第七十五話 王様と魔王が、同盟という言葉を初めて口にした
第七十五話 王様と魔王が、同盟という言葉を初めて口にした
前話までのあらすじ
GOLが止まった後、王様が「魔王軍と正式な同盟を結びたい」と言った。
田中はシアに打診の手紙を出した。ロイドに軍の連携の文書化を依頼した。ガルドが貴族への説明を引き受けてくれた。
「GOLが止まった後、次の問いが生まれた。同盟という問いだ。これは、築くためのやることだ」とメモに書いた。
手紙を出して、三日後。
シアから返事が来た。
田中は封を開けた。
読んだ。
もう一度読んだ。
レオンが横で待っていた。
「どうですか」
「魔王陛下も、同盟を考えていたそうです」
「そうですか」
「シアさんの手紙に、こう書いてあります。『田中からの打診を受ける前から、魔王は同盟の話をしたいと言っていた。田中が先に動いてくれて、助かった』と」
「魔王陛下も、同じことを考えていたんですね」
「そうです。こちらが先に言うか、向こうが先に言うかの違いだけでした」
「それは、心強いですね」
「そうです。向こうも同じ方向を向いていた。これは、まとまります」
「どのくらいで、ですか」
「わかりません。ただ、向こうが前向きなら、条件の整理だけで進められます」
「条件の整理に、どのくらいかかりますか」
「複雑な条件が出なければ、数週間で骨格は作れます。細部は、もう少しかかります」
「わかりました」
「レオン、もう一点、シアの手紙に書いてありました」
「なんですか」
「魔王が、田中に直接会って同盟の話をしたいと言っています」
「また魔王城に行くんですか」
「今回は逆です。魔王がこちらに来ると言っています」
「魔王がこの城に来るんですか」
「そうです」
レオンはしばらく田中を見た。
「タナカ、それは、すごいことですよ」
「そうですね」
「魔王がこの国の城に来る。それだけで、二国が同盟に向けて動いているということが、目に見えます」
「そうです。だから、魔王に来てもらう方がいいと思います」
「段取りをするんですね」
「します」
王様に報告した。
「シアさんから返事が来ました。魔王陛下も同盟を考えていたそうです」
「そうか」
「陛下がおっしゃる前から、魔王陛下も同じことを考えていました」
「余と同じことを、か」
「そうです」
「それは」
王様は少し間を置いた。
「……少し、嬉しいな」
「そうですね」
「同じことを考えていた。それだけで、話が通じる気がする」
「通じます。条件の整理だけで進められると思います」
「条件の整理は、田中がするのか」
「します。ただ、一点だけ確認させてください」
「なんだ」
「魔王陛下が、この城に来ると言っています。受け入れていただけますか」
「魔王が、この城に来るのか」
「はい。田中がこちらに来るより、魔王がこちらに来る方が、意味があります」
「どういう意味があるんだ」
「魔王がこの国の城に来ることは、向こうが歩み寄ったということです。同盟の話において、向こうが一歩踏み出した形になります」
「それは、余に有利ということか」
「有利というより、対等の関係で始めるための形です。向こうが来れば、次は余が向こうに行く。そういう往来が続くことで、同盟が形になります」
「往来、か」
「そうです。一方が常に来る形では、力関係が生まれます。交互に来ることで、対等な関係が作れます」
「なるほど」
「受け入れていただけますか」
「受け入れる。来てもらえ」
「ありがとうございます」
「ただし、田中が段取りをしろ」
「かしこまりました」
魔王が来たのは、一週間後だった。
シアが一緒に来た。
田中が城門で出迎えた。
「よく来てくれました」
「来たぞ」と魔王が言った。
「お久しぶりです」
「久しぶりだな。GOLが止まってから、初めて会うな」
「そうですね」
「あの日のことは、よく覚えている」
「私もです」
「田中とOLAが並んで、光に向かって声を出していた。あれは、余には忘れられない光景だった」
「そうですか」
「あれを見て、余は決めた」
「何をですか」
「田中と正式に手を結ぼうと」
「田中と、ですか」
「田中が補佐するこの国と、だ。同盟という形で、正式に」
「ありがとうございます」
「礼はいい。余もそうしたいからする」
「わかりました」
魔王は城の中を見た。
「余は、この城に来たことがなかった。田中が来るいつも魔王城だった」
「そうですね」
「今日は、余が来た」
「はい」
「それが、今日の意味だ」
「そうですね」
「田中、案内してくれ」
「かしこまりました」
謁見の間に通した。
王様が待っていた。
魔王が入ってきた。
二人が向き合った。
田中は少し離れた場所に立った。
しばらく、二人は黙って向き合っていた。
王様が口を開いた。
「よく来てくれた」
「招いてくれた」と魔王が言った。
「田中から聞いた。お前も同盟の話をしたかったと」
「そうだ。ただ、どう切り出すかが、わからなかった」
「余も同じだった」
「そうか」
「田中が先に動いてくれた」
「田中がいなければ、どちらも言い出せないままだったかもしれないな」
「そうだな」
二人が田中を見た。
田中はメモを取る手を止めた。
「田中、お前がいなければ、この話はなかった」と王様が言った。
「二人が同じ方向を向いていたから、話ができました」と田中が言った。
「また同じことを言う」と魔王が言った。
