第七十一話 光が、消えた
第七十一話 光が、消えた
前話までのあらすじ
三国の代表とOLAが揃い、全員で光に働きかけた。光が弱くなった。
王様、魔王、ミラの三人から感謝を受け取った。
「今日は、受け取れる日だった。それが今日の変化だった」とメモに書いた。
翌日に続けることをOLAと約束した。
翌朝。
田中は夜明け前に目が覚めた。
窓を開けた。
北の空を見た。
光が、あった。
ただ、昨日より弱かった。
確実に、弱くなっていた。
田中はメモに書いた。
・今朝の光:昨日より弱い。弱くなり続けている。
その日は、田中とOLA二者だけで山脈に向かった。
三国の代表は城で待機してもらった。
「今日は二者で行きます」と田中が言った。
「理由は」とロイドが聞いた。
「昨日は全員で来た。それで光が弱くなった。今日は、OLAとの対話を深めたいです。大人数だと、細かい対話がしにくい」
「わかった。村で待つ」
「ありがとうございます」
岩場に着いた。
OLAが来ていた。
今日は岩場の上でも、麓でも、道の途中でもなかった。
田中が来た方向から、少し離れた場所に立っていた。
田中が近づいた。
「OLA」
OLAが前足を踏んだ。
「TNA」とOLAが言った。
「はい」と田中が言った。
OLAが、新しい動作をした。
田中の方に、ゆっくりと歩いてきた。
五十センチまで来た。
今までで一番近かった。
「タナカ」とレオンが小声で言った。
「はい」と田中が小声で返した。
「今まで最も近い距離です」
「そうですね」
「動かないでいてください」
「動きません」
OLAが止まった。
田中のすぐ横に立っていた。
田中はOLAを見た。
OLAも田中を見ていた。
そのまま、しばらく、隣に立っていた。
何もしなかった。
ただ、隣にいた。
「タナカ、OLAが隣に来ました」とレオンが言った。
「そうですね」と田中が言った。
「何をするんでしょう」
「わかりません。ただ、隣に来てくれた」
「それだけで、大事ですね」
「そうですね」
OLAが、低い音を出した。
短い音だった。
田中が聞いた。
「この音、以前も聞きましたか」とレオンが言った。
「聞きました。初回の挨拶の音です」
「SKO、に近い音ですね」
「そうです」
「最初の挨拶の音を、今また出した」
「そうですね」
「始まりの音を、ここで出した意味は何だと思いますか」
田中は少し考えた。
「最初に会ったときに戻る、という意味かもしれません」
「最初に戻る」
「そうです。最初に出会って、ここまで来た。その最初を、もう一度確認している」
「なるほど」
「あるいは、別れの挨拶かもしれません」
「別れの挨拶、ですか」
「最初の挨拶と、別れの挨拶が同じ音を使う言語があります。この言語でも、そうかもしれません」
「別れ、ということは、OLAが去るということですか」
「そうかもしれません」
田中はOLAを見た。
「OLA、また来ますか」
「また来る」という音を使った。
OLAが、低い音を出した。
それから、田中から離れた。
山脈の方向に歩き始めた。
「行ってしまいます」とレオンが言った。
「そうですね」と田中が言った。
「追いますか」
「追いません。OLAが決めたことです」
「そうですね」
「ただ、最後に一つだけ言います」
「はい」
田中はOLAの背中に向かって言った。
「OLA、ありがとう。またいつか、会えるといいですね」
日本語だった。
通じるはずがなかった。
ただ、言いたかった。
OLAが止まった。
振り返った。
田中を見た。
しばらく、見ていた。
それから、また歩き始めた。
山脈に向かって。
岩場を越えて。
光の中に、消えていった。
田中はしばらど、OLAが消えた場所を見ていた。
レオンが隣に来た。
「タナカ」
「はい」
「OLAが行ってしまいました」
「そうですね」
「寂しくないですか」
「寂しいです」
「そうですか」
「初めて会ったとき、怖かったです。ただ、怖さより、やることがあったので近づきました。それで、名前を知って、音を覚えて、一緒に動いた。その相手が行ってしまった」
「寂しいですね」
「そうです」
「ただ、OLAが伝えてくれたことは、残っています」
「そうですね」
「GOLを止めるために必要なことを、教えてくれました」
「そうです」
「田中とOLAが一緒にやったことも、残っています」
「そうですね」
「寂しくても、OLAがいてくれた事実は残ります」
「そうですね」
「田中、今日は戻りましょう」
「はい」
麓でロイドが待っていた。
「OLAはどうした」
「山脈に戻りました」
「もう会えないか」
「わかりません。ただ、今日は行ってしまいました」
「そうか」
「ロイド卿、光の状況を確認してもらえますか」
「確認する」
ロイドが山脈の光を確認した。
「田中、昨日より、かなり弱い」
「そうですか」
「止まっているわけではないが、弱くなっている。このままいけば」
「止まるかもしれませんか」
「可能性はある。ただ、確実ではない」
「わかりました」
「田中、OLAが行ってしまったが、続けられるか」
「続けます」
