第四十三話 ミラ公王との事前面会で、見えてきたこと
第四十三話 ミラ公王との事前面会で、見えてきたこと
前話までのあらすじ
ミラ公王がこの国の城を訪問した。
直接的で話が早い、ロイドに似た人物だった。
王様とミラがすぐに打ち解けた。「来年には何かが起きる可能性がある」という発言があった。
シアの言葉「田中はどこの国のためでもなく、ただやることがあるから動く。だから信用できる」をメモに書き留めた。
ミラ公王が帰った翌日。
田中はミラ公王との面会の内容を整理していた。
気になった点が一つあった。
「来年には何かが起きる可能性がある」という発言。
田中とシアが把握していたタイムラインは「三〜五年」だった。
それが「来年」になる可能性をミラが示唆した。
根拠が何なのか、昨日の話の中では詳しく聞けなかった。
田中はミラに手紙を書いた。
『昨日の「来年には何かが起きる可能性がある」というお言葉について、もう少し詳しく聞かせていただけますか。根拠となる情報があれば、会談前に共有していただけると助かります』
短い手紙だった。
レオンに渡した。
「急ぎで届けてもらえますか」
「はい。どのくらい急ぎですか」
「二日以内に届けばいいです」
「わかりました」
返事は翌日に来た。
ミラは速かった。
田中は封を開けた。
長い手紙だった。
読んだ。
もう一度読んだ。
三回目を読みながら、メモを取った。
レオンが覗き込んだ。
「どうですか」
「詳しい情報が書いてありました」
「どんな情報ですか」
田中はメモを読み上げた。
ランセル公国は山脈に最も近い国だ。山脈の変化を最初に感知する位置にある。
三点の異変があった。
一点目。山脈の東端で、過去に見たことがない形の岩が崩れ始めている。崩れ方が自然の風化ではなく、内側から押されているような崩れ方だ。
二点目。山脈の近くに住む村人が、夜中に光を見たと報告している。山の中腹あたりから、青白い光が断続的に出ている。
三点目。山脈の近くの川の水が、少し変わった。色が微妙に違う。飲んでも害はないが、以前と違う。
これらの変化が、三ヶ月前から始まった。ゆっくりと、しかし確実に進んでいる。この速度で続くなら、来年の半ばには山脈に何らかの変化が起きると判断した。
レオンは黙って聞いていた。
「……それは、怖い情報ですね」
「そうですね」
「岩が内側から押されている、というのは、道が開こうとしている、ということですか」
「可能性があります」
「青白い光は何ですか」
「わかりません。ただ、向こうの世界の何かが、こちら側に影響を与え始めているのかもしれません」
「川の色が変わった、というのも」
「関連している可能性があります」
レオンはしばらく黙った。
「タナカ、これをシアさんと魔王陛下にも伝えますか」
「すぐ伝えます。今日中に手紙を書きます」
「ランセルから来た情報として」
「はい。ミラ公王の了解を取ってから共有します」
「了解を取るんですか」
「ミラ公王が田中に話してくれた情報です。他に共有していいかどうか、確認してからの方がいいと思います」
「そういう手順を踏むんですね」
「情報の出所を大事にしないと、次に情報をもらえなくなります」
田中はすぐミラ公王に手紙を書いた。
『詳しい情報をありがとうございます。この情報を魔王軍側と共有したいと思いますが、よろしいですか。共有する場合は、ランセル公国からの情報として、出所を明示します』
返事は半日で来た。
『構わない。むしろ早く共有してほしい。魔王軍側でも同様の変化を感知していれば、情報が一致する。一致すれば、タイムラインの信憑性が上がる』
田中はメモに書いた。
・ミラ公王:情報共有に積極的。目的が明確。信頼できる。
シアへの手紙を書いた。
ランセル公国から来た情報を詳しく伝えた。三点の異変。タイムラインの見直し。魔王城側での確認を依頼した。
レオンが翻訳を手伝った。
「タナカ、今日は手紙をたくさん書きますね」
「情報が揃うのを待っていると、時間がかかります。並行して動かした方が早いです」
「複数の方向に同時に動く、いつものやり方ですね」
「そうです」
「タナカ、疲れませんか」
「慣れているので」
「慣れているのと、疲れないのは別の話だと前に言いましたよね」
「言いましたね」
「今日は疲れていますか」
「少し」
「少しですか」
「会談の準備が進むにつれて、考えることが増えているので」
「それは仕方ないですね」
「仕方ないです」
「ただ」
「はい」
「少し休んでください」
