第二十五話 停戦の実績を作るのにも、段取りが要る
第二十五話 停戦の実績を作るのにも、段取りが要る
前話までのあらすじ
魔王城から帰国した田中を、王様が三日間毎日城門の前で待っていた。
食堂で全員に報告。停戦条件、食料交易、情報共有ルート、魔王からの署名入り書状。そして北の問題を共有した。
「元の世界に帰りたいか」と聞かれ、「今はまだ、やることがたくさんあるので」と答えた。
メモの最後に「話が通じる人間が、また増えた」と書いた。
翌朝。
田中は城に戻って最初の朝を迎えた。
目が覚めたとき、天井を見て、石造りだと確認した。
魔王城でもそうしていた。
この国の城だ、とわかった。
田中は起き上がって、メモアプリを開いた。
【本日のやることリスト】
一、停戦の実施計画を作る。
二、貴族への説明の段取りを決める。
三、ロイドと東街道の見張り状況を確認する。
四、アレンの直近の動きを確認する。
五、セルム卿への月次報告書を送る(遅れていた分)。
六、ガルド卿への月次報告書を送る(初回)。
六番まで書いてから、田中は少し考えた。
三日間、城を離れていた。
その間に溜まったやることが、すでに六つある。
まあ、いつものことだ。
田中はメモを閉じて、着替えた。
朝食の後、レオンを呼んだ。
「帰ってきた翌日から、働くんですか」
「やることがあるので」
「少し休んでも」
「休むと溜まります」
「溜めてから一気にやればいいのでは」
「溜めると判断が鈍ります」
レオンはため息をついた。
「……タナカらしいですね」
「まず停戦の実施計画を作りたいです。手伝ってもらえますか」
「もちろんです」
田中は机に羊皮紙を広げた。
「停戦の試験期間は三ヶ月です。この三ヶ月で、何を実施して、何を確認するかを整理します」
「どんなことを実施するんですか」
「まず食料交易の第一回を実施する。次に東街道の見張りを維持しながら、魔王軍の動きを記録する。月次でシアと情報交換する。この三点を三ヶ月間、問題なく続けることが実績になります」
「なるほど」
「問題が出た場合の対処ルートも決めておきたいです。何か起きたとき、誰が判断して、誰に報告して、誰が動くか」
「それを決めておかないと、何か起きたときに混乱しますね」
「混乱すると、停戦が崩れやすくなります」
レオンは羊皮紙に書き始めた。
田中が話し、レオンが整理する形で、一時間かけて実施計画の骨格ができた。
レオンが読み返した。
「……これ、かなり細かいですね」
「細かくないと、後で『そこまで決めていなかった』という話になります」
「でも、こんなに細かく決めて、その通りに動けますか」
「計画通りに動くためではなく、計画から外れたときに気づくためです」
「計画から外れたときに気づく」
「計画があれば、外れたことがわかります。外れたことがわかれば、修正できます。計画がないと、外れているかどうかもわかりません」
レオンは少し考えた。
「……なるほど。計画は、守るためではなく、比較するためにあるんですね」
「そうです」
「タナカ、それ、王様に言いましたか」
「まだです」
「言った方がいいと思います。王様はいつも計画を立てて、うまくいかなくて、計画を立てることが嫌いになっていると思うので」
田中は少し考えた。
「いいことを言いましたね」
「私もたまにはいいことを言います」
「今日の報告のときに話します」
午前中にロイドを訪ねた。
「東街道の状況を確認させてください」
「問題ない。見張りは定着している。魔王軍の動きは、ここ一週間は静かだ」
「静かになった理由に心当たりはありますか」
「停戦交渉が進んでいることを、向こうも知っているのかもしれない」
「田中が魔王城に行ったことは、魔王軍の中でも伝わっているはずだ」
「そうですね」
「田中、魔王城はどうだった。軍事的な観点から、何か気になることはあったか」
「一点あります」
「言え」
「幹部ごとに部隊が分かれていて、横の連携が薄い状態でした。統一された指揮系統がない」
「それは、脅威か、それとも好機か」
「今の停戦交渉が進んでいる間は、脅威にはなりません。ただし、停戦が崩れた場合、個別の幹部が独自に動く可能性があります」
「個別に動かれると、対処が難しくなる」
「はい。ただし、シアがその状況を改善しようとしています。時間がかかりますが、内部から変わっていく可能性はあります」
ロイドはしばらく考えてから、頷いた。
「わかった。引き続き東街道の監視を続ける」
「ありがとうございます。停戦の試験期間中、月次で状況報告書を送ります。軍事的な観点でのコメントをいただけますか」
「わかった」
田中はメモに書いた。
・ロイド:月次報告書の確認、了承。
昼過ぎ、アレンを探した。
中庭で剣の稽古をしていた。
「アレンさん、少し時間をもらえますか」
「はい。何ですか」
「停戦の試験期間中、アレンさんにお願いしたいことがあります」
「俺に、ですか」
「前線近くの村を、定期的に回ってほしいのです」
「回って、何をするんですか」
