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第二十六話 貴族説明会は、予想通りもめた

第二十六話 貴族説明会は、予想通りもめた


前話までのあらすじ

帰国翌日から動き始めた田中。

レオンと停戦実施計画の骨格を作り、ロイドと月次報告体制を確立し、アレンに前線村の定期巡回を依頼した。

王様に「計画は守るためではなく比較するためにある」という話をした。

貴族説明会は三日後に設定。ガルドの反発は想定済み。


 説明会の前日。

 田中は資料を仕上げていた。

 今回の資料は三枚構成にした。

 一枚目:停戦の経緯と合意内容の概要。

 二枚目:今後三ヶ月の実施計画と、各貴族に関係する事項。

 三枚目:北の問題の概要。

 三枚目を作りながら、田中は少し考えた。

 北の問題を、今この段階で貴族に伝えるかどうか、迷った。

 伝えれば、混乱する可能性がある。

 伝えなければ、後で「なぜ隠していたのか」という話になる。

 田中は三枚目を入れることにした。

 混乱しても、情報は共有した方がいい。

 混乱の中で判断するのが、田中の仕事だ。


 説明会当日。

 謁見の間に貴族たちが集まった。

 十人。先日の予算会議と同じ顔ぶれだった。

 全員が、田中を見た。

 田中は正面に立ち、資料を配った。

 レオンが手伝ってくれた。

「始めます」

 田中は一枚目から説明した。

 停戦の経緯。魔王軍からの申し入れ、田中が交渉に当たったこと、シアとの三回の交渉、魔王との直接面会。

 合意の内容。試験期間三ヶ月、食料交易、情報共有ルート。

 魔王からの署名入り書状。

 説明している間、貴族たちは黙っていた。

 途中から、ざわざわし始めた。

 田中は構わず続けた。

 二枚目。今後三ヶ月の実施計画。食料交易の第一回は来月初旬。東街道の見張りは継続。月次で情報共有。

 各貴族に関係する事項として、セルム卿には月次報告書を継続送付、ガルド卿にも同様、バルト卿には港への影響を定期報告する旨を記載した。

 ざわざわが大きくなった。

 田中は三枚目に移った。

「最後に、北の問題についてお伝えします」

 ざわざわが止まった。

 全員が田中を見た。

 田中は北の話を説明した。

 時間軸の異なる世界。三十年周期。山脈に道が開く可能性。三〜五年のタイムライン。魔王軍がこの国に侵攻してきた本当の理由。

 説明が終わった。

 沈黙があった。

 それから、一斉に声が上がった。

「そんな話、信じられません」

「魔王の嘘かもしれない」

「停戦自体が罠では」

「なぜ今まで黙っていたのですか」

「田中とかいう補佐官が、魔王軍に篭絡されているのでは」

 田中は全員の発言を聞いた。

 黙って聞いた。

 全員が言い終えるのを待った。

 静かになった。

「ご意見、ありがとうございます」

 田中は言った。

「順番にお答えします」

 貴族たちが田中を見た。

「まず、信じられないというご意見について。信じるかどうかは、皆様の判断です。ただし、信じないとした場合、この情報をどう扱うかを決める必要があります」

「どう扱うとは」

「無視する、という選択肢があります。ただし、三〜五年後に道が開いた場合、無視していたという事実が残ります。その時点で対処するコストは、今から準備するコストより大きくなります」

 貴族の一人が言った。

「だから今から準備しろということか」

「準備するかどうかは、皆様が判断することです。私は情報をお伝えしました」

「次。魔王の嘘かもしれない、という点について」

 田中は続けた。

「可能性としてはあります。ただし、魔王が嘘をついているとすれば、停戦交渉をする理由がありません。停戦を求めてきた動機と、北の話は一致しています」

「魔王に篭絡されているのでは、という点について」

「篭絡された補佐官が、魔王の弱点を含む情報を持ち帰るとは考えにくいです。今回の情報には、魔王軍が兵糧不足であること、内部の派閥対立があること、北からの圧力で余裕がないこと、全て含まれています。これは、こちらに有利な情報です」

