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異世界に転生したのに。また中間管理職でした。  作者: しーするー
第3章 王様と魔王が同じ席に座った日
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第六十話 グレイドの話を聞いたら、予想より深かった

第六十話 グレイドの話を聞いたら、予想より深かった


前話までのあらすじ

魔王城に着き、シアとともにグレイドの部屋を訪ねた。

グレイドは「お前は何者だ」と聞いた。田中は「やることがあるので動き回っている」と答えた。

グレイドが「余の話を聞くと言ったなら、聞け」と言った。

田中が「聞かせてください」と言い、グレイドが話し始めた。


 グレイドは話し始めた。

 最初は、低く、ゆっくりとした声だった。

「余は、魔王軍に三十年いる」

「そうですか」

「三十年前、余が入ったとき、この軍はもっと強かった」

「どう強かったんですか」

「一枚岩だった。全員が同じ方向を向いていた。上が言ったことに全員が従った。今は、それがない」

「派閥がありますね」

「そうだ。今は幹部ごとに動いている。上が言っても、自分の派閥の都合で動く幹部が増えた」

「それは、いつ頃からですか」

「十年前くらいからだ。魔王が代替わりしてから、少しずつ変わった」

「今の魔王陛下の代になってから」

「そうだ。陛下が悪いわけではない。ただ、陛下はこの城を変えようとした。変えようとしたとき、古い人間は変化に抵抗する。その抵抗が、派閥になった」

「なるほど」

「余は、古い人間だ」

「そうですか」

「古い軍の在り方を知っている。一枚岩の時代を知っている。今の分裂した状態が、余には耐えられない」

「だから、停戦に反対しているんですか」

「停戦だけではない。田中、お前が来てから、この城がさらに変わろうとしている」

「そうですか」

「シアが動くようになった。魔王陛下が書類を自分で読むようになった。組織図が作られた。全部、今まであり得なかったことだ」

「それは、変化として悪いことではないと思いますが」

「変化が悪いとは言っていない」

「では、何が問題ですか」

「変化が早すぎる」

 田中は少し止まった。

「早すぎる、ですか」

「そうだ。三十年かけて積み上がってきたものが、数ヶ月で変わっていく。余のような古い人間には、追いつけない」

「追いつけない、と思っているんですね」

「そうだ。余は、この城で何十年も働いてきた。その積み上げが、突然価値を失うような気がしている」

「価値を失う」

「田中が来る前、余は三番目に影響力のある幹部だった。今は、誰も余の意見を聞かなくなってきた。シアの方が、魔王陛下に近くなった」

「それが、嫌だということですか」

「嫌というより、怖い」

「怖い」

「余の価値がなくなっていく感覚がある」

 田中は黙って聞いた。

 グレイドが続けた。

「余はこの城のために働いてきた。そのつもりだった。ただ、余のやり方が時代遅れと言われるような変化が起きている。余が知っている魔王軍が、なくなっていくようだ」

「それは、辛いですね」

「……辛いという言葉を使うとは思わなかった」

「辛くないですか」

「辛い。ただ、そういうことを言う人間がいなかった」

「誰も聞かなかった、ということですか」

「そうだ。余が反対すると、全員が押さえようとする。理由を聞く人間がいなかった」

「今日は、聞きに来ました」

「そうだな」

「グレイド卿、一つだけ聞いていいですか」

「なんだ」

「グレイド卿が守りたいものは、何ですか」

「守りたいもの、か」

「停戦に反対している、変化に抵抗している。ただ、その先に、守りたいものがあるはずです」

 グレイドはしばらど沈黙した。

「……この城だ」

「この城、ですか」

「この城が、余の全てだ。三十年間、ここで働いてきた。この城が続いてほしい。この城が、誰かに飲み込まれてほしくない」

「飲み込まれる、というのは、具体的に何ですか」

「この国に、だ。停戦が進めば、この国とさらに近くなる。近くなれば、この城の独立性が失われるかもしれない」

「なるほど」

「田中、お前はこの国の人間だ。この城をこの国の影響下に置きたいと思っているのではないか」

「思っていません」

「本当か」

「本当です。私はこの城を、この国の傘下に置くつもりはありません」

「なぜ信じられる」

「信じられるかどうかは、グレイド卿が判断することです。ただ、事実として、私がこの城でやってきたことを振り返れば、わかると思います」

「何をやってきたんだ」

「食料の管理を直しました。組織図を作りました。シアさんが話しやすくなる環境を作りました。全部、この城が自立して動けるための仕組みです。この城をこの国に依存させるためではありません」

