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第六話 勇者と申します、よろしくお願いします

第六話 勇者と申します、よろしくお願いします


前話までのあらすじ

城勤め十三日目、田中は貴族会議に突然召集される。

毎年もめるだけで何も決まらない会議に、田中は図書室で二時間かけて作った資料を持ち込み、過去五年の魔王軍の動きと予算の試算を数字で示した。

結果、十人中七人の貴族が予算拠出に合意。例年は全員反対で終わっていた会議が、初めて動いた。

王様は「不思議な人間だ」と三回目の感想を述べた。田中はそれをメモした。

夜、窓の外の星を見ながら、田中はオレンジ色に濁った元の世界の空を少しだけ思い出した。感傷ではなかった。ただ、思い出しただけだ。


 十六日目の朝。

 レオンが部屋に来た。今日は走っていなかった。落ち着いた足取りだったが、顔が微妙だった。

「おはようございます」

「おはよう、タナカ。今日、勇者が城に来る」

「勇者」

 田中はメモアプリを開いた。

 勇者という単語は、王様との最初の面談で出てきていた。「強いが話を聞かない」という説明付きで。

「どんな人ですか」

「強い。本当に強い。魔王軍の幹部を一人で倒したこともある」

「それはすごいですね」

「ただ——」

 レオンが言葉を選んでいた。

「ただ?」

「……一緒にいると、少し疲れる」

「なるほど」

 田中はメモに書いた。

 ・勇者:戦闘力高、協調性要確認。


 昼前、謁見の間に勇者が現れた。

 二十代前半くらいの青年だった。

 身長は高く、肩幅が広く、日に焼けた肌に、無駄のない体つきをしていた。腰に大剣を下げて、背中にもう一本。装備が全体的に重そうだった。

 顔は悪くなかった。むしろ整っていた。ただ、目が真っ直ぐすぎた。

 青年は王様の前に膝をついた。

「アレン、参りました」

 王様が何かを言った。立て、という意味らしかった。

 アレンは立ち上がり、室内を見回した。

 田中と目が合った。

 アレンは首を傾げた。

「……誰ですか、この人」

 王様が説明した。

 アレンはもう一度田中を見た。

「補佐官? 戦えますか」

「戦えません」

 田中は即答した。

「魔法は」

「使えません」

「剣は」

「持ったことがありません」

 アレンは王様を見た。

「なんで補佐官なんですか」

 王様が何かを言った。

 レオンが小声で訳してくれた。

「『色々と役に立つ』とおっしゃっています」

 アレンは納得していない顔をしていた。

 田中は気にしなかった。


 昼食は、城の食堂で取ることになった。

 アレンは田中の向かいに座った。

 最初はお互い無言だった。

 アレンが肉を豪快に食べながら、田中を見た。

「タナカさんって言うんですか」

「はい。田中義則です」

「どこの出身ですか」

「遠い場所です」

「強さは?」

「ないです」

「じゃあ何ができるんですか」

 田中はスープを一口飲んでから言った。

「段取りと、書類と、話し合いです」

 アレンは少しの間、田中を見た。

「……役に立つんですか、それ」

「人によると思います」

「俺には関係なさそうですね」

「そうかもしれません」

 アレンはまた肉を食べた。

 田中はパンをちぎった。

 しばらく沈黙が続いた。

 アレンが言った。

「貴族会議で何かやったって聞きました」

「資料を作っただけです」

「予算が通ったって」

「三分の二だけですが」

「今まで一度も通ったことなかったのに」

「そうらしいですね」

 アレンはパンを一口かじりながら、田中を見た。

「なんでできたんですか」

「数字にしたからだと思います。感情で話すより、数字で話す方が、人は動きやすいので」

 アレンは少し考えた。

「俺には無理だ」

「戦いは私には無理なので、お互い様です」

 アレンは少し黙ってから、また肉を食べた。

 田中はそれを、まあ悪くない反応だと思った。


 午後、王様がアレンに今後の方針を伝える場が設けられた。

 田中も同席した。

 王様が話した。要約すると「北の砦を強化したい。魔王軍の偵察部隊が増えている。アレンに前線に出てもらいたい」という内容だった。

 アレンは即答した。

「わかりました。いつ出発しますか」

 王様が日程を言った。

 アレンが頷いた。

 田中は手を挙げた。

 全員が田中を見た。

「確認させてください」

 アレンが田中を見た。

「前線に出る際の、補給の手配はどうなっていますか」

 王様が側近を見た。側近が別の側近を見た。誰も答えなかった。

「食料と水の日数分の手配、現地での調達ルート、負傷者が出た場合の後送先、これらが決まっていないと、戦える状況になりません」

