第六十三話 王様が、初めて一人で判断した
第六十三話 王様が、初めて一人で判断した
前話までのあらすじ
内乱の後始末。ガルド、王様、ロイド、シア、アレン全員に報告した。
田中が「疲れた」と言えた。「一人で全部抱えなくなった証拠」とレオンに言われた。
「今日、疲れたと言えた。それが今日一番の変化だったかもしれない」とメモに書いた。
すぐに眠れた。
内乱から三日後の朝。
田中が朝食を食べていると、レオンが来た。
「タナカ、王様から呼ばれています」
「わかりました」
田中は食事を終えてから、王様の執務室に向かった。
扉をノックした。
「どうぞ」
入った。
王様は書類を見ていた。
ただ、今日は少し様子が違った。
机の上に、手紙が何通か並んでいた。
「田中、座れ」
「失礼します」
「一つ、報告がある」
「はい」
「昨日、バルトを呼んだ」
「そうですか。田中殿はお呼びではなかったですね」
「そうだ。お前なしで、余が直接バルトと話した」
「どんな話をしましたか」
「バルトの兵士が動いたことについて。余は、責めなかった。バルトが対処したことを認めた」
「そうですか」
「それだけだ。短い話だった」
「バルト卿はどうでしたか」
「少し、驚いていた。余が責めると思っていたらしい」
「そうですね。王様がバルト卿を直接呼ぶのは、それが普通の流れかもしれません」
「余もそれがわかっていたから、責めなかった。田中から学んだことだ」
「王様が判断したんです」
「田中がそう言うのはわかっていた。ただ、今日はお前に先に言う」
「何をですか」
「余は、田中なしで判断した。それが、うまくいった」
「そうですか」
「うまくいったかどうかは、バルトがこれからどう動くかで決まるが、今日のところは良かったと思っている」
「そうですね」
「田中、余はお前なしで動けるようになってきたと思う」
「そうですね」
「それは、良いことか」
「とても良いことです」
「お前は、余が一人で動けるようになることを、目指していたのか」
「そうです。補佐官の仕事は、間に入ることではなく、間に入らなくていい状況を作ることだと思っています」
「以前も言っていたな、そういうことを」
「言いましたね」
「余は、それを実感している」
「良かったです」
「ただ、田中」
「はい」
「間に入らなくていい状況になったからといって、いなくなるわけではないだろう」
「そうですね」
「余が一人で動けるようになっても、田中はここにいてくれるか」
「今は、ここにいます」
「今は、か」
「はい。今は」
「今以外はわからない、ということか」
「わかりません」
王様はしばらど田中を見た。
「そうか」
「はい」
「わかった」
王様は書類に視線を戻した。
「もう一点、報告がある」
「はい」
「魔王から手紙が来た」
「どんな内容ですか」
「グレイドと話した、とのことだ」
「そうですか」
「グレイドが、シアと話した。その後、魔王が直接グレイドと話した。グレイドは、今後は城の古い知識を活かす役割に専念すると言ったとのことだ」
「それは良い結果ですね」
「田中が動いたからだ」
「シアさんと魔王陛下が動いたからです」
「また同じことを言う」
「事実なので」
「わかった」
王様は手紙を田中に渡した。
「読んでくれ。魔王からお前への伝言も書いてある」
田中は手紙を受け取った。
読んだ。
魔王の手紙は、いつもより長かった。
グレイドとの話の経緯。シアが役割を伝えたこと。魔王自身がグレイドと話したこと。
最後の部分に、田中への言葉があった。
『田中、グレイドが笑った。シアから聞いた。余も、グレイドが笑うのを見た。それが今回の一番の収穫だ。お前がグレイドと話してくれたからだ。ありがとう』
田中はその部分を、もう一度読んだ。
「どうだ」とレオンが横で言った。
「グレイドが笑ったと、魔王陛下が書いています」
「良かったですね」
「そうですね」
「タナカ、今どんな気持ちですか」
「……少し、良かったと思っています」
「少し、ですか」
「たくさん良かったですが、どう言えばいいかわかりません」
「それで十分だと思います」
「そうかもしれません」
王様が言った。
「田中、余から一つだけ」
「はい」
「余は、最近、田中がいなくても少し動けるようになってきた。バルトとの件もそうだ。魔王への返事も、余が直接書いた」
「そうですか」
「田中がいなくても動けるようになった。ただ」
