第八十五話 情報共有の仕組みを三国規模に拡大する
第八十五話 情報共有の仕組みを三国規模に拡大する
前話までのあらすじ
バルト卿が食料と物資の枠組みを設計した。港を中継地にし、月次リスト制と手数料の仕組みを提案した。
「バルト卿が枠組みを設計した。ロイドとシアが軍の仕組みを作った。田中は整理するだけだった。それが今の形だ。全員が動いている」とメモに書いた。
朝、田中はレオンを呼んだ。
「情報共有の仕組みを三国規模に拡大したいです。レオンに担当してもらえますか」
レオンは少し間を置いた。
「私が担当するんですか」
「そうです」
「田中ではなく、私が」
「そうです。レオンならできると思っています」
「根拠はありますか」
「一緒に仕事をしてきた感覚です。レオンはこの一年間、情報共有の仕組みをずっと支えてきました。田中が間に入るより、レオンが中心になった方が、長く続く仕組みが作れます」
「長く続く仕組み、ですか」
「そうです。田中がいなくなっても、レオンが続けられる仕組みにしたいです」
「田中がいなくなるとは、どういう意味ですか」
「田中はいつまでもここにいるわけではありません。いつかは、別の場所に行くかもしれない。そのときでも、仕組みが続くように作りたいです」
レオンはしばらく田中を見た。
「田中、一つだけ聞いていいですか」
「どうぞ」
「帰ることを考えていますか」
「考えています。ただ、今すぐではありません。今は、やることがあるので」
「そうですか」
「今日の話は、そことは別の話です。仕組みは、誰がいてもいなくても続くように作る。それが田中のやり方です」
「わかりました」
「では、担当してもらえますか」
「はい。やります」
「ありがとうございます」
「タナカ、一つだけ言っていいですか」
「どうぞ」
「少し怖いです」
「なぜですか」
「今まで田中がやっていたことを、私がやる。うまくできるかどうか、わかりません」
「それは当然の気持ちです」
「当然ですか」
「やったことがないことは、怖いものです」
「タナカは怖くなかったんですか、最初は」
「怖かったです。ただ、やってみないとわかりませんでした」
「やってみないとわからない、か」
「そうです。レオンも同じです。やってみれば、わかることがあります」
「わかりました。やってみます」
「一人でやらなくていいです。シアさん、カラさん、田中が支えます」
「支えてもらえますか」
「支えます。ただし、決めるのはレオンです」
「わかりました」
レオンは早速、作業を始めた。
今の情報共有の仕組みを紙に書き出した。
月次情報交換の様式。送付先。頻度。記録の保管方法。
それから、三国規模に拡大するために必要なことを整理した。
夕方、田中のところに来た。
「整理できました」
「どうぞ」
「今の仕組みは、この国とシアさんの二者間です。これを三国規模にするには、三点変える必要があります」
「どんな点ですか」
「一点目。送付先が増えます。今はシアさんだけですが、ミラ公王とカラさんにも送る形にします」
「そうですね」
「二点目。言語が増えます。今はこの国の言語と魔王城の言語です。ランセル語が加わります。私が翻訳を担当します」
「翻訳できますか」
「できます。ランセル語は二ヶ月で覚えました。今も使えます」
「そうですね」
「三点目。受け取った情報をまとめる作業が増えます。三国からの情報を一枚にまとめる作業を、毎月やる必要があります」
「それは大変な作業ですね」
「大変ですが、できます」
「そうですか」
「タナカ、一つだけ確認させてください」
「はい」
「この三点を全部、私一人でやるんですか」
「一人でやる必要はありません。翻訳は私がやります。ただ、送付と情報のまとめは、誰か手伝う人間がいれば助かりますか」
「助かります」
「アレンに頼みましょう。アレンは書類を書けるようになりました。送付の手伝いはできます」
「アレンに頼むんですか」
「アレンならやってくれます」
「わかりました」
「レオン、今整理した三点、田中から見て、もれはありますか」
「四点目が一つあります」
「なんですか」
「情報の機密性です。三国で共有する情報の中に、各国が外に出したくない情報が混じる可能性があります。どこまでを共有するかの基準が必要です」
「なるほど。それは重要ですね」
「どう整理しますか」
「三段階にします。全員に共有する情報、二国間のみの情報、各国内のみの情報。この三段階で分類します。全員に共有するのは、北の問題と軍の動向と物資の状況です。機密性が高いものは、二国間か各国内に留める」
