第三十九話 会談の場所を探すのにも、条件がある
第三十九話 会談の場所を探すのにも、条件がある
前章までのあらすじ
第二章完結。田中が異世界に来て二ヶ月。
魔王城を訪問し、停戦を成立させ、食料交易を始め、月次情報交換を確立した。
アレンが山脈で向こうの生き物を目視。北の問題のタイムラインが縮まっている可能性が出てきた。
王様と魔王の直接会談を設定することが、次のアクションとなった。
「第一章では一人だった。第二章では少しずつ一人でなくなった。第三章ではどうなるかまだわからない。ただ、隣に誰かがいる」
朝、田中はメモアプリを開いた。
【王様と魔王の直接会談・準備リスト】
一、場所の選定。
二、魔王側との事前調整。
三、ランセルへの参加打診。
四、各国内の根回し。
五、当日の段取り。
五項目書いてから、田中は少し考えた。
全部、やったことがある種類の仕事だ。
ただ、規模が違う。
一国の中の会議ではなく、三国の代表が集まる会談だ。
規模が違っても、やることの構造は同じだ。
田中はメモを閉じた。
まず、場所から考える。
レオンを呼んだ。
「会談の場所の条件を整理したいです。手伝ってもらえますか」
「もちろんです。どんな条件が必要ですか」
「三点あります」
田中は指を立てた。
「一点目。三国のどの領土でもない中立地点であること」
「それは停戦交渉のときと同じですね」
「同じです。ただ今回は三国なので、条件が増えます。三国から同程度の距離にある場所が理想です」
「三国から等距離か。地図で確認しないといけませんね」
「はい。二点目。ある程度の規模がある場所であること。今回は王様、魔王、ミラ公王、それぞれの随行員が来ます。停戦交渉の東屋では小さすぎます」
「建物が必要ですね」
「廃城でも、大きな宿でも、空き地でも構いませんが、全員が入れる空間が必要です」
「三点目は」
「逃げ道が複数あること。ロイド卿に前回も言われました。これは外せない条件です」
レオンは羊皮紙にメモを取った。
「三点ですね。中立、規模、逃げ道」
「この三点を満たす場所を、地図から探します」
「地図を持ってきます」
レオンが図書室に走った。
田中は窓から外を見た。
空が晴れていた。
会談の場所が決まれば、次のステップに進める。
やることが、一つずつ消えていく。
消えた分だけ、次が見えてくる。
いつもと同じだ。
レオンが地図を三枚持ってきた。
「この国の地図、魔王領の地図、北東方面の地図です」
「ありがとうございます」
田中は三枚を並べた。
この国の位置。魔王城の位置。ランセル公国の位置。
三点を確認して、それぞれの中間を探した。
「大まかに言うと、この辺りになります」
田中は地図上の一点を指した。
「ここは何がありますか」
レオンが地図を確認した。
「……古い街道の分岐点です。かつて交易の要所だったらしく、廃れた宿場町があります」
「廃れた、ということは今は使われていない」
「使われていないと思います。ただ、建物が残っているかどうかはわかりません」
「調べる必要がありますね」
「誰かを偵察に行かせますか」
「アレンに頼みましょう。前線巡回の延長で行ってもらえます」
「わかりました」
田中は地図を見続けた。
「レオン、もう一点気になる場所があります」
「どこですか」
「ここです」
田中が指したのは、三国の境界に近い、山の中腹だった。
「山の中腹ですか」
「古い記録に、三国の先祖が昔ここで会合を開いたという話がありました。図書室で読みました」
「そんな記録があったんですか」
「バラバラに置いてあったので、誰も繋げていなかっただけです」
「タナカが繋げたんですね」
「整理していたら出てきました」
レオンは地図を見た。
「山の中腹なら、逃げ道は多いですね」
「そうです。ただ、アクセスが難しい可能性がある」
「どちらを優先しますか」
「両方、調べてから決めます」
「二か所同時に調べますか」
「アレンに廃れた宿場町を。ロイド卿に山の中腹を。それぞれ並行して」
「段取りが早いですね」
「早くしないと、次が動けないので」
午後、ロイドを訪ねた。
「山の中腹の場所について、調べていただけますか」
地図を見せながら説明した。
「三国の先祖が会合を開いた場所か」
「記録に残っていました」
「余は知らなかった」
「図書室の古い記録です。整理していたら出てきました」
「田中が来てから、図書室の情報がよく出てくるな」
「整理していなかっただけです」
「そうだな」
ロイドは地図を見た。
「この場所、余も知っている。昔、辺境の巡回で通ったことがある」
「そうですか」
「建物はないが、開けた広場がある。三方を山に囲まれていて、一方だけ街道に繋がっている」
「逃げ道はどうですか」
「三方が山なので、足場を知っていれば逃げられる。知らなければ逃げにくい」
「それは、こちらが把握していれば有利ということですね」
「そうだ。ただし、相手も同じことを考えるかもしれない」
「なるほど。事前に相互確認が必要ですね」
