第八十三話 軍の連携をどうするか。ロイドとシアが動く
第八十三話 軍の連携をどうするか。ロイドとシアが動く
前話までのあらすじ
草案の未整理点が四点合意された。残りは文書の言語確認のみ。
魔王陛下が王様に直接手紙を書いた。田中が間に入らなくても二人が話せた。
「それが今日の一番大事なことだった」とメモに書いた。
ロイドから呼ばれた。
「田中、少し時間をくれ」
「はい」
「シアと話し合いをしてきた」
「軍の連携の件ですね」
「そうだ。三回、話し合った」
「三回ですか」
「一回では決まらなかった。ただ、三回話したら、ほぼ全部決まった」
「そうですか。どんな内容が決まりましたか」
「まず座れ。田中に報告する」
田中は椅子に座った。
ロイドが話し始めた。
「一点目。平時の情報共有について。月次で各国の軍の動向を共有する。田中がやっている月次情報交換の、軍版だ」
「軍版の月次情報交換ですね」
「そうだ。二点目。有事の際の連絡方法。緊急の場合は、専用の使者ルートを確立する。通常の使者より速いルートを作る」
「それは具体的にはどうやりますか」
「各国の国境近くに、連絡拠点を作る。そこで情報を受け取り、素早く本国に送る」
「なるほど。三点目は」
「合同訓練の仕組みだ。年に一度、三国の軍が合同で訓練をする。実戦ではなく、情報共有と手順の確認が目的だ」
「合同訓練、ですか」
「シアの提案だった。実際に顔を合わせて動くことで、有事のときの動きが変わる、と言っていた」
「シアさんらしい提案ですね」
「余も同意した。書類だけでは、実際の動きがわからない。顔を合わせれば、信頼が生まれる」
「そうですね」
「田中、これは田中がよくやっていることだな」
「何がですか」
「顔を合わせることを大事にしている。シアに初めて会いに行ったのも、バルトに直接会いに行ったのも、全部顔を合わせにいっていた」
「そうかもしれません」
「シアも、同じことを大事にしていた」
「シアさんが身につけたことです」
「田中から学んだのだろう」
「シアさんが気づいたことです」
「どちらも本当だ」
「そうですね」
ロイドが続けた。
「田中、一つだけ報告がある。余とシアの話し合いで、一点だけ意見が分かれた部分があった」
「どんな点ですか」
「有事の際の指揮権だ。三国会議で調整役はこの国と魔王軍が交代で担うと決まった。ただ、実際の有事のとき、誰の指示で動くかが、まだ決まっていない」
「なるほど」
「シアは、調整役の国が指示を出す形を提案した。余は、各国が独自に動きながら、情報を共有する形を提案した」
「どう違いますか」
「シアの案は、一元的に指揮できる。ただ、調整役の判断が間違った場合、全体が間違う。余の案は、各国が独自に動くから、一国が間違っても他が補える。ただ、動きが揃いにくい」
「どちらも一長一短ですね」
「そうだ。だから、田中に相談しに来た」
田中はしばらく考えた。
「一点、確認させてください」
「なんだ」
「有事のとき、一番大事なのは何ですか」
「速さだ」
「速さですか」
「そうだ。有事のとき、判断が遅れると取り返しがつかない。速く動けることが一番大事だ」
「シアさんも同じことを言いますか」
「同じことを言っていた」
「では、二案の違いは、速さではなく、リスクの取り方の違いですね」
「そうかもしれない」
「一元的な指揮は速く動けるが、判断ミスのリスクが大きい。各国独自は判断ミスのリスクが小さいが、動きが揃うまでに時間がかかる」
「そうだ」
「では、組み合わせる方法があります」
「組み合わせる」
「平時から、有事を想定した手順書を作っておきます。状況Aのときはこう動く、状況Bのときはこう動く、という手順書です。手順書があれば、有事のときに速く動けます。調整役の判断を待たなくても、手順通りに動けます」
「手順書があれば、各国が独自に動いても、揃う」
「そうです。手順書が、調整役の代わりになります。調整役は、手順書にない状況のときだけ判断する」
