表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
24/117

第二十三話 帰り道は、来た道より短く感じた

第二十三話 帰り道は、来た道より短く感じた


前話までのあらすじ

魔王に「整理できたことと、できなかったこと」を正直に話した田中。

停戦の細部、食料交易のスケジュール、月次情報交換のルートが決まった。

備蓄庫の改善をシアと一緒に始めた。

魔王に「また来い」と言われた。シアに「また会いたいです」と言えた。

明日、帰国する。


 出発の朝。

 田中は夜明け前に目が覚めた。

 魔王城に来てから、毎朝そうだった。

 窓を開けた。

 山脈が見えた。

 三日見続けた山脈だった。

 最初に見たときより、少し違う見え方がした。

 脅威ではあるが、ただの脅威ではない。

 あの向こうに何があるかを、今の田中は知っている。

 知っているということは、向き合えるということだ。

 田中は窓を閉めて、荷物をまとめた。

 鞄の中身を確認した。

 資料一式。

 魔王からの書状。

 レオンが作ってくれた言語対応表。使わなかったが、持っていて安心だった。

 スマートフォン。圏外のまま。

 財布。

 田中は鞄を閉じた。


 食堂に行くと、シアがいた。

 珍しく早い時間に来ていた。

「来てくれたんですか」

「見送りに来た」

「ありがとうございます」

 二人で朝食を食べた。

 黒いパンと、香辛料の効いたスープ。

 田中は三日で、この朝食に慣れていた。

「この城の食事、慣れましたか」

「慣れました。おいしいです」

「そう言ってもらえると、厨房の兵士が喜ぶ」

「昨日、備蓄庫の整理を始めたとき、厨房の兵士が手伝ってくれましたね」

「あの兵士、タナカさんの朝食の感想を聞いていた人間です」

「そうでしたか」

「田中が食事をおいしいと言った、と広まっていた」

「広まるんですね」

「城は狭いので」

 田中は少し考えた。

「シアさん、一つお願いがあります」

「なんだ」

「厨房の兵士に、食事がおいしかったと伝えてもらえますか」

「直接言えばいいのでは」

「出発前に会えればいいですが、会えなかった場合のために」

「……わかった」

 シアはパンをちぎりながら、言った。

「田中、この三日間で、城が少し変わった」

「そうですか」

「備蓄庫の整理が始まった。それだけで、雰囲気が少し変わった」

「雰囲気が変わったのは、シアさんが動いたからだと思います」

「私が動けたのは、田中がいたからだ」

「一緒にやったので、どちらとも言えないですね」

 シアはしばらく田中を見た。

「田中は、自分の手柄を人に渡すのが得意だな」

「得意というより、一人でできることには限りがあるので」

「それを知っているのが、得意ということだ」

 田中は少し考えた。

「そうかもしれません」

「元の世界でも、そうやってきたのか」

「最初はそうじゃなかったと思います。失敗しながら、だんだんそうなりました」

「失敗したことがあるのか」

「たくさんあります」

「どんな失敗だ」

「一人で抱えすぎて、崩れたことがあります。自分でやった方が早いと思って、人に任せなかった。結果、全部中途半端になった」

「そのとき、どうした」

「一度全部書き出して、自分一人ではできないことを認めました。それから、人に頼むようにしました」

 シアはしばらく黙った。

「……私も、一人で抱えすぎることがある」

「知っています」

「知っているのか」

「この城に来てから、シアさんが一人でやっていることが多いと感じました」

「だから田中に頼んだのかもしれない」

「そうだと思います。正解だと思います」

 シアは少し笑った。

「田中は、頼まれると断らないのか」

「やることがあれば、やります」

「それが田中の生き方か」

「生き方というほどのものではないですが、そういう習慣になっています」

「習慣か」

「はい。気づいたら、そうなっていました」

 シアはスープを飲み干した。

「田中、また来い」

「来ます。月に一度」

「それ以外でも来ていい」

「魔王陛下と同じことを言いますね」

「陛下の言葉を借りた」

「わかりました。機会があれば」

 シアは頷いた。


 城門の前に馬が用意されていた。

 シアの他に、昨日備蓄庫の整理を手伝ってくれた兵士がいた。

 田中が気づくと、兵士が少し緊張した顔をした。

「朝食、おいしかったです。毎朝ありがとうございました」

 兵士の顔が、ほぐれた。

「……ありがとうございます。また来たときも、作ります」

「楽しみにしています」

 田中は馬に乗った。

 シアが馬の横に立った。

