第五十話 ミラ公王が加わって、三国が同じ方向を向いた
第五十話 ミラ公王が加わって、三国が同じ方向を向いた
前話までのあらすじ
会談後、王様と魔王が同じ食卓で夕食を食べた。
二人が田中なしで話し始めた。愚痴を言い合い、「どこでも同じだ」と共感した。
「田中がいないのに田中の言葉が出てくる」という場面があった。
「ありがとう」を数えなくても言えるようになった、とレオンに言われた。
メモに「今日の夜、王様と魔王が同じ食卓で愚痴を言い合った。それで十分だと思った」と書いた。
会談の翌日。
田中はミラ公王に手紙を書いた。
昨日の会談の議事録の確認依頼と、今後の連絡について。
書き終えてから、少し考えた。
ミラとは、会談の場以外で、まだゆっくり話せていない。
王様と魔王は昨夜、食卓で話した。
ミラは昨日のうちにランセルに向けて出発していた。
田中はもう一文追加した。
『もし機会があれば、改めてゆっくりお話しできればと思っています。場所はどこでも構いません』
封じた。
レオンに渡した。
返事は三日後に来た。
ミラからだった。
『議事録、確認した。正確だ。問題ない。ゆっくり話したい、という件、私もそう思っていた。来月、あなたがランセルに来てもらえないか。城を見せたい。あなたに見てもらいたいものがある』
田中はメモに書いた。
・ミラ公王:来月、ランセル訪問を依頼。城を見せたいとのこと。
「レオン、来月、ランセルに行けますか」
「私もですか」
「一緒に来ていただけると助かります」
「行きます。ランセル語、もう少し練習します」
「ありがとうございます」
「ランセルはどのくらい遠いですか」
「二日の道のりです」
「魔王城より少し遠いですね」
「そうですね。ただ、今回は急ぎではないので、道中ゆっくり行けます」
「ゆっくり行く旅、タナカには珍しいですね」
「たまにはいいかと思っています」
「成長しましたね」
「そうですか」
「以前は、ゆっくり行くという発想がなかったと思います」
「そうかもしれません」
来月になった。
田中とレオンはランセルに向かった。
道中、田中は馬に乗りながら、景色を見た。
この国の街道は、もう見慣れていた。
国境を越えた。
ランセルの街道は、少し違った。
道の両側に、背の高い木が並んでいた。
北に近いからか、空気が少し冷たかった。
「タナカ、ランセルは初めてですか」
「初めてです」
「どうですか」
「木が多いですね」
「確かに」
「空気が冷たい」
「北に近いからですね」
「そうですね」
田中は馬を進めながら、周囲を観察した。
村が見えた。
農地が見えた。
人が見えた。
この国と似ているところもあった。
ただ、北に近いためか、山が多かった。
山脈が、この国より近く見えた。
「レオン、山脈が近いですね」
「そうですね。ランセルの人たちは、毎日あれを見て暮らしているんですね」
「そうですね」
「向こうに何があるかを知りながら」
「知っているかどうかはわかりませんが、何かがある、とは感じていると思います」
「音も、ここでは大きく聞こえるかもしれません」
「そうかもしれません」
田中は山脈を見た。
大きかった。
ただ、今日は別の意味で大きかった。
向こうに何があるかを知っている。
知っているから、怖い。
でも、知っているから、向き合える。
田中は前を向いた。
ランセルの城に着いたのは、二日後の昼だった。
ミラが城門で待っていた。
「来てくれた」
「お招きありがとうございます」
「道中はどうだった」
「良い旅でした」
「良い旅、か。田中殿らしくない言葉だ」
「そうですか」
「もっと、情報収集の旅だった、とか言うかと思っていた」
「しましたが、良い旅でもありました」
「両方か」
「両方です」
ミラは少し笑った。
「入れ。城を案内する」
ランセルの城は、この国の城より小さかった。
ただ、整然としていた。
廊下が清潔で、書類が整理されていて、兵士たちの動きに無駄がなかった。
田中はそれを見ながら歩いた。
「整理されていますね」
「私が着任してから変えた。前は散らかっていた」
「どうやって変えましたか」
「必要なものと不要なものを分けた。不要なものを捨てた。必要なものの置き場所を決めた。それだけだ」
「それだけで、これだけ変わるんですね」
「変わる。ただ、最初は抵抗があった」
「どんな抵抗ですか」
「今まで通りでいい、という人間が多かった。変える必要がない、という意見が出た」
「どうしましたか」
「数字で示した。整理する前と後で、書類を探す時間がどれだけ変わったか。時間が短縮された分、他のことができると示した」
「数字で示したんですね」
「田中殿がやることと同じだ」
「そうですね」
「田中殿の話を聞いてから、数字で示すことを意識するようになった」
「そうですか」
「直接教わったわけではないが、話の中で出てきたことを、自分でやってみた」