「OLAなしで」
「OLAが教えてくれた方法を使って、続けます。田中とOLAが一緒にやったことは、田中一人でもできます。規模は小さくなりますが」
「そうか。ならば、毎日来るか」
「来ます。光が消えるまで」
「わかった。余は毎日護衛をつける」
「ありがとうございます」
翌日から、田中は毎日山脈に来た。
OLAはいなかった。
ただ、田中は一人で光に向かって声を出した。
「GOL、止。TNA、OLA、三国、一緒、止める」
毎日、同じ言葉を出した。
光が、少しずつ弱くなっていった。
三日後。
光が、さらに弱くなった。
五日後。
光が、ほとんど見えなくなった。
七日後の朝。
田中が山脈に来た。
光が、なかった。
「消えました」とカラが言った。
「そうですね」と田中が言った。
「GOL、止まりました」
「そうですね」
「確実ですか」
「カラさんが確認してください」
カラが岩場に近づいた。
岩の隙間を確認した。
「光がありません。音も止まっています。川の色も、元に戻っています」
「全部、止まりましたか」
「止まったと思います」
田中はしばらど山脈を見た。
山脈は、ただの山脈だった。
光がない山脈は、普通の山脈だった。
「タナカ」とレオンが言った。
「はい」
「止まりました」
「そうですね」
「どんな気持ちですか」
田中は少し考えた。
「……よかった、という気持ちがあります」
「他には」
「OLAに、伝えたいと思っています」
「止まったことを」
「そうです。OLAが教えてくれたから止まった。OLAに、止まったと伝えたいです」
「伝えられますか」
「今は、伝える方法がわかりません。ただ、OLAが山脈の向こうにいるなら、光が消えたことで、わかるかもしれません」
「そうですね。OLAも、同じ光を見ていたはずです」
「そうです」
「田中殿」とカラが言った。
「はい」
「今日、山脈に来て、何か感じましたか」
「感じました」
「何をですか」
「普通の山脈でした。当たり前のことですが、光がない山脈は、ただの山脈でした」
「普通の山脈になった」
「そうです」
「それが、今日の一番大事なことかもしれません」
「そうですね」
「普通になった」
「そうです」
城に戻った。
王様に報告した。
「光が消えました」
王様は少し黙った。
「消えたか」
「はい」
「止まったのか」
「止まったと思います。カラさんが確認しました」
「田中がやったのか」
「OLAが教えてくれた方法でやりました。皆さんが来てくれたから、弱くなりました。田中が毎日続けたから、消えました」
「どれも本当だ」
「そうです」
「どれか一つではなかった」
「そうです」
「全部あって、消えた」
「そうです」
王様はしばらど窓の外を見た。
「田中、お前は何ヶ月、この問題と向き合ってきた」
「この城に来てから、ずっとです。ただ、北の問題を知ったのは、魔王城に行ってからです」
「何ヶ月だ」
「五ヶ月ほどです」
「五ヶ月か」
「そうですね」
「田中、この五ヶ月で、お前は何をやったか、自分でわかるか」
「やることをやってきました」
「それだけか」
「それだけです」
「もっと言えないか」
「言えることはたくさんあります。ただ、一番根本にあるのは、やることがあったから動いた、それだけです」
「そうか」
「はい」
「田中、余から一つだけ言っていいか」
「はい」
「今日は、受け取れ」
「何をですか」
「余の気持ちを」
「はい」
「田中、よくやった。本当に、よくやった」
田中は少し止まった。
「……ありがとうございます」
「珍しくすぐ言えたな」
「今日は、受け取る準備ができていました」
「そうか」
「はい」
「良かった」
王様は田中を見た。
「田中、これで終わりか」
「北の問題は、一段落しました。ただ、終わりではありません」
「続くのか」
「三国の連携を続けること。OLAとの対話の記録を残すこと。光が消えた理由を整理すること。やることはあります」
「そうか」
「ただ、今日は一段落しました」
「一段落したなら、今日は休め」
「はい」
「約束か」
「約束です」
「今日だけは、早く眠れ」
「眠ります」
「わかった」
田中は頭を下げた。
部屋を出た。
部屋に戻った。
窓を開けた。
北の空を見た。
山脈が見えた。
光がなかった。
ただの山脈だった。
大きかった。
ただ、今夜は、怖くなかった。
田中はしばらど山脈を見た。
「OLA」と田中は言った。
誰も聞いていなかった。
山脈に向かって言った。
「止まりました。ありがとう」
返事はなかった。
当然だった。
ただ、言いたかった。
田中は窓を閉めた。
メモアプリを開いた。
【本日の記録】
・山脈の光が消えた。GOLが止まった。
・OLAはいなかった。田中一人で続けた結果。
・カラが全面的に確認済み。
最後に一行書き足した。
・OLAに、止まったと伝えたい。いつかまた、会えるといいと思っている。
メモを閉じた。
ベッドに横になった。
目を閉じた。
今夜は、すぐに眠れた。
本当に、すぐに眠れた。
次回「第七十二話 全部が終わったわけではなかった」へつづく