「なるほど」
「シアさんもこの案に同意してもらえると思いますか」
「わからない。ただ、合理的な案だ。シアに提案してみる」
「よろしくお願いします」
「田中、一つだけ」
「はい」
「余は、田中に相談するかどうか、少し迷った」
「そうですか」
「余とシアで決めるべきかもしれない、と思った。田中に頼らずに」
「そうですね」
「ただ、田中に相談して良かった」
「なぜですか」
「田中が間に入ることで、良い案が出た。余とシアで話していたときは、どちらかの案を選ぶしかないと思っていた。田中が入ることで、組み合わせるという発想が出た」
「そうですか」
「田中が間に入ることの意味が、そこにある。余とシアが決めることができる部分は、余とシアで決める。詰まったときに、田中が入る」
「そうですね」
「それが、今の形だ」
「そうです」
「田中、ありがとう」
「ロイド卿がシアさんと三回話してくれたからです」
「どちらも本当だ」
「そうですね」
翌日、シアから返事が来た。
手順書の案を受け入れる、という内容だった。
それから、一文追加されていた。
『手順書を作る担当は、ロイドと余がやる。田中には頼まない。これは、余たちがやれることだ』
レオンが読んで言った。
「シアさん、成長しましたね」
「そうですね」
「田中に頼まないと言っています」
「そうですね」
「以前は、何でも田中に確認していました」
「そうでしたね」
「今は、自分でやれることを自分でやると言っています」
「そうです」
「それが、シアさんの成長ですね」
「そうですね」
「タナカ、嬉しくないですか」
「嬉しいです」
「顔に出ていませんが」
「出し方がわからないです」
「……出さなくていいです。声でわかります」
「そうですか」
「はい。今、少し声が違います」
「そうですか」
「嬉しいときの声です」
「そうかもしれません」
「良かったです」
その日の夕方、田中はシアへの返事を書いた。
『手順書の作成をロイド卿とシアさんが担当してくれることに、感謝します。完成したら、田中も確認させてください。ただ、確認するだけです。決めるのは二人です』
書いてから、もう一文追加した。
『ロイド卿と話しやすいと言っていましたね。田中も、二人が直接話してくれて、良かったと思っています』
封じた。
レオンに渡した。
「これで良いですか」とレオンが確認した。
「はい。シアさんへの返事として、適切ですか」
「適切だと思います。ただ、一点だけ」
「はい」
「田中が確認するだけと書いていますが、それはシアさんへの信頼を示しています。シアさんは、そう受け取ると思います」
「そうですか」
「確認するだけ、というのは、決定権をシアさんとロイド卿に渡すということです。以前は、田中が確認して、田中が決めていました」
「そうでしたね」
「今は、シアさんとロイド卿が決める。田中は確認するだけ。それが変化です」
「そうですね」
「タナカが変わったということですよ」
「そうかもしれません」
「素直に受け取ってください」
「……そうですね。変わりました」
「良かったです」
「レオン、ありがとうございます」
「珍しくすぐ言えましたね」
「言えるようになってきました」
「成長ですね」
「そうかもしれません」
夜、田中はメモを整理した。
【軍の連携・決定事項】
・月次情報交換:軍版を設置。
・緊急連絡ルート:国境近くに連絡拠点を作る。
・合同訓練:年に一度。
・有事の手順書:ロイドとシアが作成。田中は確認のみ。
田中はリストを見た。
軍の連携が、ほぼ固まった。
ロイドとシアが動いてくれた。
田中がやることが、また少し減った。
減ったやることの分だけ、二人が持ってくれていた。
田中は最後に一行書き足した。
・ロイドとシアが、田中なしで動いた。それが今日の一番大事なことだった。
次回「第八十四話 食料と物資の相互支援の枠組みができた」へつづく




