第四十九話 会談が終わった夜、三人で飯を食った
第四十九話 会談が終わった夜、三人で飯を食った
前話までのあらすじ
三国会談が成立した。三国の情報共有、連携の枠組み、軍の準備、北への対処方針。全て議事録に残した。
三者全員が田中に感謝を伝えた。田中は「ありがとうございます」を三回言えた。
魔王が「田中に会って良かった」と言った。
メモに「今日、三国が同じ席に座った」の一行だけ書いた。
城に戻ったのは、夕暮れ時だった。
橙色の空だった。
王様、田中、レオン、シア、魔王の一行が城門をくぐった。
城の兵士たちが魔王を見て、少し固まった。
田中はそれを見て、レオンに小声で言った。
「兵士たちに、魔王陛下が今日のお客様であることを伝えてもらえますか」
「すぐ動きます」
レオンが動いた。
田中は王様の隣を歩きながら、小声で言った。
「陛下、兵士たちが少し緊張しています」
「そうだな」
「一言、声をかけていただけますか」
「余が言うか」
「陛下が普通にされていると、周りも落ち着きます」
王様は少し考えてから、近くの兵士に言った。
「今日のお客様だ。よろしく頼む」
「は、はい」と兵士が答えた。
王様はそのまま歩いた。
田中はその後ろを歩きながら、メモに書いた。
・王様、自分で判断して動いた。
食堂に案内した。
いつもの食堂だったが、今夜は少し違った。
テーブルが一つだけ残されていて、他は片付けられていた。
料理が並んでいた。
パンとスープと肉と、この国の名産の野菜料理。
田中が料理を見た瞬間、シアが言った。
「スープがある」
「この国のスープです」
「前に持ってくると言っていたな」
「今回は来ていただいたので、こちらで出します」
「約束を守ったな」
「守りました」
魔王がスープを見た。
「これが、シアが話していたスープか」
「そうです」とシアが言った。
「田中が好きだというやつか」
「そうです」
「飲んでみよう」
全員が席に着いた。
王様が上座に座った。
魔王は向かいに座った。
田中は端の席に座った。
シアが田中の隣に来た。
「隣でいいか」
「どうぞ」
レオンが田中の反対側に座った。
全員が揃った。
しばらく、誰も何も言わなかった。
田中は二人を見た。
王様が魔王を見ていた。
魔王が王様を見ていた。
どちらも、何か言おうとして、止まっていた。
田中は少し考えた。
何か言った方がいいだろうか。
いや、待とう。
二人が自分で動き始めるのを、待とう。
田中はスープを一口飲んだ。
塩気が強くて、草の風味がした。
いつもの味だった。
先に動いたのは、王様だった。
「魔王」
「なんだ」
「スープ、どうだ」
魔王は一口飲んだ。
少し間を置いた。
「……悪くないな」
「そうだろう」
「魔王城のより、あっさりしているが」
「余はこちらの方が好きだ」
「好みの問題だな」
「そうだ」
また少し沈黙があった。
今度は魔王が動いた。
「王、一つ聞いていいか」
「なんだ」
「田中は、あなたの城に来てから、どのくらい経つ」
「三ヶ月少し」
「三ヶ月か」
「そうだ」
「余の城に来たのは、その途中だったのか」
「そうだ。余の補佐官が、余の許可を得て魔王の城に行った」
「許可を出したのか」
「出した。余が行けと言った」
「なぜ田中を行かせたんだ」
王様は少し考えた。
「田中しかいなかったから、だな」
「田中しかいなかった」
「そうだ。田中が来てから、余の城で動ける人間が増えた。でも、魔王の城に一人で行けるのは、田中だけだった」
「なぜそう思った」
「田中は、どこに行っても、やることを見つける。怖い場所でも、知らない場所でも、やることを見つけて動く。だから、行かせた」
魔王はしばらど王様を見た。
「……余も、同じことを思った」
「そうか」
「田中が来たとき、余の城は機能していなかった。田中が城を歩いて、問題を整理して、シアと一緒に動き始めた。それで、少し変わった」
「田中が変えたのか」
「田中が整理した。変えたのは、余とシアだ」
「そうだな、余もそう思う」
「田中はいつも、そう言う」
「わかっているんだな、余たちが変えたと」
「わかっているからこそ、そう言うのだと思う」
王様は少し考えた。
「……そうかもしれない」
「田中は、人が自分で動けるように、場を作る」
「場を作る」
「そうだ。余が気づいたのは、田中が帰った後だ。田中がいなくなって、初めて、余が何を得たかがわかった」
「何を得たんだ」
「自分で動く感覚だ。それまでは、側近が全部やっていた。田中が来て、余が自分で書類を読むようになった。城を歩くようになった。組織図を作った。それは、田中が直接教えたのではなく、田中が動くのを見ていたら、自然にそうなった」
王様は黙って聞いていた。
「あなたは、どうだ」と魔王が聞いた。
「余も、似たようなものだ」と王様が言った。
「田中が来てから、変わったか」
「変わった。田中が来る前、余は一人で全部判断しようとしていた。でも、田中が来てから、周りの人間に任せることを覚えた。任せて、報告を受けて、判断する。それが楽だとわかった」
「楽だとわかったか」
「そうだ。田中がいつも、任せて、確認して、記録する、をやっているのを見ていたら、余もそうしようと思った」
「見ていたら、自然にそうなった、か。余と同じだな」
「そうだな」
田中はメモを取りながら、少し思った。
二人が田中の話をしている。
田中がいるのに、田中の話をしている。
少し変な感じがした。
ただ、悪くなかった。
シアが田中に小声で言った。
「田中、顔が赤い」
「そうですか」
「赤い」
「……少し」
「珍しいな」
「こういう状況は、慣れていないので」
