第四十四話 幹部たちへの根回し、それぞれの国で
第四十四話 幹部たちへの根回し、それぞれの国で
前話までのあらすじ
ランセル公国から新しい情報が来た。山脈の岩が内側から崩れている、青白い光が見える、川の色が変わった。タイムラインが来年半ばに縮まる可能性。
ロイドに軍の連携枠組みの提案を依頼した。
レオンとロイドに「顔色が悪い」と言われ、今夜は休むことにした。
田中は初めてメモを書かずに眠った。
翌朝。
田中は普段より一時間遅く起きた。
天井を見た。
いつもより、少し、明るかった。
昨夜はよく眠れた。
メモアプリを開こうとして、止めた。
レオンとの約束だ。
今日は、やることを探さない。
ただ、シアからの返事を待つだけだ。
田中は窓を開けた。
空が晴れていた。
城下町が動き始めていた。
田中はしばらく、何もせず、外を見た。
五分くらい、ただ見ていた。
いつもはこういう時間がない。
悪くなかった。
それから、朝食を食べに行った。
食堂でアレンに会った。
「タナカさん、今日は遅いですね」
「少し遅く起きました」
「珍しいですね」
「レオンに言われました」
「何を言われたんですか」
「休めと」
「それで休んだんですか」
「少し」
「少しですか」
「今日はやることを探さないようにしています」
「やることを探さない、というのも難しそうですね、タナカさんには」
「難しいです。ただ、やってみています」
「どうですか」
「まだ一時間しか経っていないのでわかりません」
アレンは少し笑った。
「タナカさん、一日休んだくらいじゃ、会談の準備は遅れないですよ」
「そうですか」
「準備は進んでいます。皆がそれぞれ動いています」
「そうですね」
「だから、タナカさんが一日休んでも、動いています」
「そうかもしれません」
「タナカさんが作った仕組みが、ちゃんと動いています」
田中は少し考えた。
「……そうかもしれませんね」
「嬉しくないですか」
「嬉しいです。ただ、自分でも少し驚いています」
「驚いているんですか」
「仕組みが動いているのを見ると、自分がいなくてもいい気がして、少し複雑です」
「前にも言っていましたね、それ」
「言いましたね」
「子どもが一人で歩けるようになった親の気持ち、でしたっけ」
「そうですね」
「嬉しいけど、少し寂しい」
「そうです」
「でも、今日のタナカさんを見ていると、そんなに寂しそうじゃないです」
「そうですか」
「なんか、少し、楽そうです」
田中は少し考えた。
「休んだからかもしれません」
「そうですよ」
「そうですね」
田中はスープを一口飲んだ。
塩気が強くて、草の風味がした。
いつもの朝の味だった。
今日は、少し、ゆっくり飲んだ。
午前中、シアから返事が来た。
レオンが持ってきた。
「タナカ、シアさんから返事です」
「ありがとうございます」
田中は封を開けた。
読んだ。
メモを取った。
シアの報告は、三点だった。
一点目。魔王城でも、山脈の音の変化が加速している。ランセルと同時期から、頻度が増した。
二点目。魔王城近くの村人が、山の方向に向かって移動する動物の群れを見たと報告している。北から南に向かって逃げているような動きだ。
三点目。魔王は「来年には動く必要があるかもしれない」と言っている。
田中はメモを見た。
三国とも、同じ時期から変化が始まっている。
そしてタイムラインが、三国とも「来年」に収束しつつある。
「レオン、ランセルとシアの情報を並べてもらえますか」
「わかりました」
レオンが羊皮紙に書き始めた。
田中が言いながら、レオンが整理した。
ランセル:岩の崩れ、青白い光、川の色の変化。三ヶ月前から。来年半ばに変化の可能性。
魔王城:音の加速、動物の群れの移動。三ヶ月前から。来年に動く必要があるかも。
この国:アレンが生き物を目視。足跡の発見。
三国とも、三ヶ月前から変化が始まっている。
「三ヶ月前から、同時期に変化が始まっています」
「そうですね」
「これは、偶然ではないと思います」
「向こう側で何かが起きた時期と一致しているということですか」
「可能性があります。向こう側で道を開ける準備が本格化したのが三ヶ月前、ということかもしれません」
「会談でこの情報を共有できますね」
「はい。三国の情報が一致する、ということは、信憑性が上がります」
「ミラ公王が言っていた通りですね」
「そうです」
田中はレオンが作った羊皮紙を見た。
三国の情報が一枚に並んでいた。
「レオン、これを会談の資料にします」
「わかりました。清書しますか」
「お願いします」
午後、田中はガルドを訪ねた。
「貴族への説明の準備、どうですか」
「進んでいる。ただ、一点確認したい」
「なんですか」
「今日、新しい情報が入ったと聞いた」
「ランセルと魔王城から、北の変化の情報が来ました」
「タイムラインが来年に縮まったか」
「可能性があります」
「それを貴族に説明するのか」
「します。隠すと、後で信用を失います」
「貴族の反応は読めないぞ」
