表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
28/120

第二十七話 食料交易の第一回は、意外とすんなり進んだ

第二十七話 食料交易の第一回は、意外とすんなり進んだ


前話までのあらすじ

貴族説明会。予想通りもめたが、田中が全員の反論を順番に返し、最終的に八対二で停戦の方針への支持を得た。

ガルドが三ヶ月分の月次報告を根拠に賛成に転じた。「計算通りではなく、結果として良かった」と田中は正直に言った。

夜、レオンが「これからも隣にいていいですか」と言いに来た。

ラストに田中は「それだけじゃない気もした」と思った。


 食料交易の第一回は、停戦合意から三週間後に設定した。

 場所は、先日の交渉で使った国境の川沿いの東屋だった。

 田中、レオン、荷馬車を引く兵士二名、護衛の騎士三名。

 魔王軍側は、シア、荷馬車を引く兵士二名、護衛の騎士三名。

 双方、同じ人数構成にした。

 田中が提案して、シアが了承した形だった。

 出発の朝、アレンが見送りに来た。

「また行くんですか」

「交易の立ち会いです」

「今度は日帰りですか」

「はい。荷物を渡して、受け取って、書類を確認して帰ります」

「書類」

「交易の記録です。何をいくら渡したか、何をいくら受け取ったか、双方が署名して保管します」

「そんなことまでするんですか」

「後で『渡した』『受け取っていない』という話にならないように」

「……魔王軍との交易でも、そういう話になることがあるんですか」

「どこでもあります」

 アレンはしばらく考えた。

「俺も、経費の記録をちゃんとつけるようにします」

「もうちゃんとつけていますよ」

「もっとちゃんとします」

「ありがとうございます」

 田中は馬に乗った。

 城門を出た。

 北に向かって走った。


 東屋に着くと、シアがすでに来ていた。

「早いですね」

「お前が来る前に、場所を確認しておきたかった」

「何か問題はありましたか」

「ない。ただ、習慣だ」

「準備を確認する習慣ですか」

「そうだ。お前も同じだろう」

「同じです」

 田中とシアは少し笑った。

 双方の荷馬車が並んだ。

 田中側の荷馬車には、穀物の袋が積まれていた。麦と米に近い穀物、合わせて三十袋。

 シア側の荷馬車には、木箱が積まれていた。北方産の鉱石だ。

「確認させてください」

「どうぞ」

 田中は荷馬車の荷物を一つずつ確認した。

 袋の数、重さの確認、品質の確認。

 レオンが横で記録をつけた。

 シア側も同じように確認していた。

 三十分かけて、双方の確認が終わった。

「こちらの確認は完了です。そちらはいかがですか」

「こちらも完了だ」

「では交換しましょう」

 荷馬車を入れ替えた。

 田中側の荷馬車が魔王軍側に。シア側の荷馬車がこの国側に。

 田中は書類を取り出した。

「交易記録書です。内容を確認してください」

 シアが受け取って読んだ。

「……正確だ」

「確認した通りに記録しています」

「サインするか」

「お願いします」

 シアがサインした。

 田中もサインした。

 双方が一部ずつ保管した。

 全部で、一時間かかった。

「意外と早かったですね」

 田中が言うと、シアが少し目を細めた。

「意外と、というのは」

「初回は何かと問題が出ることが多いので、覚悟していました」

「問題がなかったのは、準備が良かったからだ」

「双方の準備が良かったからだと思います」

 シアはしばらく田中を見た。

「田中、一つ聞いていいか」

「どうぞ」

「この交易、続くと思うか」

「続けたいと思っています。続けられるかどうかは、双方の努力次第です」

「努力、か」

「合意は、始まりに過ぎないので」

 シアは頷いた。

「同じことを思っていた」

「シアさんも、続けたいと思っていますか」

「思っている。この城で、まともに動いているものが少ないから、一つでも続くものがあると、違う」

「魔王城の改善は、進んでいますか」

「少しずつ。備蓄庫の整理は定着してきた。食料の廃棄が減った」

「良かったです」

「田中のおかげだ」

「シアさんが続けてくれたからです」

 シアはため息をついた。

「お前はいつも、手柄を人に渡すな」

「一緒にやったことは、一緒にやったことなので」

「……まあ、いい」

 シアは川の方を見た。

「月次の情報交換は、来月からだな」

「はい。来月、ここに来ます」

「待っている」

「はい」

「田中」

「なんですか」

「魔王が、田中に伝言を頼んでいた」

「なんですか」

「『また来い』とのことだ」

 田中は少し止まった。

