第四十二話 ランセルのミラ公王も加わることになった
第四十二話 ランセルのミラ公王も加わることになった
前話までのあらすじ
会談の日程が決まった。来月中旬、山の中腹の場所。
王様が珍しく緊張していた。「最初の十分に田中自身を話題の種にする」という段取りを決めた。
アレンに会談中の警備を依頼。「外で待つことが仕事」という田中の言葉にアレンが納得した。
ガルドの息子が「やることがあるから怖くない」と言っていた。田中の言葉が知らない間に広がっていた。
ミラ公王から直接手紙が来たのは、会談の日程が決まってから三日後だった。
田中宛てだった。
王様宛てでも、シア経由でもなく、田中宛てに直接来た。
田中は封を開けた。
読んだ。
もう一度読んだ。
「レオン」
「はい」
「ミラ公王から手紙が来ました」
「田中宛てに、ですか」
「そうです」
「どんな内容ですか」
田中は手紙を読み上げた。
『田中殿。ランセル公国公王、ミラ・ランセルより。此度の会談について、直接お伝えしたいことがある。会談に先立ち、一度お会いできないか。場所はそちらに任せる。日程は田中殿の都合に合わせる。一点だけ申し上げると、私は回りくどい話が苦手だ。直接話したい』
レオンはしばらく黙った。
「……直接的な方ですね」
「そうですね」
「ロイド卿に似ていると言っていましたが、本当にそうかもしれません」
「似ていますね」
「田中、これはどう対応しますか」
「会いに行きます」
「ランセルまで行くんですか」
「手紙に『場所はそちらに任せる』とあります。こちらに来てもらうことも可能かもしれません」
「来てもらえますか」
「聞いてみます」
田中は返事を書き始めた。
『ミラ公王殿下。田中義則より。ご連絡ありがとうございます。直接お会いできることを光栄に思います。よろしければ、この国の城にお越しいただくことは可能でしょうか。日程はご都合に合わせます。王様も同席いただけると思います』
書き終えてからレオンに見せた。
「どうですか」
「田中らしく、シンプルですね」
「ミラ公王が直接的な方なら、こちらも直接的に返した方がいいと思いました」
「相手に合わせるんですね」
「相手が話しやすい形にする方が、情報が得やすいので」
「なるほど」
「あと、王様に同席していただくのは、ミラ公王に王様を知っていただく機会にもなります」
「会談前の顔合わせにもなる」
「そうです」
「一石二鳥ですね」
「一石三鳥くらいになるといいですが」
「三鳥目は何ですか」
「ミラ公王がどんな方か、直接確認できます。会談当日の段取りに活かせます」
「やっぱり一石三鳥ですね」
「まだわかりません。会ってみてからです」
ミラ公王からの返事は二日で来た。
『来週、そちらに伺う。随行員は二名。あまり大げさにしないでほしい。田中殿と、この国の王と話せれば十分だ』
田中はメモに書いた。
・ミラ公王:来週来訪。随行員二名。簡素を好む。話が早い。
「レオン、来週の準備をしましょう」
「どんな準備ですか」
「部屋の用意と、食事の手配。あとは、特に何もしなくていいと思います」
「大げさにしないでほしい、とのことなので」
「そうです。歓迎の演出をすると、かえって嫌がられそうです」
「ミラ公王のことを、よく読んでいますね」
「手紙二通だけですが、大体わかります」
「二通でわかるんですか」
「言葉の選び方と、話の構造で、大体の性格が見えます」
「田中にはそれができるんですね」
「元の世界でも、初めての取引先の担当者のメールを読んで、どんな人か把握してから打ち合わせに行っていました」
「メールを読んで」
「言葉は、その人が出ます」
「なるほど」
「ミラ公王の手紙は、無駄がない。結論が先に来る。条件が明確だ。そういう方です」
「ロイド卿と同じですね」
「ロイド卿と似ています。ただ、ロイド卿より少し、感情が見えます」
「どこで感情が見えますか」
「『回りくどい話が苦手だ』という一文です。苦手だと書くのは、それで嫌な思いをしてきた経験があるからだと思います」
「経験から来ているんですね」
「推測ですが」
「田中の推測は大体当たるので、信用します」
「会ってみてから確認します」
王様にミラ公王の来訪を報告した。
「来週、ミラ公王がこちらに来ます」
「急だな」
「田中宛てに直接手紙が来ました。直接話したいとのことで」
「余宛てではなく、田中宛てに」
「はい」
「ミラは、田中のことをどこで知ったんだ」
「シアさんを通じて、私のことが伝わっていると思います。停戦交渉の話も、共同書状の話も、ミラ公王は知っています」
「なるほど」
「王様にも同席していただけますか。会談前にミラ公王と顔を合わせておくと、当日の話がしやすくなります」
「わかった。余も同席する」
「ありがとうございます」
「ミラはどんな人間だ」
「直接的な方だと思います。回りくどい話が苦手で、結論を先に出す方です」
