第七十九話 貴族への説明。ガルドが先に話した
第七十九話 貴族への説明。ガルドが先に話した
前話までのあらすじ
魔王城の幹部会議でグレイドが同盟を支持する発言をした。幹部の反発がほぼなくなった。
貴族説明会をガルドと一緒に行った。大きな反発がなかった。
「グレイドの言葉が幹部会議を変えた。貴族説明会が想定より早く終わった。皆が同じ方向を向いている。これが積み上げだ」とメモに書いた。
貴族説明会の翌日。
ガルドが田中のところに来た。
「昨日の説明会、どうだった」
「田中からはどう見えましたか」
「ガルド卿が話してくれたおかげで、スムーズに進みました」
「そうか」
「田中が補足する前に、ガルド卿が主要な部分を全部話してくれました。田中がやることがほとんどなかったです」
「それが狙いだった」
「そうでしたか」
「田中がいつも言っているだろう。間に入らなくていい状況を作ることが仕事だ、と」
「言いましたね」
「今回は余が、田中の代わりに間に入った。田中が間に入らなくていい状況を、余が作った」
「そうですね」
「これで良かったか」
「完璧でした」
「完璧、か」
「ガルド卿が話すことで、貴族たちへの説得力が増しました。田中が話すより、ガルド卿が話す方が、この場では効果的でした」
「なぜだ」
「田中はこの城に来てまだ一年弱です。ガルド卿は長くここにいます。長くいる人間の言葉は、重みが違います」
「そうか」
「田中が丁寧に説明しても、向こうから見れば補佐官の説明です。ガルド卿が話せば、古参の重鎮の言葉になります」
「田中は、最初からそれを計算していたのか」
「最初に、ガルド卿が先に話す形をお願いしました。そのとき、そういう理由があったからです」
「なるほど」
「ガルド卿が動いてくれたから、うまくいきました」
「また同じことを言う」
「事実なので」
「わかった」
ガルドは少し間を置いた。
「田中、一つだけ聞いていいか」
「どうぞ」
「余は、田中がやっていたことを、少しずつ理解してきた気がする」
「そうですか」
「最初は、田中が何をやっているのか、わからなかった。月次報告を送ってきて、根回しをして、議事録を取って。なぜそれが必要なのかが、わからなかった」
「そうでしたね」
「今はわかる。全部、繋がっている」
「どう繋がっていますか」
「月次報告があるから、貴族たちが情報を持っている。情報を持っているから、説明会で動揺しない。議事録があるから、後で確認できる。根回しがあるから、驚かない。全部、繋がっている」
「そうです」
「バラバラに見えて、全部が一つの目的に向かっている」
「目的は何だと思いますか」
「物事が、スムーズに動くことだ」
「そうです」
「スムーズに動けば、反発が減る。反発が減れば、決まることが増える。決まることが増えれば、この国が動ける」
「全部繋がっていますね」
「田中が来てから、この城がスムーズに動くようになった理由が、今日になってやっとわかった気がする」
「ガルド卿が見てきたからわかったんです」
「また同じことを言う」
「事実なので」
「わかった。ただ、今日だけは言わせてくれ」
「はい」
「田中が来てくれたから、余も変わった。それが事実だ」
「……ありがとうございます」
「珍しくすぐ言えたな」
「大事なことを言っていただいたので」
その日の午後、田中はもう一度貴族たちの個別フォローをした。
説明会で懐疑的な顔をしていた貴族を、数名訪ねた。
一人目。
「昨日の説明会で、少し疑問が残っていましたか」
「残っていた。軍事的な義務がないと言ったが、それはどう保証されるのか」
「文書に明記します。文書に何が書いてあるかを、全員で確認してからサインします。サインした後は、文書の内容が全てです」
「文書が守られなかった場合は」
「その場合は、同盟の解消を申し出ることができます。一方的に義務を負い続ける仕組みにはなりません」
「それは、どこに書くのか」
「同盟文書の最後の条項に入れます。解消の手続きと条件を明記します」
「わかった。それがあれば、納得できる」
「ありがとうございます」
二人目。
「同盟が成立した後、この国の独立性は保たれるのか。三国同盟というと、どこかが主導する形になるのではないか」
「対等な関係で結ぶ同盟です。主導権を持つ国は決めません。全員が合意したことだけを実行します」
「それは担保できるのか」
「意思決定の仕組みを文書に入れます。全会一致を原則とします。一国でも反対すれば、進めない」
