第五十七話 内乱の予兆。どこかの国で不穏な動きがある
第五十七話 内乱の予兆。どこかの国で不穏な動きがある
前話までのあらすじ
四回目の訪問で、向こうの生き物OLAと名前を交わした。
田中はTNAと呼ばれ、向こうが繰り返した。
田中が笑ったとき、向こうの口元も動いた。
「今日、名前を交わした。それが、全ての始まりだった」とメモに書いた。
OLAと名前を交わした翌日。
田中が三国への報告書を書いていると、レオンが部屋に入ってきた。
珍しく、少し暗い顔をしていた。
「タナカ、少し話していいですか」
「どうぞ」
「シアさんから手紙が来ました」
「内容は」
「OLAとの対話の進展への祝辞もありましたが、もう一点、別のことが書いてありました」
「何ですか」
「魔王城の幹部グレイドが、先日から動きを見せているとのことです」
「どんな動きですか」
「詳しくは書いていませんが、他の貴族や幹部に接触している、とのことです。グレイドが独自に動いている、と」
田中はメモを取りながら、少し考えた。
「グレイドは、この国との協力に反対していた幹部ですね」
「そうです。田中が会いに行くと言っていたが、まだ行けていませんでした」
「そうですね。OLAとの対話を優先していたので」
「その間に、動いていたようです」
「独自に動いている、というのは、どういう意味でしょう」
「シアさんも詳細は把握できていないようです。ただ、良い動きではないかもしれない、と書いています」
田中はメモに書いた。
・グレイド:独自の動き。詳細不明。要注意。
その夜、シアから追加の手紙が来た。
レオンが翻訳した。
「タナカ、内容が少し深刻です」
「どうぞ」
「グレイドが、この国の貴族の一部と接触していることがわかりました」
「この国の貴族と、ですか」
「はい。停戦に反対していた貴族の名前が出ています」
「誰の名前が出ていますか」
「バルト卿です」
田中は少し止まった。
バルト卿。
南の港を持つ貴族。
最初の予算会議で合意しなかった三名の一人。
田中が航路リスクを示して、「返答を後日使いで送る」という状態だった。
あれから、バルト卿はずっと「様子を見る」立場だった。
「バルト卿と、グレイドが接触している」
「そうです」
「内容は」
「わかりません。シアさんも把握できていないようです」
「シアさんが把握できていない、ということは、秘密裏に動いているということですね」
「そうです」
「他に、接触している人間はいますか」
「シアさんが把握している範囲では、この国の貴族一名と、北東方面の別の勢力との接触もあるかもしれない、とのことです」
「北東方面の別の勢力、ですか」
「はい。ランセル公国ではなく、もう少し東の、田中がまだ接触していない国からの人間と会っているようだ、と」
田中はしばらど黙った。
レオンが田中を見た。
「タナカ、これは、何を意味していると思いますか」
「まだ全部わかりません。ただ、仮説を一つ立てられます」
「どんな仮説ですか」
「グレイドは、この国と魔王軍の協力に反対している。そのために、この国の中で協力してくれる人間を探している。バルト卿は、停戦に消極的だったので、接触先として選ばれた可能性があります」
「それで、内乱になるんですか」
「内乱まで行くかどうかはわかりません。ただ、停戦を崩そうとする動きが、内側から始まっている可能性があります」
「内側から」
「そうです。外からではなく、内側から崩れる可能性があります」
レオンはしばらど考えた。
「タナカ、これは、整理できますか」
「整理できるかどうかは、まだわかりません」
「整理できない問題ですか」
「整理できない問題ではないかもしれません。ただ」
「ただ、何ですか」
「整理したくない問題です」
「整理したくない、ですか」
「バルト卿は、私が根回しをした相手です。グレイドも、会いに行くと言っていた相手です。どちらも、関わってきた人たちです」
「だから、整理したくない」
「そうです。対立構造にしたくない、という気持ちがあります」
「タナカが、そういうことを言うのは珍しいですね」
「そうですね」
「いつもは、問題があれば整理する、と言います」
「今回は、少し違います」
「なぜですか」
「今まで向き合ってきた問題は、外から来たものが多かったです。北の問題も、魔王軍との交渉も、全部外から来た問題でした。でも、今回は内側から来ています」
「内側からの方が、難しいですか」
「難しいです。外の問題は、こちらが一体になって向き合えます。内側の問題は、こちらが分かれてしまう」
「こちらが分かれる」
「そうです。バルト卿もこの国の人間です。グレイドも魔王軍の一員です。それが対立する方向に動いている」
「タナカ、どうするつもりですか」
田中は少し考えた。
「まず、事実を確認します。グレイドとバルト卿が、何を話しているのかがわかれば、対処ができます」
「どうやって確認しますか」
「バルト卿を訪ねます」
「直接行くんですか」
「直接行った方が早いです」
「バルト卿は、何を話してくれますか」
「わかりません。ただ、聞かないと何もわかりません」
「タナカ、一つだけ聞いていいですか」
「どうぞ」
「バルト卿が、グレイドと何かを企んでいたとしたら、どうしますか」
「企んでいる、とわかったとしても、まず話を聞きます」
「企んでいる相手と話せますか」