「余と似ているな」
田中は少し止まった。
「そうかもしれません」
「余も回りくどい話は苦手だ」
「知っています」
「知っていたのか」
「一番最初に、居酒屋で話を聞いたときからわかっていました」
王様は少し考えた。
「……そうか」
「陛下とミラ公王、最初の十分は乗り越えやすいかもしれません」
「似ている者同士だからか」
「似ている者同士は、話のテンポが合いやすいです」
「魔王とも似ている、と言っていたな」
「はい」
「余、魔王、ミラが似ているのか」
「少し、似ています」
「どこが似ている」
「直接的で、結論を出したがって、でも本音を話せる相手が少ない。そういうところが」
王様はしばらど考えた。
「……そういう人間が三人、同じ席に座るのか」
「そうなります」
「話が早そうだな」
「そう思います。ただし、最初の十分だけは丁寧に作ります」
「わかった。任せる」
「かしこまりました」
来週になった。
ミラ公王が城に来た。
田中が城門で出迎えた。
馬が三頭来た。
先頭の馬から降りてきた人物が、ミラ公王だった。
四十代前半くらいだった。
短い銀髪で、目が鋭かった。
服装はシンプルで、装飾が少なかった。
腰に剣を下げていた。
田中を見た。
「田中殿か」
「はい、田中義則です。お越しいただきありがとうございます」
「遠路はるばるという距離でもない。この国に来たのは初めてだが」
「そうですか」
「田中殿、一つだけ最初に言う」
「どうぞ」
「私は挨拶が苦手だ。よろしくお願いしますとか、光栄ですとか、そういう言葉が出てこない」
「わかりました」
「直接話したい」
「構いません。私もそちらの方が楽です」
ミラは少し目を細めた。
「……手紙通りの人間だ」
「そうですか」
「もっと丁寧な人間かと思っていた」
「丁寧にしようとすると、時間がかかります」
「そうだな」
ミラは城の中を見た。
「王はいるか」
「執務室にいます。ご案内します」
「頼む」
執務室に通すと、王様がいた。
ミラは王様を見た。
王様はミラを見た。
田中は二人を見た。
少し間があった。
王様が口を開いた。
「ミラ公王、よく来てくれた」
「お招きありがとうございます、陛下」
「堅苦しい挨拶はいい」
「ありがたい。私も苦手だ」
二人が同時に少し表情を緩めた。
田中はメモに書いた。
・最初の十分:想定より早く和んだ。
「田中から話は聞いている。北の問題で動いているそうだな」
「そうです。ランセル公国も、同じ問題を抱えていると聞きました」
「抱えている。山脈の音は、ここ三ヶ月で明らかに変わった。来年には何かが起きる可能性がある」
「来年、ですか」
「私の見立てでは。ただし、正確なことはわからない」
田中はメモを取った。
王様が言った。
「田中、今のメモに残したか」
「残しました」
「後で見せてくれ」
「はい」
ミラが田中を見た。
「田中殿、メモを取るのか。会話中に」
「後で確認できるようにします」
「魔王軍との交渉でもそうしたと聞いた」
「そうです」
「それで、魔王が合意したと」
「はい」
「面白い人間だな」
「そうですか」
「シアから話は聞いていたが、実際に会うと更に面白い」
「どう面白いですか」
「普通の人間は、会話中にメモを取ることを躊躇う。失礼に見えるかもしれないから。田中殿は躊躇わない」
「失礼より、記録の方が大事なので」
「そういう判断ができる人間は、少ない」
「慣れているだけです」
ミラは少し笑った。
王様も笑った。
田中は笑わなかったが、場が和んでいるのは感じた。
三人で二時間話した。
田中はほとんど話さなかった。
王様とミラが話した。
北の問題の現状共有。それぞれの国での異変の状況。会談への期待と不安。
途中で、ミラが言った。
「王、一つ聞いていいか」
「なんだ」
「魔王と同じ席に座ることを、どう思っているか」
王様は少し考えた。
「緊張している」
「そうか。私も緊張している」
「ミラ公王も、か」
「当たり前だ。魔王と話したことなど、一度もない。ただ」
「ただ?」
「田中がいるなら、何とかなると思っている」
王様は少し驚いた顔をした。
「田中が、か」
「この人間は、誰とでも話させてしまう。シアとの間で証明済みだ」
「余もそう思う」
「二人とも、田中を信用しているわけだ」
「そうだな」
二人が田中を見た。
田中は少し困った顔をした。
「二人に見られると、プレッシャーです」
「それだけ期待されているということだ」とミラが言った。
「責任重大です」と田中が言った。
「責任重大という言葉を、あまり重く受け取らない人間だな」とミラが言った。
「慣れているので」と田中が言った。
「何に慣れているんだ」と王様が言った。
「期待されることにです」と田中が言った。
「元の世界でも、ずっとそうだったのか」と王様が言った。
