第五十三話ロイドが山脈行きの段取りを手伝ってくれた
第五十三話ロイドが山脈行きの段取りを手伝ってくれた
前話までのあらすじ
三国の情報を合わせた結果、タイムラインが今年の冬になる可能性が出てきた。
田中とアレンが山脈に向かい、向こうとの対話を試みることにした。
レオンも一緒に行くと言った。「約束は守ります」という言葉で。
「やってみないとわからないことがある。それでも、やるしかないことがある。それが、今だ」とメモに書いた。
翌朝、田中はロイドを訪ねた。
「山脈に行きたいと思っています」
ロイドは少し間を置いた。
「向こうと話すためか」
「はい」
「王から聞いた」
「そうですか」
「昨夜、王が余のところに来た。田中が山脈に行くと言っている、護衛をつけてくれ、と」
「王様が直接来てくださったんですか」
「そうだ」
田中は少し止まった。
王様が直接ロイドに頼みに行った。
いつもは田中が間に入っていた。
「王様が、自分で動いたんですね」
「そうだ。珍しかった」
「そうですね」
「お前が来てから、王は変わった。自分で動くようになった」
「王様が変わったんです」
「また同じことを言う」
「事実なので」
ロイドは短く笑った。
「田中、山脈行きの段取りを一緒に考えよう」
「よろしくお願いします」
「まず、場所の確認だ。向こうの生き物が現れた場所、アレンが目視した場所はここだな」
ロイドが地図を広げた。
「はい。山脈の東端から少し南に入った岩場です」
「その場所に向かうとして、ルートが三つある」
ロイドが地図に指を当てた。
「北の街道から直接入るルート、東回りで山の裾野を進むルート、村を経由して山道に入るルート。三つそれぞれに、メリットとデメリットがある」
「どのルートが良いと思いますか」
「村を経由するルートだ」
「理由は」
「村人の情報が得られる。最近の山脈の状況を確認してから進める。また、村に戻る場所があることで、万が一のときの退路になる」
「なるほど」
「ただし、村人を巻き込まないように注意が必要だ」
「村に話をしておく必要がありますね」
「そうだ。アレンが巡回で顔を知っている村があるか」
「あります。アレンが定期的に訪れている村が、山脈に近い場所に一つあります」
「そこを経由する。アレンに事前に話をさせろ」
「わかりました」
田中はメモを取った。
ロイドが続けた。
「次に、人数だ。田中、アレン、レオン、それから護衛が必要だ」
「護衛は何人が適切ですか」
「向こうと話し合いをするなら、多すぎると威圧になる。ただし、少なすぎると守れない」
「バランスが難しいですね」
「余が行く」
「ロイド卿が、ですか」
「そうだ。余と騎士二名。合計三名の護衛だ。田中たちと合わせて六名。これが適切だと思う」
「ロイド卿も一緒に来てくれるんですか」
「田中一人に任せられない」
「そうですか」
「お前は段取りと話し合いは得意だが、万が一のときの対応は余が担う。役割分担だ」
「ありがとうございます」
「礼はいい。これが仕事だ」
田中はメモに書いた。
・同行者:田中、アレン、レオン、ロイド、騎士二名。計六名。
「三点目、装備だ」
「はい」
「田中とレオンは、武器を持たない方がいいと思う」
「そうですね。向こうに対して、攻撃しない意思を示すためです」
「その通りだ。アレンは剣を持つが、抜かない。護衛は武器を持つが、田中の指示があるまで動かない」
「田中の指示で動く、ということですか」
「そうだ。戦闘の判断は余がするが、交渉の判断は田中がする。二つの判断を分ける」
「それは良い分け方ですね」
「余には交渉はできない。田中には戦闘はできない。それぞれが自分のできることをやる」
「ありがとうございます」
「礼はいいと言った」
「すみません」
「謝らなくていい」
ロイドは地図をたたんだ。
「出発はいつにする」
「三国への緊急共有の返事を待ってから出発したいと思います。三日から五日以内に返事が来るはずです」
「わかった。その間に、アレンに村への事前連絡を頼め」
「今日中に頼みます」
「装備の確認も今日中にしろ。田中とレオンは、軽い服装の方がいい。走れる格好だ」
「走れる格好」
「万が一のときに、走れるようにしておけ」
「わかりました」
「以上だ」
「……それだけですか」
「それだけで十分だ。やることは明確だ。あとはやるだけだ」
田中は少し止まった。
「ロイド卿」
「なんだ」
「今、私が毎回言っている言葉を言いましたね」
「気づいたか」
「はい」
「お前から学んだ」
「そうですか」
「お前と仕事をしていると、やることを明確にして、あとはやるだけ、という考え方が身についてくる」
「そうですか」
「身についてから気づいた。気づいたら、いつもそう考えるようになっていた」
「それは、ロイド卿が身につけたものです」
「また同じことを言うな」
「事実なので」
「わかった」
ロイドは立ち上がった。
「田中、一つだけ言っていいか」
「はい」
「今回の山脈行き、余は正直、反対したかった」
「そうですか」
「危険すぎる。向こうが何者かわからない。話せる相手かどうかもわからない。行って何になるかわからない」
「そうですね」
「それでも、余が反対しなかったのは、田中がやると言ったからだ」
「……私が言ったからですか」
「お前が必要だと判断したなら、理由がある。お前が行くと言うなら、行く価値がある。余はそう思っている」
田中は少し止まった。
「……ありがとうございます」
「珍しく素直だな」
「大事なことを言っていただいたので」
