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異世界に転生したのに。また中間管理職でした。  作者: しーするー
第3章 王様と魔王が同じ席に座った日
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第五十八話 バルト卿を訪ねたら、思ったより複雑だった

第五十八話 バルト卿を訪ねたら、思ったより複雑だった


前話までのあらすじ

シアからグレイドとバルト卿が秘密裏に接触しているという情報が届いた。

田中は「整理したくない問題」と言った。内側から来る問題だからだ。

ガルドが三日で周辺情報を集めると言った。「余のやることがここにある」という言葉で。

王様は「お前一人では限界がある。全部を同時にはできない」と言った。


 三日後。

 ガルドが田中の部屋に来た。

「情報が集まった」

「ありがとうございます。どんな内容でしたか」

 ガルドは椅子に座った。

「バルトの周りにいる人間に、それとなく話を聞いた。三人から同じような話が出てきた」

「どんな話ですか」

「バルトが最近、港の商人たちと頻繁に会っている。話の内容は、貿易ルートの変更についてだ」

「貿易ルートの変更、ですか」

「そうだ。現在のルートを変えて、北東の別の国を経由するルートに切り替える話をしているらしい」

「北東の別の国というのは」

「グレイドが話をつけてきた国らしい。詳細はわからないが、バルトにとって有利な条件を提示しているようだ」

 田中はメモを取った。

 ・バルト卿:貿易ルート変更を検討中。グレイドが別の国と交渉してバルト卿に有利な条件を提示している。

「バルト卿にとって、何が有利なんですか」

「停戦によって、現在のルートが不安定になるリスクを回避できる、という話のようだ。停戦が崩れたとき、魔王領を経由するルートは危険になる。だから、別のルートを確保しておく方がいい、という論理だ」

