第三十四話 シアがこの国に来た
第三十四話 シアがこの国に来た
前話までのあらすじ
魔王との二回目の面会。魔王は一ヶ月かけて自分で組織図を作り、北の問題を文書化していた。
「育てられるかもしれない」とメモしていた魔王が、ちゃんと育っていた。
シアに「スープを持ってくる約束」を再確認した。
レオンが「田中が間に入ると、みんな普通に見えてくる」と言った。
メモの最後に「魔王、育っている」と書いた。
月次情報交換の第三回。
いつもは田中が東屋に行く形だったが、今月はシアがこの国の城に来ることになった。
きっかけは田中の提案だった。
「シアさん、今月はこちらに来てもらえますか。王様に直接会っていただく機会を作りたいのですが」
「この国の城に行くのか」
「はい。王様とシアさんが顔を合わせておくと、今後の連絡が取りやすくなります」
「……王は、私を受け入れるか」
「受け入れます。段取りをします」
「お前が段取りするなら、何とかなるかもしれないな」
「何とかします」
田中はまず王様に話した。
「陛下、今月の情報交換は、シアさんにこちらに来ていただく形にしたいと思います」
「魔王軍の人間を、城に入れるのか」
「はい。シアさんと陛下が顔を合わせておくと、今後の連絡が取りやすくなります」
「貴族たちが何か言うかもしれないな」
「ガルド卿には事前に話します。他の貴族には、情報交換の担当者として紹介します」
「ガルドは納得するか」
「月次報告を続けているので、話は聞いてもらえると思います」
王様はしばらど考えた。
「田中、シアはどんな人間だ」
「話が通じる人間です」
「それだけか」
「シアが来て一番最初に言う言葉が、何かを決めると思います」
「最初の言葉が」
「最初の印象が、その後の関係を作ります。陛下が普通に話しかけてくれれば、シアも普通に返します」
「普通に、か」
「はい。難しく考えなくていいです」
「難しく考えるな、と余に言うか」
「言います」
王様は少し笑った。
「わかった。来てもらえ」
シアが来る前日、田中はガルドを訪ねた。
「明日、魔王軍の渉外担当が城に来ます。事前にお伝えしておきたくて」
ガルドは少し眉を上げた。
「魔王軍の人間を城に入れるのか」
「情報交換の担当者として来ていただきます。月次報告でお伝えしてきた停戦の実務担当者です」
「月次報告に出てきたシアという人物か」
「はい」
「……お前が連れてくるなら、話は聞こう」
「ありがとうございます」
「ただし、一点だけ確認させてくれ」
「どうぞ」
「そのシアという人物は、信用できるか」
「できます。三ヶ月間、約束を守り続けた人間です」
「三ヶ月か」
「停戦の合意内容を、一度も破っていません。食料交易も、情報共有も、全部約束通りです」
「……わかった。明日、顔を見せてもらおう」
「ありがとうございます」
ガルドは少し考えてから、言った。
「田中、お前はいつも、こういう段取りをするな」
「どういう段取りですか」
「事前に話しておく。驚かせない。理由を説明する」
「驚かせると、反射的に反対されやすいので」
「それがわかっているから、先に話しに来る」
「そうです」
「……手慣れているな」
「元の世界でも、似たようなことをしてきたので」
「元の世界でも根回しをしていたのか」
「似たようなものです」
ガルドは少し笑った。
「お前と話していると、元の世界というのが少し見えてくる気がする」
「そうですか」
「どんな世界だったんだ」
「この世界と、構造は似ていました。人と人が集まって、組織を作って、利害が対立して、誰かが間に入る」
「それが補佐官の仕事か」
「そうかもしれません」
「どこの世界でも、補佐官は必要ということか」
「必要とされているかどうかはわかりませんが、やることはあります」
ガルドはしばらど田中を見た。
「……田中、お前が来てから、この城が変わった」
「皆さんが動いてくれたからです」
「お前が整理したからだ。毎月送られてくる報告書を読んでいると、この国が少しずつ変わっているのがわかる」
「そうですか」
「最初は信用していなかった」
「知っています」
「今は、信用している」
「ありがとうございます」
「礼を言うのは珍しいな」
「大事なことを言っていただいたので」
ガルドは頷いた。
「明日、そのシアという人物を見せてもらおう」