「それで良かったですか」
「良かった。動く人間が増えた」
田中はメモに書いた。
・ミラ公王:数字で示すことを実践。整理と数字で城が変わった。
「田中殿、一つ見せたいものがある」
「はい」
ミラが廊下の突き当たりの扉を開けた。
中に入ると、広い部屋だった。
壁一面に、地図が貼られていた。
この国。魔王城。ランセル。山脈。北の方向。
地図の上に、書き込みがたくさんあった。
「これは」
「北の問題に関する記録だ。私が着任してから、集めてきた情報を全部ここに貼った」
「いつから集めていたんですか」
「五年前から」
「五年前から」
「そうだ。山脈の変化が気になり始めたのが、五年前だった。それから、記録を取り続けた」
田中は地図に近づいた。
書き込みを読んだ。
年代順に整理されていた。
山脈の変化の記録。音の記録。足跡の記録。村人の証言。
「これを一人でやったんですか」
「側近と一緒に。ただ、誰かに話すことができなかった」
「なぜですか」
「信用できる相手がいなかった。他国に話せば、弱みを見せることになると思っていた」
「そうですか」
「田中殿から話が来るまで、一人で抱えていた」
田中は地図を見続けた。
五年分の記録が、壁一面に並んでいた。
「ミラ公王、これを今日まで一人で抱えていたんですね」
「そうだ」
「大変でしたね」
「大変だった」
「今は、一人ではないです」
「そうだ。田中殿が繋いでくれた」
「三国が同じ情報を持つようになりました」
「持つようになった。この部屋の情報を、他国と共有できるとは思っていなかった」
「共有できます。したいですか」
「したい。この五年分の記録を、全部共有したい」
「三国で持てば、もっと大きな絵が見えます」
「そうだ。私一人では見えていなかったことが、三国で見ると見えるかもしれない」
「見えると思います」
ミラは田中を見た。
「田中殿、一つだけ聞いていいか」
「どうぞ」
「この先、何をするつもりだ」
田中は少し考えた。
「三国の情報を合わせて、全体像を把握します。その上で、向こうとの対話の方法を探します」
「向こうと話せると思うか」
「わかりません。ただ、話せる可能性が残っている限り、試したいと思っています」
「なぜそこまでするんだ」
「向こうも、何かの理由があって動いていると思うからです」
「理由があって」
「魔王軍がこの国に侵攻していた理由が、北から押されていたからだったように。向こうにも、何かの事情があるかもしれません。事情がわかれば、話し合える可能性があります」
「向こうが、話せる相手かどうかはわからないぞ」
「わかりません。ただ、試してみないとわかりません」
ミラはしばらど田中を見た。
「……田中殿は、誰とでも話そうとするな」
「話し合いで解決できるなら、その方がいいので」
「それが、田中殿の一貫した考え方だ」
「そうです」
「王との交渉でも、魔王との交渉でも、私との話でも、同じだ」
「同じです」
「向こうとも、同じようにやるつもりか」
「やってみます」
ミラは少し間を置いた。
「田中殿、一つだけ言っていいか」
「どうぞ」
「私は、田中殿を信用している」
「ありがとうございます」
「信用している、というのは、田中殿がどの国のためでもなく動いているからだ」
「シアさんも同じことを言っていました」
「シアも、そう言っていたか」
「はい」
「ならば、私も同じ見方をしているということだ」
「そうですね」
「どの国のためでもなく動く人間は、信用できる。利害が絡まないからだ」
「利害が絡まない、というより、全体を見ているつもりです」
「全体を見ている」
「全体がうまくいかないと、どの部分もうまくいかないので」
「なるほど」
「三国が同じ方向を向く方が、一国が単独で動くより、全体としてうまくいく可能性が高い。だから三国を繋ごうとしています」
「それが田中殿の考え方か」
「そうです」
「利他的に見えるが、実は合理的だ」
「そうですね」
「面白い人間だ」
「よく言われます」
「何回目だ」
「数えていません」
「また同じことを言う」
「事実なので」
ミラは少し笑った。
田中も少し笑った。
夕食をミラと一緒に食べた。
ランセルの料理だった。
肉が多かった。
スープは、この国のものより濃かった。
「どうだ」
「おいしいです。濃いですね」
「北は寒いから、濃い方がいい」
「なるほど」
「田中殿のスープが好きだという話、聞いた」
「シアさんから聞いていましたか」
「シアから。こちらにも持ってきてくれるか、いつか」
「持ってきます」
「約束か」
「約束です」
「シアとも同じ約束をしたか」
「しました」
「スープの約束をあちこちでしているな」
「スープは、どこにでもあるので。共通の話題になりやすいです」
「そういう意図があったのか」
