第四十五話 アレンに会談中の警備を頼んだら困った顔をされた
第四十五話 アレンに会談中の警備を頼んだら困った顔をされた
前話までのあらすじ
三国の情報が「三ヶ月前から同時期に変化が始まった」という形で収束した。
三国の情報を一枚にまとめた資料を作成。会談で使用予定。
ガルドが貴族への説明会で先に話す形で合意。
メモの最後に「今日のやること:終わり」と書いた。田中にとって初めての締め方だった。
会談まで十日になった朝。
田中はアレンを探した。
中庭にいた。
今日は剣の稽古ではなく、ただ座って空を見ていた。
「アレンさん」
「タナカさん、おはようございます」
「おはようございます。少し話せますか」
「はい」
田中は隣に座った。
二人でしばらく空を見た。
「何か考えていましたか」
「会談のことです」
「そうですか」
「俺、会談中に何をすればいいか、考えていました」
「外で待機してもらいます」
「それはわかっています。ただ、それが仕事だと頭ではわかっていても、なんか、複雑な気持ちがあって」
「どんな気持ちですか」
アレンは少し考えた。
「役に立っているのかどうか、わからない感じです」
「どういう意味ですか」
「王様と魔王とミラ公王が歴史的な会談をしている。その外で、俺は何もせずに立っている。それって、役に立っているのかな、と」
「前に話しましたよね。外にいることが抑止力になる、と」
「話してもらいました。頭ではわかっています。でも、実感が湧かないんです」
「そうですか」
「タナカさんは、役に立っているかどうか、実感できますか」
田中は少し考えた。
「できないことが多いです」
「そうなんですか」
「やっていることの結果が見えるまで、時間がかかります。根回しをして、資料を作って、話し合いをして、それが形になるまで、時間がかかります」
「その間、実感はないんですか」
「あまりないです。ただ、やることがあるので動きます」
「実感がなくても動けるんですか」
「動いた結果が後からついてくる、という感じです」
「後からついてくる」
「はい。今日やったことが、一ヶ月後に形になることがあります」
アレンはしばらど考えた。
「……俺が山脈で生き物を見て、攻撃しなかった。それが今の会談に繋がっているのかもしれない、ということですか」
「そうです。あのとき攻撃していたら、今の状況は違っていたかもしれません」
「でも、攻撃しなかったことが正しかったとわかったのは、後からですね」
「そうです」
「その場ではわからなかった」
「わからなかった。ただ、タナカさんが攻撃するなと言っていたので、そうしました」
「それで十分だったんですね」
「十分でした」
アレンはしばらど空を見た。
「タナカさん、会談の外で待っているとき、もし何も起きなかったら、俺の仕事は成功ですか」
「成功です」
「何も起きないことが、成功か」
「はい。何も起きないのは、アレンさんがいるからです」
「いるだけで、ですか」
「いるだけで、です」
「難しいですね、そういう仕事は」
「難しいですね」
「タナカさんも、そういう仕事ですか」
「どういう意味ですか」
「タナカさんがいるから、物事が動く。タナカさんがいるから、問題が小さいうちに解決される。タナカさんがいなければ、もっと大きな問題になっていたことが、タナカさんがいるから問題にならない。それって、何も起きていないように見える仕事ですよね」
田中は少し止まった。
「……そうかもしれません」
「なんか、似ていますね。俺とタナカさん」
「そうですね」
「俺は外で待っていて、タナカさんは中で議事録を取っている。でも、どちらがいなくても、うまくいかない」
「そうだと思います」
アレンは少し笑った。
「わかりました。外で待ちます。ちゃんと待ちます」
「よろしくお願いします」
「ただ、一点だけ」
「なんですか」
「外で待っている間、何をしていればいいですか。ただ立っているのは、性格的に難しいです」
田中は少し考えた。
「観察してください」
「何をですか」
「来た人、動いた人、周囲の様子。異変があれば記録する。なければ、それも記録する」
「記録するんですか、外で待ちながら」
「アレンさんは観察眼がいいです。現場で何を見たかを記録することが、後で役に立ちます」
「報告書を書くんですか、会談の警備中に」
「その場で書かなくていいです。帰ってきてから書いてもらえれば」
「……わかりました」
「あと、一つだけ聞いてもいいですか」
「なんですか」
「アレンさんは、今回の会談に、どんな気持ちで関わっていますか」
アレンはしばらど考えた。
「うまくいってほしい、という気持ちです」
「なぜですか」
「王様と魔王が同じ席に座る。それはすごいことだと思います。タナカさんが来る前には、想像もできなかった。それが実現しようとしている。うまくいってほしいです」
「そのために、外で待っていてください」
「はい」
「アレンさんが外にいることで、中の人たちが安心できます」
「安心できる、か」
「信頼できる人間が外にいる、というのは、中にいる人間の心理的な安全感になります」
「心理的な安全感」
「安心できると、本音が話しやすくなります。本音が話せると、会談が深くなります」
「俺がいることで、会談が深くなるかもしれない、ということですか」
「そうです」
アレンはしばらど田中を見た。
「タナカさん、そういう説明をしてくれると、役に立っている気がします」
「説明が遅くなりました」
「でも、聞いて良かったです」
「私こそ、聞いてくれてありがとうございます」
「俺が聞いたんですか」
「アレンさんが正直に話してくれたので、説明できました。正直に話してくれなければ、私も気づきませんでした」
「なんか、タナカさんに感謝されるとむずがゆいですね」
「そうですか」
「でも、悪くないです」
二人でしばらく空を見た。
雲が流れていた。
「タナカさん」
「はい」
「会談、うまくいきますよ」
「そうですか」
「根拠はないですが」
「根拠がない言葉でも、ありがたいです」
「珍しいですね、根拠のない言葉を受け取るのが」
「たまにはいいと思っています」
「たまには、か」
「はい」
アレンは立ち上がった。
「じゃあ、俺、準備してきます」
「何の準備ですか」
「会談当日に向けた体力づくりです。外で待つのも、体力がいります」
「そうですね」
「あと、報告書を上手く書く練習もします」
「どんな練習ですか」
「今日の中庭での出来事を、後で書いてみます」
「それは良い練習ですね」
「タナカさんとの会話も書きますか」
「書いていただいて構いません」
「恥ずかしいことを言っていなかったか、少し心配です」
「良いことを言っていましたよ」
「そうですか」
「はい」
アレンは少し照れた顔をして、中庭を歩いていった。
田中はしばらく一人で座っていた。
空が青かった。
雲が流れていた。
会談まであと十日。
やることはまだある。
ただ今日は、少し、空を見る時間があった。
悪くなかった。
田中はメモアプリを開いた。
【本日の完了事項】
・アレンとの話し合い:警備の役割について、改めて確認。アレンが納得した。
・アレンの準備:体力づくりと報告書練習を自分で始めると言っていた。
最後に一行書き足した。
・アレンが「会談、うまくいきますよ」と言った。根拠はないが、ありがたかった。
次回「第四十六話 会談前夜、田中が一人でメモを整理する」へつづく