「そうでした」と田中が言った。
ミラが言った。
「元の世界、というのは、田中殿がここに来る前にいた場所か」
「そうです」
「どんな場所だったんだ」
「似たような場所でした」
「似たような、というのは」
「人と人が集まって、組織を作って、利害が対立して、誰かが間に入る。そういう場所でした」
「どこでも同じだな」
「そうですね」
「田中殿、一つ聞いていいか」
「どうぞ」
「あなたは、なぜそこまで動けるのか。北の問題は、あなたの国の問題だけではない。ランセルも、魔王軍も、関係ない話のはずだ」
「関係ない、とは思えないので」
「なぜだ」
「目の前に問題があって、やれることがあれば、やります。それだけです」
「それだけ、か」
「それだけです」
ミラはしばらど田中を見た。
「……シアが言っていた通りだ」
「何と言っていましたか」
「『田中はやることがある方向に動く。どこの国のためでもなく、ただやることがあるから動く。だから信用できる』と」
田中は少し止まった。
「シアさんがそう言っていたんですか」
「そうだ。私も同じように思う」
「そうですか」
「田中殿、会談の段取りは任せる」
「かしこまりました」
「ただし、一点だけ」
「はい」
「うまくいかなくても、責めない。うまくいかなかったときも、やることがあるはずだ」
田中は少し考えた。
「……ありがとうございます」
「珍しく素直に礼を言ったな」とミラが言った。
「大事なことを言っていただいたので」と田中が言った。
「大事なことを言われたと思ったのか」と王様が言った。
「はい。うまくいかなくてもやることがある、という言葉は、私が言い続けてきた言葉です。それを他の方に言っていただけると、少し、楽になります」
王様とミラが顔を見合わせた。
「田中も、楽になることがあるんだな」と王様が言った。
「あります」と田中が言った。
「いつも平静に見えるが」とミラが言った。
「平静に見せているだけです」と田中が言った。
「そうか」と王様が言った。
「そうです」と田中が言った。
三人でしばらく黙った。
悪くない沈黙だった。
ミラは夕方に帰った。
城門で見送りながら、ミラが言った。
「田中殿、会談、よろしく頼む」
「はい」
「私は、この会談がうまくいくと思っている」
「そうですか」
「うまくいかない理由が見つからない」
「見つかるかもしれません」
「見つかったとしても、田中殿が何とかするだろう」
「プレッシャーです」
「それが田中殿の仕事だ」
ミラは馬に乗った。
「では、また来月、山の中腹で」
「お待ちしています」
「魔王に会うのが、少し楽しみになってきた」
「そうですか」
「シアから話を聞いていた。田中殿に似た部分があると。どう似ているか、見てみたい」
「私に似ているとは、どういう意味で言っていたんですか」
「孤独で、本音を話せる相手が少なかった、という意味だ」
田中は少し考えた。
「……そうですか」
「田中殿も、そういう部分があるのではないか」
「あるかもしれません」
「今はどうだ」
「今は、本音を話せる相手が、少しいます」
「良かった」
ミラは馬を進めた。
「では、また来月」
「はい」
馬の足音が遠ざかった。
田中は城門の前に立ったまま、しばらく見ていた。
王様が隣に来た。
「ミラは、良い人間だな」
「そうですね」
「話が早くて、余は話しやすかった」
「良かったです」
「田中、来月の会談、三人とも似ている人間が集まるな」
「そうですね」
「直接的で、本音を話せる相手が少なかった、という意味で」
「はい」
「そういう人間が三人集まれば、良い会談になりそうだ」
「そうだと思います」
「なるといいな」
「なるようにします」
王様は頷いた。
城の中に戻りながら、田中はメモアプリを開いた。
【本日の完了事項】
・ミラ公王との面会:完了。王様も同席。良好な関係が築けた。
・ミラ公王の人物像:直接的、話が早い、ロイド卿に近い。ただし感情も見える。
・会談への見立て:来年に何かが起きる可能性、とのこと。タイムライン要確認。
・段取りの依頼:ミラ公王から田中に一任。「うまくいかなくても責めない」という言葉あり。
最後に一行書き足した。
・シアの言葉:「田中はやることがある方向に動く。どこの国のためでもなく、ただやることがあるから動く。だから信用できる」。
田中はその一行を見た。
シアが、そんなことを言っていた。
どこの国のためでもなく。
そうかもしれない、と田中は思った。
この国のためでも、魔王軍のためでも、ランセルのためでも、なかった。
ただ、目の前にやることがあったから、動いてきた。
それが、結果として三国に繋がっていた。
田中は窓を開けた。
夜風が入ってきた。
明日もやることがある。
ただ今夜は、シアの言葉が、少し温かかった。
次回「第四十三話 ミラ公王との事前面会で、見えてきたこと」へつづく