「やることが終わったら」
「それが一番遅い休み方です」
「そうですね」
「今日の手紙が全部書けたら、今日は終わりにしてください」
「わかりました」
「約束ですか」
「約束です」
レオンは頷いた。
「では、残りの手紙を早く終わらせましょう」
「そうしましょう」
手紙を全部書き終えたのは、夕方だった。
田中はロイドのところに行って、北の情報の更新を伝えた。
「ランセル公国から新しい情報が来ました」
「どんな情報だ」
田中はメモを読み上げた。
岩の崩れ方。青白い光。川の色の変化。タイムラインが来年に縮まる可能性。
ロイドは黙って聞いた。
「……これは、本当か」
「ミラ公王からの情報です。信用できると思います」
「来年の半ばか」
「ミラ公王の見立てでは」
「当初の三〜五年から、大幅に縮まった」
「そうです」
ロイドはしばらく考えた。
「田中、軍の準備を急ぐ必要がある」
「はい。ただ、何に対して準備するかがまだわかっていません」
「わかっていなくても、動ける準備があある」
「どういうことですか」
「兵の配置を北寄りにする。補給ルートを整備する。偵察の頻度を上げる。これらは、相手が何であっても有効だ」
「なるほど」
「相手が見えてからでは遅い場合がある。見える前に動ける準備をしておく」
「ロイド卿、それは会談でも提案できますか」
「提案する」
「各国の軍が、情報を共有しながら準備を進める枠組みを作れると、会談の成果になります」
「軍同士の連携か」
「はい。各国の軍が独自に動くより、情報を共有しながら動く方が効率的です」
「それは、田中が言い続けてきたことだな」
「そうですね」
「組織の中の情報共有と、同じ構造だ」
「同じです。規模が違うだけで」
ロイドは短く笑った。
「田中、お前は何でも同じ構造に見えるのか」
「見えます。規模が変わっても、やることの構造は似ています」
「それが強みだな」
「そうかもしれません」
「会談で、軍の連携枠組みの提案を出す。田中は議事録を取れ」
「かしこまりました」
「あと」
「はい」
「田中、少し顔色が悪い」
「そうですか」
「今日、たくさん動いたか」
「動きました」
「早く休め」
「はい」
「約束か」
「レオンにも同じことを言われました」
「なら守れ」
「かしこまりました」
ロイドは短く頷いた。
田中は部屋に戻った。
部屋に戻ると、レオンが待っていた。
「約束、守りましたか」
「今戻りました」
「ロイド卿のところに寄りましたよね」
「はい」
「それは手紙を書いた後ですよね」
「はい」
「約束は、手紙を書いたら終わり、でしたよね」
「……寄り道しました」
「タナカ」
「大事な情報だったので」
「わかっています。ただ、約束は守ってください」
「はい」
「次は本当に休んでください」
「わかりました」
レオンは田中を見た。
「顔色、良くないですよ」
「ロイド卿にも言われました」
「二人に言われたら、本当です」
「そうですね」
「タナカ、一つだけ聞いていいですか」
「どうぞ」
「会談まで、あと何日ですか」
「二週間です」
「二週間、このペースで動いたら、会談当日に倒れます」
「倒れません」
「倒れないと言い切れますか」
「……言い切れません」
「なので、今夜は休んでください」
「わかりました」
「今夜だけでなく、明日も少しペースを落としてください」
「明日はシアからの返事を待つだけなので、そこまでやることはありません」
「なら明日は、やることがない日にしてください」
「やることがない日は、やることを探してしまいます」
「タナカ」
「はい」
「それが問題です」
田中は少し考えた。
「……わかりました。明日は、やることを探しません」
「約束ですか」
「約束です」
「良かったです」
レオンは立ち上がった。
「おやすみなさい、タナカ」
「おやすみなさい」
「ゆっくり眠ってください」
「はい」
レオンが出ていった。
田中はベッドに横になった。
天井を見た。
石造りの天井だった。
この国の城の天井だ。
帰る場所の天井だ。
田中はメモアプリを開こうとして、止めた。
今夜は、書かない。
レオンとの約束だ。
田中は目を閉じた。
シアの言葉が頭に浮かんだ。
「田中はどこの国のためでもなく、ただやることがあるから動く」
そうかもしれない。
ただ、今夜は、やることがない。
今夜だけは、ただ眠ればいい。
田中は、思ったより早く、眠れた。
次回「第四十四話 幹部たちへの根回し、それぞれの国で」へつづく




