第八十四話 食料と物資の相互支援の枠組みができた
第八十四話 食料と物資の相互支援の枠組みができた
前話までのあらすじ
ロイドとシアが軍の連携について三回話し合い、ほぼ全部決めた。
有事の手順書をロイドとシアが担当することになった。田中は確認のみ。
「ロイドとシアが、田中なしで動いた。それが今日の一番大事なことだった」とメモに書いた。
食料と物資の相互支援について、田中はバルト卿を訪ねた。
先日、貿易の条項を同盟文書に入れることで合意していた。
今日は、具体的な枠組みを話し合うためだった。
「バルト卿、お時間をいただきありがとうございます」
「来ると思っていた。座れ」
田中は椅子に座った。
「食料と物資の相互支援の枠組みについて、バルト卿のご意見を聞きたいです」
「余が意見を言っていいのか」
「バルト卿は港を持っています。物資の流通には、港が不可欠です。バルト卿なしでは枠組みが作れません」
「そうか。では、余が中心になってもいいということか」
「中心になっていただけると、助かります」
「わかった。では、余が考えてきたことを話す」
「お願いします」
バルト卿は机の上に地図を広げた。
「この港を中継地にする。魔王領からの物資は、ここを経由してこの国に入る。この国からの物資は、ここから魔王領に向かう。ランセルからの物資も、海路でここに来る」
「なるほど。全部、バルト卿の港を経由するんですね」
「そうだ。港が一か所なら、記録が取りやすい。何がいつ入って、何がいつ出たか、全部把握できる」
「それは良いですね。記録が一か所に集まれば、確認しやすいです」
「余はずっと商売をしてきた。記録がなければ、商売はできない。田中が言っていたことと同じだ」
「そうですね」
「田中が来てから、余は記録の大事さを改めて感じている」
「そうですか」
「以前は、どんぶり勘定だった。何となくうまくいっていた。ただ、田中が細かく記録するのを見て、余の商売でも細かく記録するようにした」
「バルト卿が変えたんですね」
「田中のやり方を見て、変えた。どちらも本当だ」
「そうですね」
「最近、余もその言い方をするようになった」
「そうですか」
「ガルドから聞いた。田中がよく言う言い方だと」
「そうですね。ガルド卿が教えてくれました」
「ガルドから田中の言い方が余に来た。言葉が伝わっているな」
「そうですね」
枠組みの詳細を話し合った。
バルト卿が提案し、田中が整理する形で進んだ。
「各国が月に一度、次の月に必要な物資のリストを出す。余の港でリストを照合して、どこからどこに何を送るかを決める。そういう仕組みにしたい」
「月次のリストですね。いつまでに出すか決めますか」
「月の初めに出してもらえれば、月の中ごろに照合できる。月の後半に物資が動く」
「そのサイクルで、緊急の需要はどうしますか」
「緊急の場合は、月次とは別に随時対応する。ただし、緊急対応は通常の三倍のコストがかかる、という形にすれば、乱用されない」
「なるほど。コストで調整するんですね」
「商売の基本だ」
「それは合理的ですね」
「コストが高ければ、本当に緊急の場合だけ使う。余計な緊急要請が減る」
「バルト卿、一つだけ確認させてください」
「なんだ」
「このコストは、バルト卿の利益になるんですか」
「そうだ。港を使う手数料として受け取る。問題があるか」
「問題はありません。バルト卿が利益を得ることで、この枠組みが持続可能になります。ボランティアでは続きません」
「田中が、余の利益を認めるのか」
「認めます。バルト卿が動機を持って続けてくれることが、枠組みの安定に繋がります」
「なるほど」
「同盟文書に、港の手数料の仕組みを明記します。三国が認めた形にします」
「文書に明記してくれるか」
「はい。透明性が大事です。手数料があること、その仕組みが三国で合意されていること、両方を文書に入れます」
「それは助かる。後でもめない」
「そうですね」
「田中、余は商売人だ。後でもめることが一番困る」
「そうですね」
「田中が文書にきちんと入れてくれれば、余は安心して動ける」
「入れます」
昼を挟んで、午後も話し合いを続けた。
緊急時の備蓄についての話になった。
「バルト卿、各国が一定量の備蓄を持つことは必要ですか」
