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第三十六話 ガルドがシアに詰め寄った

第三十六話 ガルドがシアに詰め寄った


前話までのあらすじ

月次情報交換の第四回。シアが再びこの国の城を訪問した。

田中がロイドへの報告で席を外している間に、王様とシアが三十分話し続けた。愚痴が共通の話題になった。

「愚痴を課題に変える」というシアの観察で、田中がずっとやってきたことの本質が言語化された。

ラスト、田中は「今日はいい一日だった」とメモに書かなかった。ただ、思っただけだった。


 問題が起きたのは、シアが帰る直前だった。

 田中が城門でシアを見送ろうとしていたとき、廊下の角からガルドが現れた。

 ガルドはシアを見た。

 シアもガルドを見た。

 田中は二人を見た。

 ガルドが歩いてきた。

「シアとやら、少し話がある」

 低い声だった。

 シアは馬から降りなかった。

「何でしょうか」

「降りろ。立ったまま話す相手ではない」

 田中が前に出た。

「ガルド卿、どういったご用件でしょうか」

「田中、お前は少し待っていろ」

「ガルド卿」

「お前に話すことではない。シアに話がある」

 田中は少し考えた。

 強引に間に入れば、ガルドが反発する。

 ただ、シアを一人にするのは良くない。

「わかりました。ただし、私も同席させてください」

「なぜだ」

「今後のためです。ガルド卿がシアさんにどんな懸念を持っているか、私も把握しておきたいです」

 ガルドはしばらど田中を見た。

「……まあいい」

 シアが馬から降りた。

 三人で、廊下の端に移動した。


 ガルドはシアを真正面から見た。

「一つだけ聞く」

「はい」

「お前は、本当に停戦を守るつもりがあるのか」

 シアは少し間を置いた。

「守っています。三ヶ月、一度も約束を破っていません」

「今はそうだ。では、一年後は、五年後はどうだ」

「守ります」

「なぜそう言い切れる」

「田中との約束だからです」

 ガルドは少し眉を動かした。

「田中との約束、か」

「停戦は、この国と魔王軍の合意です。ただ、私にとっては田中との約束でもあります。田中との約束を破るつもりはありません」

「田中への義理で守る、ということか」

「義理だけではありません。停戦が続く方が、魔王軍にとっても利益があります。ただ、もし利益の計算が崩れたとしても、田中との約束は別の話です」

 ガルドはしばらく考えた。

「では、田中がいなくなったらどうする」

 シアは少し止まった。

「田中がいなくなる、とはどういう意味ですか」

「田中は、元の世界から来た人間だ。いつか帰るかもしれない。あるいは、何かあるかもしれない。田中がいなくなったとき、停戦は続くのか」

 田中はメモを取る手を止めた。

 シアはしばらく黙った。

「……それは、考えたことがなかったです」

「考えるべきだ。田中への義理で停戦を守るなら、田中がいなくなれば崩れる。それでは困る」

「ガルド卿の懸念は、そこにあるのですか」

「そうだ」

 田中が口を開いた。

「ガルド卿、一点よろしいですか」

「なんだ」

「今のご懸念は、正しいと思います」

 ガルドが田中を見た。

「お前が同意するのか」

「はい。停戦が私個人への義理で成り立っているとすれば、それは脆いです。私がいなくなれば崩れる可能性がある」

「それを認めるのか」

「認めます。だから、私がいなくても続く仕組みを作っています」

「仕組みとは何だ」

「月次報告書、議事録、情報共有ルート。これらは、私がいなくても続けられます。書式が決まっていて、誰がやるかが決まっていて、記録が残っている。私が抜けても、別の人間が続けられます」

