表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界に転生したのに。また中間管理職でした。  作者: しーするー
第3章 王様と魔王が同じ席に座った日
PR
67/117

第六十六話 OLAが、初めてこちらに来た

第六十六話 OLAが、初めてこちらに来た


前話までのあらすじ

田中が初めて迷った。帰るかどうかという問いに、答えが出なかった。

王様、レオン、アレンが、それぞれの言葉で隣にいてくれた。

「今日、誰も答えを出してくれなかった。でも、誰もが隣にいてくれた。それが十分だった」とメモに書いた。

今日は、メモが書けた。


 田中が迷っている間も、やることは続いた。

 三国への月次報告。

 ランセルへの情報共有。

 シアとの情報交換。

 OLAとの次回訪問の準備。

 やることがある限り、動いた。

 迷いながら、動いた。

 それが、今の田中だった。


 山脈への五回目の訪問は、四回目から十日後だった。

 今回も田中、レオン、カラの三人で来た。

 岩場に着いた。

 OLAはいなかった。

「今日は来ていませんね」とカラが言った。

「そうですね」と田中が言った。

「待ちますか」

「待ちます」

 三人で待った。

 三十分待った。

 何も起きなかった。

「今日は来ないかもしれません」とレオンが言った。

「そうかもしれません」と田中が言った。

「帰りますか」

「もう少し待ちます」

 また待った。

 十分待った。

 音がした。

 ただ、今回は、岩場の上からではなかった。

 横から来た。

 田中は音の方向を見た。

 岩と岩の間の、道のような場所。

 そこを、OLAが歩いてきていた。

「タナカ」とレオンが小声で言った。

「見えています」と田中が小声で返した。

「今日は、岩場の上からではなく、こちらに向かってきています」

「そうですね」

「初めてですね」

「そうです」

 OLAが近づいてきた。

 今まで最も近い距離まで来た。

 二メートルほどだった。

 田中は動かなかった。

 OLAが止まった。

 お互いに、見た。

「OLA」と田中が言った。

 OLAが前足を踏んだ。

 反応した。

「TNA」とOLAが言った。

 田中の名前を呼んだ。

 レオンが小声で「タナカ、向こうから名前を呼びました」と言った。

「わかっています」と田中が小声で返した。

 田中はOLAを見た。

 OLAが、何か音を出した。

 今まで聞いたことがない、長い音だった。

 レオンが聞いていた。

 田中も聞いた。

 OLAが、止まった。

 田中を見ていた。

 田中は、聞いた音を頭の中で整理しようとした。

 パターンがあった。

 短い音と長い音の組み合わせ。

 レオンが整理してきた音節の構造。

 田中は、その音をゆっくりと繰り返してみた。

 OLAが、前足を踏んだ。

「正確に繰り返せたかもしれません」とレオンが言った。

「もう一度言ってみます」

 田中はもう一度繰り返した。

 OLAが、新しい音を出した。

 今度は短かった。

 田中はそれを繰り返した。

 OLAが、また前足を踏んだ。

「パターンが見えてきますか」とレオンが言った。

「少し。ただ、まだ意味はわかりません」

「意味がわからなくても、音を交わせています」

「そうですね」

 OLAがまた音を出した。

 今度は、方向を示す動作があった。

 北ではなかった。

 南の方向だった。

「南を示しています」とカラが言った。

「南、ですか」

「そうです。田中殿が来た方向です」

「田中が来た方向を示した」

「そうです」

 田中はOLAを見た。

 OLAが南を示し、それから田中を見た。

「田中殿のことを示しているのかもしれません」とカラが言った。

「私が南から来た、ということを示している?」

「そう解釈できます。向こうも、田中殿がどこから来たかを、何となく把握しているのかもしれません」

「なるほど」

 田中は南を向いた。

 OLAが示した方向を向いた。

 それから、OLAを見た。

「TNA、南」と田中は言った。

 OLAが、低い音を出した。

「それが答えかもしれません」とレオンが言った。

「そうかもしれません」

「田中殿が南から来た人間だということを、確認している」

「そうですね」

 田中はOLAを見た。

 OLAは、しばらく田中を見ていた。

 それから、北を示した。

「OLAは北から来た」と田中は言った。

 OLAが、前足を強く踏んだ。

「反応しました」とレオンが言った。

「そうですね」

「OLAが北から来た、という理解が正しかったのかもしれません」

「そうだとすれば、南から来たTNAと、北から来たOLAが、ここで会っている、ということをOLAは理解している」

「そうです」

「それが、今日の一番大事なことかもしれません」

「どういう意味ですか」

「向こうも、こちらとの違いを理解している。南と北が違う、ということを理解している。その上で、ここに来てくれた」

「その上で、田中殿に近づいてきた」

「そうです」

 田中はOLAを見た。

「OLA、南、北、ここ」と田中は言った。

 一つずつ、方向を示しながら言った。

 OLAが、少し動いた。

 首を傾けた。

 それから、田中が言ったのと同じ順番で、音を出した。

「繰り返した」とレオンが言った。

「そうですね」

「南と北とここを、OLAも理解している」

「そうかもしれません」

「田中殿」とカラが言った。

「はい」

「今日、OLAが岩場から降りてこちらに来ました。今まで、田中殿が近づいていました。今日は逆でした」

「そうですね」

「それは、OLAがここに来る準備ができた、ということかもしれません」

「そうですね」

「田中殿が何度も来て、OLAが安心できたから、こちらに来られた」

「そうかもしれません」

「それは、田中殿の積み上げです」

「OLAが来てくれたからです」

「また同じことを言う」とレオンが言った。