「双方が逃げ道を共有した上で、どちらも使わない、というルールにすれば信頼になる」
「それは良い提案です。メモに書きます」
田中はメモに書いた。
ロイドが言った。
「田中、この会談、本当にうまくいくと思うか」
「わかりません」
「わからないか」
「ただ、やることが見えています」
「見えているなら動ける、か」
「はい」
「お前の言葉を、余も使うようになったな」
「そうですか」
「レオンが言っていた。タナカと話していると、言葉が変わると」
「そうですか」
「余もそう思う。お前が来てから、余は『やることが見えているなら動ける』という考え方をするようになった」
「ロイド卿が、そういう考え方をするようになったんです」
「また同じことを言う」
「事実なので」
ロイドは少し口元を動かした。
笑ったのかもしれなかったが、いつも通り表情が変わらなかった。
「調査に行く。三日後に報告する」
「よろしくお願いします」
アレンにも頼んだ。
「廃れた宿場町の調査をお願いしたいです」
「場所はどこですか」
地図を見せて説明した。
「ここですね。行ったことはないですが、この辺りは村の巡回で通ることがあります」
「そうですか、ちょうどいいですね」
「何を確認すればいいですか」
「建物が残っているかどうか。全員が入れる広さがあるかどうか。街道からのアクセスはどうか。逃げ道がいくつあるか」
「それを確認して、報告書に書けばいいですか」
「はい。あと、できれば絵も描いてもらえると」
「絵は下手ですが」
「下手でいいです。形がわかれば」
「わかりました」
アレンは少し考えた。
「タナカさん、この会談、うまくいきますか」
「わかりません」
「わからないんですね」
「ただ」
「やることがある、ですね」
「そうです」
「俺もそれ、言えるようになりました」
「そうですね」
「最初は意味がわからなかったです。怖くても、やることがあるから動く、って。でも今は、わかります」
「どうわかりましたか」
「山脈で生き物を見たとき。怖かった。でも、帰ってきて報告書を書いたら、少し落ち着いた。やることがあると、怖さが小さくなる気がします」
田中は少し考えた。
「そうかもしれません」
「タナカさんも、そういう感じですか」
「似たようなものだと思います」
「タナカさんにも怖さがあるんですね」
「あります」
「でも、やることを作るんですね」
「やることは、向こうからやってくるので、作らなくても来ます」
アレンは少し笑った。
「タナカさんらしいですね」
「そうですか」
「向こうからやってくる、か。俺も、そういう考え方をしてみます」
「試してみてください」
「はい」
アレンは立ち上がった。
「調査、行ってきます。報告書、ちゃんと書きます」
「よろしくお願いします」
夕方、シアに手紙を書いた。
会談の場所の候補と条件について。魔王側の希望を確認するための手紙だった。
書きながら、田中は少し考えた。
この手紙が届いて、シアが魔王に確認して、返事が来る。
それまでの間に、アレンとロイドの調査が終わる。
並行して動いている。
一つずつでは間に合わない。
全部を同時に動かして、情報が揃ったところで判断する。
いつも同じやり方だ。
田中は手紙を封じた。
レオンに渡した。
「使者を手配してください」
「わかりました。急ぎですか」
「三日以内に届けばいいです」
「わかりました」
「ありがとうございます」
「タナカ、今日は何人に何かをお願いしましたか」
「えーと……ロイド卿、アレン、シア、レオン、あと王様に今日の進捗を報告します」
「五人ですね」
「そうですね」
「一人で動いていないですね」
「一人では動けないので」
「前は一人で動いていたんじゃないですか」
「前も、一人では動いていなかったと思います。ただ、頼むのが下手だったかもしれません」
「今は上手いですよ」
「そうですか」
「頼み方が自然です。タナカに頼まれると、断りにくい」
「それは問題ではないですか」
「問題じゃないです。頼み方が上手いということは、相手が動きやすいということです」
田中は少し考えた。
「そうかもしれません」
「タナカが変わったのか、最初からそうだったのか、どっちですか」
「わかりません。気づいたら、そうなっていました」
「タナカらしい答えですね」
田中はメモアプリを開いた。
【本日の完了事項】
・会談場所の条件整理:三点確定。中立、規模、逃げ道。
・候補地二か所の調査依頼:アレン(廃宿場町)、ロイド(山の中腹)。三日後に報告。
・シアへの手紙:魔王側の希望確認。三日以内に発送。
・王様への報告:今夜。
田中はリストを見た。
今日一日で、四つ動いた。
明日も動く。
三日後に情報が揃う。
それから場所を決める。
その後、魔王側との事前調整に入る。
一つずつ、確実に進んでいる。
田中は窓を開けた。
夜風が入ってきた。
星が多かった。
田中は窓を閉めた。
明日もやることがある。
それだけで、十分だった。
次回「第四十話 魔王側との事前調整は、シアが動いてくれた」へつづく