「大事なことか」
「はい。ロイド卿が信用してくれているということが、わかったので」
「当たり前だ。三ヶ月一緒に働いてきた」
「三ヶ月で、信用していただけましたか」
「信用するのに時間はかからない。動きを見ていればわかる」
「そうですか」
「お前は、言ったことをやる。やると言ったことをやり遂げる。それが信用だ」
「そうかもしれません」
「では、今回もやり遂げろ」
「やります」
「約束か」
「約束です」
「良い」
ロイドは部屋を出た。
田中はしばらど立っていた。
ロイドが「信用する」と言った。
ロイドは言葉を大事にする人間だ。
大事にする人間が言った言葉は、重い。
田中はメモアプリを開いた。
・ロイドが「お前は言ったことをやる。それが信用だ」と言った。
その日の午後、アレンに話した。
「山脈行きの準備を始めます。村への事前連絡を頼めますか」
「今日行きます」
「今日ですか」
「明日より今日の方が早いです」
「タナカさんみたいなことを言いますね」
「タナカさんから学びました」
「そうですか」
「行って、村人に話して、状況を確認して、戻ってきます」
「今日中に戻れますか」
「夕方までには戻ります」
「ありがとうございます」
「タナカさん、向こうと本当に話せると思いますか」
「わかりません」
「わからなくても行くんですね」
「行かないとわからないので」
「俺も同じです」
「そうですね」
「タナカさん、一つだけ聞いていいですか」
「どうぞ」
「怖いですか」
「怖いです」
「でも行くんですね」
「やることがあるので」
「その言葉、最初に聞いたときより、今の方がずっと重く聞こえます」
「そうですか」
「最初は口癖かと思っていました。今は、タナカさんの全部が詰まっている言葉に聞こえます」
「そうかもしれませんね」
「俺も、そういう言葉を持てるようになりたいです」
「アレンさんは、もう持っていると思います」
「どんな言葉ですか」
「わかりません。ただ、アレンさんが自分で動くたびに、何かが出てきます。それがアレンさんの言葉になっていくと思います」
「自分で動くたびに、出てくる」
「そうです」
「なるほど」
アレンは立ち上がった。
「じゃあ、村に行ってきます」
「よろしくお願いします」
「夕方に帰ります」
「待っています」
夕方、アレンが戻ってきた。
「村に話してきました」
「どうでしたか」
「村長に説明したら、協力すると言ってくれました」
「そうですか」
「最近、山脈の方向から変な音が大きくなっていると言っていました。村人たちも不安になっているとのことです」
「やはり、音が大きくなっていますね」
「はい。ただ、田中さんたちが来てくれると知って、少し安心した、と言っていました」
「安心した、ですか」
「何かやろうとしている人がいる、というだけで、安心できると言っていました」
田中は少し考えた。
「何かやろうとしている人がいる、か」
「はい」
「それだけで安心できる、ということですね」
「そうみたいです」
「ガルドの息子が『やることがあるから怖くない』と言っていた話と、似ていますね」
「そうですね。やることがある人間がいると、周りも動けるようになる」
「田中さんがいつも言っていることが、広がっていますよ」
「そうかもしれません」
田中はメモに書いた。
・村長:協力を約束。山脈の音が大きくなっているとのこと。「何かやろうとしている人がいる」だけで安心できると。
三日後、シアとミラからの返事が来た。
シアの返事。
「情報を受け取った。魔王も了解している。山脈行きを支持する。魔王城側でも、同じ時期に準備を急ぐ。向こうと話せたら、すぐ知らせてくれ」
ミラの返事。
「了解した。ランセルも準備を急ぐ。田中殿が山脈に行くとき、ランセルからも一名同行させたい。山脈に詳しい者を送る。断ってもいいが、いた方が役に立つと思う」
田中は二通を読んだ。
レオンが横で読んだ。
「ミラ公王、一名送りたいとのことですね」
「そうですね」
「断りますか」
「断りません。山脈に詳しい人間がいた方がいいです」
「七名になりますね、計」
「そうですね。ロイド卿に伝えます」
「人数が増えることへの抵抗はありますか」
「ありません。できることをする人間が増える方がいいです」
「タナカらしいですね」
「そうですか」
「人が増えることを、負担ではなく、戦力として見る」
「一緒にやる方が、一人でやるより多くのことができます」
「最初にここに来たときは、一人でやっていましたよね」
「そうでした」
「今は、七人でやります」
「そうですね」
「それが、三ヶ月の変化ですね」
「そうかもしれません」
田中はメモに書いた。
【山脈行き・最終確認】
・同行者:田中、アレン、レオン、ロイド、騎士二名、ランセルからの一名。計七名。
・ルート:村経由。アレンが事前連絡済み。
・出発:明後日の朝。
・目的:向こうとの対話を試みる。
・覚悟:話せるかどうかわからない。ただ、やってみないとわからない。
田中はリストを見た。
全部、揃っていた。
準備できないことは、まだある。
向こうが何者かわからない。
話せるかどうかわからない。
でも、行く。
田中は窓を開けた。
北の空に、山脈が見えた。
大きかった。
ただ今夜は、向こうに向かって歩き始める前夜の大きさだった。
田中は窓を閉めた。
明日は早く眠る。
明後日、出発する。
やることがある。
それだけで、今夜は、眠れる。
次回「第五十四話 山脈に向かった日」へつづく




