第二十七話 食料交易の第一回は、意外とすんなり進んだ
第二十七話 食料交易の第一回は、意外とすんなり進んだ
前話までのあらすじ
貴族説明会。予想通りもめたが、田中が全員の反論を順番に返し、最終的に八対二で停戦の方針への支持を得た。
ガルドが三ヶ月分の月次報告を根拠に賛成に転じた。「計算通りではなく、結果として良かった」と田中は正直に言った。
夜、レオンが「これからも隣にいていいですか」と言いに来た。
ラストに田中は「それだけじゃない気もした」と思った。
食料交易の第一回は、停戦合意から三週間後に設定した。
場所は、先日の交渉で使った国境の川沿いの東屋だった。
田中、レオン、荷馬車を引く兵士二名、護衛の騎士三名。
魔王軍側は、シア、荷馬車を引く兵士二名、護衛の騎士三名。
双方、同じ人数構成にした。
田中が提案して、シアが了承した形だった。
出発の朝、アレンが見送りに来た。
「また行くんですか」
「交易の立ち会いです」
「今度は日帰りですか」
「はい。荷物を渡して、受け取って、書類を確認して帰ります」
「書類」
「交易の記録です。何をいくら渡したか、何をいくら受け取ったか、双方が署名して保管します」
「そんなことまでするんですか」
「後で『渡した』『受け取っていない』という話にならないように」
「……魔王軍との交易でも、そういう話になることがあるんですか」
「どこでもあります」
アレンはしばらく考えた。
「俺も、経費の記録をちゃんとつけるようにします」
「もうちゃんとつけていますよ」
「もっとちゃんとします」
「ありがとうございます」
田中は馬に乗った。
城門を出た。
北に向かって走った。
東屋に着くと、シアがすでに来ていた。
「早いですね」
「お前が来る前に、場所を確認しておきたかった」
「何か問題はありましたか」
「ない。ただ、習慣だ」
「準備を確認する習慣ですか」
「そうだ。お前も同じだろう」
「同じです」
田中とシアは少し笑った。
双方の荷馬車が並んだ。
田中側の荷馬車には、穀物の袋が積まれていた。麦と米に近い穀物、合わせて三十袋。
シア側の荷馬車には、木箱が積まれていた。北方産の鉱石だ。
「確認させてください」
「どうぞ」
田中は荷馬車の荷物を一つずつ確認した。
袋の数、重さの確認、品質の確認。
レオンが横で記録をつけた。
シア側も同じように確認していた。
三十分かけて、双方の確認が終わった。
「こちらの確認は完了です。そちらはいかがですか」
「こちらも完了だ」
「では交換しましょう」
荷馬車を入れ替えた。
田中側の荷馬車が魔王軍側に。シア側の荷馬車がこの国側に。
田中は書類を取り出した。
「交易記録書です。内容を確認してください」
シアが受け取って読んだ。
「……正確だ」
「確認した通りに記録しています」
「サインするか」
「お願いします」
シアがサインした。
田中もサインした。
双方が一部ずつ保管した。
全部で、一時間かかった。
「意外と早かったですね」
田中が言うと、シアが少し目を細めた。
「意外と、というのは」
「初回は何かと問題が出ることが多いので、覚悟していました」
「問題がなかったのは、準備が良かったからだ」
「双方の準備が良かったからだと思います」
シアはしばらく田中を見た。
「田中、一つ聞いていいか」
「どうぞ」
「この交易、続くと思うか」
「続けたいと思っています。続けられるかどうかは、双方の努力次第です」
「努力、か」
「合意は、始まりに過ぎないので」
シアは頷いた。
「同じことを思っていた」
「シアさんも、続けたいと思っていますか」
「思っている。この城で、まともに動いているものが少ないから、一つでも続くものがあると、違う」
「魔王城の改善は、進んでいますか」
「少しずつ。備蓄庫の整理は定着してきた。食料の廃棄が減った」
「良かったです」
「田中のおかげだ」
「シアさんが続けてくれたからです」
シアはため息をついた。
「お前はいつも、手柄を人に渡すな」
「一緒にやったことは、一緒にやったことなので」
「……まあ、いい」
シアは川の方を見た。
「月次の情報交換は、来月からだな」
「はい。来月、ここに来ます」
「待っている」
「はい」
「田中」
「なんですか」
「魔王が、田中に伝言を頼んでいた」
「なんですか」
「『また来い』とのことだ」
田中は少し止まった。
「……前回もそう言っていただきましたが」
