第六十一話 内乱が起きた
第六十一話 内乱が起きた
前話までのあらすじ
グレイドと話した。守りたいものは同じだった。方法が違っただけだった。
「変えてはいけないものを守る役割」という提案をした。グレイドが笑った。
魔王が「明日、グレイドと話す時間を作る」と言った。
「グレイドが笑った。それだけで、今日来た意味があった」とメモに書いた。
魔王城から帰国して、四日後だった。
夜明け前。
レオンが田中の部屋に飛び込んできた。
「タナカ、大変です」
田中は目が覚めていた。
レオンの顔を見た。
「何がありましたか」
「ガルドから使者が来ました。今すぐ来てほしいとのことです」
「ガルドから、今すぐ」
「はい。内容は使者も知らないと言っています」
田中は起き上がった。
着替えた。
「王様には」
「まだ報告していません」
「先にガルドのところに行きます」
ガルドの部屋に入ると、ガルドはすでに起きていた。
珍しく、落ち着かない様子だった。
「田中、来たか」
「何がありましたか」
「バルトが動いた」
「バルト卿が」
「そうだ。今夜、バルトの兵士が城下町の一部を占拠した」
田中は少し止まった。
「占拠、ですか」
「そうだ。バルトの領地の兵士が、城下町の港に近い区画に入り込んで、建物を占拠している。商人たちを追い出して、独自に検問を設けている」
「いつからですか」
「一時間ほど前から、という報告が入っている」
「規模は」
「今のところ、百名前後と思われる。ただ、増えている可能性がある」
「バルト卿は、グレイドとの話を断ったはずでした」
「そうだ。ただ、断った後も、接触が続いていた可能性がある。あるいは、バルトの兵士が独自に動いた可能性もある」
「バルト卿の意思かどうか、わかりませんか」
「わからない。ただ、バルトの兵士が動いている以上、バルトの責任になる」
「王様はご存知ですか」
「まだだ。田中に先に知らせた」
「なぜですか」
「王がすぐ動くと、強硬手段になる可能性がある。田中が先に状況を把握してからの方がいい」
「わかりました。まず、状況を確認します」
「どうやって確認する」
「現地に行きます」
「一人でか」
「レオンと一緒に。ロイド卿にも連絡します」
ロイドを起こした。
「バルト卿の兵士が城下町の港区画を占拠しています」
「今すぐ確認する」
「ロイド卿、一点だけ」
「なんだ」
「まず様子を見てください。いきなり排除しようとしない方がいいと思います」
「どういう意味だ」
「兵士たちが自発的に動いているのか、バルト卿の命令で動いているのか、グレイドの指示で動いているのか、わかりません。それによって、対処が変わります」
「確認してから動け、ということか」
「はい。状況がわからないまま動くと、余計に大きくなります」
「わかった。ただし、時間はかけられない。夜明けになれば、住民が動き始める」
「わかっています。急ぎます」
田中とレオンは、城下町に向かった。
港に近い区画に入ると、確かに兵士たちがいた。
黒い服を着た兵士たちが、建物の前に立っていた。
バルト卿の家紋が入った旗が、一か所に立てられていた。
田中は状況を観察した。
「兵士たちは、建物の中に入っていますか」
「一部の建物には入っています。ただ、住民を傷つけている様子はありません」
「住民は今どこにいますか」
「追い出された住民が、隣の区画に集まっているようです」
「傷ついた人は」
「今のところ、報告はありません」
「混乱はしていますが、暴力にはなっていない」
「そうですね」
「これは、示威行動だと思います」
「示威行動、ですか」
「武力で何かを奪うためではなく、見せることが目的の行動です。何かを要求するための手段として、場所を占拠している」
「何を要求するつもりですか」
「わかりません。ただ、要求があるはずです。要求を聞くことが、次のやることです」
「聞くんですか」
「聞かないと、何のための行動かわかりません」
「誰に聞きますか」
「バルト卿の兵士の中に、話せる人間がいるはずです」
田中は兵士の一人に近づいた。
「少し話せますか」
兵士は田中を見た。
「誰だ」
「王の補佐官です。状況を確認したいだけです。攻撃はしません」
兵士はしばらど田中を見た。
「……何が聞きたい」
「バルト卿から、何かを要求するよう指示はありますか」
「指示はない」
「指示がないのに、ここにいるんですか」
「……独自に動いた」
「なぜですか」
兵士は少し考えた。
「バルト卿が、最近元気がない。グレイドという人間から、何か言われてから変わった。俺たちは、バルト卿を守りたかっただけだ」
「バルト卿を守りたかった」
「そうだ。バルト卿は、この港で長く働いてきた人間だ。その権益が失われると思って、俺たちが動いた」
「バルト卿の命令ではない」
「そうだ」
「バルト卿は今どこにいますか」
「領地にいる。何も知らないはずだ」
田中はメモに書いた。
・兵士は独自に動いた。バルト卿の命令ではない。バルト卿を守ろうとしての行動。
田中はレオンを見た。
「レオン、今すぐバルト卿に使者を出してもらえますか」
「何と伝えますか」
「今夜の出来事を報告して、田中が話したいと言っているとのことで、来ていただけるか確認してください」