シアが来たのは、昼前だった。
城門の前で、田中が出迎えた。
シアは黒いマントを着ていた。
魔王軍の紋章は、今日は外していた。
「来てくれました」
「約束したので来た」
「ありがとうございます。城の中を案内します」
シアは城門をくぐった。
中庭を歩きながら、シアが言った。
「思ったより、普通の城だな」
「そうですか」
「魔王城より小さい。でも、暖かい感じがする」
「どういう意味ですか」
「人の気配がする。魔王城は大きいが、どこか冷たい。ここは、人が動いている感じがする」
「そうかもしれません」
「田中が来たからか」
「皆さんが動くようになったからだと思います」
「また同じことを言う」
「事実なので」
食堂で昼食を一緒に食べることにした。
レオン、アレンも同席した。
アレンはシアを見て、少し緊張した顔をした。
「シアさん、ですか」
「そうだ。アレンか。田中から話を聞いている」
「俺の話を、魔王軍に」
「良い話だ」
「……どんな話ですか」
「村を巡回して、住民の状況を確認している。報告書もちゃんと書いている、と」
「タナカさんが言ったんですか」
「月次報告に書いてあった」
アレンは田中を見た。
「月次報告に書いたんですか」
「書きました。シアさんも現場の情報が必要なので」
「俺の名前が魔王城に届いているんですか」
「届いています」
「なんか、変な感じです」
「良い意味で届いています」
「良い意味で、か」
シアが言った。
「アレン、一つ聞いていいか」
「はい」
「前線の村で、魔王軍の兵士と話したことがあるか」
アレンは少し考えた。
「一度だけあります」
「どうだった」
「緊張しました。向こうも緊張してました。でも、話してみると、普通でした」
「普通だったか」
「腹が減ったとか、寒いとか、そういう話をしました」
「そうか」
「シアさん、その兵士のことを知っていますか」
「名前は聞いているか」
「ゲルトといいました」
「知っている。若い兵士だ。真面目で、仕事熱心だ」
「そうなんですか」
「アレンと話したことを、報告書に書いていた」
「俺のことを報告書に書いたんですか」
「書いていた。『この国の勇者と話した。攻撃してこなかった。普通に話せた』と」
アレンはしばらく黙った。
「……向こうも、報告書を書くんですね」
「書く。田中が来てから、報告書を書く兵士が増えた」
「タナカさんの影響がここまで来てるんですか」
「シアが広めた」
「私が田中のやり方を真似しただけだ」
田中は特に何も言わなかった。
レオンが小声で「タナカ、聞きましたか」と言った。
「聞きました」と田中は小声で返した。
「嬉しくないんですか」
「……嬉しいです」
「顔に出てないですよ」
「出す方法がわからないです」
レオンは少し笑った。
昼食の後、王様との面会の時間になった。
田中はシアを謁見の間に連れていった。
王様は上座に座っていた。
田中が入ったとき、王様は少し緊張した顔をしていた。
田中は王様を見た。
王様は田中を見た。
田中は小さく頷いた。
大丈夫です、という意味だった。
王様は少し息を吐いた。
シアが前に出た。
田中が紹介した。
「陛下、魔王軍渉外担当のシアです。停戦交渉から、ずっと一緒に仕事をしてきた方です」
「シアです。お会いできて光栄です」
シアは頭を下げた。
王様は少し間を置いてから言った。
「……よく来てくれた」
田中は少し安堵した。
王様が「よく来てくれた」と言えた。
それだけで、最初の十分は乗り越えられる。
「田中から、よく話を聞いています」
シアが言った。
「余もシアのことは、報告で聞いている。田中が信用していると言っていた」
「田中に信用していただけるのは、ありがたいことです」
「田中が信用する人間なら、余も信用する」
シアは少し驚いた顔をした。
「そうおっしゃっていただけると、助かります」
「田中は、余が信用した人間だ。その田中が信用した人間なら、余も信用する。それだけだ」
「……わかりました」
田中は王様を見た。
王様はまっすぐシアを見ていた。
構えているわけではなかった。
ただ、真剣に向き合っていた。
田中はメモを取りながら、少し思った。
王様は、変わった。
最初に会ったとき、居酒屋で大泣きしていた王様。
今は、魔王軍の担当者を真正面から受け入れている。
最初の十分、うまくいった。
面会は一時間続いた。
