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異世界に転生したのに。また中間管理職でした。  作者: しーするー
第3章 王様と魔王が同じ席に座った日
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第四十四話 幹部たちへの根回し、それぞれの国で

第四十四話 幹部たちへの根回し、それぞれの国で


前話までのあらすじ

ランセル公国から新しい情報が来た。山脈の岩が内側から崩れている、青白い光が見える、川の色が変わった。タイムラインが来年半ばに縮まる可能性。

ロイドに軍の連携枠組みの提案を依頼した。

レオンとロイドに「顔色が悪い」と言われ、今夜は休むことにした。

田中は初めてメモを書かずに眠った。


 翌朝。

 田中は普段より一時間遅く起きた。

 天井を見た。

 いつもより、少し、明るかった。

 昨夜はよく眠れた。

 メモアプリを開こうとして、止めた。

 レオンとの約束だ。

 今日は、やることを探さない。

 ただ、シアからの返事を待つだけだ。

 田中は窓を開けた。

 空が晴れていた。

 城下町が動き始めていた。

 田中はしばらく、何もせず、外を見た。

 五分くらい、ただ見ていた。

 いつもはこういう時間がない。

 悪くなかった。

 それから、朝食を食べに行った。


 食堂でアレンに会った。

「タナカさん、今日は遅いですね」

「少し遅く起きました」

「珍しいですね」

「レオンに言われました」

「何を言われたんですか」

「休めと」

「それで休んだんですか」

「少し」

「少しですか」

「今日はやることを探さないようにしています」

「やることを探さない、というのも難しそうですね、タナカさんには」

「難しいです。ただ、やってみています」

「どうですか」

「まだ一時間しか経っていないのでわかりません」

 アレンは少し笑った。

「タナカさん、一日休んだくらいじゃ、会談の準備は遅れないですよ」

「そうですか」

「準備は進んでいます。皆がそれぞれ動いています」

「そうですね」

「だから、タナカさんが一日休んでも、動いています」

「そうかもしれません」

「タナカさんが作った仕組みが、ちゃんと動いています」

 田中は少し考えた。

「……そうかもしれませんね」

「嬉しくないですか」

「嬉しいです。ただ、自分でも少し驚いています」

「驚いているんですか」

「仕組みが動いているのを見ると、自分がいなくてもいい気がして、少し複雑です」

「前にも言っていましたね、それ」

「言いましたね」

「子どもが一人で歩けるようになった親の気持ち、でしたっけ」

「そうですね」

「嬉しいけど、少し寂しい」

「そうです」

「でも、今日のタナカさんを見ていると、そんなに寂しそうじゃないです」

「そうですか」

「なんか、少し、楽そうです」

 田中は少し考えた。

「休んだからかもしれません」

「そうですよ」

「そうですね」

 田中はスープを一口飲んだ。

 塩気が強くて、草の風味がした。

 いつもの朝の味だった。

 今日は、少し、ゆっくり飲んだ。


 午前中、シアから返事が来た。

 レオンが持ってきた。

「タナカ、シアさんから返事です」

「ありがとうございます」

 田中は封を開けた。

 読んだ。

 メモを取った。

 シアの報告は、三点だった。

 一点目。魔王城でも、山脈の音の変化が加速している。ランセルと同時期から、頻度が増した。

 二点目。魔王城近くの村人が、山の方向に向かって移動する動物の群れを見たと報告している。北から南に向かって逃げているような動きだ。

 三点目。魔王は「来年には動く必要があるかもしれない」と言っている。

 田中はメモを見た。

 三国とも、同じ時期から変化が始まっている。

 そしてタイムラインが、三国とも「来年」に収束しつつある。

「レオン、ランセルとシアの情報を並べてもらえますか」

「わかりました」

 レオンが羊皮紙に書き始めた。

 田中が言いながら、レオンが整理した。

 ランセル:岩の崩れ、青白い光、川の色の変化。三ヶ月前から。来年半ばに変化の可能性。

 魔王城:音の加速、動物の群れの移動。三ヶ月前から。来年に動く必要があるかも。

 この国:アレンが生き物を目視。足跡の発見。

 三国とも、三ヶ月前から変化が始まっている。

「三ヶ月前から、同時期に変化が始まっています」

「そうですね」

「これは、偶然ではないと思います」

「向こう側で何かが起きた時期と一致しているということですか」

「可能性があります。向こう側で道を開ける準備が本格化したのが三ヶ月前、ということかもしれません」

「会談でこの情報を共有できますね」

「はい。三国の情報が一致する、ということは、信憑性が上がります」

「ミラ公王が言っていた通りですね」

「そうです」

 田中はレオンが作った羊皮紙を見た。

 三国の情報が一枚に並んでいた。

「レオン、これを会談の資料にします」

「わかりました。清書しますか」

「お願いします」


 午後、田中はガルドを訪ねた。

「貴族への説明の準備、どうですか」

「進んでいる。ただ、一点確認したい」

「なんですか」

「今日、新しい情報が入ったと聞いた」

「ランセルと魔王城から、北の変化の情報が来ました」

「タイムラインが来年に縮まったか」

「可能性があります」

「それを貴族に説明するのか」

