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第二十四話 王様は、城門の前で待っていた

第二十四話 王様は、城門の前で待っていた


前話までのあらすじ

魔王城を出発した田中は、帰り道に宿の老人に立ち寄った。

老人に「来るときより顔がほぐれている」と言われた。

国境の石柱を越えながら、来るときと帰るときで「特に問題なし」の重さが違うことに気づいた。

「やることがある、ということは、関われることがある、ということだ」

誰かに言われた言葉の意味が、今日は少しわかった。

夕日が街道を橙色に染めていた。


 城が見えてきたのは、夕暮れ時だった。

 橙色の空に、城のシルエットが浮かんでいた。

 田中は馬の速度を少し上げた。

 城門が近づいてきた。

 門の前に、人が立っていた。

 一人だった。

 豪華な服を着ていたが、冠はかぶっていなかった。

 田中は目を細めた。

 王様だった。

 田中は馬を止めた。

 馬から降りた。

 王様は田中を見た。

 田中は王様を見た。

 少し、間があった。

「……お帰り」

 王様が言った。

「ただいま戻りました」

「怪我はないか」

「ありません」

「うまくいったか」

「だいたいは」

 王様は少し目を細めた。

「だいたいは、か」

「はい」

「だいたい以外のところは」

「報告の中でお伝えします」

「そうか」

 王様はしばらく田中を見た。

 田中もしばらく王様を見た。

 王様が言った。

「待っていた」

「わかりました」

「心配していた」

「……申し訳ありませんでした」

「謝らなくていい」

「はい」

「ただ、心配していた」

「はい」

 王様はもう一度田中を見てから、城門の方に歩き始めた。

「飯を食いながら報告を聞く。腹は減っているか」

「減っています」

「食堂に用意させる」

「ありがとうございます」

 田中は馬を引きながら、王様の隣を歩いた。

 城門をくぐった。

 中庭に、レオンとアレンが待っていた。


 レオンが飛んできた。

「タナカ! お帰りなさい!」

「ただいま戻りました」

「怪我は」

「ありません」

「魔王城はどうでしたか」

「色々ありましたが、だいたいうまくいきました」

「だいたい、というのは」

「報告の中で話します」

 レオンは田中の顔をじっくり見た。

「……顔色が良くなっていますね」

「そうですか」

「来る前より」

「そうかもしれません」

 アレンが近づいてきた。

「タナカさん、お帰りなさい」

「お帰り。城の様子はどうでしたか」

「ちゃんと見ていました。王様の様子も」

「どうでしたか」

「毎日、城門のところに来ていました」

 田中は少し止まった。

「毎日、ですか」

「夕方になると、城門の前に立っていました。今日で三日目です」

 田中はちらりと、先を歩く王様の背中を見た。

 王様は振り返らなかった。

「……そうでしたか」

「それだけです」

「ありがとうございます、アレン」

 アレンは少し照れた顔をした。

「城の報告書、書いておきました」

「書いたんですか」

「タナカさんがいない間も、やることがあった方がいいと思って」

「ありがとうございます。後で読みます」

「字が汚いですが」

「内容が正確なら問題ありません」

 アレンは少し嬉しそうな顔をした。


 食堂に集まった。

 王様、レオン、アレン、ロイド、田中の五人だった。

 ロイドは田中を見て、短く言った。

「無事だったか」

「おかげさまで」

「護衛なしで行って、正直心配していた」

「ロイド卿に心配していただけるとは」

「当然だ。部下が無事に戻れば、上は安心する」

「部下、ですか」

「指揮系統上はそうなるだろう」

 田中は少し考えてから、頭を下げた。

「ありがとうございます」

 ロイドは短く頷いた。

 王様が言った。

「では、報告を聞く。食べながらでいい」

「はい」

 田中は鞄から資料を出した。

 魔王との会談の議事録、停戦条件の概要、食料交易の試算、情報共有ルートの詳細。

 それから、魔王からの書状。

 王様は書状を受け取り、読んだ。

 黙って読んだ。

 途中で顔を上げた。

「魔王が書状を出したのか」

「はい。正式な文書として残した方がいいと思いまして」

「魔王の署名がある」

「はい」

「これは……初めてのことだ」

「記録として残りますので、後で確認できます」

 王様は書状を置いた。

「報告を続けてくれ」

「はい」

 田中は停戦の条件を説明した。

 試験期間の三ヶ月、その後の延長の仕組み、食料交易のスケジュール、情報共有ルート。

 全員が黙って聞いていた。

 アレンがときどき「へえ」と言った。

 ロイドはメモを取っていた。

