第八十六話 北への対処方針を同盟文書に入れるかどうか
第八十六話 北への対処方針を同盟文書に入れるかどうか
前話までのあらすじ
情報共有の仕組みをレオンに引き継いだ。レオンが三国の情報窓口になった。
シアとミラからの返事が、田中ではなくレオン宛てに来た。
「レオンが情報共有の窓口になった。田中が作ったものを、レオンが育てる。それが今日の一番大事なことだった」とメモに書いた。
同盟文書の草案が、ほぼ完成に近づいていた。
軍の連携。食料と物資。情報共有。解消条件。言語。
全部、方向性が揃っていた。
ただ、一点だけ、まだ決まっていない項目があった。
北への対処方針だった。
田中はメモアプリを開いた。
【北への対処方針・未解決の点】
・同盟文書に、北への対処方針を入れるかどうか。
・入れる場合、どんな内容にするか。
・GOLは止まったが、北の問題が完全に終わったとは言えない。
・向こうとの対話継続は入れることで合意済み。ただし、それ以上の方針をどうするか。
田中はリストを見た。
この点は、三国で直接話し合う必要があった。
田中一人では決められない。
シアへの手紙を書いた。
『北への対処方針を同盟文書に入れるかどうかについて、三国で話し合いたいです。魔王陛下のお考えを聞かせてください』
ミラへの手紙も書いた。
同じ内容だった。
レオンに渡した。
「今日中に使者を出してもらえますか」
「はい。ただ、タナカ、これはレオンから出していいですか」
「どういう意味ですか」
「情報共有の窓口はレオンになりましたが、この手紙は田中から出す方がいいですか」
「どちらが良いと思いますか」
「内容が重要な話なので、田中から出す方が、重みがあると思います」
「そうですね。では、田中の名前で出してください。ただし、返事はレオン宛てにしてもらうよう、手紙に書いておいてください」
「わかりました」
「段階的に移していきます」
「はい」
三日後、シアとミラから返事が来た。
両方とも、レオン宛てだった。
レオンが田中のところに来た。
「タナカ、両方から返事が来ました」
「どんな内容ですか」
「シアさんからは、北への対処方針を同盟文書に入れることに賛成です。ただし、内容は慎重に決めたいとのことです」
「魔王陛下の理由は」
「北の問題はまだ終わっていない。文書に入れることで、三国が継続して向き合う姿勢を示せる、という理由です」
「なるほど」
「ミラ公王からは、少し違う意見が来ています」
「どんな意見ですか」
「ミラ公王は、文書に入れることに慎重です。理由は二点。一点目、北への対処方針を文書に明記すると、内容が固定される。状況が変わったとき、文書の内容と現実がずれる可能性がある。二点目、向こうとの対話が続いている。対話の結果次第で、方針が変わる可能性がある。方針が変わる可能性があるものを、文書に入れるべきかどうか、という疑問です」
「ミラ公王の意見は、理にかなっています」
「そうですね。ただ、魔王陛下の意見も理にかなっています」
「そうです」
「二つの意見が、どちらも正しいんですね」
「そうです」
「どうするんですか」
「考えます」
「タナカが考えて、答えを出すんですか」
「いえ。三国で話し合って決めます。ただ、話し合いの前に、田中なりの整理を作っておきます」
「整理を持って行く」
「そうです。田中が答えを出すのではなく、三者が選びやすいように整理します」
「それが田中の役割ですね」
「そうです」
田中はしばらく考えた。
ミラの意見と魔王の意見、両方が正しかった。
文書に入れると、方針が固定される。
文書に入れないと、継続して向き合う姿勢が見えない。
どちらにも、利点と欠点があった。
田中はメモに書いた。
・文書に入れる場合の利点:継続する姿勢を示せる。三国が合意した事実が残る。
・文書に入れる場合の欠点:内容が固定される。状況変化に対応しにくい。
・文書に入れない場合の利点:柔軟に対応できる。対話の結果を待てる。
・文書に入れない場合の欠点:継続する姿勢が見えない。後で優先順位が下がる可能性がある。
書いてから、田中は少し考えた。
どちらかを選ぶのではなく、両方を組み合わせる方法がないか。
文書に入れる。ただし、固定しない形で入れる。
そういう書き方があるはずだ。
田中はメモに追加した。
・組み合わせ案:方針の内容は入れず、北の問題に継続して取り組む、という姿勢だけを入れる。内容は別途協議する、という一文を加える。これで、継続する姿勢を示しながら、内容を固定しない。
これなら、両方の意見を満たせる。
「レオン」
「はい」
「整理ができました」
「どんな整理ですか」
「方針の内容は入れず、北の問題に継続して取り組むという姿勢だけを入れる。内容は別途協議するという一文を加える。この形なら、魔王陛下の意見とミラ公王の意見を両方満たせます」
「なるほど。姿勢は固定するが、内容は固定しない」
「そうです」
「それは、ミラ公王も受け入れやすいですね」
「そうです。内容が変わっても、姿勢は変わらない。それが文書に入る形です」
「魔王陛下も、継続する姿勢が入ることで満足できますね」
「そうです」
「タナカ、これはどちらも本当、の考え方ですね」
「そうですか」
「魔王陛下の意見も正しい。ミラ公王の意見も正しい。どちらを切るのではなく、両方入れる」
「そうですね。どちらかを切ると、切られた方が不満を持ちます。両方入れれば、両方が満足できます」
「タナカが間に入ることで、どちらも本当になる」
「三者が話し合って決める。田中は整理するだけです」
「また同じことを言う」
「事実なので」
「わかりました」
田中はシアとミラに整理案を伝える手紙を書いた。
内容を説明して、三国で確認する会を設けたいと提案した。
返事が来た。
シアから。
「田中の整理案、受け入れられる。会を設けてほしい」
ミラから。
「内容を固定しない形なら、文書に入れることに同意する。会を設けてほしい」
レオンが読んだ。
「両方から、会を設けてほしいと来ました」
「では、三国確認会を設定します」
「場所はどこにしますか」
「今回は、この城でいいです。田中の提案を確認する会なので、田中がいる場所で」
「わかりました。日程を調整します」
「レオン、今回の会の段取りも、レオンが担当してもらえますか」
「私がですか」
「そうです。場所、日程、参加者への連絡。全部レオンで進めてください」
「田中は何をしますか」
「会の当日に、整理案を説明します。それだけです」
「段取りを私がやるんですね」
「やれますか」
「やります」
「ありがとうございます」
「タナカ、段取りが私に来ました」
「そうですね」
「以前は全部タナカがやっていました」
「そうでしたね」
「今は私がやります」
「そうです」
「それが引き継ぎですね」
「そうです」
「わかりました。全力でやります」
「よろしくお願いします」
夜、田中はメモを整理した。
【北への対処方針・整理】
・文書に入れる内容:北の問題に継続して取り組むという姿勢。内容は別途協議。
・魔王陛下:受け入れ可能。
・ミラ公王:受け入れ可能。
・三国確認会:レオンが段取りを担当。
田中はリストを見た。
難しいと思っていた点が、整理できた。
難しかった理由は、どちらかを選ばなければならないと思っていたからだった。
両方を入れる形を考えたら、難しくなくなった。
どちらも本当だ、という考え方が、ここでも使えた。
田中は最後に一行書き足した。
・北への対処方針の問いが解けた。どちらか一方ではなく、両方を入れる形にした。どちらも本当だ、という考え方がここでも機能した。
次回「第八十七話 難航した一点。田中が間に入る」へつづく




