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第三十五話 王様とシアが意外と話せた

第三十五話 王様とシアが意外と話せた


前話までのあらすじ

シアが初めてこの国の城を訪問した。

ガルドへの事前説明、アレンとシアの初対面、そして王様とシアの初対面。

「攻撃しか頭にない、でも人はいい人間」という表現が王様にも魔王にも使えることに王様が気づいた。

田中は面会中ほとんど口を挟まなかった。

メモに「間に入らなくていい場面が、少しずつ増えている」と書いた。


 シアが来た翌月。

 月次情報交換の第四回だった。

 今月もシアがこの国の城に来た。

 前回うまくいったので、今月もこちらに来てもらう形にした。

 シアが城門をくぐったとき、田中が出迎えた。

「今月もありがとうございます」

「約束したので来た」

「スープ、今月は忘れませんでした」

「本当か」

「はい。昨日のうちに準備しました」

 シアは少し嬉しそうな顔をした。

「楽しみにしている」

「昼食のときに出します」


 午前中、情報交換を行った。

 田中、シア、レオンの三人で、いつも通りの形で進めた。

 双方の状況報告、北の動向の確認、ランセル公国との連携の進捗。

 一時間で終わった。

 シアが言った。

「今月は、北の山脈から聞こえる音が少し変わった」

「どう変わりましたか」

「今まで低く断続的だった音が、少し高くなった。頻度も増えている」

 田中はメモに書いた。

 ・北の音:音質が変化。低い断続音から、やや高い頻度の多い音に。

「ランセルでも同じ報告がありましたか」

「ミラ公王から先日連絡が来た。同じ変化を感知している」

「ランセルと魔王城、両方で同じ変化が確認された、ということですね」

「そうだ」

「王様とロイド卿に伝えます。あと、アレンにも山脈方向の観察を強化するよう伝えます」

「頼む」

 田中は情報交換の議事録を作って、双方がサインした。

 いつも通りの流れだった。

 ただ、今月は一点だけ違うことがあった。


 昼食の時間。

 今月もレオン、アレンが同席した。

 田中は約束のスープを出した。

 この国の定番の、塩気が強くて草の風味がするスープだ。

 シアが一口飲んだ。

 少し目を細めた。

「……これが、タナカが好きだというスープか」

「そうです」

「なるほど」

「どうですか」

「悪くない。ただ、香辛料が少ない気がする」

「魔王城のスープより、あっさりしています」

「そうだな。でも、これはこれで良い」

「良かったです」

「次は魔王城のスープをこちらに持ってくる」

「ありがとうございます」

「交換だ」

「交換ですね」

 アレンが言った。

「スープの交換ってなんか、停戦交渉っぽいですね」

「どういう意味ですか」

「双方が持ち寄って、交換して、どちらも悪くないってなる感じが」

 田中は少し考えた。

「確かに似ていますね」

 シアが少し笑った。

「アレン、いいことを言うな」

「そうですか」

「停戦もスープも、交換してみて初めてわかることがある」

「なんかそれ、いい言葉ですね」

「田中が横にいると、なんでもいい言葉に聞こえてくる気がする」

「タナカのせいじゃないと思いますが」

 田中は何も言わなかった。

 レオンが小声で「タナカ、今褒められましたよ」と言った。

「わかっています」と田中は小声で返した。

「素直に受け取ってください」

「受け取りました」


 昼食が終わった後、田中はロイドへの報告のために席を外した。

 シアとレオンとアレンが食堂に残った。

 田中が廊下に出て歩き始めたとき、後ろから足音が来た。

 王様だった。

「田中、シアはどこだ」

「食堂にいます」

「少し話したいのだが」

「今から行かれますか」

「田中も一緒に来るか」

「ロイド卿への報告があるので、後で行きます。陛下お一人で行っていただいても大丈夫です」

「一人で行くのか」

「シアさんも、レオンもアレンもいます。大丈夫です」

 王様は少し考えた。

「……わかった」

 王様は食堂に向かった。

 田中はロイドのところに向かいながら、少し心配した。

 大丈夫だとは思う。

 ただ、初めて田中なしで王様とシアが話す場面だった。


 ロイドへの報告を終えて、食堂に戻った。

 田中が扉を開けると、中から笑い声が聞こえた。

 入ってみると、王様とシアが話していた。

 レオンとアレンは少し離れた席に移動していた。

 田中を見て、レオンが小声で言った。

「タナカ、すごいことが起きています」

「何ですか」

「王様とシアさんが、ずっと話しています」

「どんな話をしていますか」

「愚痴です」

「愚痴」

「二人とも、部下の話をしています」

 田中は王様とシアの方を見た。

 王様が何かを言っていた。

 シアが頷きながら何かを返していた。

 二人とも、表情がほぐれていた。

「どんな愚痴ですか」

「最初は王様が『幹部が自分の利益しか考えない』と言ったんです。そうしたらシアさんが『同じです』と言って、そこから止まらなくなりました」

「止まらなくなった」

「はい。もう三十分くらい話しています」

 アレンが言った。

「タナカさん、あの二人、なんか似てますよね」

「似ています」

「同じ悩みを持っていたんですね」

「そうですね」

「タナカさんが間に入らなくても、話せるじゃないですか」

「そうですね」

「タナカさん、どんな気持ちですか」

 田中は少し考えた。

「……良かったと思っています」

「それだけですか」

