第四十話 魔王側との事前調整は、シアが動いてくれた
第四十話 魔王側との事前調整は、シアが動いてくれた
前話までのあらすじ
会談場所の条件を整理した。中立、規模、逃げ道の三点。
候補地二か所を並行調査。アレンに廃れた宿場町、ロイドに山の中腹を依頼。
シアに魔王側の希望を確認する手紙を送った。
「頼み方が上手い」とレオンに言われた。田中は「気づいたらそうなっていた」と答えた。
手紙を送って四日後。
シアから返事が来た。
田中は封を開けた。
思ったより、長い手紙だった。
読んだ。
もう一度読んだ。
レオンが横から覗き込んだ。
「どうですか」
「シアさんが、魔王側の調整を全部やってくれていました」
「全部、ですか」
「会談の場所の希望、日程の候補、参加人数の上限、警備の形式、議題の事前共有の方法。全部、まとめて書いてきてくれました」
レオンは少し目を丸くした。
「田中が頼んだのは、希望を確認するだけじゃなかったですか」
「そうです。それ以上のことをやってくれていました」
「なぜですか」
「手紙に書いてありました」
田中は該当の部分を読んだ。
『田中が毎回準備を整えてくれるのを見てきた。今回は私が先に動けると思ったので、動いた。田中が整理してくれたことを、私も整理できるようになってきたと思っている』
レオンはしばらく黙った。
「……シアさん、成長していますね」
「そうですね」
「田中が教えたんですか」
「教えていません。シアさんが自分で覚えたんだと思います」
「タナカが言うのはわかっていました」
「事実なので」
「でも、田中のやり方を見ていたから覚えたんですよね」
「そうかもしれません」
「それが教えたということです」
田中は少し考えた。
「……そうかもしれませんね」
「珍しく認めましたね」
「認めざるを得ないので」
シアの手紙の内容を整理した。
魔王側の希望する会談場所の条件は、田中が出した条件とほぼ同じだった。
中立地点。両国から行きやすい場所。閉鎖的すぎない空間。
一点だけ、追加の条件があった。
「魔王陛下は、川の近くを希望されています」
レオンが手紙を読みながら言った。
「川の近くですか」
「理由は書いていませんが、川沿いが希望と」
田中は少し考えた。
川の近く。
シアが好きなもの。流れているのに、同じ場所にいる。
「シアさんが魔王陛下に伝えたのかもしれません」
「何を伝えたんですか」
「川が落ち着く、という話を、以前シアさんとしました」
「シアさんが魔王陛下にそれを伝えて、魔王陛下も川の近くを希望した、ということですか」
「推測ですが」
「なんか、繋がっていますね」
「そうですね」
田中はメモに書いた。
・会談場所の条件追加:川の近く。魔王側希望。
候補地を見直した。
アレンが調査した廃れた宿場町、ロイドが調査した山の中腹。
両方の報告書が、昨日届いていた。
田中は二枚を並べて読んだ。
廃れた宿場町:建物あり、全員が入れる広さあり、アクセスは街道から容易。ただし川は遠い。
山の中腹:建物なし、広場あり、逃げ道は三方向。近くに小川が流れている。
「山の中腹の方が条件に合いますね」
「そうですね。川もあります」
「ただ、建物がないので、天候によっては難しくなります」
「テントか何かを用意することはできますか」
「ロイド卿に聞いてみます」
「あと、この場所、三国の先祖が会合を開いた場所でもあります」
「それは、何か意味がありますか」
「意味があるかどうかはわかりません。ただ、王様と魔王陛下に伝えれば、少し、場の雰囲気が変わるかもしれません」
「雰囲気が変わる」
「昔から繋がりがあった場所で会う、ということは、初めて会う二人にとって共通点になります」
「共通点があると、話しやすくなる」
「そうです」
レオンは頷いた。
「さすがですね」
「場所の持つ意味を使うのは、交渉の基本です」
「タナカ、一つ聞いていいですか」
「どうぞ」
「山の中腹の場所、田中はどうやって見つけたんですか。図書室の古い記録と言っていましたが」
「バラバラに置いてあった記録を整理していたら、三か所の記録に同じ地名が出てきました。つなげてみたら、三国の先祖の会合の話が出てきました」
「バラバラな情報をつなげたんですね」
「整理していると、繋がることがあります」
「田中が図書室を整理し続けてきたからですね」
「最初は言語を覚えるために読んでいただけです」
「でも、読みながら整理していた」
「習慣です」
「良い習慣ですね」
「そうかもしれません」
シアの手紙への返事を書いた。
山の中腹の場所を第一候補として提案する内容だ。
三国の先祖が会合を開いた場所であることも書いた。
日程の候補は三案。来月の上旬、中旬、下旬。
参加人数は双方五名以内、ランセルも同様。
議題は三点。北の問題への共同対処、三国間の連携枠組み、情報共有ルートの拡充。
書き終えて、レオンに見せた。
「どうですか」