「……前回もそう言っていただきましたが」

「また言っていた」

「わかりました。機会を作ります」

「魔王は、田中が来た後から、少し変わった」

「どう変わったんですか」

「書類を自分で読むようになった」

 田中は少し驚いた。

「そうですか」

「今まで、側近が読んで要約したものだけ聞いていた。田中が来てから、原本を自分で確認するようになった」

「それは良い変化ですね」

「側近たちが困っている」

「なぜですか」

「要約を都合よく書けなくなったから」

 田中は少し考えてから、言った。

「……それは良い変化です」

「だな」

 シアは小さく笑った。

 田中も少し笑った。


 帰り道。

 田中は馬を進めながら、レオンに話しかけた。

「今日の交易記録書、後で城の書類室に保管してください」

「わかりました。どこに保管しますか」

「『停戦関連書類』という分類を作ってください。今後、この件に関わる書類は全部そこに入れます」

「新しい分類ですね」

「この城に来たとき、書類室が整理されていなかったので、少しずつ整理しています」

「少しずつ、ですか。気づかなかったですが」

「毎回、少しずつ直しています。一気にやると、何がどこにあったかわからなくなるので」

 レオンは少し考えた。

「タナカ、この城に来てから、色々なものを少しずつ変えてきましたね」

「そうですか」

「書類室も、食堂の配膳の順番も、会議室の使い方も、報告書の様式も」

「気になったので」

「気になったら、直すんですね」

「直した方が後が楽なので」

「誰に頼まれたわけでもないのに」

「頼まれてから直すより、気づいたときに直す方が早いです」

 レオンはしばらく馬を進めながら、言った。

「タナカって、本当に補佐官が向いていますね」

「そうですか」

「向いているというか、生き方そのものが補佐官みたいです」

「どういう意味ですか」

「誰かの役に立つことを、自然にやっている。頼まれたからではなく、必要だからやっている」

 田中は少し考えた。

「向いているのか、そうするしかなかったのか、わからないですね」

「どっちでもいいと思います」

「そうですか」

「結果が同じなら」

 田中はしばらく馬を進めた。

「レオン、一つ聞いていいですか」

「なんですか」

「私がいなくなった後、この城は大丈夫だと思いますか」

 レオンは少し止まった。

「いなくなる、というのは」

「元の世界に帰る話ではないです。ただ、いつかここを離れることがあった場合」

「……なんで急にそんなことを」

「今日、シアさんと話していて、少し考えました。この交易が続くかどうかは双方の努力次第だと言いました。それは、私がいなくなっても続く仕組みが必要だということでもあります」

「仕組みを作っているんですね、ずっと」

「そうなります」

「書類の整理も、報告書の様式も、月次報告も、全部」

「仕組みがあれば、誰がやっても続きます」

 レオンはしばらく黙った。

「……タナカは、自分がいなくなることを考えながら、仕組みを作っているんですか」

「意識していなかったですが、そうかもしれません」

「それって、少し寂しくないですか」

 田中は少し止まった。

「寂しい、ですか」

「自分がいなくても続く仕組みを作るって、自分がいなくなる準備をしているみたいで」

 田中はしばらく考えた。

「元の世界でも、そうしてきました。私がいなくても回る仕組みを作ることが、仕事だと思っていたので」

「それで、寂しくなかったですか」

「……なかったとは言えないですね」

 レオンは少し黙った。

「タナカ、一つだけ言っていいですか」

「どうぞ」

「仕組みも大事ですが、タナカ自身がいることも大事だと、私は思います」

「そうですか」

「仕組みは、タナカの代わりにはなりません」

 田中は少し考えた。

「……そうかもしれません」

「なので、あまり早くいなくならないでください」

「努力します」

「善処じゃなくて、努力なんですね」

「少し前進しました」

 レオンは笑った。

 田中も、少し笑った。

 街道を、城に向かって進んだ。

 夕日が、橙色に空を染めていた。

 田中はメモアプリを開いた。

 【本日の完了事項】

 ・食料交易第一回:完了。書類署名済み。双方保管。

 ・月次情報交換:来月から開始予定。

 ・停戦関連書類の分類:レオンに依頼済み。

 それから、もう一行書き足した。

 ・レオンの言葉:「タナカ自身がいることも大事」。メモしておく。


次回「第二十八話 月次情報交換は、雑談から始まった」へつづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