「事実なので」と田中が言った。
「わかった」と王様が言った。
「わかった」と魔王が言った。
二人が同時に言った。
田中は少し笑った。
「二人が同時に言いましたね」
「そうだな」と王様が言った。
「似ているな、余たちは」と魔王が言った。
「よく言われていましたよ」と田中が言った。
「お前に、か」と王様が言った。
「そうです」と田中が言った。
「では、始めよう」と魔王が言った。
「同盟の話を」と王様が言った。
会談が始まった。
田中は議事録を取った。
王様と魔王が、直接話した。
田中はほとんど話さなかった。
二人が話せるようになっていた。
ただ、一点だけ、田中が話した場面があった。
魔王が言った。
「同盟という言葉を使うとして、その意味をはっきりさせたい」
「どういう意味だ」と王様が聞いた。
「同盟には、攻守同盟と、相互不侵犯条約と、いくつかの形がある。余はどの形を求めているのか、自分でもまだわかっていない」
「田中、どう整理する」と王様が聞いた。
「一点だけ確認させてください」と田中が言った。
「なんだ」
「今、二国が一番必要としているものは何ですか。攻撃から守ることですか、それとも一緒に動くことですか」
王様と魔王が、少し考えた。
「一緒に動くことだ」と魔王が言った。
「余も同じだ」と王様が言った。
「ならば、攻守同盟よりも、共同行動の枠組みを持つ同盟が合っています。相手が攻撃された場合に助けるという義務より、共通の問題に一緒に取り組む仕組みを作る方が、今の二国には向いています」
「共通の問題に一緒に取り組む」と王様が言った。
「北の問題がその一つです。ただ、北の問題だけでなく、食料、情報、軍の連携、全部が含まれます」
「それが、同盟の中身ということか」と魔王が言った。
「そうです。中身を先に決めれば、名前は後からついてきます」
「名前より中身、か」と王様が言った。
「そうです」
「田中らしいな」と魔王が言った。
「そうかもしれません」
二人が頷いた。
「中身から決めよう」と王様が言った。
「そうしよう」と魔王が言った。
会談は三時間続いた。
中身の骨格が決まった。
共同で対処する問題の範囲。
情報共有の仕組み。
食料と物資の相互支援。
軍の連携の枠組み。
全部、方向性が合意された。
細部は次回以降に持ち越した。
終わり際、魔王が言った。
「田中、今日の議事録、余にも渡してくれ」
「はい、双方で持ちましょう」
「それがお前のやり方だな」
「そうです」
「いつもそうだ。記録を双方で持つ。それが信頼を作る」
「そうです」
「余も、覚えた」
「そうですか」
「今後は、余の城でも記録を双方で持つようにする」
「それは良いことです」
「お前が来てから、この城だけでなく、余の城も変わった」
「魔王陛下が変えたんです」
「また同じことを言う」
「事実なので」
「わかった」
魔王は立ち上がった。
「今日は来て良かった」
「来ていただいて、良かったです」
「次は、余の城で話そう」
「かしこまりました」
「田中、次の会談の段取りを頼む」
「します」
「頼もしいな」
「責任重大です」
「それも田中らしい答えだ」
魔王は低く笑った。
魔王とシアが帰った後、田中は王様と食堂で夕食を食べた。
「田中、今日はどうだった」
「良かったです」
「二人で話せたな」
「そうですね」
「余は、魔王と三時間話した。途中から、田中が話していないことに気づいた」
「気づいていましたか」
「そうだ。以前は、田中が間に入っていた。今日は、田中がいなくても話が続いた」
「そうですね」
「それは、どういうことだ」
「信頼が生まれたからだと思います」
「余と魔王の間に」
「そうです。GOLを一緒に乗り越えた。その経験が、信頼になった」
「なるほど」
「信頼があれば、田中が間に入らなくても、話せます」
「田中の仕事が、減ったということか」
「間に入る仕事は、減りました。ただ、別のやることが増えています」
「別のやることとは」
「同盟文書を作ること。条件を整理すること。各方面への根回し。やることは変わりません」
「変わらないな」
「そうです」
「田中は、いつまでたっても、やることがある」
「そうですね」
「それが田中だ」
「そうかもしれません」
王様はスープを飲んだ。
「田中、同盟が成立したとき、この世界はどう変わると思うか」
「大きくは変わらないと思います」
「そうか」
「ただ、少しずつ変わります。信頼が積み上がる。往来が増える。情報が流れる。それが積み重なって、いつか大きく変わります」
「少しずつ変わる、か」
「いつもそうです」
「余も、少しずつ変わってきた」
「そうですね」
「お前が来てから、少しずつ」
「陛下が変わろうとしていたからです」
「また同じことを言う」
「事実なので」
「わかった」
王様は少し笑った。
田中も、少し笑った。
田中はメモアプリを開いた。
【本日の記録】
・魔王がこの国の城に来た。初めてのことだった。
・王様と魔王が三時間、直接話した。田中はほとんど話さなかった。
・同盟の中身の骨格が合意された。
・次回は魔王城で話し合う。
最後に一行書き足した。
・今日、二人が「同盟」という言葉を同時に使った。それが、今日の一番大事なことだった。
次回「第七十六話 同盟の条件を整理する。田中が三国分の調整をする」へつづく