 アレンが言った。

「食料くらい、現地で調達できます」

「どの程度の規模で動きますか」

「俺一人です」

「一人ですか」

「一人の方が速い」

 田中はメモに書いた。

 ・アレン:単独行動志向。補給概念が薄い。

「一人なら補給の問題は小さいですが、情報の持ち帰り方はどうしますか」

「戻って報告します」

「報告の書式は」

 アレンが固まった。

「……書式?」

「口頭でも構いませんが、記録が残らないと次に活かせません。簡単な様式を作りますので、帰還後に記入してもらえますか」

 アレンは王様を見た。

 王様は田中を見た。

 田中はメモに書き続けていた。

 アレンが言った。

「……どのくらい書くんですか」

「五項目くらいです。場所、確認した敵の数、装備の状態、地形、特記事項。慣れれば十分で書けます」

「十分か」

「はい」

 アレンはしぶしぶ頷いた。

「……わかりました」

 田中は頷いた。

 王様が、低く笑うのが聞こえた。


 夕方、アレンが田中の部屋に来た。

 ノックして、扉を開けて、入り口に立ったまま言った。

「あの報告書、今作ってもらえますか」

「今日出発するんですか」

「明朝です。今夜のうちに確認したい」

「わかりました。少し待ってください」

 田中は羊皮紙を取り出し、五項目の様式を書いた。

 アレンに渡した。

 アレンはじっと見た。

「……読めますか」

 田中が聞くと、アレンは少し黙った。

「読める。書くのが……少し苦手で」

「記入は私がやります。口頭で教えてもらえれば」

「それでいいんですか」

「内容が正確なら、形式は問いません」

 アレンは少し安堵した顔をした。

 田中はそれを見て、なんとなく察した。

 強くて、真っ直ぐで、一人で全部できると思っているが、苦手なことがあると言えない。

 どこにでもいるタイプだ。

 ただ、そういうタイプほど、一つ「ここは任せていい」という場所ができると、急に動きやすくなる。

「アレンさん、戦闘以外で困っていることがあれば、言ってください。私にできることはやります」

 アレンは少しの間、田中を見た。

「……なんで」

「私は戦えないので、それ以外で役に立てないと、ここにいる意味がないので」

 アレンはしばらく黙った。

 それから、ぽつりと言った。

「お金の管理が、よくわからない」

「経費ですか」

「遠征に出ると、宿や食料で金を使う。いくら使ったか、あとで聞かれるんだが……毎回よくわからなくなる」

「領収書を取っていますか」

「りょうしゅう……?」

「支払いの記録です。払ったときに紙に書いてもらう」

「そんなことをしている人間がいるのか」

「しないと管理できません」

 アレンは少し考えた。

「……次の遠征からやってみる」

「やり方を書いた紙も作りますので、出発前に渡します」

 アレンはまた少し黙った。

「タナカさん」

「はい」

「俺、最初に役に立たなそうと思いました」

「知ってます」

「でも、なんか、違うかもしれない」

「ありがとうございます」

 アレンは頷いて、部屋を出た。

 田中はメモに書いた。

 ・アレン:読み書き、計算、経費管理が苦手。戦闘に全振りしてきた人生と思われる。

 ・ただし、素直。言えば聞く。

 ・育てられるかもしれない(二人目)。


 翌朝、アレンは出発した。

 城門の前で、田中はアレンに経費記録の書き方を書いた紙を渡した。

 アレンは受け取って、少し困った顔をした。

「文字が多い」

「三行だけ読めば大丈夫です。あとは表に書くだけです」

「……わかった」

 アレンは紙を鎧の内側にしまった。

 馬に乗り、城門に向かいながら、振り返った。

「タナカさん、城にいますよね」

「いる予定です」

「戻ったら、報告書、口頭で教えます」

「待っています」

 アレンは頷いて、城門を出た。

 馬の足音が遠ざかっていった。

 レオンが隣で言った。

「アレンが戻ると言った人間に、ちゃんと戻ってきたことは少ないんですが」

「そうなんですか」

「気が向いたら別の場所に行ったり、面白そうな依頼を受けたり」

「なるほど」

 田中はメモに書き足した。

 ・アレン:帰還率、要確認。

 城門が閉まった。

 田中は踵を返した。

 今日もやることがある。

 未合意の貴族三名への個別フォロー。軍の実態調査。そして、そろそろ王様に国の全体戦略を整理して話す場を作らないといけない。

 田中は歩きながら、優先順位を並べ直した。

 いつもと同じだ。

 ただ、少しだけ、仲間が増えた気がした。


次回「第七話 個別フォローは根回しとも言う」へつづく

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