表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/23

第五話 予算が足りない、どこの世界も同じだ

第五話 予算が足りない、どこの世界も同じだ


前話までのあらすじ

城勤め初日、田中はさっそく王様に業務範囲・報告ルール・肩書きの確認を取り、「補佐官」として正式に城に籍を置くことになった。

午後には貴族のガルドが現れ、素性不明の田中を城に置くことへの不満をぶつけてきたが、田中は「おっしゃる通りです」と受け流し、まったく動じなかった。

夕方には図書室への立ち入り許可を取り付け、地図や資料を読み込みながら国の全体像を把握し始める。

やることリストは今日も増えた。異世界に来ても、それだけはいつもと同じだった。


 十三日目。

 朝、レオンが田中の部屋に飛び込んできた。

 息が上がっていた。

「タナカ、大変だ」

「おはようございます」

「おはようじゃなくて。今日、貴族会議がある」

「貴族会議」

「陛下が、軍の増強のための予算を貴族たちに諮る会議だ。毎年やっているが、毎年もめる」

「なるほど」

「タナカにも出席するよう、陛下から言伝がある」

 田中はメモアプリを開いた。

「会議の開始時刻は」

「昼過ぎ」

「事前資料はありますか」

「じ、事前……?」

「会議の前に配る資料です。議題、現状の数字、論点など」

 レオンは首を傾げた。

「そういうものは……特にないと思う」

 田中は少し考えてから、立ち上がった。

「レオン、今から図書室に行きます。付き合ってもらえますか」

「え、今から? 会議まで時間が」

「だから今から行くんです」


 図書室で二時間、田中は資料を漁った。

 レオンが読み上げ、田中がメモを取る。

 国の税収の記録。過去三年分の軍事費。魔王軍との交戦記録。貴族ごとの領地と石高に近い情報。

 全部、バラバラに棚に収まっていた。

「なんで整理されてないんですか、これ」

「整理……したことがないからじゃないか」

「誰も数字をまとめて見たことがないということですか」

「たぶん」

 田中は手を止めた。

 十五年間、似たような状況を何度も見てきた。情報はあるのに、誰も繋げていない。繋げないから判断できない。判断できないから感情で動く。感情で動くからもめる。

 どこの世界も同じだ。

「レオン、羊皮紙と羽ペン、多めに持ってきてもらえますか」

「何をするんだ」

「まとめます」


 会議室は、謁見の間より少し小さかった。

 長いテーブルを囲むように、十人ほどの貴族が座っていた。全員が田中を見た。田中はその視線を受けながら、手に持った羊皮紙の束を確認した。

 王様が上座に座っている。

 田中は王様の斜め後ろ、少し引いた位置に立った。

 会議が始まった。

 王様が口を開いた。要約すると「魔王軍が北に迫っている。兵を増やすために予算が必要だ。各貴族に拠出をお願いしたい」という内容だった。

 貴族たちがざわついた。

 一人が立ち上がった。先日の、ガルドだった。

「陛下、毎年同じことをおっしゃる。しかし毎年、魔王軍は攻めてきておりません。本当に今年は違うのですか」

 他の貴族たちが頷いた。

 王様が何かを言おうとした。

 田中は一歩前に出た。

 全員が田中を見た。

「少し、よろしいですか」

 レオンが隣で小声に訳してくれているが、田中は自分で話した。言語習得から十日、簡単な会議なら自力でなんとかなるレベルには来ていた。

 ガルドが眉をひそめた。

「補佐官とやら、発言は——」

「ガルド卿、二分だけください」

 田中は羊皮紙をテーブルに広げた。

 図書室で作ってきた、数字をまとめた一枚だった。

「過去五年間の、魔王軍の動きと、この国の軍事費の推移です」

 貴族たちが首を伸ばして見た。

「五年前、魔王軍は国境から五十リーグの地点まで来ました。その年、軍事費は通常の一・五倍でした」

 田中は棒で地図上の該当箇所を示しながら言った。

「四年前、三十リーグ。三年前、二十リーグ。去年、十二リーグ」

 室内が静かになった。

「毎年、距離が縮まっています。攻めてきていないのではなく、少しずつ近づいています」

 ガルドが言った。

「それは……知っている」

「では、このペースで来年はどこまで来るか、計算したことはありますか」

 ガルドは黙った。

「単純な外挿ですが、来年は五〜八リーグまで来る可能性があります。国境の砦までの距離は三リーグです」

