第五十二話 三国の情報を合わせたら、大きな絵が見えてきた
第五十二話 三国の情報を合わせたら、大きな絵が見えてきた
前話までのあらすじ
会談後、各国で異なる種類の反発が起きていた。
この国の貴族は情報と対処で動く。魔王城の幹部グレイドは矜持の問題。ランセルの議会はリスクと利益の比較。
王様が「帰るときは言ってくれ」と言った。約束した。
「元の世界にも、やることがある。この世界にも、やることがある」と思った。答えはまだ出なかった。
ミラの五年分の記録が届いたのは、会談から二週間後だった。
大きな木箱だった。
レオンが田中の部屋に持ってきた。
「タナカ、届きました」
「ありがとうございます」
「これ、全部ですか」
「全部です」
「多いですね」
「五年分なので」
田中は木箱を開けた。
羊皮紙の束が、ぎっしり入っていた。
一枚一枚、年代と内容が記されていた。
田中はしばらど中を見た。
「……整理されていますね」
「ミラ公王が整理していたんですね」
「そうです。五年分が、年代順に並んでいます」
「さすがですね」
「送る前に整理してくれたんだと思います」
「ミラ公王も、田中みたいな人ですね」
「そうかもしれません」
図書室を借りた。
田中、レオン、アレンの三人で作業した。
ミラの記録、シアからの情報、アレンの観察記録、この国の図書室の記録。
全部を並べて、時系列で整理した。
三日かかった。
三日目の夜。
テーブルに、大きな羊皮紙が広げられていた。
時系列に整理された、北の問題の全体像だった。
田中はそれを見た。
レオンが隣に立っていた。
アレンが反対側に立っていた。
「タナカ、どうですか」とレオンが言った。
田中は答えなかった。
しばらど、見続けた。
「タナカ?」
「少し待ってください」
田中は羊皮紙を指でなぞった。
五年前から始まった変化。
三年前から加速した動き。
一年前から複数国で同時に確認された異変。
そして、三ヶ月前から急速に変化が進んでいる。
「見えました」
「何が見えましたか」
「向こうが道を開ける準備を始めたのは、三年前です。ただ、最初は小さかった。一年前から、本格的に動き始めた。三ヶ月前から、最終段階に入っている可能性があります」
「最終段階」
「道を開けるための、最後の準備だと思います」
「それはいつ完成しますか」
「……来年の春、か、早ければ今年の冬かもしれません」
レオンが少し青い顔をした。
「今年の冬、というのは、あと何ヶ月ですか」
「三ヶ月から四ヶ月です」
静かになった。
アレンが言った。
「タナカさん、三ヶ月から四ヶ月しかないですか」
「可能性の話です。ただ、その可能性を無視できない状況になっています」
「どう対処しますか」
「まず、この見立てを三国に共有します。次に、各国が準備を急ぎます。そして、向こうとの対話を試みます」
「向こうとの対話は、どうやってやりますか」
「まだわかりません。ただ、方法を探します」
「方法を探す時間が、三ヶ月から四ヶ月しかないかもしれない、ということですか」
「そうです」
アレンはしばらど羊皮紙を見た。
「タナカさん、間に合いますか」
田中は少し止まった。
間に合うかどうか。
「……わかりません」
「わからないんですか」
「はい。ただ」
「やることがあるから動く、ですね」
「そうです」
「今は、やることが見えていますか」
「見えています」
「なら、動けます」
「そうです」
アレンは少し考えた。
「俺、山脈にまた行きます」
「なぜですか」
「向こうの生き物が、また来るかもしれない。来たら、今度はもう少し近づいてみます」
「攻撃してきたら、どうしますか」
「逃げます。タナカさんとの約束です」
「そうですね」
「でも、逃げる前に、何か伝えてみます」
「伝える、というのは」
「言葉が通じるかどうかわかりませんが、攻撃しない意思を示します。手を上げるとか、武器を持たないで近づくとか」
「それは危険かもしれません」
「危険かもしれません。でも、向こうが攻撃しないで観察していたなら、こちらも同じことをすれば、何か変わるかもしれません」
田中はしばらど考えた。
「アレンさん、一点だけ」
「はい」
「一人で行かないでください」
「誰かと行きますか」
「私と一緒に行きます」
「タナカさんが行くんですか」
「はい」
「危ないですよ」
「危ないですが、やってみないとわかりません」
「タナカさんが言いますか、それを」
「言います」
「俺の台詞を取りましたね」
「そうですね」
アレンは少し笑った。
「わかりました。一緒に行きましょう」
「ありがとうございます」
「いつ行きますか」
「まず、この見立てを三国に共有します。それからロイド卿に相談して、段取りを決めます」
「わかりました」