「必要だ。有事のとき、物資が動かせない状況が起きる。そのとき、備蓄がなければ困る」
「どのくらいの量が適切ですか」
「三ヶ月分は必要だ。それ以上あれば理想だが、最低三ヶ月」
「各国で三ヶ月分、ですね」
「そうだ。余の港にも、中継用の備蓄倉庫を作りたい。各国の物資が一時的に置ける場所だ」
「それは、枠組みの中に入れられますね」
「田中、余はこの枠組みを作ることで、港が変わると思っている」
「どう変わりますか」
「今まで、余の港は、この国の商売の場だった。これからは、三国の物資が行き交う場になる。規模が変わる」
「そうですね」
「それは、余の父や祖父の時代には、考えられなかったことだ」
「そうですね」
「田中が来てから、余の港の可能性が変わった」
「バルト卿が決断してくれたからです」
「どちらも本当だ」
「そうですね」
「余もこの言い方が気に入ってきた」
「そうですか」
「押し付けがましくない。相手を認めながら、自分も認める。良い言い方だ」
「ガルド卿に教わりました」
「ガルドも変わったな」
「そうですね」
「田中が来てから、ガルドも変わった。余も変わった。全員が変わっている」
「皆さんが変わろうとしていたからです」
「どちらも本当だ」
「そうですね」
バルト卿は少し笑った。
「田中と話していると、この言い方が出やすくなるな」
「そうですか」
「田中に話しかけると、変わるきっかけになる」
「バルト卿が変わったんです」
「そうだ。どちらも本当だ」
「そうですね」
二人で少し笑った。
夕方、田中はロイドに食料と物資の枠組みを報告した。
「バルト卿の港を中継地にする形ができました。月次のリスト制、緊急時は手数料三倍、三ヶ月分の備蓄、港の備蓄倉庫。この四点が骨格です」
「商売人らしい仕組みだな」
「そうですね。コストで調整する考え方が、合理的だと思います」
「軍の仕組みとは違うな」
「どう違いますか」
「軍の仕組みは、義務と手順で動く。バルトの仕組みは、利益と動機で動く。アプローチが違う」
「そうですね。どちらも正しいアプローチです。人が動く理由が違うだけです」
「義務で動く人間と、利益で動く人間がいる」
「そうです。バルト卿は利益で動く。ロイド卿は義務で動く。どちらも必要です」
「田中はどちらで動くんだ」
「やることがあるから動きます」
「それは、義務でも利益でもないな」
「そうですね」
「では、第三の動き方か」
「そうかもしれません」
「田中らしいな」
「そうかもしれません」
「田中が義務でも利益でもなく動く。それが、この同盟を繋いでいるのかもしれない」
「そうですか」
「義務だけでは、余裕がなくなったとき崩れる。利益だけでは、利益がなくなったとき崩れる。やることがあるから動く人間がいれば、どちらが崩れても、繋いでくれる」
「なるほど」
「田中がいてくれることの意味が、そこにある」
「ロイド卿がいてくれることの意味も、同じだと思います」
「どういう意味だ」
「ロイド卿は義務で動きます。義務で動く人間がいるから、仕組みが続きます。利益で動くバルト卿がいるから、経済が続きます。やることがあるから動く田中がいるから、繋がりが続きます。全員が必要です」
「なるほど」
「どちらも本当だ、ではなく、全員が本当だ、ですね」
「良い言い方だな」
「ロイド卿が言ってくれたことから、考えました」
「余が考えさせたのか」
「ロイド卿が問いを立ててくれたからです」
「どちらも本当だ」
「そうですね」
夜、田中はメモを整理した。
【食料と物資の枠組み・決定事項】
・中継地:バルト卿の港。
・月次リスト制:各国が月初に需要を提出。
・緊急時:手数料三倍。乱用を防ぐ。
・備蓄:各国三ヶ月分。港にも中継用備蓄倉庫を設置。
・手数料の仕組み:同盟文書に明記。三国が認めた形にする。
田中はリストを見た。
食料と物資の枠組みが、バルト卿によって実務的な形になった。
軍の連携はロイドとシアが作った。
食料と物資はバルト卿が設計した。
田中は整理するだけだった。
それで良かった。
それが、今の形だった。
田中は最後に一行書き足した。
・バルト卿が枠組みを設計した。ロイドとシアが軍の仕組みを作った。田中は整理するだけだった。それが今の形だ。全員が動いている。
次回「第八十五話 情報共有の仕組みを三国規模に拡大する」へつづく