 ガルドはしばらど考えた。

「……本当に続けられるのか」

「続けられるように設計しています。ただし、完璧ではありません。もし不安なら、一点お願いがあります」

「何だ」

「ガルド卿に、仕組みを確認していただけませんか。問題があれば、教えてください。改善します」

「余が確認するのか」

「ガルド卿の視点で問題があれば、それは本当の問題です。月次報告を読み続けてくれているガルド卿が、一番この仕組みの課題を見つけられると思います」

 ガルドはしばらく田中を見た。

「……お前は、余を使おうとしているな」

「使う、というより、一緒に作りたいと思っています」

「何を一緒に作る」

「田中がいなくても続く停戦の仕組みです」

 ガルドは腕を組んだ。

 しばらく黙った。

 それからシアを見た。

「シア、お前は今の話を聞いてどう思った」

 シアは少し考えてから言った。

「正直に言います。田中がいなくなることは、考えていなかった。考えたくなかったのかもしれません」

「考えたくなかった、か」

「田中がいると、物事が進む。いなくなることを考えると、不安になります」

「不安になるのは、依存しているからだ」

「そうかもしれません」

「依存は脆い。仕組みは強い」

「ガルド卿の言う通りです」

 ガルドはしばらど二人を見た。

 それから、息をついた。

「田中、一つ聞く」

「はい」

「お前は、いつかここを離れると思っているか」

 田中は少し止まった。

「……わかりません」

「わからないか」

「今は、やることがあるので、離れることは考えていません。ただ、いつかはわかりません」

「正直だな」

「はい」

「だから仕組みを作っているのか」

「それもありますが、仕組みがあると、誰もが動きやすくなるので」

「誰もが動きやすくなる」

「私がいる間も、仕組みがある方が全員が楽です。私がいなくなっても続く。どちらにとっても良いと思っています」

 ガルドはしばらく考えた。

「……わかった」

「はい」

「仕組みを確認する。気になる点があれば、月次報告の返信に書く」

「ありがとうございます」

「それだけだ」

 ガルドはシアを見た。

「シア、お前の懸念はわかった。ただ、田中への義理だけでなく、仕組みを一緒に守る側になれ」

「仕組みを守る側、ですか」

「そうだ。田中に作ってもらうだけでなく、お前も仕組みを育てる側に回れ。そうすれば、田中がいなくなっても続く」

 シアはしばらど考えた。

「……わかりました」

「良い返事だ」

 ガルドは田中を見た。

「田中、お前の仕組み作り、悪くない」

「ありがとうございます」

「ただし、一点だけ言う」

「はい」

「仕組みを作ることに熱心なのはわかった。ただ、お前自身が動くことの価値を、軽く見るな」

「どういう意味ですか」

「仕組みがあっても、動く人間がいないと回らない。お前が動くから、仕組みが生きる。仕組みとお前の両方が必要だ」

 田中は少し止まった。

 レオンに言われた言葉が頭に浮かんだ。

「タナカ自身がいることも大事」

「……わかりました」

「わかったか」

「はい。ガルド卿に言われると、重みが違います」

「どういう意味だ」

「最初から反対していた方が、そう言ってくださると、信用できます」

 ガルドは少し眉を上げた。

「……褒めているのか、それは」

「褒めています」

「お前に褒められるのは、妙な感じがするな」

「そうですか」

「まあ、悪い気はしない」

 ガルドは踵を返した。

「月次報告、引き続き送れ」

「送ります」

「シア、次も来るなら、事前に田中に言っておけ。余も心の準備をする」

「わかりました」

「心の準備、というのは」と田中が言った。

「魔王軍の人間が来ることに、慣れていない者もいる。事前に知っていれば、準備できる」

「ガルド卿が、周りへの根回しをしてくださるということですか」

 ガルドは少し間を置いた。

「……そういうことだ」

「ありがとうございます」

「お前がいつもやっていることを、余もやるということだ。それだけだ」

 ガルドは廊下の向こうに去っていった。

 田中とシアは、しばらく廊下に立っていた。


 シアが言った。

「田中、ガルドという人物、最初は怖かった」

「そうですか」

「今は、違う」

「どう違いますか」

「怖いより、真剣な人間という感じがする」

「そうですね。ガルド卿は、ずっと真剣でした。ただ、最初は懸念が反発として出ていた」

「懸念が反発として出る、か」

「情報がないと不安になります。不安になると、反発します。情報を渡すと、判断できます。判断できると、建設的になります」

「ガルドに月次報告を送り続けたのは、そのためか」

「そうです」

「三ヶ月かけて、ガルドを動かしたのか」

「動かしたのではなく、情報を渡し続けたら、ガルド卿が自分で動きました」

「また同じことを言う」

「事実なので」

 シアは少し笑った。

「田中、ガルドに言われたこと、どう思った」

「どのことですか」

「仕組みとお前自身の両方が必要だ、という話だ」

「重要なことを言ってもらいました」

「仕組み作りに熱心になりすぎて、自分の価値を軽く見ていたか」

「そうかもしれません」

「私も同じことを言おうと思っていた」

「そうですか」

「ただ、ガルドが言った方が効いたと思う」

「そうですね。ガルド卿が言うから、重みがある」

「田中、一つだけ言っていいか」

「どうぞ」

「お前がいることに、価値がある。仕組みだけでなく、お前がいることに。忘れるな」

 田中は少し止まった。

「……わかりました」

「今日は素直だな」

「ガルド卿に言われた直後なので」

「そうか」

 シアは馬に乗った。

「田中、また来い」

「来ます」

「次はスープを交換しよう」

「はい。今度は忘れません」

「楽しみにしている」

 シアは城門を出た。

 田中は見送りながら、メモアプリを開いた。

 【本日の完了事項】

 ・ガルドとシアの件:田中が間に入って対処。双方が建設的な方向に。

 ・ガルドの懸念:田中がいなくなった場合の仕組みの継続性。正当な懸念として受け取り、対応を約束。

 ・ガルドの提案:仕組みの確認を引き受けてくれた。シアへの根回しも引き受けた。

 ・シアへの依頼:仕組みを守る側に回ること。了承。

 田中はメモを見た。

 ガルドが言ったことが、頭に残っていた。

 仕組みとお前自身の両方が必要だ。

 お前が動くから、仕組みが生きる。

 田中は一行書き足した。

 ・ガルドの言葉:「仕組みとお前自身の両方が必要だ」。重要。覚えておく。

 窓から夕空が見えた。

 橙色だった。

 田中は歩き始めた。

 明日もやることがある。

 ただ今日は、自分がいることの価値を、少し、受け取れた気がした。


次回「第三十七話 アレンが山脈で何かを見た」へつづく

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