「パニックになる可能性はあります。ただ、パニックになるのは、情報と準備がないときです」
「準備を示せば、パニックが減るということか」
「そうです。ロイド卿が軍の準備を進めています。その話を一緒に伝えれば、『問題がある、でも対処している』という形になります」
「問題だけでなく、対処も示す」
「はい。問題だけを示すと不安が増えます。対処を示すと、動ける感じがします」
ガルドはしばらど考えた。
「……それは、余が田中の月次報告から学んだことだ」
「そうですか」
「月次報告は、問題と対処が両方書いてある。だから読んで安心できた。問題だけが書いてあれば、不安になっていたかもしれない」
「気づいていただけていましたか」
「気づくのに時間がかかったが」
「それで十分です」
「田中、貴族への説明、余が先に話す形にしたい」
「ガルド卿が先ですか」
「そうだ。余が先に話せば、他の貴族は聞く。田中が先に話すと、素性がわからない人間が話していると思う者もいる」
「それは、正しい判断だと思います」
「余が事実を伝えて、田中が補足する。その形がいい」
「わかりました。資料は私が作ります」
「頼む」
「ガルド卿、一つお願いがあります」
「なんだ」
「説明の前に、資料をご確認いただけますか。ガルド卿が読んで問題ないと思えば、他の貴族にも伝わりやすいと思います」
「余が確認してから使うということか」
「はい。ガルド卿の視点で問題があれば、修正します」
「わかった」
「ありがとうございます」
ガルドは立ち上がった。
「田中、会談まであと何日だ」
「十三日です」
「忙しいな」
「やることが多いですが、一つずつ進んでいます」
「顔色は昨日より良くなった」
「昨夜、少し早く休みました」
「続けろ」
「はい」
「約束しろ」
「……約束します」
「良い」
ガルドは部屋を出た。
夕方、田中はシアに手紙を書いた。
三国の情報を並べた資料を同封して、確認を依頼した。
会談で使う予定であることも伝えた。
手紙を書きながら、田中は少し考えた。
今日一日で、何人の人が動いてくれていた。
レオンが情報を整理してくれた。
ロイドが軍の準備を進めてくれた。
ガルドが貴族への説明を引き受けてくれた。
シアが魔王城で情報を集めてくれた。
ミラが詳しい情報を送ってくれた。
アレンが「タナカさんが作った仕組みが動いている」と言ってくれた。
田中は一人で動いていなかった。
ずっとそうだったが、今日は特に、それを感じた。
手紙を書き終えた。
レオンに渡した。
「今日のやること、終わりましたか」とレオンが言った。
「終わりました」と田中が言った。
「では、今日は終わりですよ」とレオンが言った。
「わかりました」と田中が言った。
「約束を守ってくれましたね」とレオンが言った。
「守りました」と田中が言った。
「明日もそうしてください」とレオンが言った。
「明日はシアからの確認待ちと、資料の作成があります」と田中が言った。
「資料の作成は一日でできますか」とレオンが言った。
「できます」と田中が言った。
「では、資料が終わったら休んでください」とレオンが言った。
「わかりました」と田中が言った。
「約束ですか」とレオンが言った。
「約束です」と田中が言った。
レオンは頷いた。
「タナカ、今日はどうでしたか」
「思ったより、やることが少なかったです」
「仕組みが動いているからです」
「そうですね」
「嬉しそうですよ、少し」
「そうですか」
「顔に出ていませんが、なんとなく」
「レオンには出ているかもしれません」
「私はタナカを長く見ているので」
田中は少し考えた。
「そうですね。一番最初から見てもらっています」
「はい」
「ありがとうございます」
「珍しくすぐ礼を言いましたね」
「大事なことを思い出したので」
「何を思い出しましたか」
「レオンが最初からいてくれたこと」
レオンは少し目が赤くなった。
「……タナカ、そういうことを急に言わないでください」
「すみません」
「謝らなくていいです」
「そうですか」
「ただ、急に言うと、困ります」
「次から予告します」
「予告しなくていいです」
「どうすればいいですか」
「そのまま、たまに言ってくれれば」
「わかりました」
二人で少し笑った。
田中はメモアプリを開いた。
【本日の完了事項】
・シアからの返事:受領。魔王城でも三ヶ月前から変化。動物の移動。魔王「来年に動く必要があるかも」。
・三国の情報を一枚にまとめた資料:レオンが清書中。会談で使用予定。
・ガルドとの打ち合わせ:説明会はガルドが先に話す形で合意。資料の事前確認も依頼。
・シアへの資料確認依頼:送付済み。
・今日のやること:終わり。
最後の「今日のやること:終わり」という一行を見た。
こんな形でメモを締めたのは、初めてだった。
田中はメモを閉じた。
窓を開けた。
夜風が入ってきた。
星が多かった。
今夜も、少し早く眠ろうと思った。
会談まで、あと十三日。
一つずつ、進んでいる。
次回「第四十五話 アレンに会談中の警備を頼んだら困った顔をされた」へつづく