王様とシアが直接話した。
北の問題について。停戦の進捗について。ランセルとの連携について。
田中はほとんど口を挟まなかった。
二人が話しているのを聞いて、必要なことだけメモを取った。
途中、王様が言った。
「シア、一つ聞いていいか」
「はい」
「魔王は、どんな人間だ」
シアは少し考えた。
「攻撃しか頭にない、でも人はいい人間です」
田中は少し止まった。
それは、田中が王様を表現したときと同じ言葉だった。
王様も気づいたらしく、少し目を細めた。
「……田中が余のことを、同じように言っていたな」
「そうですか」
「どちらが先に言ったんだ」
「陛下の方が先です」
「余の方が先か」
「はい。魔王陛下のことを表現しようとしたとき、陛下のことが頭に浮かびました」
王様はしばらく黙った。
「……魔王と余が、似ているということか」
「似ています」
「それは、良いことなのか悪いことなのか」
「良いことだと思います」
「なぜだ」
「似ている人間は、話が通じやすいからです」
王様はしばらく考えた。
「……一度、会ってみてもいいかもしれないな」
「そう言っていただけると思っていました」
「思っていたのか」
「はい。いつかそういう流れになると」
「お前は、どこまで先を読んでいるんだ」
「読んでいるというより、流れがそうなっていくので」
シアが小さく笑った。
「田中らしい答えだ」
「そうですか」
「先を読んでいるのに、読んでいないふりをする」
「ふりをしているわけではないですが」
「していると思う」
「……そうかもしれません」
面会が終わった後、シアを城門まで見送った。
「どうでしたか」
「思ったより、普通に話せた」
「そうですね」
「王は、構えていなかった」
「陛下は、人と話すのが好きな方です。相手が誰であっても」
「魔王と似ているな」
「似ています」
シアはしばらく城を見た。
「田中、この城、来て良かった」
「来ていただいて良かったです」
「次も来ていいか」
「いつでも来てください」
「スープ、今日はなかったな」
「持ってくるのを忘れました」
「次は持ってきてくれ」
「必ず持ってきます」
シアは頷いた。
馬に乗った。
「田中、また来い」
「来ます」
「約束か」
「約束です。もう何回目かわかりませんが」
「数えなくていい。来るたびに言う」
「かしこまりました」
シアは城門を出た。
馬の足音が遠ざかった。
田中は城門の前に立ったまま、しばらく見ていた。
レオンが隣に来た。
「タナカ、今日はどうでしたか」
「うまくいきました」
「王様とシアさん、意外と話せてましたね」
「話せると思っていました」
「なんでわかったんですか」
「似ているので」
「どこが似ているんですか」
「どちらも、本音を話せる相手を求めていた。そういう人間同士は、話が通じやすいです」
「なるほど」
レオンはしばらど城門の方を見た。
「タナカ、今日の面会で、タナカがほとんど話さなかったの、気づきましたか」
「気づいていました」
「わざとですか」
「二人が話せると思ったので、間に入りませんでした」
「間に入らなくても、うまくいくんですね」
「間に入らなくていい状況を作ることが、仕事の一つです」
「間に入らなくていい状況を作る」
「はい。最初は間に入る必要があります。ただ、いつまでも間に入っていると、二人が直接話せなくなります。間に入らなくていい状況になったら、引く」
「引き際が大事なんですね」
「そうです」
「タナカは、いつか引くんですか。この国から」
田中は少し止まった。
「……今は、まだやることがあるので」
「まだ、ですね」
「はい。まだ」
レオンは頷いた。
「わかりました。その『まだ』が続く間は、私もここにいます」
「ありがとうございます」
「珍しくすぐ礼を言いましたね」
「大事なことを言ってもらったので」
レオンは笑った。
田中は城の中に戻りながら、メモアプリを開いた。
【本日の完了事項】
・シアの来訪:完了。城内の案内、昼食、王様との面会。
・王様とシアの初対面:問題なし。最初の十分、うまくいった。
・ガルドへの事前説明:完了。受け入れてもらえた。
・スープ:忘れた。次回必ず持参。
最後に一行書き足した。
・所感:間に入らなくていい場面が、少しずつ増えている。
次回「第三十五話 王様とシアが意外と話せた」へつづく