「また言っていた」
「わかりました。機会を作ります」
「魔王は、田中が来た後から、少し変わった」
「どう変わったんですか」
「書類を自分で読むようになった」
田中は少し驚いた。
「そうですか」
「今まで、側近が読んで要約したものだけ聞いていた。田中が来てから、原本を自分で確認するようになった」
「それは良い変化ですね」
「側近たちが困っている」
「なぜですか」
「要約を都合よく書けなくなったから」
田中は少し考えてから、言った。
「……それは良い変化です」
「だな」
シアは小さく笑った。
田中も少し笑った。
帰り道。
田中は馬を進めながら、レオンに話しかけた。
「今日の交易記録書、後で城の書類室に保管してください」
「わかりました。どこに保管しますか」
「『停戦関連書類』という分類を作ってください。今後、この件に関わる書類は全部そこに入れます」
「新しい分類ですね」
「この城に来たとき、書類室が整理されていなかったので、少しずつ整理しています」
「少しずつ、ですか。気づかなかったですが」
「毎回、少しずつ直しています。一気にやると、何がどこにあったかわからなくなるので」
レオンは少し考えた。
「タナカ、この城に来てから、色々なものを少しずつ変えてきましたね」
「そうですか」
「書類室も、食堂の配膳の順番も、会議室の使い方も、報告書の様式も」
「気になったので」
「気になったら、直すんですね」
「直した方が後が楽なので」
「誰に頼まれたわけでもないのに」
「頼まれてから直すより、気づいたときに直す方が早いです」
レオンはしばらく馬を進めながら、言った。
「タナカって、本当に補佐官が向いていますね」
「そうですか」
「向いているというか、生き方そのものが補佐官みたいです」
「どういう意味ですか」
「誰かの役に立つことを、自然にやっている。頼まれたからではなく、必要だからやっている」
田中は少し考えた。
「向いているのか、そうするしかなかったのか、わからないですね」
「どっちでもいいと思います」
「そうですか」
「結果が同じなら」
田中はしばらく馬を進めた。
「レオン、一つ聞いていいですか」
「なんですか」
「私がいなくなった後、この城は大丈夫だと思いますか」
レオンは少し止まった。
「いなくなる、というのは」
「元の世界に帰る話ではないです。ただ、いつかここを離れることがあった場合」
「……なんで急にそんなことを」
「今日、シアさんと話していて、少し考えました。この交易が続くかどうかは双方の努力次第だと言いました。それは、私がいなくなっても続く仕組みが必要だということでもあります」
「仕組みを作っているんですね、ずっと」
「そうなります」
「書類の整理も、報告書の様式も、月次報告も、全部」
「仕組みがあれば、誰がやっても続きます」
レオンはしばらく黙った。
「……タナカは、自分がいなくなることを考えながら、仕組みを作っているんですか」
「意識していなかったですが、そうかもしれません」
「それって、少し寂しくないですか」
田中は少し止まった。
「寂しい、ですか」
「自分がいなくても続く仕組みを作るって、自分がいなくなる準備をしているみたいで」
田中はしばらく考えた。
「元の世界でも、そうしてきました。私がいなくても回る仕組みを作ることが、仕事だと思っていたので」
「それで、寂しくなかったですか」
「……なかったとは言えないですね」
レオンは少し黙った。
「タナカ、一つだけ言っていいですか」
「どうぞ」
「仕組みも大事ですが、タナカ自身がいることも大事だと、私は思います」
「そうですか」
「仕組みは、タナカの代わりにはなりません」
田中は少し考えた。
「……そうかもしれません」
「なので、あまり早くいなくならないでください」
「努力します」
「善処じゃなくて、努力なんですね」
「少し前進しました」
レオンは笑った。
田中も、少し笑った。
街道を、城に向かって進んだ。
夕日が、橙色に空を染めていた。
田中はメモアプリを開いた。
【本日の完了事項】
・食料交易第一回:完了。書類署名済み。双方保管。
・月次情報交換:来月から開始予定。
・停戦関連書類の分類:レオンに依頼済み。
それから、もう一行書き足した。
・レオンの言葉:「タナカ自身がいることも大事」。メモしておく。
次回「第二十八話 月次情報交換は、雑談から始まった」へつづく