「バルト卿がすぐ来ますか」
「来ると思います。自分の兵士が動いたことを知れば、来るはずです」
「わかりました」
「あと、ロイド卿に現状を伝えてください。兵士たちはバルト卿の命令ではなく独自に動いた。住民への暴力はない。バルト卿が来るまで、直接の排除は待ってほしいと」
「わかりました」
「それと、王様にも報告をお願いします。状況と、田中が対処中であることを」
「全部やります」
「ありがとうございます」
レオンが動いた。
田中は一人で、占拠された区画の前に立った。
空が少し明るくなってきた。
夜明けが近かった。
田中は兵士たちを見た。
彼らは、バルト卿を守りたかっただけだ。
バルト卿は、この国で長く働いてきた。
その積み上げが失われることへの恐れが、今夜の行動を生んだ。
グレイドの話と、同じ種類の問題だった。
積み上げを守りたい、という気持ちが、間違った方向に出た。
田中はメモに書いた。
・バルト卿の兵士:独自行動。動機はバルト卿を守りたいという気持ち。悪意ではない。
夜明けから一時間後。
バルト卿が来た。
馬で飛んできた様子だった。
田中を見るなり、言った。
「田中殿、うちの兵士がやったのか」
「そうです。ただ、バルト卿の命令ではないと、兵士から聞きました」
「そうだ。俺は何も知らなかった。知っていれば止めた」
「そうだと思いました」
「すぐ引かせます」
「少し待ってください」
「なぜですか」
「引かせる前に、兵士たちに話をしてほしいです」
「話をする?」
「兵士たちは、バルト卿を守りたくて動きました。バルト卿が何も言わずに引かせると、また別の形で動くかもしれません」
「どういう意味ですか」
「バルト卿が今どう考えているか、兵士たちに伝えてください。バルト卿の考えを知れば、兵士たちも動きやすくなります」
「俺の考えを、か」
「はい。バルト卿が前回の話し合いで、グレイドとの話を断って、情報共有の方向で考えると言ってくれました。その話を、兵士たちにも」
「それを言えばいいのか」
「それだけで十分だと思います」
バルト卿はしばらど考えた。
「田中殿、余は間違えてばかりですね」
「そうは思いません」
「グレイドに接触された。兵士たちが勝手に動いた。全部、余のせいだ」
「バルト卿のせいではないです。バルト卿が怖かっただけです。それが周りに伝わった」
「怖さが伝わった」
「そうです。バルト卿が怖くなくなれば、周りも落ち着きます」
「怖くなくなる方法はあるか」
「情報があれば、少し怖くなくなります。それを続けます」
「田中殿、余は、田中殿を信用することにしました」
「そうですか」
「前回も言いましたが、今回はもっとはっきり言います。余は、田中殿についていきます」
「ありがとうございます」
「礼はいいです。やることを教えてください」
「まず、兵士たちに話をしてください。それから、一緒にロイド卿のところに行きましょう」
「わかりました」
バルト卿が兵士たちに話をした。
短い話だった。
自分はグレイドとの話を断った。この国との協力を続けることにした。だから、引いてくれ、と。
兵士たちは、少し顔を見合わせてから、引き始めた。
田中は、それを見ていた。
三十分で、占拠された区画から兵士がいなくなった。
ロイドが田中の横に来た。
「収まったな」
「はい」
「田中が動かなければ、こうはならなかった」
「バルト卿が動いてくれたからです」
「また同じことを言う」
「事実なので」
「わかった」
ロイドはしばらど区画を見た。
「田中、今回は早かったな」
「そうですか」
「夜明け前に起きて、二時間で収まった。いつもより速い」
「今回は、関わってきた人たちが動いてくれました。ガルド卿、バルト卿、ロイド卿、レオン」
「その結果が二時間だ」
「そうですね」
「一人でやっていたら、もっとかかっていた」
「そうだと思います」
「田中、成長したな」
「そうですか」
「一人でやろうとしなくなった」
「そうですね」
「最初は、全部自分でやっていた」
「そうでしたね」
「今は、人に任せることができる」
「そうかもしれません」
「それが成長だ」
「ロイド卿にそう言っていただけると、重みがあります」
「当然だ。余が言うのだから」
「そうですね」
ロイドは短く頷いた。
「田中、王に報告に行け」
「はい」
「余も一緒に行く」
「ありがとうございます」
「礼はいい。余もこの城の人間だ。やることがある」
「そうですね」
「田中の言葉を、余も使うようになった」
「気づいていましたか」
「気づいていた。良い言葉だと思っている」
「ありがとうございます」
田中はメモアプリを開いた。
【内乱・処理結果】
・発生:夜明け前。バルト卿の兵士が独自に港区画を占拠。
・原因:バルト卿への心配から独自行動。バルト卿の命令ではない。
・対処:バルト卿本人が兵士に話をして撤収。二時間で収まった。
・関わった人:ガルド、ロイド、レオン、バルト卿。
・グレイドの関与:間接的。バルト卿への接触が不安を生んだ。
最後に一行書き足した。
・一人でやらなかった。それが二時間で収まった理由だ。
次回「第六十二話 内乱の後始末は、また別のやることだった」へつづく