「事実なので」

「わかりました」

 OLAがまた音を出した。

 長い音だった。

 今まで聞いたことがない音だった。

 レオンが聞いていた。

「タナカ、この音、少し整理できました」

「どんな音ですか」

「長い音が三つ続いています。パターンが、疑問のときの音とは違います。断定のような音かもしれません」

「断定」

「はい。何かを伝えようとしている、というより、何かを告げている感じの音です」

「告げている」

「それが何かは、まだわかりません。ただ、意図がある音だと思います」

 田中はOLAを見た。

 OLAも田中を見ていた。

「OLA」と田中は言った。

 OLAが前足を踏んだ。

 田中はOLAが出した長い音を、できる限り繰り返した。

 完全には繰り返せなかった。

 OLAが首を傾けた。

「少し違いましたね」とレオンが言った。

「そうですね。もう一度OLAに出してもらえますか」

「どうやって」

「前回、繰り返すと、もう一度出してくれました」

 田中は、OLAの音をもう一度繰り返した。

 今度は、最初の音だけ繰り返した。

 OLAが、最初の音を出した。

「一音目は合っていたかもしれません」とレオンが言った。

「そうですね。二音目を確認します」

 田中は、二音目と思われる部分を繰り返した。

 OLAが反応した。

「二音目も合っていました」

「三音目を確認します」

 三音目を繰り返した。

 OLAが前足を踏んだ。

「全部合っていたかもしれません」とレオンが言った。

「そうですね。全部繋げて言います」

 田中は三つの音を繋げて言った。

 OLAが、長く低い音を出した。

「それが、肯定の音かもしれません」とレオンが言った。

「以前も同じ音で肯定していましたね」

「はい」

 田中はメモに書いた。

 ・三音節の言葉:内容不明。ただし、田中が正確に繰り返せた。肯定の音が返ってきた。意図がある言葉。

「タナカ」とレオンが言った。

「はい」

「今日は、ここで止まりましょう」

「そうですね」

「一度に進みすぎると、整理できなくなります」

「そうですね。今日はここまでにします」

 田中はOLAを見た。

「OLA、今日はありがとうございました」

 日本語だった。

 通じるはずがなかった。

 ただ、言いたかった。

 OLAが、低い音を出した。

 短い音だった。

 それが何の意味かは、わからなかった。

 ただ、何か言った。

 田中は頭を下げた。

 OLAは動かなかった。

 田中たちがゆっくりと後退した。

 OLAは、ずっと見ていた。

 岩場に戻っていかなかった。

 ずっと、そこに立っていた。

 田中たちが見えなくなるまで、そこにいた。


 帰り道。

 三人で馬を進めた。

 しばらく、誰も何も言わなかった。

 カラが言った。

「今日は、大きな前進でした」

「そうですね」と田中が言った。

「OLAがこちらに来た。それだけで、意味があります」

「そうですね」

「田中殿、一つ聞いていいですか」

「どうぞ」

「OLAが出した三音節の言葉、何だと思いますか」

「わかりません。ただ、伝えようとしている何かがあります」

「何を伝えようとしていると思いますか」

「……北の状況かもしれません」

「北の状況ですか」

「OLAは何度も北を示してきました。今日の三音節は、北について何かを伝えようとしているのかもしれません」

「警告かもしれません」

「そうかもしれません。もしくは、説明かもしれません」

「説明」

「北で何が起きているかを、こちらに教えようとしているかもしれません」

「向こうから、こちらに情報を伝えようとしている」

「可能性として」

「それは、大きな話ですね」

「そうですね」

 レオンが言った。

「タナカ、その三音節の意味が解明できれば、大きく進みますね」

「そうですね。ただ、まだ時間がかかります」

「どのくらいかかりますか」

「わかりません。ただ、次回また来れば、少し進みます」

「少しずつ、ですね」

「そうです」

「間に合いますか、タイムラインに」

「わかりません。ただ、やることがある限り動きます」

「わかりました」

「レオン、今日の記録をまとめてもらえますか」

「はい。今日の音の記録、全部書きます」

「ありがとうございます」

「カラさんも記録を持っていますか」

「持っています。弓を持ちながらも、記録しました」

「ありがとうございます」

「田中殿、一つだけ」

「はい」

「今日、田中殿が悩んでいる様子でしたが、OLAと向き合っているときは、いつもの田中殿でした」

「そうですか」

「悩みが消えたわけではないと思います。ただ、OLAの前では、やることが見えていた」

「そうですね」

「それが、田中殿の強さだと思います」

「そうかもしれません」

「悩みながらも、やることがあれば動ける」

「そうですね」

「どちらの世界でも、同じだと思います」

「そうかもしれません」

 田中は馬を進めながら、少し考えた。

 カラが言ったことは、正しいかもしれない。

 帰るかどうか、まだ答えは出ていない。

 ただ、今日OLAの前では、迷っていなかった。

 やることがあったからだ。

 どちらを選んでも、やることがある限り動ける。

 それが、田中義則という人間だった。

 田中はメモアプリを開いた。

 【五回目の訪問・記録】

 ・OLAがこちらに来た。今まで最も近い距離、二メートル。

 ・OLAがTNAと呼んだ。こちらから名前を呼ばれた初めて。

 ・南と北の方向を確認し合った。田中が南から来て、OLAが北から来た、という共通認識が生まれた可能性。

 ・三音節の言葉:意味不明。ただし、意図がある言葉。次回、解明を試みる。

 最後に一行書き足した。

 ・今日、OLAに名前を呼ばれた。それが今日一番大事なことだった。


次回「第六十七話 三音節の意味が、わかった」へつづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