「村の状況を確認してください。魔王軍の兵士が来ていないか、住民が困っていることはないか。それを報告書に書いてもらえれば」
「戦わなくていいんですか」
「戦わなくていいです。ただし、何かあれば対処できる状態で行ってください」
「それならできます」
「また、魔王軍の兵士と遭遇した場合は、攻撃しないでください」
アレンは少し固まった。
「攻撃しない、ですか」
「停戦中です。向こうが攻撃してこない限り、こちらからは仕掛けない。それが原則です」
「でも、もし村の人を脅していたら」
「その場合は、状況を確認して、必要なら私に連絡してください。判断はそれから」
アレンはしばらく考えた。
「……わかりました」
「もう一点。魔王軍の兵士と、もし話す機会があれば、話してみてください」
「話す、ですか。何を」
「天気でも、食事でも、なんでもいいです」
「なんでそんなことを」
「停戦は、書状だけでは完成しません。現場の人間が、相手を人間だと思えるようになって、初めて本物になります」
アレンはしばらく田中を見た。
「……タナカさん、魔王城で何か変わりましたか」
「そうですか」
「なんか、前より少し、遠くを見ている気がします」
「北の問題を知ったからかもしれません」
「昨夜聞きました。怖かったです」
「そうですね」
「タナカさんは怖くないんですか」
「怖いです」
「でも、普通に動いている」
「怖くても、やることがあるので」
アレンは少し笑った。
「またその言葉だ」
「同じことしか言えなくて申し訳ないですが」
「いや、なんか、聞くたびに少し意味が増している気がします。最初に聞いたときより、今の方が、重い言葉に聞こえます」
「そうかもしれません」
「俺も、そういう言い方ができるようになりたいです」
「アレンさんは、もうそうしていると思います。一人で前線に偵察に行くのは、怖くないですか」
「怖いです」
「でも行っている」
「……そうか。同じか」
「同じだと思います」
アレンは少し照れた顔をして、剣を鞘に収めた。
「わかりました。村を回ってきます」
「よろしくお願いします」
田中はアレンの背中を見ながら、メモに書いた。
・アレン:成長している。
夕方、王様に報告した。
実施計画の骨格を見せた。
王様は読みながら、一点で止まった。
「計画から外れたときに気づくためのもの、とはどういう意味だ」
「計画は、守るためではなく、比較するためにあります。計画があれば、現実と比較できます。外れた部分がわかれば、修正できます」
王様はしばらく計画を見た。
「余は今まで、計画を立てると、うまくいかなかったときに計画が恨めしくなっていた」
「計画が悪いのではなく、計画を守ることが目的になっていたんだと思います」
「目的が違った、ということか」
「計画は道具です。目的は、うまく進めることです」
王様は少し考えた。
「……そういう考え方は、なかった」
王様は計画を置いた。
「田中、貴族への説明はどうする」
「説明の場を設けたいと思います。停戦の内容と、今後の方針を共有します」
「全員を呼ぶか」
「はい。個別に説明するより、全員に同じ情報を渡した方が、後で話が食い違いません」
「ガルドが反発するかもしれない」
「反発は想定しています。ただ、ガルド卿はすでに月次報告を受け取る約束をしています。情報を持っている分、他の貴族より理解が進んでいる可能性があります」
「説明会の日程を決めていただけますか。私が段取りを進めます」
「三日後でどうだ」
「わかりました。準備します」
王様は頷いた。
「田中、一つだけ」
「はい」
「魔王は、本当に話せる人間だったか」
「はい」
「余と会っても、話せると思うか」
田中は少し考えた。
「話せると思います。ただし、最初の十分が肝心です」
「なぜ」
「どちらも、第一印象で構えやすい性格だと思うので」
王様は少し黙った。
「……余がそういう性格だと思っているのか」
「思っています」
「魔王も同じだと思っているのか」
「似ています」
「では、最初の十分をどうすればいい」
「それは、私が段取りします」
王様は少し目を細めた。
「お前に任せれば、なんとかなるのか」
「なんとかします」
「頼もしいな」
「責任重大だと思っています」
王様は笑った。
「正直だな」
「今日で何回目ですか」
「数えていない」
「私もです」
田中は頭を下げて、部屋を出た。
メモに書いた。
【本日の完了事項】
・停戦実施計画:骨格完成。
・ロイドとの連携:月次報告確認体制を確立。
・アレンへの役割分担:前線村の定期巡回を依頼。了承。
・王様への報告:計画の考え方を共有。貴族説明会は三日後に設定。
・セルム卿、ガルド卿への月次報告書:明日送付予定。
田中はリストを見た。
来たときより、やることが一つ増えていた。
ただ、関わっている人間の数も、一つ増えていた。
廊下の窓から、夜空が見えた。
星が多かった。
田中は歩き始めた。
明日もやることがある。
それだけで、十分だった。
次回「第二十六話 貴族説明会は、予想通りもめた」へつづく




