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異世界に転生したのに。また中間管理職でした。  作者: しーするー
第3章 王様と魔王が同じ席に座った日
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第七十二話 全部が終わったわけではなかった

第七十二話 全部が終わったわけではなかった


前話までのあらすじ

田中が七日間毎日山脈に通い続けた。光が消えた。GOLが止まった。

OLAはいなかった。田中一人で続けた結果だった。

「OLAに、止まったと伝えたい。いつかまた、会えるといいと思っている」とメモに書いた。

今夜は、すぐに眠れた。本当に、すぐに眠れた。


 光が消えた翌朝。

 田中はいつもより遅く起きた。

 目が覚めたとき、天井を見た。

 石造りの天井。

 この国の城の天井。

 いつもと同じ天井だった。

 ただ、今朝は少し違った。

 軽かった。

 体が、軽かった。

 田中は起き上がった。

 窓を開けた。

 北の空を見た。

 山脈が見えた。

 光がなかった。

 今朝も、光がなかった。

 昨日が夢ではなかった。

 田中はメモアプリを開いた。

 今日のやることリストを書こうとした。

 少し、手が止まった。

 今日のやることが、いつもより少なかった。

 田中は少し、その感覚を確認した。

 珍しかった。

 やることが少ない、という感覚。

 悪くなかった。


 朝食に行くと、全員がいた。

 王様、レオン、アレン、ロイド。

 田中が入ると、全員が田中を見た。

「お帰りなさい、タナカ」とレオンが言った。

「ただいまです」と田中が言った。

「よく眠れましたか」

「よく眠れました」

「顔色が良いですね」

「そうですか」

「七日間、毎日山脈に行っていましたから」

「そうでしたね」

「今日は山脈に行かなくていいんですね」

「そうですね。今日は行かなくていいです」

「どんな気持ちですか」

「不思議な気持ちです。毎日行っていたので、行かなくていい日が来るとは、少し思っていませんでした」

「来ましたね」

「来ました」

 アレンが言った。

「タナカさん、今日は何をするんですか」

「まず、三国への報告を書きます。光が消えたことを正式に伝えます。それから、この七日間の記録を整理します。OLAとの対話の記録も、全部残しておきたいです」

「それだけですか」

「それだけです。今日は、それだけです」

「少ないですね」

「そうですね」

「珍しいです」

「そうですね」

「良いことだと思います」

「そうかもしれません」

 王様が言った。

「田中、今日は報告書だけか」

「はい」

「それ以外は」

「今日は、それ以外はないです」

「そうか」

「はい」

「ゆっくりしろ」

「はい」

「約束か」

「約束です」

「良かった」


 午前中、田中は三国への報告書を書いた。

 レオンが手伝ってくれた。

 シアへの手紙。ミラへの手紙。魔王への手紙。

 全部に、光が消えたこと、GOLが止まったこと、OLAが戻ったこと、今後の三国連携の継続を書いた。

 三通書いて、封じた。

「レオン、使者を手配してもらえますか」

「はい。今日中に出します」

「ありがとうございます」

「タナカ、書いていて、どんな気持ちでしたか」

「報告書を書くのは、いつも通りです」

「そうですね。ただ、今日の報告書は少し違いましたか」

「そうですね。良い報告でした」

「良い報告を書くのは、どんな気持ちですか」

「悪くない気持ちです」

「悪くない、ですか」

「うれしい、という言葉が正確かどうかわかりませんが、悪くない、という感覚があります」

「タナカ、うれしいと言っていいと思いますよ」

「そうですか」

「はい。光が消えた。それはうれしいことです」

「そうですね。うれしいです」

「言えましたね」

「言えました」

「良かったです」


 昼過ぎ、謎の人物のことを思い出した。

 田中は客間に行った。

 まだいた。

「来ましたね」と人物が言った。

「光が消えました」と田中が言った。

「知っています」

「GOLが止まりました」

「知っています」

「北の問題が、一段落しました」

「そうですね」

「帰る方法が、現れましたか」

 人物は少し間を置いた。

「現れたかもしれません」

「現れたかもしれない、というのは」

「GOLが止まった今、道が開く可能性が生まれました。ただし、確実ではありません」

「どのくらいの可能性ですか」

「わかりません。試してみないとわかりません」

「試すとは」

「田中殿が、帰ると決めて、動いてみることです」

「帰ると決めれば、道が開くかもしれない」

「そうです」

「帰ると決めなければ」

「道が開かないかもしれません」

「つまり、今が、帰るかどうかを決めるタイミングですか」

「そうです」

「今すぐ決める必要がありますか」

「急ぎではありません。ただ、時間が経つと、可能性が変わるかもしれません」

「どのくらいの時間がありますか」

「わかりません。ただ、この話をした日から、時間は動いています」

「そうですか」

 田中はしばらど考えた。

「一点だけ確認させてください」

「どうぞ」

「帰ると決めれば、すぐに帰ることになりますか」

「すぐにはならないかもしれません。準備が必要です」

「準備とは」