「なるほど。バルト卿は、停戦に反対というより、リスクヘッジをしているんですね」

「そういうことだ」

「感情的な反発ではなく、合理的な判断をしている」

「そうだ。田中が言っていた通り、バルトは感情ではなく利益で動く」

「ただ、そのリスクヘッジが、結果的に停戦を不安定にする可能性があります」

「そうだ。グレイドが提示している別のルートの国が、停戦に反対している勢力と繋がっている可能性がある」

「バルト卿は、それを知っているんでしょうか」

「わからない。知っていて動いているのか、知らずに動いているのか」

「どちらだと思いますか」

「知らない可能性が高いと思う。バルトは賢い人間だが、外交に詳しくはない。港の商売に関しては抜け目がないが、政治的な動きは読みにくい」

「そうですか」

「田中、バルトを訪ねる前に一つだけ言っておく」

「はい」

「バルトは、悪い人間ではない。ただ、今、怖がっている。変化に対応しようとして、間違った方向に動いている可能性がある」

「ガルド卿が前回も同じことをおっしゃっていましたね」

「そうだ。繰り返す価値がある」

「追い詰めずに、話を聞きます」

「頼む」

「ガルド卿、情報収集をありがとうございました」

「礼はいい。田中のやることを、余がやっただけだ」

「それが一番助かります」

「わかった。結果を教えてくれ」

「教えます」


 翌日、田中はバルト卿の領地に向かった。

 レオンが一緒に来た。

 馬で半日の距離だった。

 バルト卿の城は、港に近かった。

 海の匂いがした。

 城門で名前を告げると、通してもらえた。

 予約なしで来たが、バルト卿は会ってくれた。

 応接室に通された。

 バルト卿が来た。

 以前会ったときより、少し顔が疲れていた。

「田中殿、突然来るとは珍しいですね」

「急な訪問をお許しください。どうしても直接お話したいことがあって」

「座ってください」

 二人が座った。

 レオンは部屋の端に控えた。

 田中はしばらど何も言わなかった。

 バルト卿を見た。

 バルト卿も田中を見た。

「何か言いたいことがある顔ですね」

「そうですか」

「田中殿は、いつも単刀直入ですが、今日は少し違いますね」

「少し、どこから話すか考えていました」

「そうですか」

 田中は少し考えた。

「バルト卿、一つだけ聞いていいですか」

「どうぞ」

「今、怖いですか」

 バルト卿は少し止まった。

「……何が怖いと思うんですか」

「変化が、ではないかと思っています」

 バルト卿は少し黙った。

「田中殿は、直接的ですね」

「遠回りをすると、時間がかかるので」

「そうですね」

「バルト卿が今の状況に不安を感じているなら、それは理解できます」

「不安、ですか」

「停戦が成立した。魔王と王様が会談した。北の問題が表面化してきた。全部、今まで経験したことのない変化です」

「そうですね」

「変化があるとき、人はリスクを回避しようとします。それは合理的な判断です」

「合理的、とおっしゃいますか」

「バルト卿が別の貿易ルートを検討していることは、知っています」

 バルト卿の顔が少し変わった。

「……知っていたんですか」

「はい。詳細は知りませんが、動きがあることは」

「それで、ここに来たんですか」

「それだけではありません。バルト卿の話を聞きたくて来ました」

「話を聞く、とは」

「何が不安で、何を求めているか。それを聞かずに、何かを言っても、バルト卿には届かないと思うので」

 バルト卿はしばらど田中を見た。

「田中殿は、余を責めに来たのではないのですか」

「責めに来ていません」

「グレイドと接触していることを知っているなら、責めに来てもおかしくないですが」

「責めても、何も解決しません」

「そうですか」

「バルト卿が動いているのには、理由があるはずです。その理由を知らずに責めても、問題は残ります」

 バルト卿はしばらど考えた。

「……田中殿、一つだけ聞いていいですか」

「どうぞ」

「停戦は、本当に続くと思いますか」

「今のところ、続いています」

「今のところ、というのは」

「確実なことはわかりません。ただ、三ヶ月間、合意が守られています」

「三ヶ月は短い」

「そうですね」

「余の港の商売は、十年、二十年の話です。三ヶ月の停戦で、二十年先を判断するのは難しい」

「なるほど」

「停戦が崩れたとき、余の港は最前線になる可能性がある。そのリスクは、誰が保証してくれるんですか」

「保証はできません」

「正直ですね」

「できないことをできると言っても、後で信用を失うだけです」

「では、余はどうすればいいんですか」

「バルト卿が求めているのは、リスクの軽減ですよね」

「そうです」

「リスクを軽減する方法は、別のルートを確保することだけではないと思います」

「他に何がありますか」

「停戦が長く続くための仕組みを、一緒に作ることです」

「仕組みを作る、とはどういう意味ですか」

「三国が情報を共有して、お互いの動きを把握している。何かが起きそうなとき、事前に察知できる。そうすれば、バルト卿も動く準備ができます」

「情報が先にわかれば、動ける、ということですか」

「そうです。停戦が崩れるリスクは、情報があれば管理できます。情報がないと、突然崩れた後に対応することになります」

「情報があれば、前もって動ける」

「はい。バルト卿の港のビジネスも、情報があれば判断できます」

 バルト卿はしばらど考えた。

「……田中殿が言う情報共有の仕組みというのは、どんなものですか」

「月次で三国の状況を共有しています。魔王城とランセルと、この国で。バルト卿にも、その情報を共有できます」

「余にも」

「はい。港に影響する情報があれば、特に早めにお知らせします」

「それは、余が停戦に協力することが条件ですか」

「条件ではありません」

「条件ではない?」

「情報を共有することは、バルト卿のためでもありますが、三国全体のためでもあります。バルト卿が情報を持っていると、南の海の状況をこちらが把握できます。お互いに利益があります」