 レオンは田中の説明を聞きながら、時々頷いた。

 王様は黙って聞いていた。

 説明が終わった。

 王様が言った。

「よくやった」

「ありがとうございます」

「三日でここまでまとめるとは思わなかった」

「シアさんと魔王陛下が、話しやすい方たちだったので」

「魔王は、どんな人間だった」

 田中は少し考えた。

「話せばわかる人でした」

「それだけか」

「孤独な人でした。本音を言える相手がいなかった」

 王様は少し黙った。

「……それは、余も同じだったな」

「はい」

「お前が来るまでは」

「そうでしたか」

「そうだ」

 王様はスープを一口飲んだ。

「魔王と、余は似ているか」

「似ています」

「どこが」

「攻撃しか頭にないところ」

 アレンが吹き出した。

 レオンが「タナカ」と小声で言った。

 田中は少し考えてから、言い直した。

「真正面から問題に向き合うところが、似ています」

「最初の言い方の方が正直だったな」

「……そうかもしれません」

 王様は少し笑った。

「構わん。続けてくれ」

「はい。もう一点、重要な話があります」

「なんだ」

「北の話です」

 食堂が静かになった。


 田中は北の話を、整理して話した。

 時間軸の異なる世界。三十年周期の拡張期。山脈に道が開く可能性。三〜五年のタイムライン。

 王様は黙って聞いていた。

 アレンは途中から、食事の手が止まっていた。

 ロイドは表情を変えなかったが、メモを取る速度が上がっていた。

 レオンは少し青い顔をしていた。

 話し終えた。

 しばらく、誰も何も言わなかった。

 王様が言った。

「……それは、この国だけの問題ではないな」

「はい」

「魔王軍だけでも対処できない」

「はい」

「では、どうする」

「まずこの国と魔王軍の停戦を完成させます。その実績を作ってから、周辺国に北の問題を共有します」

「周辺国が動くと思うか」

「動かすために必要な情報と話し方を、整理します」

「またお前が根回しをするのか」

「必要であれば」

 王様はしばらく考えた。

「タイムラインは三〜五年だ」

「はい」

「時間は十分にあるか」

「十分かどうかは、まだわかりません。ただ、やることは決まっています」

「やることが決まっていれば、動ける」

「はい」

 王様は立ち上がった。

 全員が王様を見た。

 王様は田中を見た。

「田中、一つ聞いていいか」

「はい」

「お前は、元の世界に帰りたいと思うか」

 田中は少し止まった。

 この質問は、前にも聞かれた。

 前回答えたのは「今はやることがあるので」だった。

 今回も、同じ答えになりそうだった。

 ただ、少し違う気もした。

「……今はまだ、やることがたくさんあるので」

「まだ、か」

「はい。まだ」

「まだ、ということは、いつかは帰るかもしれない、ということか」

「わかりません」

「正直だな」

「はい」

 王様はしばらく田中を見た。

「そうか」

 それだけ言った。

 それ以上は聞かなかった。

 田中はそれを、ありがたいと思った。


 食事が終わった後、田中は自分の部屋に戻った。

 鞄を置いた。

 革の二つ折り鞄。

 魔王城に行って、帰ってきた。

 中身が少し変わっていた。

 資料は使い切って、議事録に変わっていた。

 魔王からの書状は、王様に渡した。

 レオンの言語対応表は、まだ鞄の中にあった。

 使わなかったが、持っていて安心だった。

 田中は鞄をテーブルの上に置いて、窓を開けた。

 城下町の明かりが見えた。

 星が多かった。

 この国に来てから、何度も見た星空だった。

 田中はメモアプリを開いた。

 【第二章・魔王城訪問 まとめ】

 ・停戦条件:概ね合意。試験期間制。

 ・食料交易:方向性合意。スケジュール確認中。

 ・情報共有ルート:月次。東屋にて。シアと。

 ・魔王からの書状:王様に渡した。

 ・北の問題:王様に共有した。次のアクションは周辺国への働きかけ。

 ・魔王城の改善:備蓄庫の整理、着手済み。シアが継続。

 ・新たな協力者:魔王、シア。

 田中はリストを見た。

 来るときより、やることが増えた。

 ただ、一人でやることも、少し減った。

 田中は最後に一行書き足した。

 ・所感:話が通じる人間が、また増えた。

 窓から、風が入ってきた。

 この国の風だ。

 田中は窓を閉めた。

 明日もやることがある。

 それだけで、十分だった。

 田中はベッドに横になった。

 目を閉じた。

 思ったより、早く眠れた。


次回「第二十五話 停戦の実績を作るのにも、段取りが要る」へつづく

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