 貴族たちが黙った。

 田中は続けた。

「なぜ今まで黙っていたかについて。北の問題は、魔王城で初めて聞きました。帰国して翌日に王様に報告し、本日皆様にお伝えしています。隠していた事実はありません」

 また沈黙があった。

 そこで、声が上がった。

 ガルドだった。

「一つ聞いていいか」

「どうぞ」

「田中、お前は今回の停戦と北の問題を、どう繋げて考えている」

 田中は少し考えた。

「停戦は、北の問題に対処するための前提条件です。この国と魔王軍が争っている間は、北の問題に集中できません。停戦して初めて、両国で北に向き合える」

「つまり、停戦は手段で、目的は北への対処ということか」

「そう整理しています」

「それを最初から言えばよかったのでは」

「確かに、そうすべきでした」

「……正直な補佐官だな」

 ガルドはそう言って、腕を組んだ。

「私は今回の停戦に反対はしない」

 室内がざわついた。

 誰もが驚いていた。

 田中も、少し驚いた。

「理由を聞かせていただけますか」

「月次報告を三ヶ月受け取った。数字は正確だった。方針は一貫していた。信用に足ると判断した」

「ありがとうございます」

「ただし、条件がある」

「聞かせてください」

「北の問題の進捗を、月次報告に加えてくれ」

「加えます」

「それだけだ」

 ガルドは椅子に戻った。

 他の貴族たちが、顔を見合わせた。


 説明会はさらに一時間続いた。

 ガルドが賛成に回ったことで、流れが変わった。

 最終的に、十人中八人が停戦の方針を支持した。

 残り二人は「様子を見る」という立場だった。

 全員が反対、ではなかった。

 田中は会が終わった後、王様に報告した。

「八対二で、停戦の方針への支持が得られました」

「ガルドが賛成に回るとは思わなかった」

「月次報告が効いたと思います」

「三ヶ月かけて、積み上げたわけか」

「そうなります」

 王様は少し考えた。

「田中、ガルドは最初から反対ではなかったのか」

「最初から反対だったと思います。ただ、情報が積み重なるにつれて、判断が変わったんだと思います」

「情報が積み重なる、か」

「人は、情報がないと不安になります。不安になると、反対します。情報があれば、判断できます」

「それがガルドに効いた」

「そうだと思います」

 王様はしばらく考えた。

「田中、お前は最初からガルドがそうなると思っていたか」

「思っていませんでした」

「思っていなかったのか」

「なると良いと思っていましたが、確信はありませんでした」

「正直だな」

「計算通りではなく、結果として良かったということです」

 王様は低く笑った。

「まあ、結果が良ければいい」

「そうですね」


 その夜、田中は部屋でメモを整理していた。

 ノックがあった。

「どうぞ」

 入ってきたのは、レオンだった。

「お疲れ様でした、タナカ」

「ありがとうございます」

「今日の説明会、見ていました」

「どうでしたか」

「最初はどうなるかと思いましたが、最後はうまくまとまりましたね」

「ガルド卿が動いてくれたのが大きかったです」

「タナカが三ヶ月かけて積み上げたからですよ」

「レオンが月次報告書を毎回きれいにまとめてくれたからでもあります」

 レオンは少し照れた顔をした。

「……そうですか」

「そうです」

「タナカ、一つ聞いていいですか」

「どうぞ」

「北の問題、本当に解決できると思っていますか」

 田中は少し間を置いた。

「わかりません」

「わからないんですね」

「わかりません。ただ、やることはあります」

「怖くないですか」

「怖いです」

「でも、やるんですね」

「やることがあるので」

 レオンは少し笑った。

「この会話、何度目ですか」

「数えていません」

「私もです」

 二人で少し笑った。

 レオンが言った。

「タナカ、私はここに来てから、ずっとタナカの隣にいました」

「そうですね。一番最初から」

「言語の対応表を作ったのも、私です」

「助かりました」

「これからも、隣にいていいですか」

 田中は少し止まった。

「……何かあったのですか」

「何もないです。ただ、言っておきたかった」

「もちろんです。いてください」

「ありがとうございます」

 レオンは頷いて、部屋を出た。

 田中はしばらく扉を見た。

 それから、メモに書いた。

 【本日の完了事項】

 ・貴族説明会:八対二で停戦の方針への支持を得た。ガルド卿、賛成に転じた。

 ・王様への報告:完了。

 ・北の問題の共有:貴族全員に説明済み。

 田中はメモを見た。

 この国に来て、五十日以上が経っていた。

 最初は何もなかった。

 草原で目を覚ましたとき、田中には何もなかった。

 今は、隣にいてくれる人間が、この城に何人もいた。

 田中はメモを閉じた。

 窓を開けた。

 夜風が入ってきた。

 星が多かった。

 明日もやることがある。

 それだけで、十分だった。

 ただ今夜は、それだけじゃない気もした。


次回「第二十七話 食料交易の第一回は、意外とすんなり進んだ」へつづく

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