第四十七話 三者が同じ場所に向かう朝
第四十七話 三者が同じ場所に向かう朝
前話までのあらすじ
会談前夜、田中は三ヶ月分のメモを読み直した。最初の「自動販売機がない」というメモに笑った。
「準備ができた」と初めて思った。
最後のメモに「明日、よろしくお願いします」と書いた。相手は誰でもなく、自分自身だった。
翌朝、食堂に全員が集まった。レオン、アレン、ロイド、王様が一言ずつかけてくれた。
今日は晴れだった。会談日和だった。
城を出たのは、夜明けから一時間後だった。
王様の一行。田中、レオン、ロイド、護衛の騎士三名、王様。計七名。
アレンは別行動だった。会談場所に先に向かって、外周を確認してから待機する手はずになっていた。
田中は馬に乗りながら、道中の段取りを頭で確認した。
山の中腹まで、二時間。
途中、道が細くなる箇所が一か所。ロイドが事前に確認済み。
到着後、場所の設営を確認する。テントの設置はロイドの部下が昨日のうちに終わらせている。
魔王側は別のルートから来る。シアが先導する。
ランセル側はさらに別のルートから。ミラが先導する。
三者が揃うのは、昼前後の予定だった。
田中はメモに書いた。
・出発:予定通り。天候:晴れ。
道中、王様が馬を並べて来た。
「田中」
「はい」
「少し話していいか」
「どうぞ」
王様はしばらく前を向いたまま、話した。
「余は、今日、何を話せばいいのか、まだ少し不安だ」
「そうですか」
「前に、最初の十分だけ乗り越えれば、と言っていたな」
「はい」
「最初の十分の後は、どうなるんだ」
「流れが作られます」
「流れが」
「話し始めると、言葉が続きます。続いているうちに、方向が決まります」
「方向が決まる前は、どうすればいいんだ」
「聞いていればいいです」
「聞く?」
「相手の話を、最後まで聞く。それだけで、次の言葉が出てきます」
「余は、聞くのが得意ではないかもしれない」
「得意不得意より、意識してやれば大丈夫です。相手が話し終わる前に口を開かない、それだけです」
「それだけか」
「それだけです」
王様はしばらく考えた。
「田中、余が聞けていないと思ったら、何か合図をしてくれ」
「合図ですか」
「何か、余だけわかるような合図を」
田中は少し考えた。
「メモを取る手を止めます」
「手を止める?」
「田中が議事録を取る手を止めたら、少し待って、という意味にします」
「わかった」
「ただし、あまり使わないようにします。王様は、聞くのが得意ではないとおっしゃいましたが、私が見る限り、大事な話のときはちゃんと聞いています」
「そうか」
「居酒屋で初めて話したとき、王様は私の話を最後まで聞いていました」
「あのときは、話してくれる相手が初めていたから」
「今日も、同じです。魔王もミラ公王も、話せる相手が少なかった人たちです。話を聞いてもらえると、話しやすくなります」
王様はしばらど前を向いていた。
「田中、余に一つだけ教えてくれ」
「はい」
「魔王は、どんな人間だ。一言で言うと」
田中は少し考えた。
「孤独で、真剣な人間です」
「孤独で、真剣」
「はい。孤独だから、本音を話せる相手を求めています。真剣だから、話が通じると深くなります」
「余と似ているな」
「そうです」
「余も孤独だったし、真剣だった」
「今も真剣です」
「今は、少し孤独でなくなった」
「お前が来てから、か」
「そうです」
「魔王も、そうなれるかもしれないな」
「そうなると思います」
「田中がいるから」
「皆がいるからです」
「また同じことを言う」
「事実なので」
王様は低く笑った。
馬が街道を進んだ。
二時間後、山の中腹の場所に着いた。
広場だった。
三方を山に囲まれていて、一方だけ街道に繋がっている。
中央に、大きなテントが一張り設営されていた。
テントの中に、テーブルと椅子が並んでいた。
アレンがすでに来ていた。
田中を見て、歩いてきた。
「タナカさん、確認しました。問題ないです」
「ありがとうございます」
「テントの外周、全部歩きました。逃げ道も確認しました」
「どうでしたか」
「三方向に道があります。一方は崖ですが、足場を知っていれば降りられます。二方は山道です」
「アレンさんはもう足場を把握しましたか」
「昨日のうちに来て、確認しておきました」
「昨日のうちに」
「タナカさんが前日に下見をするのを見てきたので、俺もした方がいいと思って」
田中は少し止まった。
「昨日ここに来ていたんですか」
「はい。一人で」
「それは、タノんでいませんでした」
「自分で考えました」
「そうですか」
「ダメでしたか」
「ダメではないです。良かったです」
「良かったですか」
「アレンさんが自分で考えて動いた。それが良かったです」
アレンは少し照れた顔をした。
「タナカさんがいつもそうするから、俺もしてみました」
「続けてください」
「はい」
ロイドが広場を確認しながら歩いていた。
田中もテントの中に入った。
