第五十九話 グレイドが動いた
第五十九話 グレイドが動いた
前話までのあらすじ
バルト卿を訪問した。責めず、話を聞いた。
バルト卿の不安は停戦のリスクだった。合理的なリスクヘッジが、グレイドに利用されていた可能性があった。
「グレイドとの件は余が正す」とバルト卿が言った。自分から動くことにした。
「一人で来たのに、一人じゃなかった」とレオンが言った。
バルト卿から連絡が来たのは、翌々日だった。
短い手紙だった。
『グレイドと話した。彼の目的が、私が思っていたものと違うことがわかった。別のルートの話は断った。ただ、グレイドは納得していない様子だった。田中殿に報告しておく』
田中はメモに書いた。
・バルト卿:グレイドとの話を断った。グレイドは納得していない。
「レオン、シアに連絡します」
「はい」
「バルト卿がグレイドとの話を断ったことを伝えます。グレイドの様子を注視してほしいという依頼も」
「わかりました。すぐ書きます」
手紙を書いた。
その日のうちに使者を出した。
三日後。
シアから返事が来た。
今回は、いつもより短い手紙だった。
レオンが読んだ。
「タナカ、シアさんから緊急の連絡です」
「どんな内容ですか」
「グレイドが、魔王城内の幹部三名に接触した。三名とも、もともとこの国との協力に懐疑的な人物です。グレイドが何かを話している。内容はまだわからない」
「三名、ですか」
「はい。一名はすでにグレイドの意見に同意しているかもしれない、とのことです」
「動きが速いですね」
「バルト卿に断られたので、城内に向かったのかもしれません」
「そうですね。バルトとの外部への働きかけが失敗したので、内部に切り替えた」
「シアさんはどう動いていますか」
「魔王陛下にはすでに報告した。陛下は『シアに任せる』と言っている。シアさん一人で対処している状況です」
「一人で対処している」
「はい。シアさんが田中に何かを求めているかどうか、手紙には書いていませんが」
「シアさんは、求めているけど書けなかったんだと思います」
「どういう意味ですか」
「シアさんは、自分でやると思っている人間です。人に頼むのが得意ではないかもしれません」
「そうかもしれません」
「シアさんに返事を書きます。何か一緒にできることはないか、と聞きます」
「聞くんですか。向こうから頼まれてもいないのに」
「聞かれる前に聞いた方が、シアさんは動きやすいと思います」
田中はシアに手紙を書いた。
『グレイドの動きを把握しました。シアさんが一人で対処している状況が見えます。何か一緒にできることがあれば教えてください。グレイドと直接話すことは可能ですか。バルト卿との件では、直接話すことで解決できた部分がありました。グレイドとも同じアプローチが使えるかもしれません』
封じた。
レオンに渡した。
「急ぎで届けてください」
「わかりました」
返事は翌日に来た。
シアからだった。
レオンが翻訳した。
「タナカ、シアさんから返事です」
「どんな内容ですか」
「『田中が来てくれるなら、グレイドと話せる場を作れます。ただし、グレイドは田中のことを知っています。停戦を進めた人間として。最初から警戒している可能性があります。それでも来てもらえますか』とのことです」
「警戒しているとわかった上で来てほしい、ということですね」
「そうです」
「行きます」
「わかりましたと返事しますか」
「はい。それと、一点だけ追加してください」
「何をですか」
「グレイドが警戒しているのはわかっている。ただ、田中も最初は多くの人から警戒されていた。それでも話してきた、と」
「そう伝えるんですか」
「シアさんへの言葉です。シアさんが、田中を連れていく不安を感じているなら、少し安心してもらえると思って」
「なるほど」
「シアさんは、田中を連れていくことで、グレイドとの関係がさらに悪化するリスクを心配しているかもしれません」
「そうかもしれませんね」
「それでも来てほしいと書いてきたのは、それしかないと判断したからだと思います。その判断を支持する、という意味で言いたかったです」
「わかりました。そのまま書きます」
王様に報告した。
「魔王城に行きます」
「またか」
「はい。グレイドと話す必要があります」
「シアから頼まれたのか」
「頼まれました」
「そうか」
王様はしばらど考えた。
「田中、一つだけ聞いていいか」
「はい」
「グレイドは、話せる相手か」
「わかりません」
「バルトは話せたが」
「バルト卿は情報が足りなかっただけでした。グレイドは、目的が違う可能性があります」
「目的が違うとは」
「バルト卿はリスクを回避したかった。グレイドは、停戦そのものを崩したいかもしれません」
「崩したい人間と話せるか」
「わかりません。ただ、話してみないとわかりません」
「やってみないとわからない、か」
「はい」
「向こうの生き物に対しても同じことを言っていたな」
「同じことしか言えなくて申し訳ないですが」
「同じでいい。それがお前のやり方だ」
「そうですね」
「行ってこい」
「はい」
「帰ってこい」
「帰ります」
「約束か」
「約束です」
「何回目かわからないが、毎回本気だ」
「わかっています」
「わかっているなら、守れ」
「守ります」
魔王城には、月次情報交換を兼ねて向かった。
今回はレオンと、護衛としてロイドが一名の騎士をつけてくれた。
道中、レオンが言った。
「タナカ、グレイドとの話、どうするつもりですか」
「まず、話を聞きます」
「グレイドが話してくれるかどうか」
「話してくれない可能性もあります。ただ、来た、ということは示せます」
「来たことを示す」
「そうです。田中が直接来た、ということは、真剣に向き合っているということです。それだけで、少し状況が変わることがあります」
「来るだけで、ですか」
「来るだけで、です」
「タナカが来たとき、いつもそうでしたよね」
「そうかもしれません」
