございます」

「明日、うまくいくといいな」

「うまくいきます」

「断言するのか」

「グレイドの本当の懸念がわかりました。懸念がわかれば、対処できます」

「そうか」

「シアさんが教えてくれたからです」

「田中が聞いてくれたからだ」

「どちらも本当だ」

「そうだな」


 翌日、三国確認会が開かれた。

 この国の城の会議室だった。

 王様、田中、レオン。魔王、シア、グレイド。ミラ、カラ。

 グレイドが来ていた。

 田中はグレイドを見た。

 グレイドも田中を見た。

 無言だったが、目が合った。

 グレイドは頷いた。

 田中も頷いた。

 それだけだった。

 会議が始まった。

 レオンが段取りを進めた。

「本日の確認会の流れをご説明します。同盟文書の草案を各条項ごとに確認します。問題があれば、その場で話し合います。全条項の確認が終われば、次のステップに進みます」

 レオンが話した。

 田中は横で聞いていた。

 レオンが全部進めていた。

 田中が動かなくても、動いていた。

 順番に確認が進んだ。

 軍の連携。食料と物資。情報共有。解消条件。北への対処方針。言語。

 全部、問題なく確認が取れた。

 最後の項目になった。

 軍の調整役の最初の担当国の問題だった。

 田中は草案を読み上げた。

「軍の調整役については、この国と魔王軍が一年ごとに交代で担います。最初の担当については、確認会で決定します」

 グレイドが動いた。

「一点だけ発言していいか」

「どうぞ」と田中が言った。

「最初の調整役について、余は以前、魔王軍が担うべきだと思っていた」

 会議室が少し静かになった。

「ただ、昨夜、シアと話した。調整役の権限について確認した」

 田中はシアを見た。

 シアが田中を見た。

「調整役には、決定権がない。情報を集めて整理するだけだ。最終決定は全会一致だ。そう確認した」

「そうです」と田中が言った。

「ならば、最初がどちらでも関係ない。余は、城が不利な立場に置かれることを懸念していた。その懸念がなくなった。最初の担当は、この国でいい」

 会議室が静かになった。

 王様が少し驚いた顔をした。

 魔王が頷いた。

「余も、最初がどちらでも構わない。グレイドが言う通りだ」

「では、最初の担当はこの国でいいですか」と田中が確認した。

「構わない」と魔王が言った。

「余は喜んで担う」と王様が言った。

「ランセルは、どちらでも構わない」とミラが言った。

「では、最初の調整役はこの国が担うことで合意します」

 田中はメモに書いた。

 ・軍の調整役:最初はこの国が担う。全会一致で合意。

「グレイド」と田中が言った。

「なんだ」

「今日の発言、ありがとうございます」

「礼はいい。余が判断したことだ」

「そうですね」

「昨夜、シアに話してもらえて良かった」

「シアさんが来てくれたからです」

「田中が整理してくれたからだ」

「シアさんとグレイドが話してくれたからです」

「……全員が動いたということだな」

「そうです」

「田中の言い方が移ってきた」

「そうかもしれません」

「悪くない言い方だ」

「ありがとうございます」


 全条項の確認が終わった。

 レオンが言った。

「以上で、全条項の確認が完了しました。次のステップとして、調印式の準備に入ります」

 三者が頷いた。

 王様が言った。

「田中、全部決まったな」

「そうですね」

「長かったな」

「そうですね」

「ただ、決まった」

「決まりました」

「田中、今日のレオンはどうだった」

「完璧でした」

「余もそう思う。レオンが全部進めていた。田中は、ほとんど話さなかった」

「そうですね」

「それが良かった」

「そうですね」

「田中がいなくても、動けるということだ」

「レオンが動いてくれたからです」

「どちらも本当だ」

「そうです」

「では、調印式の準備を始めよう」

「はい」

 会議室を出た後、グレイドが田中に近づいた。

「田中」

「はい」

「余は、以前、お前のことを信用していなかった」

「そうでしたね」

「今は、信用している」

「ありがとうございます」

「シアと話した。田中が余のことを理解しようとしていたと聞いた」

「話を聞きたかっただけです」

「それが余には必要だった。理解しようとしてくれた人間が、久しくいなかった」

「そうでしたか」

「田中、一つだけ言っていいか」

「どうぞ」

「この同盟が続けば、この城が守られる。余はそれを望んでいる。田中のおかげで、その方向に向かっている」

「グレイドが動いてくれたからです」

「どちらも本当だ」

「そうですね」

「この言い方、余も使うようになった」

「そうですか」

「良い言い方だ。誰かを否定せずに、全員を認められる」

「そうですね」

「田中、ありがとう」

「グレイド卿、ありがとうございます」

「珍しく、余への礼か」

「今日の発言が、会議を動かしました。それへの礼です」

「余が判断したことだ」

「そうです。グレイド卿が判断したから、会議が動きました。それは事実です」

「そうか」

「はい」

 グレイドは少し間を置いた。

「田中、また会えるといいな」

「そうですね」

「また来い」

「来ます」

「約束か」

「約束です」

「良い」

 グレイドは歩いていった。

 田中はその背中を見ていた。

 以前、頑なだったグレイドが、今日は会議を動かした。

 田中は少し考えた。

 それが、時間をかけて話してきた積み上げだった。


 夜、田中はメモを整理した。

 【三国確認会・完了】

 ・全条項が合意された。

 ・グレイドが軍の調整役の最初の担当国についての懸念を自分で解消した。

 ・レオンが会議の全段取りを担当した。

 ・次のステップ:調印式の準備。

 最後に一行書き足した。

 ・グレイドが会議を動かした。レオンが会議を進めた。田中はほとんど話さなかった。それが今日の形だった。


次回「第八十八話 ミラ公王が決断した」へつづく

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