「あと、少し、複雑です」

「複雑」

「間に入らなくていい、というのは目標でした。ただ、実際にそうなると、少し、何とも言えない気持ちがします」

「寂しいですか」

「寂しいかどうかは、わかりません。ただ、何とも言えない気持ちです」

 アレンは少し考えた。

「それって、子どもが一人で歩けるようになったときの親の気持ちに似てると思います」

 田中は少し止まった。

「……そうかもしれません」

「嬉しいけど、少し寂しい感じ」

「そうですね」

「タナカさんって、知らないうちにそういう役割になっていたんですね」

「そうかもしれません」

 レオンが言った。

「タナカ、向こうを見てください」

 田中が見ると、王様とシアがこちらを見ていた。

「田中、来い」と王様が言った。

「田中も聞け」とシアが言った。

 田中は近づいた。

「何の話ですか」

「余の側近が、余の書類を読んでいる間にこっそり居眠りをするという話だ」

「魔王城でも同じだ。幹部が会議中に目を開けたまま眠る技術を持っている」

「それは困りますね」

「どうすればいいと思うか」

 田中は少し考えた。

「会議を短くすることです」

「短く?」

「長い会議は眠くなります。三十分以内に絞れば、眠る時間がありません」

「三十分以内か」

「議題を事前に絞って、決めることだけ決める。それだけで短くなります」

「お前がいつもやっていることか」

「そうです」

「余の城でもやるか」

「シアさんが魔王城でやると、さらに効果があります」

 シアが少し考えた。

「魔王城で三十分の会議、想像するだけで幹部たちが困りそうだ」

「困らせていいと思います」

「田中らしい答えだ」

 王様が言った。

「田中、お前がいない間、シアとずっと話していた」

「聞きました」

「なんか、話しやすかった」

「良かったです」

「お前がいなくても話せるとは思わなかったが」

「そうですか」

「ただ、田中がいた方が、話の整理がつきやすい」

「そうですか」

「お前がいないと、愚痴で終わる」

 シアが頷いた。

「田中がいると、愚痴が課題になる」

「愚痴が課題になる、か」

「そうだ。田中は、愚痴を聞きながら、課題に変換する」

「意識したことはなかったですが」

「意識していないのが怖い」

 王様が言った。

「田中、お前は本当に不思議な人間だ」

「何回目ですか」

「数えていない」

「私もです」

「でも、今日の意味が一番深い気がする」

「そうですか」

「愚痴を課題に変える人間は、そうはいない」

 田中は少し考えた。

「愚痴は、課題の別の形だと思っているので」

「別の形」

「愚痴は、感情で語られた課題です。感情を取り除いて整理すると、課題になります」

「……なるほど」

「元の世界でも、部長の愚痴を聞きながら、課題を整理していました」

「部長というのは、余のような立場か」

「少し違いますが、似ています」

「それを十五年やってきたのか」

「そうです」

「それで、ここに来た」

「そうなりました」

 王様はしばらど田中を見た。

「……田中、余はお前に感謝している」

「陛下」

「言わせてくれ」

「はい」

「お前が来てから、この城が変わった。余が変わった。お前のおかげだ」

「皆さんが動いてくれたからです」

「また同じことを言う」

「事実なので」

「事実でも、余が言いたいのは、お前への感謝だ。受け取れ」

 田中は少し止まった。

 シアが言った。

「田中、受け取れ」

 田中はしばらく黙った。

「……ありがとうございます」

「珍しくすぐ言えたな」

「受け取れと言われたので」

 王様が笑った。

 シアも笑った。

 レオンとアレンも、遠くから笑っていた。

 田中は笑わなかったが、悪い気はしなかった。

 それどころか、少し、胸が暖かかった。

 メモに書こうとして、やめた。

 今日のこれは、メモに書かなくてもいいと思った。

 初めて、そう思った。


 夕方、シアを城門まで見送った。

「今日はどうでしたか」

「良かった。王と話せた」

「そうですね」

「田中がいなくても話せた」

「そうですね」

「ただ、田中がいると話が進む」

「そうですか」

「愚痴が課題になるから」

「愚痴を聞くのは、得意なので」

「元の世界でも、ずっとそうしてきたのか」

「そうです」

「それで疲れなかったか」

「疲れました。ただ」

「やることがあったから、か」

「そうです」

「……田中」

「はい」

「お前と話していると、疲れる」

「すみません」

「悪い意味ではない。前にも言ったな」

「言いましたね」

「考えることが多くなる、と言った」

「はい」

「今日は、もう一つ加えたい」

「なんですか」

「お前と話していると、前を向きたくなる」

 田中は少し止まった。

「……そうですか」

「そうだ」

「それは、シアさんが前を向こうとしているからだと思います」

「また同じことを言う」

「事実なので」

 シアは少し笑った。

「田中、また来い」

「来ます」

「次はスープを交換しよう」

「はい。楽しみにしています」

 シアは馬に乗った。

 城門を出た。

 馬の足音が遠ざかった。

 田中は城門の前に立ったまま、しばらく見ていた。

 夕日が橙色だった。

 今日は、いい一日だった。

 田中はそう思った。

 メモに書かなかった。

 ただ、思っただけだった。


次回「第三十六話 ガルドがシアに詰め寄った」へつづく

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