 貴族の一人が、何かを言った。

「砦が抜かれたら」

「王都まで平地が続きます。地形的な防衛拠点は、砦の他にありません」

 また静かになった。

 田中は続けた。

「今年の軍事費の見積もりを出しました。こちらです」

 もう一枚の羊皮紙をテーブルに置いた。

「兵の増員に必要な費用、装備の調達費、食料と輸送のコスト、砦の補強費用。合計でこの数字になります」

 貴族たちが数字を見た。

 ガルドが言った。

「これを、我々で分担しろということか」

「各領地の石高に応じた比率で割り振ると、一領地あたりこの程度になります」

 田中は別の羊皮紙を広げた。貴族ごとの試算を書いたものだ。

 ガルドが自分の名前の横の数字を見た。

「……思ったより少ない」

「全員で出せば、一領地の負担は抑えられます。逆に、出し渋る領地が増えると、出した領地の負担が増えます」

 貴族たちが顔を見合わせた。

 田中は一歩引いた。

「数字の前提に間違いがあれば、指摘してください。修正します」

 室内が、しばらくざわついた。

 王様が田中を見ていた。

 何も言っていなかったが、目が「お前、何者だ」と言っていた。

 田中は軽く頭を下げた。


 会議は二時間かかった。

 全員が賛成したわけではなかった。ガルドは最後まで渋い顔をしていた。ただ、会議の終わりには、三分の二の貴族が予算拠出に合意した。

 例年は全員が反対して何も決まらないまま終わる、とレオンが後で教えてくれた。

「タナカ、すごかった」

「数字を並べただけですよ」

「でもあの資料、今朝作ったんだろう。二時間で」

「情報はあったので。整理しただけです」

 レオンは首を振った。

「城に来て十三日の人間が、この国の予算会議で発言するとは思わなかった」

「私もそう思います」

 田中は正直に言った。

 なんでこうなっているのか、自分でもよくわからない。ただ、目の前に「誰も整理していないが整理すれば解決する問題」があったので、整理した。それだけだ。

 いつもと同じだ。


 夕方、王様に呼ばれた。

 今日は居酒屋ではなく、執務室だった。

 王様は椅子に座ったまま、田中を見た。

「今日の会議、よくやった」

「ありがとうございます」

「あの資料、どこで手に入れた」

「図書室です。ただバラバラに置いてあったので、まとめました」

 王様は少し間を置いた。

「……あの図書室に、あんな情報があったのか」

「はい」

「余も知らなかった」

「誰も整理していなかったので、見えていなかっただけだと思います」

 王様はため息をついた。

「情けない話だ」

「情報が散らかっているのは、よくあることです。整理する人間がいなかっただけです」

「お前は……本当に不思議な人間だ」

「三回目ですね」

「数えていたのか」

「一応」

 王様は低く笑った。

 田中はメモに書き足した。

 ・王様:笑うポイントが少しずつわかってきた。


 部屋に戻った後、田中は今日の会議のメモを整理した。

 【貴族会議・結果まとめ】

 ・予算拠出の合意:十人中七人

 ・未合意:ガルド含む三名

 ・ガルドの懸念:費用対効果の不透明感、前例への疑義

 ・次のアクション:未合意三名への個別フォロー要

 ・課題:軍の現状戦力が不明。予算を確保しても、使い方が非効率では意味がない。次は軍の実態把握が必要。

 田中はメモを見ながら、一つため息をついた。

 予算が通った、ではなく、次の課題が見えた、という感覚だった。

 ゴールが見えると、次の問題が見える。次の問題が見えると、またやることリストが増える。

 どこの世界も、同じだった。

 田中はスマートフォンを充電しながら——充電器が使えるかどうか不安だったが、城の燭台の近くに置いておいたら、なぜかバッテリーが回復していた。魔法か何かが干渉しているらしかった——メモアプリを閉じた。

 窓の外に、夜空が広がっていた。

 星が、やたらと多かった。

 光害がない世界の空は、こんなに星があるのか、と田中は思った。

 それから、会社のビルの窓から見えた、オレンジ色に濁った空のことを、少しだけ思い出した。

 感傷ではなかった。

 ただ、思い出しただけだ。

 田中は窓を閉めて、ベッドに横になった。

 明日もやることがある。

 それだけで、十分だった。


次回「第六話 勇者と申します、よろしくお願いします」へつづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