「慣れていないことがあるんだな、田中にも」
「あります」
食事が続いた。
話が続いた。
田中はほとんど話さなかった。
二人が自分たちで話していた。
北の問題のこと。それぞれの国のこと。部下のこと。困っていること。
途中から、愚痴になってきた。
「幹部が言うことを聞かない」と魔王が言った。
「貴族が金を出し渋る」と王様が言った。
「それは余も同じだ」と魔王が言った。
「そうか、魔王軍でも同じか」と王様が言った。
「どこでも同じだ」と魔王が言った。
「田中に言ったら、なんと言うと思う」と王様が言った。
「情報を渡せば動く、と言うだろう」と魔王が言った。
「そうだな、田中はそう言う」と王様が言った。
二人が田中を見た。
「田中、今の話を聞いていたか」と王様が言った。
「聞いていました」と田中が言った。
「なんと思った」と魔王が言った。
「正しいと思います」と田中が言った。
「情報を渡せば動く、か」と王様が言った。
「はい」と田中が言った。
「田中がいなくても、田中の言葉が出てくるようになったな」と魔王が言った。
「そうですね」と田中が言った。
「それは、田中が変えたということか」と王様が言った。
「二人が変わったということです」と田中が言った。
「また同じことを言う」と王様が言った。
「また同じことを言う」と魔王が言った。
二人が同時に言った。
シアが小声で笑った。
レオンが小声で笑った。
田中は笑わなかったが、悪い気はしなかった。
夜が深くなってきた。
魔王が言った。
「そろそろ帰る。道が暗くなる前に」
「はい。今夜はありがとうございました」と王様が言った。
「こちらこそ。飯がうまかった」
「また来るか」
魔王は少し考えた。
「……来てもいいか」
「来い。余も、魔王の城に行くかもしれない」
「来るといい。シアが案内する」
「シア、頼む」
「かしこまりました」とシアが言った。
魔王は立ち上がった。
田中も立ち上がった。
「城門まで見送ります」
「いい。余は一人で歩ける」
「では、ここで」
魔王は田中を見た。
「田中、今日はよくやった」
「ありがとうございます」
「今日だけでなく、今日まで」
「三回目ですね」
「数えていたのか」
「数えていました」
「珍しいな、数えるのか」
「今日だけは、数えようと思っていました」
「なぜだ」
「今日は、受け取ろうと決めていたので」
魔王は少し間を置いた。
「そうか」
「はい」
「では、受け取れ」
「受け取りました」
「よかった」
魔王はシアとともに食堂を出た。
足音が遠ざかった。
王様が田中を見た。
「田中」
「はい」
「今日は良い一日だった」
「そうですね」
「余の人生で、最も変わった一日だったかもしれない」
「そうですか」
「魔王と同じ席で飯を食った。話した。愚痴を言い合った」
「良い関係が始まりましたね」
「そうだな。これが始まりだ」
「はい」
「田中、余は、これからも変わっていくと思う」
「そうだと思います」
「お前がいてくれると、変わりやすい」
「王様が変わろうとしているからです」
「また同じことを言う」
「事実なので」
王様は少し笑った。
「田中、一つだけ」
「はい」
「今夜は、ゆっくり眠れ」
「はい」
「今日は、十分やった」
「……そうですね」
「十分やったと、余が言う」
「受け取ります」
「良かった」
王様は食堂を出た。
田中とレオンが残った。
食堂に、料理の残りと、空の杯があった。
「タナカ」
「はい」
「今日は、どうでしたか」
「良かったです」
「具体的には」
「王様と魔王陛下が、田中なしで話せていました」
「そうですね」
「二人で愚痴を言い合って、二人で答えを出していました」
「タナカが間に入らなくても」
「はい」
「それが、タナカの目標でしたよね」
「そうです」
「達成しましたね」
「まだ始まりですが」
「始まりは達成です」
「そうですね」
レオンは田中を見た。
「タナカ、今日、何回ありがとうと言いましたか」
「数えていません」
「珍しいですね、数えていないのは」
「今日は数える余裕がありませんでした」
「良いことだと思います」
「そうですか」
「数えなくても言えるようになった、ということです」
田中は少し考えた。
「そうかもしれませんね」
「成長しましたよ、タナカ」
「レオンも成長しました」
「私もですか」
「最初に会ったとき、レオンは翻訳係でした。今は、議事録も、交渉の準備も、提案も、全部できます」
「タナカのおかげです」
「レオンが身につけたものです」
「また同じことを言う」
「事実なので」
二人で少し笑った。
食堂の燭台が揺れた。
田中は立ち上がった。
「今夜は、眠ります」
「約束ですか」
「約束です」
「良かったです」
「レオンも、ゆっくり眠ってください」
「はい」
「今日は、ありがとうございました」
「珍しくすぐ言えましたね」
「今日は言える日です」
「昨日もそう言っていましたよ」
「今日も言える日でした」
「明日も言える日になるといいですね」
「そうなるといいですね」
二人で食堂を出た。
廊下を歩いた。
石畳の音が響いた。
田中は部屋に戻った。
窓を開けた。
夜風が入ってきた。
星が多かった。
今日は、三国が同じ席に座った日だった。
田中はメモアプリを開いた。
昨夜書いた「今日、三国が同じ席に座った」という一行が残っていた。
今夜は、もう一行だけ書き足した。
・今日の夜、王様と魔王が同じ食卓で愚痴を言い合った。それで十分だと思った。
窓を閉めた。
ベッドに横になった。
目を閉じた。
すぐに眠れた。
次回「第五十話 ミラ公王が加わって、三国が同じ方向を向いた」へつづく