「引き継ぎです。田中殿が言っていた、引き継ぎメモを書いていなかった案件がありましたね」

「そうですね」

「この世界での引き継ぎも、あるでしょう」

「あります」

「それをやりながら、準備を進める。その間に、道が整います」

「わかりました」

「田中殿、一つだけ」

「はい」

「焦らなくていいです」

「そうですか」

「焦って決めるより、納得して決めた方が、田中殿らしいと思います」

「そうですね」

「ただ、考え続けてください」

「わかりました」

「帰ると決めたとき、また来てください」

「はい」

「それまで、余はここにいます」

「ありがとうございます」


 夕方、田中は図書室に一人でいた。

 七日間の記録を整理していた。

 OLAとの対話の記録。音のパターン。動作の意味。GOLを止めるまでの経緯。

 全部を一枚の羊皮紙にまとめた。

 書き終えてから、田中はその羊皮紙を見た。

 これが残る。

 田中がいなくなっても、この記録は残る。

 OLAとの対話の記録が、この城に残る。

 それは、良いことだと思った。

「タナカ」

 レオンが入ってきた。

「いましたか」

「はい。記録の整理をしていました」

「見ていいですか」

「どうぞ」

 レオンが羊皮紙を読んだ。

「……全部書いてあります」

「はい。残しておきたかったので」

「OLAとの音のパターンも」

「全部書きました。誰かが読めば、OLAと話せるかもしれません」

「誰かが、というのは」

「田中がいなくても、この記録があれば、続けられます」

 レオンは少し間を置いた。

「タナカ、帰ることを考えていますか」

「考えています」

「謎の人物と話しましたか」

「今日、話しました」

「どんな話でしたか」

「帰る準備ができてきました。帰ると決めれば、道が整うかもしれません」

「決めましたか」

「まだです」

「そうですか」

「ただ、記録を残しておきたいと思いました。帰っても残っても、この記録は残る」

「タナカが残したものが、続いていく」

「そうです」

「タナカが作った仕組みも、続いていきます」

「そうですね」

「月次報告も、三国の連携も、OLAとの対話の記録も」

「全部、残ります」

「タナカがいなくなっても」

「そうです」

 レオンはしばらど羊皮紙を見た。

「タナカ、一つだけ聞いていいですか」

「どうぞ」

「帰りたいですか」

「わかりません。ただ」

「ただ、何ですか」

「元の世界のことを、最近よく考えます」

「どんなことを考えますか」

「妻のこと。部下のこと。引き継いでいなかった案件のこと」

「心配していますか」

「心配しています。ただ、心配しているということは、まだ気にかけている、ということかもしれません」

「気にかけているなら、帰りたいということですか」

「そうかもしれません。ただ、この世界にも、気にかけているものがあります」

「どんなものですか」

「王様。レオン。アレン。ロイド。ガルド。シア。魔王。ミラ。カラ。OLA」

「みんな、タナカが気にかけている」

「そうです」

「みんなも、タナカを気にかけています」

「そうですね」

「どちらを選んでも、気にかけている人がいます」

「そうです」

「難しいですね」

「難しいです」

「タナカが難しいと言うのは、今でもまだ珍しいですね」

「そうですね。ただ、難しいものは難しいです」

「それでいいと思います」

「そうですか」

「難しいと言えるようになったことが、変化だと思います」

「そうですね」

「タナカ、今夜は」

「はい」

「少し、ゆっくり考えてください」

「はい」

「やることがない夜は、考えるのに向いています」

「そうですね」

「今夜は、やることが少ないですか」

「少ないです」

「では、考えてください。急がなくていいです。ただ、考えてください」

「わかりました」

「約束ですか」

「約束です」

「良かったです」

 レオンは図書室を出た。

 田中は一人になった。

 羊皮紙を見た。

 OLAとの記録。

 全部、書いてあった。

 田中はその羊皮紙を、そっと棚に収めた。

 図書室の棚に、他の記録と並んだ。

 この城の記録の一部になった。

 田中は窓を開けた。

 北の空を見た。

 山脈が見えた。

 光がなかった。

 ただの山脈だった。

 大きかった。

 ただ、今夜は、怖くなかった。

 向こうに何があるかを知っていた。

 OLAがいることを知っていた。

 止まったことを知っていた。

 知っている、ということは、向き合えるということだ。

 田中はしばらど山脈を見た。

 それから、窓を閉めた。

 椅子に座った。

 何もしなかった。

 ただ、考えた。

 帰るかどうか。

 元の世界。

 この世界。

 答えは、まだ出なかった。

 ただ、考えられることが、少し、前進のような気がした。

 一ヶ月前は、考えることもできなかった。

 今は、考えられる。

 それが、変化だった。

 田中はメモアプリを開いた。

 一行書いた。

 ・光が消えた。ただ、全部が終わったわけではなかった。次の問いが来た。

 書いてから、もう一行書き足した。

 ・帰るかどうか。まだわからない。ただ、考えられるようになった。それが今夜の変化だ。


次回「第七十三話 田中が、次の扉の前に立つ(第三章完結)」へつづく

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