第四十一話 王様が珍しく緊張している
第四十一話 王様が珍しく緊張している
前話までのあらすじ
シアが田中に頼まれる前に、魔王側の条件を自分でまとめて送ってきてくれた。
会談場所は山の中腹を第一候補として提案。三国の先祖が会合を開いた場所でもある。
レオンが議題の修正を提案してくれた。
王様が「楽しみにしている」と言った。
「周りが動いてくれる。それが積み上がってきた証拠だ」とメモに書いた。
会談の日程が決まったのは、手紙のやり取りから一週間後だった。
来月の中旬。三国が山の中腹の場所に集まる。
シアから正式な返事が来たとき、田中はすぐ王様に報告した。
「陛下、日程が決まりました」
「そうか」
「来月の中旬です。場所は山の中腹の候補地で、三国が合意しました」
「わかった」
王様は短く答えた。
それだけだった。
田中は少し気になった。
いつもなら「よくやった」とか「次はどうする」という言葉が続く。
今日は何もなかった。
田中は王様を見た。
王様は書類を見ていた。
ただ、目が書類の上で止まっていた。
読んでいない。
「陛下、大丈夫ですか」
「大丈夫だ」
「そうですか」
「何かあるか」
「いえ、ただ少し、様子が違うように見えたので」
王様は書類から目を上げた。
田中を見た。
少し間があった。
「……緊張している」
「そうですか」
「魔王と会う、というのが、実感として来た」
「日程が決まったからですね」
「そうだ。今まではまだ先の話だと思っていた。来月になると、急に近くなった気がする」
「自然な反応だと思います」
「自然か」
「緊張するのは、真剣に向き合っているからです」
「フォローか」
「事実です。気にしていないなら、緊張しません」
王様はしばらく黙った。
「田中、余は、魔王に何を話せばいいのだ」
「何を話したいですか」
「何を、か」
「陛下が一番話したいことを話せばいいと思います」
「北の問題か」
「それだけですか」
「……余は、魔王のことを、長い間敵だと思っていた」
「はい」
「敵だと思っていた相手と、同じ席に座る。何を話せばいいのか、わからない」
田中は少し考えた。
「陛下、一つだけ聞いていいですか」
「なんだ」
「魔王と話してみたいと思っていますか」
「話してみたいとは、どういう意味だ」
「北の問題を話し合うだけでなく、人間として話してみたいと思っていますか」
王様はしばらく考えた。
「……思っているかもしれない」
「それで十分です」
「十分か」
「話してみたいと思っているなら、話せます。何を話すかは、その場で決まります」
「その場で決まるのか」
「話す前に全部決めようとすると、かえって話せなくなります。最初の十分だけ乗り越えれば、あとは流れが作られます」
「最初の十分、か。お前が前に言っていたな」
「はい」
「最初の十分をどう乗り越えるか、それをお前が段取りすると言っていた」
「します」
「どうやって段取りするんだ」
田中は少し考えた。
「最初の十分に、陛下と魔王陛下が共通して持っているものを出します」
「共通して持っているもの」
「二つあります。一つは、北の問題です。これは両国が同じように抱えています」
「もう一つは」
「田中への愚痴です」
王様は少し固まった。
「……田中への愚痴とは何だ」
「お二人とも、私に対して『不思議な人間だ』とか『変わっている』とか言っています。同じような言葉を使っています」
「それは愚痴なのか」
「愚痴というより、共通の話題です。私のことを話していただければ、最初の十分は乗り越えられます」
王様はしばらど田中を見た。
「……お前は、自分を話題の種にするつもりか」
「使えるものは使います」
「自分を使うのか」
「場が和めば何でも使います」
王様は低く笑った。
「お前らしいな」
「そうですか」
「自分を道具にすることを、躊躇わない」
「場を作ることが優先なので」
「わかった。最初は田中の話をする」
「お願いします」
「ただし」
「はい」
「あまり悪口は言わないようにする」
「悪口でも構いません」
「そうか。では、少し言うかもしれない」
「どうぞ」
王様はまた笑った。
今度は、少し表情がほぐれていた。
緊張が、少し和らいだように見えた。
その日の午後、田中はシアに手紙を書いた。
会談当日の「最初の十分」の段取りについてだ。
王様と魔王が最初に会うとき、田中が共通の話題を振る。その話題として、田中自身のことを使う。了解してほしい、という内容だった。
書き終えてから、少し考えた。
自分のことを話題にする、というのは、元の世界でも似たことをしていた。
場が固まっているとき、自分の失敗談や、変な話を出して、笑いを作る。
それで場が和む。
和んだところで、本題に入る。
異世界でも同じことをしている。
田中はメモに書いた。
・最初の十分の段取り:田中自身を共通の話題として使う。王様と魔王陛下に事前に伝える。シアに確認。
翌日、アレンが田中の部屋に来た。
「タナカさん、少し話していいですか」
「どうぞ」
「会談のことです」
「はい」
「俺、会談のときに何をすればいいですか」
「警備をお願いしています」
「警備は、どうやればいいですか」
「会談の場所の外で待機していてください。何かあれば動いてもらいますが、基本的には中に入らないでいいです」
「中に入らない」
「そうです」
「何もしない、ということですか」
「何もしないことが、最も重要な仕事です」
アレンは少し考えた。
「何もしないことが、仕事ですか」
「会談中に何も起きなければ、アレンさんの仕事は成功です。何か起きたときだけ動く。普段はただ、そこにいる」
「そこにいることが、仕事か」
「そうです。アレンさんがいる、という事実が、抑止力になります」
「俺がいるだけで」
「はい。アレンさんの評判は、三国とも知っています。勇者として。そのアレンさんが外で待っている、というだけで、場が安定します」