「……田中、一点だけ」
「なんですか」
「議題の一番目、『北の問題への共同対処』ですが、もう少し具体的にした方がいいかもしれません」
「どういう意味ですか」
「共同対処、だと範囲が広すぎて、会談当日に話がまとまらない可能性があります」
「なるほど」
「もう少し絞った方が、当日の議論が深くなると思います」
田中は少し考えた。
「正しいですね。どう絞りますか」
「例えば、今わかっていることの共有と、今後の情報共有の仕組みを作ること、の二点に絞るのはどうですか。対処方法そのものは、情報が揃ってから別途話し合う形で」
「それは良い提案です」
「そうですか」
「レオン、議事録だけでなく、こういう提案もできるようになりましたね」
レオンは少し照れた顔をした。
「……タナカと一緒にいると、こういうことを考えるようになります」
「良い変化だと思います」
「タナカのせいです」
「レオンが考えたことです」
「また同じことを言う」
「事実なので」
二人で少し笑った。
田中は議題の一番目を書き直した。
修正後:北の問題の現状共有と、三国間の情報共有ルートの構築。
「これで良いと思います」
「ありがとうございます」
「いえ、レオンの提案が正しかったです」
「また……」
「事実なので」
その日の夜、王様に報告した。
「シアさんから返事が来ました。魔王側の条件がまとまっています」
「早かったな」
「シアさんが先に動いてくれていました」
「シアが動いたのか」
「はい。田中に頼まれた前に、自分で整理してくれていました」
王様は少し考えた。
「シアは、変わったな」
「そうですね」
「余がこの城に来たとき、シアはもっと固い印象だった」
「最初の面会のときですね」
「そうだ。今は、少し柔らかくなった気がする」
「信頼できる相手ができたからだと思います」
「お前のことか」
「シアさんが自分で決めたことだと思います」
「また同じことを言う」
「事実なので」
王様は低く笑った。
「田中、会談の場所、決まりそうか」
「山の中腹の場所を第一候補として提案しました。三国の先祖が会合を開いた場所でもあります」
「三国の先祖の場所か」
「はい。共通点になると思いまして」
「なるほど」
「シアさんの返事を待っています。良ければ、陛下に正式に場所を決めていただきます」
「わかった。返事が来たら持ってこい」
「はい」
田中は頭を下げた。
「もう一点」
「なんだ」
「魔王陛下が川の近くを希望されていました」
「川の近くを」
「山の中腹の候補地には、近くに小川が流れています」
「条件が合うわけだな」
「はい」
「なぜ魔王が川にこだわるのだ」
田中は少し考えた。
「シアさんが川を好きだという話を、以前魔王陛下にしたのかもしれません」
「シアが魔王に、好きなものの話を」
「推測ですが」
「シアが、魔王にそういう話をするようになったのか」
「変わってきているのだと思います」
王様はしばらく考えた。
「……田中が来てから、色々なものが変わっているな」
「皆さんが変わっているんだと思います」
「また同じことを言う」
「事実なので」
「わかった」
王様は少し笑った。
「返事が来たら持ってこい。余もこの会談、楽しみにしている」
「楽しみにしていただけていますか」
「そうだ。怖くもあるが、楽しみでもある」
「それは良い状態だと思います」
「なぜだ」
「怖いだけでなく、楽しみもあるなら、前を向いています」
「お前はいつも、そういう言い方をするな」
「そうですか」
「プラスとマイナスを同時に見る」
「どちらか片方だけでは、判断が偏ります」
「なるほど」
王様は田中を見た。
「田中、一つだけ」
「はい」
「この会談、うまくいくといいな」
「うまくいくようにします」
「お前がそう言うなら、なんとかなる気がする」
「なんとかします」
「頼もしいな」
「責任重大です」
王様は笑った。
田中は頭を下げた。
部屋を出ながら、メモに書いた。
【本日の完了事項】
・シアからの返事:受領。魔王側の条件まとめあり。シアが自分で動いてくれた。
・会談場所:山の中腹を第一候補として提案済み。シアの返事待ち。
・議題:レオンの提案で修正。現状共有と情報共有ルートの構築に絞った。
・王様への報告:完了。「楽しみにしている」という言葉あり。
田中はリストを見た。
今日、一番良かったことは何だろうと思った。
シアが先に動いてくれたこと。
レオンが議題の修正を提案してくれたこと。
王様が「楽しみにしている」と言ったこと。
全部、一ヶ月前にはなかったことだ。
田中は最後に一行書き足した。
・所感:周りが動いてくれる。それが積み上がってきた証拠だ。
窓を開けた。
夜風が入ってきた。
星が多かった。
田中は少し長く、窓の外を見た。
それから、窓を閉めた。
明日もやることがある。
ただ今夜は、少し、ゆっくり眠れそうだった。
次回「第四十一話 王様が珍しく緊張している」へつづく