「この城が自立して動ける」

「そうです。誰かに依存しない城を作ることが、この城を守ることだと思っています」

「……それは、余が求めていたことと同じだ」

「そうですか」

「余は、この城が一枚岩で動くことを求めていた。田中が言う自立した城も、同じことだ」

「目指すものは同じかもしれません。ただ、方法が違った」

「方法が違った、か」

「余は、過去に戻ることで城を守ろうとしていた。田中は、新しい仕組みで守ろうとしている」

「そうですね」

「どちらが正しいかは、わからない」

「どちらも、城を守ろうとしていた」

「そうだ」

 グレイドはしばらど黙った。

「田中、一つだけ聞いていいか」

「どうぞ」

「余のような古い人間は、これからどうすればいい」

 田中は少し考えた。

「グレイド卿の三十年の経験は、誰にも持てないものです」

「それが、今の城で価値があるかどうかはわからない」

「価値があります」

「なぜだ」

「この城が変わっていくとき、三十年の積み上げを知っている人間がいないと、何を守るべきで何を変えるべきかがわからなくなります。グレイド卿がいることで、変えてはいけないものが見える」

「変えてはいけないもの」

「そうです。全部を変えればいいわけではありません。守るべきものを守りながら、変えるべきものを変える。グレイド卿の役割は、守るべきものを示すことだと思います」

「……それは、余が求めていた役割だ」

「そうですね」

「ただ、誰もそう言ってくれなかった」

「シアさんも、魔王陛下も、そう思っているかもしれません。ただ、言わなかった」

「なぜ言わなかったんだ」

「変化を急ぐ中で、グレイド卿が反対しているように見えたからだと思います。反対している人間に、あなたの役割はこれだ、と言うのは難しい」

「余が、聞く耳を持っていなかったからかもしれない」

「そうかもしれません。ただ、今日は話してくれました」

「田中が来たからだ」

「そうですか」

「お前は、聞きに来た。余は、誰かに聞いてほしかった。それだけだ」

 田中は少し考えた。

「グレイド卿、一つお願いがあります」

「なんだ」

「シアさんと話してもらえますか」

「シアと」

「そうです。今日余が聞いたことを、シアさんにも話してほしいです」

「シアには、余の考えを否定されてきた」

「それは、お互いに話が通じていなかったからだと思います。今日グレイド卿が話してくれたことは、シアさんにも伝わると思います」

「そうか」

「シアさんも、この城を守りたいと思っています。同じものを守りたい人間が、話せていなかっただけです」

「……そうかもしれない」

「話してみてください」

「わかった」

 グレイドは少し間を置いた。

「田中、余はお前のことを警戒していた」

「知っています」

「今も、全部を信用したわけではない」

「それで構いません」

「ただ、話は聞いた」

「ありがとうございます」

「礼を言われるとは思わなかった」

「聞いてくれたことへの礼です」

「余が話したかっただけだ」

「それでも」

 グレイドは少し黙った。

「田中、お前は何者なんだ」

「補佐官です」

「どちらの補佐官だ」

「やることがある方向の補佐官です」

「どちらの国でもない、ということか」

「そうかもしれません」

「それで動けるのか」

「動けています」

「不思議な人間だ」

「よく言われます」

「何回目だ」

「数えていません」

 グレイドは短く笑った。

 初めて笑った。

 シアが横で少し目を丸くしていた。

「グレイドが笑いました」とシアが小声で言った。

「そうですね」と田中が小声で返した。

「珍しいです」

「そうですか」

「グレイドが笑ったのを、見たことがないかもしれません」

「それは大げさでは」

「大げさではないかもしれません」


 グレイドの部屋を出た後、廊下でシアが言った。

「田中、今日はありがとうございました」

「グレイド卿が話してくれたからです」