「話せるかどうかはわかりません。ただ、話してみないとわかりません」
「またその言葉ですね」
「同じことしか言えなくて申し訳ないですが」
「いえ、タナカらしいと思います」
「そうですか」
「はい。どんな相手とでも、まず話す。それがタナカです」
「そうかもしれませんね」
翌朝、王様に報告した。
「グレイドとバルト卿が接触している可能性があります」
王様は少し止まった。
「グレイドとバルトが、か」
「はい」
「それは、どういうことだ」
「詳細はまだわかりません。ただ、停戦に反対している人間同士が、秘密裏に動いている可能性があります」
「内乱の可能性があるということか」
「内乱まで行くかどうかはわかりません。ただ、何かが動いています」
王様はしばらど考えた。
「バルトは、余の古い家臣だ」
「そうですか」
「長く仕えてきた。ただ、最近は余の方針に距離を置いていた」
「停戦について、ですか」
「そうだ。余が魔王との会談を決めてから、バルトとの話が減った」
「そうでしたか」
「余は、バルトが納得していないことはわかっていた。ただ、動くとは思っていなかった」
「動く可能性はあったと思います。ただ、私の根回しが足りませんでした」
「お前のせいではない」
「私が早くバルト卿に会いに行くべきでした。OLAとの対話を優先したために、後回しにしていました」
「田中」
「はい」
「全部を同時にはできない。お前一人では限界がある」
「そうですね」
「お前が悔やむことではない」
「……わかりました」
「ただ、今後はどうするんだ」
「バルト卿を訪ねます。直接話を聞きます」
「余も行くか」
「陛下は行かない方がいいと思います」
「なぜだ」
「王様が直接行くと、バルト卿に圧力をかけていると見られる可能性があります。私が一人で行った方が、話しやすい場が作れます」
「わかった。お前に任せる」
「ありがとうございます」
「ただし、何かあれば、すぐ知らせてくれ」
「はい」
「グレイドについては、シアに任せるか」
「シアとも相談します。グレイドへの対処は、魔王陛下とシアが中心になります。こちらは補助します」
「連携が必要だな」
「そうですね」
その日の夕方、ガルドが田中を訪ねてきた。
珍しいことだった。
「田中、少し話がある」
「どうぞ」
「バルトの件、余も聞いた」
「王様からですか」
「そうだ。王はすぐ余に知らせてくれた」
「そうですか」
「田中、余に一つだけ聞いていいか」
「どうぞ」
「バルトは、どうなると思うか」
田中は少し考えた。
「わかりません。ただ、バルト卿は合理的な人間です。感情ではなく、利益で判断します」
「それは余も思う」
「だとすれば、グレイドと動く方が利益があると判断したか、それとも利益があると信じ込まされたか、どちらかだと思います」
「信じ込まされた可能性があるということか」
「グレイドが、バルト卿に何か有利な話をしているかもしれません。その内容がわかれば、対処できます」
「田中、余も動いていいか」
「どういう意味ですか」
「余が、バルトの周りにいる人間に話を聞く。田中が直接バルトに行く前に、周囲の情報を集める」
「ガルド卿が、情報を集めてくれるということですか」
「そうだ。余はこの城の貴族たちとの付き合いが長い。田中より、繋がりがある」
「それはありがたいです」
「任せてくれるか」
「お願いします」
「わかった。三日で情報を集める」
「ありがとうございます」
「礼はいい。これは余がやるべきことだ」
「そうですか」
「田中がいつも言っているだろう。やることがある人間が動けばいい、と」
「言っていましたね」
「余のやることが、ここにある」
「そうですね」
ガルドは立ち上がった。
「田中、一つだけ」
「はい」
「バルトは悪い人間ではない。ただ、怖いだけだと思う」
「怖い、ですか」
「変化が怖い。魔王との協力が怖い。北の問題が怖い。全部、今まで経験したことのないことだ。怖いとき、人は間違えることがある」
「そうですね」
「だから、追い詰めるな」
「追い詰めません」
「話を聞け」
「聞きます」
「バルトが何を怖がっているかを聞けば、対処できる」
「そうですね」
「それが田中のやり方だろう」
「そうです」
「では、そうしてくれ」
「かしこまりました」
ガルドは部屋を出た。
田中はしばらど扉を見た。
ガルドが「余のやることがここにある」と言って動いた。
最初の頃、ガルドは田中に詰め寄っていた。
今は、田中と同じ方向を向いて動いている。
田中はメモアプリを開いた。
【本日の完了事項】
・シアからの情報:グレイドとバルト卿が接触。詳細不明。
・王様への報告:完了。バルト卿訪問は田中が行くことで合意。
・ガルドとの打ち合わせ:三日で周辺情報を収集してくれる。
最後に一行書き足した。
・ガルドが「余のやることがここにある」と言った。田中の言葉が、ガルドの言葉になっていた。
田中は窓を開けた。
夜風が入ってきた。
星が多かった。
今夜は少し、複雑な気持ちがあった。
OLAとの対話が進んでいる。
同時に、内側に問題が生まれている。
やることが増えた。
ただ、一人でやることは、また少し減った。
ガルドが動いてくれた。
シアが情報を送ってくれた。
王様が待っていてくれた。
田中は窓を閉めた。
一人ではない。
それだけで、明日に向けて動ける。
次回「第五十八話 バルト卿を訪ねたら、思ったより複雑だった」へつづく