アレンはしばらど考えた。
「……剣を使わないのに、剣が役に立つ、ということですか」
「そうです」
「それは、タナカさんが言葉を使わないことで、場が動くのと似ていますか」
田中は少し止まった。
「……どういう意味ですか」
「タナカさん、この前の王様とシアさんの会話のとき、ほとんど何も言わなかった。でも、タナカさんがいたから、二人が話せた。そういうことかな、と」
「そうかもしれません」
「俺もそういうことができるんですね」
「できます。アレンさんにしかできないやり方で」
アレンは少し照れた顔をした。
「……わかりました。外で待ちます。ちゃんと待ちます」
「よろしくお願いします」
「ただ、一点だけ」
「なんですか」
「何か起きたとき、タナカさんが危なかったら、俺は中に入ります」
「そのときはお願いします」
「約束してください」
「何をですか」
「中に入っていいときは、合図を出してください」
「合図は右手を三回上げる、でロイド卿と決めています」
「じゃあ俺にも同じ合図を出してください」
「わかりました」
「約束ですか」
「約束です」
アレンは頷いた。
「タナカさん、俺、この会談、うまくいってほしいです」
「そうですか」
「王様と魔王が同じ席に座る。なんか、すごいことですよね」
「すごいことですね」
「タナカさんが来る前は、想像もできなかった」
「皆さんが動いてきたからです」
「またそれを言う」
「事実なので」
「わかりました。俺も動きます。外で」
「よろしくお願いします」
夕方、ガルドが田中を訪ねてきた。
珍しいことだった。
いつもは田中がガルドのところに行く形だった。
「ガルド卿、どうしましたか」
「会談の件で話がある」
「はい」
「貴族への説明をどうするか、話し合いたい」
「一緒にやっていただけるとのことで、準備中です」
「そうだな。ただ、一点確認したいことがある」
「なんですか」
「会談の結果、どんな合意が出る可能性があるか、事前に教えてくれ」
「どういう意味ですか」
「貴族たちへの説明をするとき、結果がどうなりそうかを先に知っていた方が、準備できる」
「なるほど」
「お前はいつも、貴族への説明を丁寧にやる。今回も同じようにやるとしたら、事前に情報を持っておきたい」
田中は少し考えた。
「会談で出る可能性がある合意は、三点です」
「聞かせてくれ」
「一点目。北の問題の現状について、三国が同じ認識を持つこと。これは、ほぼ確実に合意します」
「二点目は」
「三国間の情報共有ルートの構築。月次で情報を交換する仕組みを、三国に拡大します」
「これも合意する可能性が高いか」
「高いと思います」
「三点目は」
「北への対処の方針。これは、会談当日に話し合ってみないとわかりません。意見が分かれる可能性があります」
「分かれるとしたら、どんな意見が出る」
「強硬派は、先手を打って北の勢力に対処すべきという意見。慎重派は、もう少し情報を集めてから動くべきという意見。中間は、準備を進めながら情報収集を続けるという意見」
「お前はどれが正しいと思う」
「今の情報量では、中間が最も合理的だと思います」
「なぜだ」
「先手を打つには、まだ情報が足りません。何に対して、どう対処するかが見えていない。ただし、何もしないわけにはいかない。だから、準備と情報収集を並行するのが現実的です」
ガルドはしばらど考えた。
「……わかった。その三点を念頭に、貴族への説明を準備する」
「ありがとうございます」
「田中、一つだけ」
「はい」
「お前は、会談がうまくいくと思っているか」
「わかりません」
「わからないか」
「ただ」
「やることがある、か」
「そうです」
ガルドは短く笑った。
「お前のその言葉、余も使うようになった」
「そうですか」
「余の息子が先日、『やることがあるから怖くない』と言っていた」
「息子さんがいるんですか」
「いる。十五歳だ」
「どんな状況で言っていたんですか」
「剣の稽古で、強い相手と戦うときだ。以前は怖がって逃げていたが、最近は前に出るようになった。理由を聞いたら、そう言っていた」
田中は少し考えた。
「誰かから聞いたんですかね」
「わからん。ただ、良い言葉だと思った」
「そうですか」
「言葉は、人から人に伝わっていくものだな」
「そうですね」
ガルドは立ち上がった。
「田中、会談がうまくいくよう、こちらも動く」
「ありがとうございます」
「礼はいい。お前がいつもやっていることを、余もやるだけだ」
「それが一番助かります」
「わかった」
ガルドは部屋を出た。
田中はしばらど扉を見た。
ガルドの息子が「やることがあるから怖くない」と言っていた。
田中が異世界に来て言い続けてきた言葉が、知らない間に、知らない人間に届いていた。
田中はメモアプリを開いた。
【本日の完了事項】
・王様の緊張:確認。最初の十分の段取りを話し合った。田中自身を話題の種にする方針で合意。
・シアへの手紙:最初の十分の段取りについて確認依頼。送付済み。
・アレンへの役割確認:会談中の警備。外で待機。合図の約束をした。
・ガルドとの打ち合わせ:貴族への説明の事前準備。三点の合意候補を共有。
最後に一行書き足した。
・ガルドの息子が「やることがあるから怖くない」と言っていた。言葉は、人から人に伝わる。
田中は窓を開けた。
夜風が入ってきた。
星が多かった。
今夜は少し、長く窓の外を見た。
どこかで、知らない人間が、田中が言い続けてきた言葉を使っている。
それは、田中が意図してやったことではなかった。
ただ、そうなっていた。
田中は窓を閉めた。
明日もやることがある。
ただ今夜は、それ以上のことも、少し、あった気がした。
次回「第四十二話 ランセルのミラ公王も加わることになった」へつづく