「また同じことを言う」

「事実なので」

「田中、グレイドが笑いましたよ」

「そうですね」

「あの人が笑うのを見たのは、本当に初めてかもしれません」

「そうですか」

「田中が来たからです」

「聞いたからだと思います。グレイド卿は、聞いてほしかった」

「誰も聞かなかった」

「聞こうとしなかったのかもしれません。反対している人間の話は、聞きにくいので」

「そうですね。私も、聞けていなかった」

「シアさんも、忙しかったと思います」

「言い訳になりますが」

「言い訳ではないです。動き続けていた。ただ、グレイド卿の話を聞く時間がなかった」

「田中が来て、聞いてくれた」

「来たことが、結果として良かっただけです」

「また同じことを」

「事実なので」

「わかりました」

 シアはしばらど歩いた。

「田中、グレイドはシアと話してくれると思いますか」

「話してくれると思います。今日、話すことで何かが変わった気がしているはずです」

「そうだといいですね」

「シアさん、一つだけ」

「はい」

「グレイド卿が言っていた、変えてはいけないものを守る役割。それを、シアさんからグレイド卿に伝えてもらえますか」

「田中が言っていたことを、私が言う、ということですか」

「私が言うより、シアさんが言う方が届くと思います。城の中での話ですから」

「……わかりました。話してみます」

「ありがとうございます」

「田中こそ、ありがとうございます」

「シアさんが一人で動いていたから、今日が動けました」

「また同じことを言う」

「事実なので」

 二人で少し笑った。


 夜、田中は魔王に報告した。

「グレイドと話しました」

「どうだった」

「話してくれました」

「グレイドが、田中に話したのか」

「はい。聞きに来た人間がいなかっただけで、話したかったんだと思います」

「そうか」

「グレイド卿が守りたいのは、この城です。同じものをみんなが守りたいと思っています。ただ、方法が違った」

「方法が違った、か」

「はい。グレイド卿の三十年の経験は、変えてはいけないものを示す役割があると話しました」

「余も、そう思っていた」

「そうですか」

「グレイドは古い人間だが、この城を誰よりも知っている。何を守るべきかは、グレイドが一番わかっている。ただ、それをうまく使えていなかった」

「そうですね」

「田中が言ってくれたか」

「はい」

「余が言うべきだったな」

「陛下が言えばよかった、というより、グレイド卿が聞ける状態になっていなかったと思います。今日、少し聞ける状態になりました」

「田中が来てくれたから」

「グレイド卿が話してくれたからです」

「また同じことを言う」

「事実なので」

 魔王は低く笑った。

「田中、明日、グレイドと話す時間を作る」

「よろしくお願いします」

「お前に言われなくても、やる」

「そうですね」

「お前が来なければ、先延ばしにしていたかもしれないが」

「そうかもしれません」

「来てくれてよかった」

「来て良かったです」

「また来い」

「来ます」

「約束か」

「約束です」

「何回目かわからないが」

「わかりません」

「毎回、本気で言っている」

「わかっています」

 田中は頭を下げた。

 部屋を出た。

 田中はメモアプリを開いた。

 【グレイドとの対話・まとめ】

 ・グレイドの懸念:変化が早すぎる。自分の価値がなくなる感覚。この城が飲み込まれることへの恐れ。

 ・グレイドが守りたいもの:この城。三十年の積み上げ。

 ・提案:変えてはいけないものを守る役割。グレイドの経験を活かす。

 ・次のアクション:シアがグレイドに役割を伝える。魔王陛下がグレイドと話す。

 最後に一行書き足した。

 ・グレイドが笑った。それだけで、今日来た意味があった。


次回「第六十一話 内乱が起きた」へつづく

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