テーブルが三つ、向かい合う形で並んでいた。
真ん中は田中と議事録用のテーブル。
向かって左が王様側。右が魔王側。奥がランセル側。
椅子の数は各側三脚ずつ。
田中は配置を確認した。
問題なかった。
田中は白紙の羊皮紙をテーブルに置いた。
羽ペンを二本。インクを確認。
準備が整った。
田中は外に出た。
広場に立って、空を見た。
青かった。
山脈が見えた。
遠かったが、見えた。
あの向こうに、何があるかを知っている。
田中は深く息を吸った。
昼近くになって、魔王側が来た。
シアが先頭だった。
田中を見て、少し表情が緩んだ。
「来た」
「お越しいただきありがとうございます」
「長い道のりだった」
「お疲れ様でした」
「田中、元気そうだ」
「元気です」
「顔色が良い」
「昨日、早く眠りました」
「それは良かった」
シアの後ろに、魔王が来た。
田中は頭を下げた。
「陛下、お越しいただきありがとうございます」
「来たぞ」
「ありがとうございます」
「遠かったな」
「お疲れ様でした」
「田中、準備はいいか」
「はい」
「余も、準備はできている」
「そうですか」
「一夜考えた。何を話すべきか」
「どんなことを考えましたか」
「まず、田中の話をしようと思った」
田中は少し止まった。
「私の話、ですか」
「そうだ。最初の十分の段取りを、田中がしてくれると言っていたが、余も考えた」
「何を考えたんですか」
「余が最初に言うべきことは、田中への感謝だと思った」
「感謝、ですか」
「この会談が実現したのは、田中のおかげだ。それを最初に言う。それが、王様にもミラ公王にも、田中という人間がいかに重要かを伝える。それで最初の十分が始まれば、話しやすくなると思った」
田中はしばらく黙った。
「……それは、考えていませんでした」
「余が考えた」
「そうですか」
「田中が考えることを、余が考えた。それが成長だと思っている」
「そうですね」
「感謝はされるのが苦手だったな」
「苦手です」
「今日は受け取れ」
「……わかりました」
シアが横で小さく笑っていた。
ランセル側が来たのは、昼直前だった。
ミラが先頭だった。
広場に入ってきて、まず周囲を確認した。
次に田中を見た。
「田中殿」
「ミラ公王、お越しいただきありがとうございます」
「場所は良い。三国の先祖がここで会合を開いたというのは、本当だったのか」
「図書室の記録にありました」
「どんな記録だったんだ」
「簡単な記述でしたが、三国の代表が山の中腹で会合を開き、北の問題について話し合った、とありました」
「北の問題か」
「はい」
「昔も、今と同じ問題を話し合っていたのか」
「同じ場所で、似たような問題を」
ミラは少し考えた。
「それは、今日の会談に意味があるということだ」
「そうだと思います」
「良い場所を選んだ」
「ありがとうございます」
ミラは魔王を見た。
魔王もミラを見た。
二人が初めて顔を合わせた。
田中はその瞬間を見ていた。
どちらも動かなかった。
数秒、沈黙があった。
それからミラが言った。
「魔王か」
「そうだ」と魔王が言った。
「思ったより、小さいな」と魔王が言った。
「余もそう思った」とミラが言った。
二人が同時に同じことを言った。
田中は少し止まった。
それから、小さく笑った。
シアが田中の横に来た。
「田中、今笑ったか」
「少し」
「なぜだ」
「二人が同時に同じことを言ったので」
「そうか」
「以前、魔王陛下に初めてお会いしたとき、同じことを言われました」
「何と言われた」
「思ったより、小さいな、と」
「なるほど」
「そのとき、よく言われますと答えました」
「今日も同じように答えるか」
「必要があれば」
シアは小さく笑った。
広場に、三者が揃った。
田中はテントの方を見た。
中に、テーブルと椅子が待っていた。
議事録用の羊皮紙が、白いまま置いてあった。
田中は鞄を持ち直した。
「では、始めましょう」
三者がテントに向かって歩き始めた。
アレンが外の定位置についた。
レオンが田中の隣に来た。
「タナカ、準備はいいですか」
「できています」
「緊張していますか」
「少し」
「私も少し」
「大丈夫です」
「タナカが大丈夫と言うから、大丈夫だと思います」
「レオン」
「はい」
「今日も、隣にいてくれてありがとうございます」
「当たり前です」
「当たり前でも、ありがたいです」
「……タナカ、そういうことを今日も言いますね」
「今日は特に言いたかったので」
「……わかりました。ずっと隣にいます」
「よろしくお願いします」
テントの入り口が見えてきた。
田中は前を向いた。
歩き続けた。
三ヶ月前、草原で目を覚ましたとき、田中には何もなかった。
今日、三国の代表が同じ場所に来た。
田中がやってきたことは、これのためだったかもしれない。
でも、これで終わりではない。
これが、次の始まりだ。
田中はテントに入った。
次回「第四十八話 王様と魔王が初めて対面した。最初の十分」へつづく