 バルト卿はしばらど田中を見た。

「……田中殿は、余に何か要求しに来たのではなかったんですね」

「要求しに来たわけではありません。ただ、お互いにとって良い形を探しに来ました」

「お互いに良い形、か」

「はい。バルト卿が安心できて、停戦も続く形です。両方を同時に探せると思っています」

「両方を同時に、か」

「どちらか一方を犠牲にする必要はないと思います」

 バルト卿は長い沈黙の後、言った。

「田中殿、グレイドという人物について、教えてもらえますか」

「どんなことを聞きたいですか」

「余はグレイドから、停戦が崩れた後に有利なルートを確保できるという話をもらいました。ただ、田中殿が来て、その話が少し違って見えてきました」

「どう違って見えてきましたか」

「グレイドは、停戦が崩れることを前提に話をしていました。崩れることを望んでいる可能性があります」

「その可能性はあります」

「そうだとすれば、余はグレイドに利用されていたということになります」

「利用、という言葉が正確かどうかはわかりません。ただ、バルト卿の不安を使って、グレイドが動こうとしていた可能性はあります」

「余の不安を使った」

「バルト卿が停戦に不安を持っているのは事実です。その不安につけ込む形で、グレイドが接触してきたかもしれません」

「……余は、間違えていたかもしれませんね」

「間違いとは言えません。リスクを回避しようとしたのは合理的です。ただ、情報が足りなかったかもしれません」

「情報が足りなかった、か」

「グレイドの目的が何かを知っていれば、判断が変わった可能性があります」

「そうですね」

「これから、情報を共有します。それで判断してください」

 バルト卿はしばらど考えた。

「田中殿、一つお願いがあります」

「なんですか」

「グレイドとの件は、余に任せてもらえますか」

「どういう意味ですか」

「余が間違えたなら、余が正す。田中殿に全部やってもらうのは、筋が違います」

「バルト卿が、グレイドと話すということですか」

「そうです。余はグレイドに何の約束もしていません。話が違ったと伝えるだけです」

「わかりました。ただし、グレイドとの話の内容は、教えてもらえますか」

「教えます」

「ありがとうございます」

「田中殿こそ、ありがとうございます」

「何がですか」

「責めずに話を聞いてくれた。余が怖がっていることを、最初に言ってくれた。それで、話せました」

「バルト卿が話してくれたからです」

「また逆のことを言う」

「事実です」

「わかりました」

 バルト卿は少し笑った。

「田中殿は、不思議な人間ですね」

「よく言われます」

「何回目ですか」

「数えていません」

「また同じことを言う」

「事実なので」

 二人で少し笑った。


 帰り道。

 レオンが言った。

「タナカ、うまくいきましたね」

「バルト卿が話してくれたからです」

「タナカが追い詰めなかったからです」

「ガルド卿がそうしろと言ってくれたからでもあります」

「タナカ、今日は素直ですね」

「今日は、色々な人に助けてもらったので」

「そうですね」

「ガルドが情報を集めてくれた。王様が待っていてくれた。シアが情報を送ってくれた。それで今日が動けました」

「タナカが一人で来たのに、一人じゃなかったんですね」

「そうですね」

「いつもそうです」

「そうかもしれません」

「タナカが一人でいるように見えるときも、周りの人間が一緒に動いています」

「そうですね」

「それが、タナカの仕事のやり方だと思います」

「そうかもしれません」

「一人で抱えず、一緒に動く」

「気づいたら、そうなっていました」

「最初からそうでしたか」

「最初は、一人で抱えていたと思います。ただ、この世界に来てから、変わったかもしれません」

「何が変わったんですか」

「一人でできないことがある、とわかった気がします」

「元の世界でもそうだったんじゃないですか」

「そうでしたが、認めたくなかったかもしれません」

「今は認められる」

「そうですね」

「タナカ、成長しましたね」

「レオンも成長しました」

「また同じことを言う」

「事実なので」

「わかりました」

 二人で少し笑った。

 馬を進めた。

 港の匂いが遠ざかっていった。

 田中はメモアプリを開いた。

 【バルト卿訪問・結果】

 ・バルト卿の不安:停戦のリスク。二十年先のビジネスへの影響。

 ・バルト卿の行動:合理的なリスクヘッジ。ただし情報が足りなかった。

 ・グレイドについて:バルト卿が自分で正すと言った。任せる。

 ・今後:情報共有を継続。バルト卿からの海の情報も活用。

 最後に一行書き足した。

 ・バルト卿が「責めずに話を聞いてくれた。それで話せた」と言った。ガルド卿のアドバイスが正しかった。


次回「第五十九話 グレイドが動いた」へつづく

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