翌朝、田中はまず王様に報告した。
大きな羊皮紙を持参した。
「三国の情報をまとめました」
王様はテーブルに広げた羊皮紙を見た。
黙って見た。
一分ほど見た。
「田中」
「はい」
「これは、今年の冬に起きるかもしれない、ということか」
「可能性があります」
「来年の春、ではなく」
「最悪の場合は、今年の冬です」
王様はしばらど黙った。
田中は待った。
「怖いな」
「そうですね」
「ただ、やることがある」
「あります」
「田中が言う前に言えた」
「成長されましたね」
「お前のおかげだ」
「王様が身につけたものです」
「また同じことを言う」
「事実なので」
王様は少し笑った。
「次のアクションは何だ」
「三国に緊急の共有をします。各国が準備を急ぐよう要請します。そして、向こうとの対話を試みます」
「向こうとの対話は、どうやってやる」
「アレンと一緒に山脈に行きます」
「お前が行くのか」
「はい」
「危ないぞ」
「危ないですが、やってみないとわかりません」
「……田中」
「はい」
「無理をするな」
「します」
「正直に言うな」
「やってみないとわからないので、無理かどうかもわかりません。ただ、できる限りのことをします」
「できる限りのこと、か」
「はい」
「わかった。ロイドに護衛をつけさせる」
「ありがとうございます」
「田中、一つだけ」
「はい」
「帰ってこい」
「帰ります」
「約束か」
「約束です」
「何回目だ」
「数えていません」
「余も数えていない。ただ、毎回、本気で言っている」
「わかっています」
「わかっているなら、守れ」
「守ります」
その日の午後、田中はシアとミラに緊急の手紙を書いた。
三国の情報をまとめた結果、タイムラインが今年の冬になる可能性があること。
各国が準備を急ぐこと。
田中がアレンと山脈に向かい、向こうとの対話を試みること。
二通の手紙を書き終えて、レオンに渡した。
「急ぎで届けてもらえますか」
「わかりました。今夜のうちに使者を出します」
「ありがとうございます」
「タナカ、山脈に行くんですか、本当に」
「はい」
「怖くないんですか」
「怖いです」
「それでも行くんですか」
「やってみないとわかりません」
「向こうと話せると思いますか」
「わかりません。ただ、試す価値はあると思います」
「根拠は」
「向こうが、アレンを見て攻撃しなかった。それだけです」
「それだけか」
「それだけです。今持っている最も確かな情報です」
レオンはしばらど田中を見た。
「タナカ、私も行きます」
「危ないです」
「わかっています。でも、行きます」
「なぜですか」
「タナカが向こうと話すとき、私もついていくと約束したからです」
「ランセルの帰り道に言いましたね」
「言いました。約束は守ります」
「危ないですよ」
「タナカも同じことを言いましたよね、山脈に行くと言ったとき」
「言いました」
「なら、私も同じです」
田中は少し考えた。
「……わかりました。一緒に行きます」
「約束ですか」
「約束です」
「良かったです」
レオンは手紙を持って、部屋を出た。
田中は一人になった。
羊皮紙を広げた。
三国の情報が並んでいた。
大きな絵が、見えていた。
向こうが道を開けようとしている。
こちらは、三ヶ月から四ヶ月しかない。
田中は少し考えた。
間に合うかもしれない。
間に合わないかもしれない。
ただ、やることがある。
やることがある限り、動ける。
田中はメモアプリを開いた。
【緊急アクションリスト】
一、三国への緊急共有:手紙を送付済み。返事待ち。
二、各国の準備加速:返事を受けて調整。
三、ロイドへの護衛依頼:明日。
四、山脈への出発:ロイドとの相談後、日程を決める。
五、向こうとの対話:山脈に行ってから考える。
五番目を見た。
「山脈に行ってから考える」という項目は、いつもの田中らしくなかった。
いつもは、行く前に全部考えて準備する。
ただ今回は、準備できないことがある。
向こうが何者かわからない。
何を求めているかわからない。
話せるかどうかもわからない。
わからないことだらけだ。
ただ、行かないよりは、行った方がいい。
田中はメモを閉じた。
窓を開けた。
北の空に、山脈が見えた。
大きかった。
今夜は、少し、大きく見えた。
田中はしばらど山脈を見た。
それから、窓を閉めた。
明日、ロイドに相談する。
その次に、出発する。
間に合うかどうかは、やってみないとわからない。
でも、やらないと、確実に間に合わない。
田中は、その日初めて、自分に言い聞かせるようにメモを書いた。
・やってみないとわかからないことがある。それでも、やるしかないことがある。それが、今だ。
次回「第五十三話 ロイドが山脈行きの段取りを手伝ってくれた」へつづく