「します。隠すと、後で信用を失います」

「貴族の反応は読めないぞ」

「パニックになる可能性はあります。ただ、パニックになるのは、情報と準備がないときです」

「準備を示せば、パニックが減るということか」

「そうです。ロイド卿が軍の準備を進めています。その話を一緒に伝えれば、『問題がある、でも対処している』という形になります」

「問題だけでなく、対処も示す」

「はい。問題だけを示すと不安が増えます。対処を示すと、動ける感じがします」

 ガルドはしばらど考えた。

「……それは、余が田中の月次報告から学んだことだ」

「そうですか」

「月次報告は、問題と対処が両方書いてある。だから読んで安心できた。問題だけが書いてあれば、不安になっていたかもしれない」

「気づいていただけていましたか」

「気づくのに時間がかかったが」

「それで十分です」

「田中、貴族への説明、余が先に話す形にしたい」

「ガルド卿が先ですか」

「そうだ。余が先に話せば、他の貴族は聞く。田中が先に話すと、素性がわからない人間が話していると思う者もいる」

「それは、正しい判断だと思います」

「余が事実を伝えて、田中が補足する。その形がいい」

「わかりました。資料は私が作ります」

「頼む」

「ガルド卿、一つお願いがあります」

「なんだ」

「説明の前に、資料をご確認いただけますか。ガルド卿が読んで問題ないと思えば、他の貴族にも伝わりやすいと思います」

「余が確認してから使うということか」

「はい。ガルド卿の視点で問題があれば、修正します」

「わかった」

「ありがとうございます」

 ガルドは立ち上がった。

「田中、会談まであと何日だ」

「十三日です」

「忙しいな」

「やることが多いですが、一つずつ進んでいます」

「顔色は昨日より良くなった」

「昨夜、少し早く休みました」

「続けろ」

「はい」

「約束しろ」

「……約束します」

「良い」

 ガルドは部屋を出た。


 夕方、田中はシアに手紙を書いた。

 三国の情報を並べた資料を同封して、確認を依頼した。

 会談で使う予定であることも伝えた。

 手紙を書きながら、田中は少し考えた。

 今日一日で、何人の人が動いてくれていた。

 レオンが情報を整理してくれた。

 ロイドが軍の準備を進めてくれた。

 ガルドが貴族への説明を引き受けてくれた。

 シアが魔王城で情報を集めてくれた。

 ミラが詳しい情報を送ってくれた。

 アレンが「タナカさんが作った仕組みが動いている」と言ってくれた。

 田中は一人で動いていなかった。

 ずっとそうだったが、今日は特に、それを感じた。

 手紙を書き終えた。

 レオンに渡した。

「今日のやること、終わりましたか」とレオンが言った。

「終わりました」と田中が言った。

「では、今日は終わりですよ」とレオンが言った。

「わかりました」と田中が言った。

「約束を守ってくれましたね」とレオンが言った。

「守りました」と田中が言った。

「明日もそうしてください」とレオンが言った。

「明日はシアからの確認待ちと、資料の作成があります」と田中が言った。

「資料の作成は一日でできますか」とレオンが言った。

「できます」と田中が言った。

「では、資料が終わったら休んでください」とレオンが言った。

「わかりました」と田中が言った。

「約束ですか」とレオンが言った。

「約束です」と田中が言った。

 レオンは頷いた。

「タナカ、今日はどうでしたか」

「思ったより、やることが少なかったです」

「仕組みが動いているからです」

「そうですね」

「嬉しそうですよ、少し」

「そうですか」

「顔に出ていませんが、なんとなく」

「レオンには出ているかもしれません」

「私はタナカを長く見ているので」

 田中は少し考えた。

「そうですね。一番最初から見てもらっています」

「はい」

「ありがとうございます」

「珍しくすぐ礼を言いましたね」

「大事なことを思い出したので」

「何を思い出しましたか」

「レオンが最初からいてくれたこと」

 レオンは少し目が赤くなった。

「……タナカ、そういうことを急に言わないでください」

「すみません」

「謝らなくていいです」

「そうですか」

「ただ、急に言うと、困ります」

「次から予告します」

「予告しなくていいです」

「どうすればいいですか」

「そのまま、たまに言ってくれれば」

「わかりました」

 二人で少し笑った。

 田中はメモアプリを開いた。

 【本日の完了事項】

 ・シアからの返事:受領。魔王城でも三ヶ月前から変化。動物の移動。魔王「来年に動く必要があるかも」。

 ・三国の情報を一枚にまとめた資料:レオンが清書中。会談で使用予定。

 ・ガルドとの打ち合わせ:説明会はガルドが先に話す形で合意。資料の事前確認も依頼。

 ・シアへの資料確認依頼:送付済み。

 ・今日のやること:終わり。

 最後の「今日のやること:終わり」という一行を見た。

 こんな形でメモを締めたのは、初めてだった。

 田中はメモを閉じた。

 窓を開けた。

 夜風が入ってきた。

 星が多かった。

 今夜も、少し早く眠ろうと思った。

 会談まで、あと十三日。

 一つずつ、進んでいる。


次回「第四十五話 アレンに会談中の警備を頼んだら困った顔をされた」へつづく

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