「その分類を、各国が守れますか」
「守るかどうかは、各国の判断です。ただ、文書に分類の基準を明記しておけば、後でもめたときに確認できます」
「なるほど。文書に入れます」
「レオン、今の整理、自分でできましたね」
「タナカに確認しました」
「確認は求めましたが、整理したのはレオンです」
「タナカが教えてくれたことを使いました」
「レオンが覚えたことを使いました」
「どちらも本当だ」
「そうですね」
「この言い方、私も使えるようになりました」
「そうですね」
「タナカから覚えました」
「レオンが身につけました」
「どちらも本当だ」
「そうです」
二人で少し笑った。
翌日、レオンはシアとミラへの手紙を書いた。
情報共有の仕組みを三国規模に拡大する提案の手紙だった。
田中は手紙を確認した。
「どうですか」とレオンが言った。
「完璧です」と田中が言った。
「本当ですか」
「本当です。田中が書いても、これ以上には書けないです」
「そうですか」
「そうです。シアさんもミラ公王も、この手紙の内容で動いてくれると思います」
「わかりました。送ります」
「封じる前に、一点だけ」
「はい」
「手紙の最後に、連絡窓口はレオンであること、田中ではないことを明記してください」
「私を連絡窓口にするんですか」
「そうです。今後、情報共有の仕組みの連絡は全部レオンが受ける形にします」
「田中ではなく」
「そうです」
「それは、引き継ぎですか」
「そうです。今から少しずつ移していきます」
レオンはしばらく田中を見た。
「タナカ、少し早くないですか」
「早いですか」
「同盟がまだ成立していません。引き継ぎはその後でも」
「早い方が良いです。仕組みが動きながら引き継ぐ方が、引き継いだ後も動き続けます。田中がいなくなってから急に引き継ぐと、一時的に止まります」
「田中がいなくなる前に引き継ぐ方がいい、ということですか」
「そうです」
「わかりました」
「レオン、一つだけ」
「はい」
「今日から、情報共有の仕組みはレオンのものです。田中が作りましたが、レオンが続けます。そうなれば、田中が作ったものより良くなります」
「そうですか」
「そうです。レオンが続けることで、レオンのやり方が入ります。田中が気づいていないことに、レオンが気づきます。仕組みが育ちます」
「仕組みが育つ、か」
「そうです。仕組みは、使い続けることで育ちます。レオンが使い続ければ、レオンの仕組みになります」
「タナカから受け取って、私のものにする」
「そうです」
「わかりました。そうします」
「よろしくお願いします」
「タナカ、ありがとうございます」
「レオンが担当してくれるから、言えます」
「どちらも本当だ」
「そうですね」
三日後、シアとミラから返事が来た。
両方とも、提案を受け入れる内容だった。
シアの手紙はレオン宛てに来た。
ミラの手紙もレオン宛てに来た。
田中宛てではなかった。
レオンが田中のところに来た。
「タナカ、返事が来ました。両方とも、私宛てです」
「そうですね」
「シアさんが私宛てに書いてくれました」
「そうですね」
「以前は、全部タナカ宛てでした」
「そうでしたね」
「今日から、私が受け取ります」
「そうですね」
「少し、緊張します」
「そうですか」
「シアさんとミラ公王に、直接対応するということですから」
「できます」
「根拠はありますか」
「一緒に仕事をしてきた感覚です」
「タナカがいつも言う言葉ですね」
「そうですね」
「その言葉を、タナカから私に渡してもらえましたか」
「レオンが使えると思ったから、使いました」
「どちらも本当だ」
「そうですね」
レオンは手紙を持って、自分のデスクに戻った。
田中はレオンの背中を見ていた。
少し、アレンが最初に報告書を書いたときのことを思い出した。
字が汚いですが、と言っていたアレンが、今は山脈の観察記録を書いている。
言語対応表を作っていたレオンが、今は三国の情報窓口になる。
少しずつ、変わってきた。
田中はメモアプリを開いた。
【情報共有の仕組み・三国規模への拡大】
・窓口:レオンに引き継ぎ。今日から。
・翻訳:レオンが担当。
・送付補助:アレンに依頼予定。
・情報の分類:三段階(全員共有、二国間、各国内)。同盟文書に明記。
・シア、ミラ公王:レオン宛ての返事が来た。引き継ぎが機能し始めた。
最後に一行書き足した。
・レオンが情報共有の窓口になった。田中が作ったものを、レオンが育てる。それが今日の一番大事なことだった。
次回「第八十六話 北への対処方針を同盟文書に入れるかどうか」へつづく