「王様の居酒屋でも、魔王城でも、ランセルでも、バルト卿のところでも。タナカが来た、というだけで、何かが変わっていた」
「そうだったかもしれません」
「意識していましたか」
「していませんでした。ただ、来ないよりは来た方がいい、とは思っていました」
「来た方がいい、という判断が、毎回正しかった」
「結果として、そうだったかもしれません」
「今回も、来た方がいいですよね」
「そう思っています」
「では、うまくいきます」
「根拠はありますか」
「ありません。ただ、タナカが来たとき、うまくいかなかったことがないので」
「うまくいかなかったことも、あります」
「そうですか」
「全部が順調だったわけではありません。ただ、少しずつ前に進んできました」
「少しずつ前に進む、か」
「それだけです」
「それで十分だと思います」
「そうですね」
魔王城に着いた。
シアが城門で待っていた。
「来てくれた」
「お招きありがとうございます」
「今日は、少し状況が難しいです」
「グレイドの動きが加速していますか」
「そうです。昨日、幹部会議でグレイドが発言しました」
「何を言いましたか」
「この国との協力は、魔王軍の誇りを損なう。停戦を続けるなら、自分は動けない、と」
「公の場で言ったんですね」
「そうです。魔王陛下は黙って聞いていましたが、他の幹部たちが動揺しています」
「グレイドは、公の場で言うことで、後に引けない状況を作ったんですね」
「そうだと思います」
「難しくなりましたね」
「そうです。ただ、魔王陛下はまだグレイドを更迭していません」
「なぜですか」
「グレイドは長くいる幹部です。更迭すれば、他の古い幹部たちも動揺します。慎重に対処する必要があります」
「なるほど」
「田中、グレイドと話せますか」
「話してみます」
「警戒しています」
「わかっています」
「田中が来ることをグレイドに伝えましたか」
「いいえ。サプライズで来た方がいいと思いました」
「なぜですか」
「事前に伝えると、グレイドが準備してきます。準備した相手は、守りに入ります。準備していない方が、本音が出やすいことがあります」
「なるほど」
「ただし、これは賭けです。突然来て、余計に警戒される可能性もあります」
「賭けか」
「そうです。バルト卿の場合は、事前に連絡なしで行きました。それで話せました。グレイドも同じアプローチが有効かもしれません」
「わかりました。案内します」
グレイドの部屋に向かった。
廊下を歩きながら、シアが言った。
「グレイドは、田中のことを知っています。停戦を進めた人間として、評判が伝わっています」
「良い評判ではないかもしれませんね」
「そうです。ただ、悪い評判だけでもないかもしれません」
「どういう意味ですか」
「グレイドは、力を認める人間です。田中が停戦を成立させ、三国を動かしたことは、力があることの証明とも見えます」
「力で評価する人間なら、対話の余地があるかもしれません」
「そう思いたいです」
シアはグレイドの部屋の扉の前で止まった。
「田中、一つだけ」
「はい」
「うまくいかなくても、責めないでください」
「誰をですか」
「私を。グレイドをここまで放置してしまった。もっと早く対処すべきでした」
「シアさん」
「はい」
「シアさんは、十分動いていました」
「でも、グレイドは止められていません」
「一人で止められるかどうかは別の話です。今日、私が来たのは、一人じゃないということです」
シアはしばらど田中を見た。
「……ありがとうございます」
「では、行きましょう」
田中は扉をノックした。
「入れ」という声がした。
田中が扉を開けた。
グレイドは書類を見ていた。
顔を上げた。
田中を見た。
少し、目が鋭くなった。
「シア、これは何だ」
「田中殿が会いに来ました」
「この国の補佐官が、なぜここにいる」
「グレイド卿にお話を聞きたくて来ました」
田中が言った。
グレイドは田中を見た。
「話を聞く、だと」
「はい」
「余の話を聞いて、どうするつもりだ」
「聞いてから考えます」
「聞いてから、か」
「はい。何も聞かずに何かを言っても、グレイド卿には届かないと思いますので」
「……届かないかどうかは、余が決める」
「そうですね。ただ、聞かせてもらえますか」
グレイドはしばらど田中を見た。
「お前が、停戦を成立させた人間か」
「そうです」
「魔王城にも来たのか」
「来ました」
「シアと一緒に、この城を変えようとしている」
「変えようとしているというより、やることをやっています」
「同じことだ」
「そうかもしれません」
「お前は、この城をどうしたいんだ」
「どうしたい、とは具体的にどういう意味ですか」
「この城を、この国の傘下に入れようとしているのか」
「そういう意図はありません」
「ではなぜ来る」
「話が通じる相手がいるからです」
「話が通じる相手」
「シアさんも、魔王陛下も、話が通じます。グレイド卿も、話が通じるかもしれないと思って来ました」
グレイドはしばらど黙った。
「……お前は、何者だ」
「田中義則と申します。遠い場所から来ました」
「遠い場所から来た人間が、なぜこれほど動き回っている」
「やることがあるので」
「やることがある」
「そうです」
「この城のやることが、お前にあるのか」
「あります」
「なぜだ。お前はこの国の人間だろう」
「そうです。ただ、今や、この城のことも、ランセルのことも、北の問題も、全部繋がっています。どれか一つだけをやることはできないので、全部やっています」
「全部やる」
「全部やらないと、どれもうまくいかないので」
グレイドはしばらど田中を見た。
「……お前は、この城の内側の問題を、どう見ている」
「グレイド卿が懸念していることを、聞かせてもらえますか。余の話を聞くと言ったなら、聞け」
「かしこまりました。聞かせてください」
グレイドは少し間を置いた。
それから、話し始めた。
次回「第六十話 グレイドの話を聞いたら、予想より深かった」へつづく




