第三十一話 北東の小国から、予想外の返事が来た
第三十一話 北東の小国から、予想外の返事が来た
前話までのあらすじ
周辺国への根回しの方針を決めた。北東の小国群から始める。動機がある相手から動かす、という田中の根回し論理。
レオンに北東の言語習得を依頼。シアに共同書状の打診を手紙で送った。
王様に「お前は何者かわからなくなっていないか」と聞かれ、「やることがある方向に動いています」と答えた。
今夜も少し早く寝ようと思った。昨日より、少しだけ早く。
書状を送ってから、十日後だった。
朝食を食べていると、レオンが飛び込んできた。
「タナカ、返事が来ました」
「どこからですか」
「北東の小国群、ランセル公国からです」
「早いですね」
「早すぎると思います。送ってから十日です」
「使者が急いでくれたんでしょうか」
「それだけじゃないと思います。読んでください」
田中は受け取った。
封を開けた。
読んだ。
一回読んで、もう一回読んだ。
レオンが田中の顔を見た。
「どうですか」
「……予想と違いました」
「どう違いましたか」
「向こうからも、こちらに書状を送ろうとしていたらしいです」
レオンが目を丸くした。
「向こうからも?」
「はい。私たちの書状が届いたとき、ちょうど同じタイミングでこちらへの書状を書いていたと」
「なんで向こうも書状を送ろうとしていたんですか」
「北の山脈に、異変があったからです」
田中はすぐに王様のところに行った。
執務室に入ると、王様は書類を見ていた。
「陛下、ランセル公国から返事が来ました。急ぎでお伝えしたいことがあります」
「なんだ」
「向こうも、北の異変を感知していました」
王様が顔を上げた。
「向こうも、か」
「はい。山脈の東端、私たちが足跡を確認した場所の反対側に当たる地域で、先月から奇妙な音が続いているとのことです」
「奇妙な音」
「地鳴りのような、でも地鳴りではない音。低く、断続的に続く音だそうです」
田中はレオンが宿の老人から聞いた話を思い出した。
山脈から変な音がする、と老人が言っていた。
「この辺りの住民も、同じような音を聞いていたようです。十年前から、という話を聞いていました」
「十年前から」
「ただ、最近頻度が増している可能性があります」
王様はしばらく考えた。
「ランセル公国は、どんな国だ」
「調べた範囲では、北東の小国群の中で一番北寄りにある小国です。山脈に最も近い。だから、北の異変を最初に感知した」
「だから返事が早かったのか」
「そう思います。向こうも焦っている」
「向こうも、か」
「はい。返事の文面に、『情報交換を早急に行いたい』とありました。こちらの提案より、向こうが急いでいます」
王様は手紙を受け取って、読んだ。
黙って読んだ。
読み終えて、顔を上げた。
「田中、これは予想していたか」
「していませんでした」
「予想外だったか」
「はい。書状への返事がこんなに早く来ること、向こうからも動こうとしていたこと、どちらも予想していませんでした」
「初めてだな、お前が予想外だったと言うのは」
「そうかもしれません」
「どう思った」
「……少し、安心しました」
「安心?」
「一人で抱えていると思っていた問題が、向こうも抱えていた。一緒に考えられる相手が、また増えた気がして」
王様はしばらく田中を見た。
「そうか」
「はい」
「では、次はどうする」
「ランセル公国との面会を設定します。場所はこちらから提案します。日程は先方の都合を確認します」
「使者を出すか」
「返事の書状に使者への指示を同封します。あと、シアに連絡して、魔王城側でもランセル公国の情報を持っていないか確認します」
「魔王城の方が近いから、情報があるかもしれないな」
「そう考えています」
「田中、ランセル公国との面会、お前が行くのか」
「行く予定です」
「一人でか」
「レオンと一緒に行きます。レオンが言語を勉強中なので、いい機会になります」
「レオンが、か」
「まだ勉強中ですが、現地で使う方が覚えが早いです」
王様は少し考えた。