「ただ、何ですか」
「田中がいてくれると、安心できる」
「そうですか」
「動けるのと、安心できるのは別の話だ。お前が来てから学んだ言葉だ」
「誰かが言いましたね、それを」
「お前が言った」
「そうでしたか」
「余が一人で動けるようになった。でも、田中がここにいてくれると、安心できる。それが今の余の気持ちだ」
「ありがとうございます」
「珍しくすぐ言えたな」
「大事なことを言っていただいたので」
「大事なことか」
「はい。王様が安心できると言ってくれることは、私にとって大事なことです」
「そうか」
「はい」
「では、余も大事なことを言った、ということだ」
「そうです」
「良かった」
王様は少し笑った。
田中も少し笑った。
その日の午後、田中は図書室に一人でいた。
特にやることがあるわけではなかった。
ただ、少し一人でいたかった。
図書室に来ると、落ち着く。
最初にこの城に来たとき、言語を覚えるために来た場所だ。
棚に並んだ羊皮紙を見た。
この中に、三国の先祖が会合を開いた記録があった。
OLAとの対話に繋がった記録も、ここから来た。
全部、ここから始まっていた。
田中は椅子に座った。
特に何もしなかった。
ただ、座っていた。
五分くらい、ただ座っていた。
レオンが入ってきた。
「タナカ、ここにいましたか」
「はい」
「何をしていますか」
「何もしていません」
「珍しいですね」
「そうですね」
「何かあったんですか」
「特にないですが、少し一人でいたくて」
「そうですか」
「邪魔でしたか」
「邪魔ではないです。ただ、珍しいので確認しに来ました」
「確認しに来たんですか」
「タナカが一人でいると、何かあったかと思うので」
「何もないですよ」
「本当ですか」
「本当です。ただ、少し、立ち止まりたかっただけです」
「立ち止まる」
「そうです。いつも動いているので、たまに立ち止まると、どこまで来たかがわかります」
「どこまで来たと思いますか」
田中は少し考えた。
「遠くに来ました」
「どのくらい遠くですか」
「最初に草原で目を覚ましたとき、何もなかった。今は、王様が一人で動けるようになって、魔王陛下がグレイドと話して、バルト卿が田中についていくと言って、OLAと名前を交わして」
「たくさんありましたね」
「たくさんありました」
「全部、タナカが動いてきたからですよ」
「皆さんが動いてくれたからです」
「また同じことを言う」
「本当にそう思っているので」
「わかっています。ただ、タナカも動いてきた、ということを、たまには言ってください」
「そうですね。私も、動いてきました」
「珍しいですね、素直に言えるのが」
「立ち止まっているからかもしれません」
「そうかもしれませんね」
「レオン、一つだけ」
「はい」
「レオンも、動いてきましたね」
「私もですか」
「最初は通訳係でした。今は、資料を作って、提案して、翻訳して、田中のやることを全部支えてくれています」
「タナカと一緒にいたら、そうなりました」
「レオンが身につけたものです」
「また同じことを言う」
「お互い様ですね」
「そうですね」
二人でしばらく図書室にいた。
静かだった。
棚に並んだ羊皮紙が、光の中に見えた。
「タナカ」
「はい」
「今日は、少し休んでいていいですか」
「今日は、やることが少ないですし、休んでいいと思います」
「では、今日は図書室にいてください」
「図書室に」
「何もしなくていいです。ただ、ここにいてください」
「何もしないのは難しいですが」
「難しくても、今日は試してみてください」
「わかりました」
「約束ですか」
「約束です」
「良かったです」
レオンは図書室を出た。
田中は一人になった。
棚を見た。
何もしなかった。
ただ、座っていた。
十分くらい、ただ座っていた。
窓から、光が入ってきた。
空が青かった。
田中はメモアプリを開こうとして、止めた。
今日は、書かない。
レオンとの約束だ。
田中は目を閉じた。
図書室の静けさの中で、少し、眠れた。
短い眠りだったが、良かった。
目が覚めたとき、窓から見える空が、少し傾いていた。
田中は伸びをした。
久しぶりに、伸びをした気がした。
それから、メモアプリを開いた。
一行だけ書いた。
・今日、図書室で少し眠れた。それだけで十分だった。
次回「第六十四話 内乱が収まった後、また別の問題が来た」へつづく