「一国が拒否権を持つということか」
「そうです。小国であるランセルも、この国も、魔王軍も、同じ重みを持ちます」
「ランセルと同じ重みか」
「共通の問題に対処するための同盟ですので、規模ではなく、一国一票の原則にします」
「なるほど。それなら、この国が不利になることはないな」
「そうです」
「わかった」
三人目はバルト卿だった。
「貿易の話、もう少し聞かせてもらえるか」
「どんなことをお聞きになりますか」
「魔王領との貿易が増えるとしたら、どんな品物が動くと思うか」
「魔王領は、この国より北にあります。北方の資源、鉱石類が豊富です。また、魔王城の食料交易で、双方の需要がある品目が確認されています」
「鉱石か。余の港を経由させることはできるか」
「できます。魔王領からの品物が、この国を経由して南に流れる形になれば、バルト卿の港が中継地になります」
「それは、余にとって利益がある」
「そうです」
「田中、余は同盟に賛成だ」
「ありがとうございます」
「貿易の話を具体的にしてくれれば、余の側から同盟を推す声を出せる」
「ガルド卿とも連携して、進めます」
「頼む」
田中は訪問を終えて、メモに書いた。
・個別フォロー:三名。全員、方向性として納得。細部の確認が必要な部分あり。
・バルト卿:貿易の具体的な話を求めている。鉱石の中継地として港を活用する案が刺さった。
夕方、田中はガルドに報告した。
「個別フォローが終わりました」
「どうだった」
「懸念が残っていた三名、全員と話しました。全員、方向性として納得しています」
「全員か」
「そうです。ただ、細部の確認が必要な部分があります。文書が出来上がった段階で、もう一度確認してもらいます」
「そうだな。文書を見れば、具体的な懸念が出てくる」
「そうです。今の段階では、大筋の方向性だけ確認しました」
「田中、一つだけ」
「はい」
「今回の根回し、余と田中で分担できたな」
「そうですね」
「余が大きい場で話して、田中が個別に話す。その分担が、うまく機能した」
「そうです」
「これが、田中が言っていた仕組みか」
「どういう意味ですか」
「一人でやらなくていい、ということだ。役割を分けて、それぞれがやれることをやる」
「そうです」
「余も、やれることがあった」
「ありました。そして、田中にはできないことをやってくれました」
「田中にできないことか」
「田中は、長く城にいる人間ではありません。ガルド卿が先に話すことで、重みが変わります。それは田中にはできないことです」
「そうか」
「ガルド卿にしかできないことをやってもらいました」
「なるほど」
「それが、最も効果的な分担です」
「田中、お前に一つだけ言っていいか」
「どうぞ」
「余は最初、お前が何をしに来たのかわからなかった。補佐官と言うが、何を補佐するのかが、わからなかった」
「そうでしたね」
「今はわかる。お前は、人が動けるようにしに来た」
「そうですか」
「そうだ。王を動けるようにした。余を動けるようにした。アレンを動けるようにした。全員が動けるようになった。それが、お前の仕事だった」
田中は少し止まった。
「そうかもしれません」
「そうだ」
「ありがとうございます」
「珍しくすぐ言えたな」
「ガルド卿に言われると、受け取りやすいです」
「なぜだ」
「最初から反対していたガルド卿が、そう言ってくれるので」
「最初から反対していたからこそ、今の言葉に重みがあるということか」
「そうです」
「なるほど。では、余が反対していたことが、役に立ったな」
「役に立ちました」
「それは、面白い話だな」
「そうですね」
ガルドは少し笑った。
夜、田中は部屋でメモを整理した。
今日一日で、貴族への個別フォローが完了した。
ガルドとの分担が機能した。
田中がやることが、また変わっていた。
以前は、田中が全部の場で話していた。
今は、場によって、ガルドが話し、田中が補足する。
または、田中が話し、ガルドが支える。
役割が分散していた。
田中はリストを見た。
【貴族への説明・完了】
・説明会:ガルドが主導。大きな反発なし。
・個別フォロー:田中が担当。三名全員と話した。
・次のアクション:同盟文書の草案を作成する。
最後に一行書き足した。
・ガルドが「お前は、人が動けるようにしに来た」と言った。それが、田中の仕事の本質かもしれない。
次回「第八十話 バルト卿が、同盟に前向きになった理由」へつづく