「レオンは、そういう役割になってきたな」
「レオンは優秀です。最初から一番近くで動いてくれています」
「お前が言うなら、間違いないな」
「はい」
王様は頷いた。
「返事の書状、任せる。署名が必要なら持ってこい」
「持ってきます。今日中に作ります」
午後、田中は返事の書状を書いた。
レオンが横で翻訳を手伝った。
「タナカ、ランセル公国の言語、思ったより難しいです」
「どのくらい難しいですか」
「この国の言語と似ている部分もありますが、語順が違います。動詞が後ろに来ます」
「動詞が後ろ、ということは、話の結論が最後まで来ない言語ですね」
「そうです。途中で遮ると失礼になるかもしれません」
「なるほど。面会のときは、相手が話し終わるまで待つようにします」
「タナカはいつも待ちますよね」
「待たないと、大事なことを聞き逃すので」
「それが向こうの文化に合っているかもしれませんね」
「偶然ですが、良かったです」
レオンはしばらく書状の翻訳を続けた。
「タナカ、一つ聞いていいですか」
「どうぞ」
「ランセル公国との面会、うまくいくと思いますか」
「わかりません」
「わからないんですね」
「向こうの事情を、まだ詳しく知らないので。面会してみないとわかりません」
「でも、行くんですね」
「行かないとわからないので」
「タナカって、わからないのに行くことが多いですよね」
「そうですか」
「王様の居酒屋に声をかけたときも、魔王城に行ったときも、わからないのに行った」
「わかってから行こうとすると、いつまでも行けないので」
「それって、怖くないですか」
「怖いです。ただ」
「やることがあるから、ですよね」
「そうです」
レオンは少し笑った。
「この答え、もう何回聞いたかわかりません」
「私も何回言ったかわかりません」
「ただ、毎回少し意味が違う気がします」
「そうですか」
「最初に聞いたときは、田中の口癖だと思っていました。でも今は、田中の生き方だと思っています」
田中は少し止まった。
「……そうかもしれません」
「自覚がなかったんですか」
「あまり」
「タナカらしいですね」
田中は少し笑った。
レオンも笑った。
書状が完成した。
夕方、王様に書状を持っていった。
王様は読んで、署名した。
「田中、一つだけ」
「はい」
「ランセル公国との面会、お前とレオンだけか」
「はい」
「護衛は」
「ロイド卿に相談して、道中だけつけてもらいます。面会の場には入りません」
「わかった」
王様はしばらく考えた。
「田中、お前はどんどん遠くに行くな」
「そうですか」
「この城に来たときは、城の中だけだった。魔王城に行った。今度はランセル公国に行く」
「やることがある方向に動いていると、そうなりました」
「戻ってくるか」
「戻ってきます」
「約束か」
「約束です。何回目か数えていませんが」
王様は低く笑った。
「数えておけ」
「今回が何回目ですか」
「余も数えていない」
「では、お互い数えていません」
「そうだな」
王様は書状を田中に返した。
「頼む」
「かしこまりました」
夜、田中は部屋でメモを整理した。
【本日の完了事項】
・ランセル公国からの返事:受領。先方も北の異変を感知。面会を希望。
・返事の書状:作成完了。王様の署名取得。
・次のアクション:ランセル公国との面会の設定。シアへの情報照会。
田中はメモを見た。
今日は予想外のことが起きた。
向こうからも動こうとしていた。
一人で抱えていると思っていた問題が、一人ではなかった。
田中はもう一行書き足した。
・所感:問題は、思っているより多くの人が感じている。ただ、繋がっていないだけだ。繋げることが、今の仕事だ。
窓を開けた。
夜風が入ってきた。
北の空に、山脈が見えた。
大きかった。
でも、今夜は少し違って見えた。
向こう側にも、同じ山脈を見ている人がいる。
同じものを見て、同じように感じている。
田中はそれを、少し、心強いと思った。
窓を閉めた。
今夜も、早めに寝た。
次回「第三十二話 レオンが北東の言語を覚えようとしている」へつづく