「最初は意図していませんでした。スープが好きなだけです」
「好きなものが、自然と人を繋ぐか」
「そうなっていました」
ミラはしばらど食事をしながら、言った。
「田中殿、私は、これからの展開が少し楽しみになってきた」
「そうですか」
「向こうとの対話を、田中殿が試みる。それがどうなるか、見てみたい」
「うまくいかない可能性もあります」
「うまくいかなくても、田中殿は次のやることを見つける」
「そうです」
「それを見ていきたい」
「ありがとうございます」
「支援する。ランセルとして、できることはする」
「ありがたいです」
「具体的には、五年分の情報を全部渡す。山脈に近いから、向こうのことについてはランセルが一番詳しい」
「それは助かります」
「田中殿が向こうと話すとき、何が必要か教えてくれ。準備できるものは準備する」
「わかりました」
田中はメモに書いた。
・ミラ公王:五年分の北の記録を提供。向こうとの対話への支援を約束。
翌日、田中はランセルの城を出た。
ミラが見送りに来た。
「田中殿、また来い」
「来ます」
「スープを持ってきてくれ」
「持ってきます」
「約束だ」
「約束です」
「田中殿、一つだけ」
「はい」
「今日、この城を見て、何か気になったことはあったか」
「三点あります」
「言え」
「一点目。図書室の分類がまだ整理されていません。二点目。会議室の予約管理が口頭になっています。記録があった方がいいです。三点目。厨房の食料管理が、備蓄庫と別になっています。統一した方が無駄が減ります」
ミラはしばらど田中を見た。
「……一日で、それだけ見つけたのか」
「気になったので」
「気になったら、直すんだろう」
「よろしければ」
「頼む」
「次に来たときに、やり方をお伝えします」
「来るたびに、何かが変わるな、田中殿が来ると」
「気になったことを整理するだけです」
「それだけで変わる、というのが、田中殿の不思議なところだ」
「不思議ですか」
「そうだ。大げさなことをしていないのに、気づいたら変わっている」
「大げさにすると、抵抗が大きくなるので」
「小さく始めて、自然に変わっていく」
「そうです」
「田中殿の仕事のやり方だな」
「そうかもしれません」
ミラは頷いた。
「では、また」
「はい。また来ます」
「北の問題が進んだら、すぐ連絡をくれ」
「します」
「ランセルは動く準備ができている」
「ありがとうございます」
田中は馬に乗った。
レオンが隣に来た。
「タナカ、ランセルはどうでしたか」
「良かったです」
「何が良かったですか」
「ミラ公王が、五年前から一人で北の問題に向き合っていた、ということがわかりました」
「五年前から」
「そうです。一人で抱えていた。今は三国で抱えています」
「繋がりましたね」
「繋がりました」
「タナカが繋いだんですね」
「ミラ公王が、繋がる準備をしていたからです」
「また同じことを言う」
「事実なので」
「わかりました」
レオンは少し笑った。
「タナカ、帰り道も、ゆっくり行きますか」
「ゆっくり行きます」
「良かったです」
「良い景色でしたね、ランセルは」
「そうですね。山が多くて、少し魔王城の道中に似ていました」
「似ていますね」
「でも、空気が違います」
「そうですね」
「こちらは、少し、重い気がします」
「山脈が近いからかもしれません」
「向こうが近い、ということですね」
「そうです」
「向こうと、本当に話せると思いますか、タナカ」
「わかりません。ただ」
「やってみないとわからない、ですね」
「そうです」
「タナカが向こうと話すとき、私もついていっていいですか」
「ついてきてもらえると、助かります」
「約束ですか」
「約束です」
「良かったです」
二人で馬を進めた。
山脈が、後ろに見えた。
だんだん小さくなっていった。
それでも、なくなることはなかった。
田中は前を向いた。
帰ったら、三国の情報を合わせる作業が始まる。
ミラの五年分の記録と、シアの情報と、アレンの観察記録を合わせれば、全体像が見えてくるかもしれない。
見えてきたら、向こうとの対話の方法を考える。
やることが、また増えた。
ただ、今回はそれが、少し、楽しみな気がした。
田中はメモアプリを開いた。
【ランセル訪問・まとめ】
・ミラ公王:五年前から北の問題を一人で記録してきた。三国での共有に積極的。
・五年分の記録:受け取り予定。三国の情報と合わせて全体像を把握する。
・ランセルの城:整理されている。ミラ公王が数字で変えてきた。気になる点三つ、次回訪問時に対処。
・次のアクション:三国の情報を合わせる。全体像を把握する。向こうとの対話の方法を探し始める。
最後に一行書き足した。
・所感:三国が本当の意味で同じ方向を向き始めた。これが、次の始まりだ。
次回「第五十一話 会談後、各国に持ち帰った結果は」へつづく