「気をつけて行け」

「はい」

「王様によろしく」

「伝えます」

「北の話、うまく伝えてくれ」

「伝えます。難しい話ですが」

「田中なら、うまく整理して伝えられる」

「やってみます」

 田中は馬を進めた。

 城門を出た。

 振り返ると、シアが立っていた。

 手を上げた。

 田中も手を上げた。

 馬を進めた。


 街道を南に向かって走った。

 来たときと同じ道だった。

 ただ、景色が少し違って見えた。

 来るときは北に向かっていたから、山脈が正面に見えていた。

 帰るときは南に向かっているから、山脈が背後にある。

 田中は時々振り返った。

 山脈は変わらず大きかった。

 ただ、背後にある山脈は、正面にある山脈より少し、対処できる気がした。

 気のせいかもしれなかった。

 ただ、そう感じた。

 田中は前を向いて、馬を進めた。


 昼過ぎに、来るときと同じ集落に差し掛かった。

 老人の宿だ。

 昼食をもらおうと、立ち寄った。

 老人は田中を見て、驚いた顔をした。

「帰りか。早いな」

「三日で用事が済みました」

「魔王城で、何をしてきた」

「話し合いです」

「うまくいったか」

「だいたいは」

 老人は笑った。

「来るときも、だいたいうまくいった、と言っていたな」

「だいたいは、いつもだいたいなので」

「そういうもんだな」

 老人は昼食を出してくれた。

 パンとスープ。

 田中は食べながら、老人に言った。

「シアさんによろしくお伝えください」

「また来るのか、あの子」

「月に一度、来ると思います」

「そうか。久しぶりに顔が明るかったと伝えておく」

「顔が明るかった、ですか」

「お前が来た翌日、ここに寄ったとき。いつもより顔が明るかった」

 田中は少し考えた。

「そうでしたか」

「一人で抱えすぎていたんだろう。誰かに話せる相手ができると、顔が変わる」

「……そうですね」

「お前もそうだったのか、来るとき」

「私はどうでしたか」

「来るときは、少し固い顔をしていた。帰りは、少しほぐれている」

 田中は少し驚いた。

「そう見えますか」

「見える。この宿をやっていると、顔を読むのが上手くなる」

「そうですか」

「魔王城で、何かほぐれることがあったのか」

「話が通じる相手がいました」

「シアか」

「シアさんと、魔王陛下と」

 老人は少し驚いた顔をした。

「魔王と話が通じたのか」

「話せば、わかる人でした」

「……そうか」

 老人はしばらく黙った。

「それは、いいことを聞いた」

「どういう意味ですか」

「この辺りに住んでいると、魔王軍との関係が気になる。怖いとか、いつ攻めてくるかとか。でも、話せばわかる人なら、少し安心できる」

 田中は老人を見た。

「安心できると思います。停戦に向けて話が進んでいます」

「そうか」

「ただ、別の問題があります」

「別の問題?」

「北の話です」

 老人の顔が、少し変わった。

「北か」

「ご存知ですか」

「知っている。この辺りに長く住んでいると、北の話は伝わってくる。山脈が少しずつ変化していることは、この集落の人間はみんな知っている」

「変化、というのは」

「十年くらい前から、山脈の方から変な音が聞こえることがある。地鳴りのような、でも地鳴りじゃない音」

 田中はメモに書いた。

 ・北の変化:山脈から異音。十年前から。現地の住民も感知している。

「それは怖かったですか」

「怖かった。でも、どうにもできないから、気にしないようにしていた」

「なるほど」

「お前は、どうにかできると思っているのか」

「まだわかりません。ただ、やることはあります」

 老人はしばらく田中を見た。

「……来るときと、少し話し方が変わったな」

「そうですか」

「来るときは、もう少し慎重な言い方をしていた。やってみないとわからない、とか、できるかどうか不明、とか」

「今も、そう思っています」

「でも、やることはある、と言った」

「やることはあります。それは確かです」

 老人は頷いた。

「そうか。それで十分だ」

「十分ですか」

「やることがある人間は、動ける。動ける人間がいれば、何かが変わる。それだけで十分だ」

 田中は少し考えた。

「……そうかもしれませんね」

「早く帰れ。王様が待っているだろう」

「そうですね」

 田中は昼食代を払って、立ち上がった。

「ありがとうございました」

「気をつけて行け」

「はい」

「また寄っていけ」

「来ます」

 田中は馬に乗った。

 老人が見送ってくれた。

 南に向かって、馬を進めた。


 夕方、国境の石柱が見えてきた。

 来るときに越えた石柱だ。

 田中は馬を少し止めた。

 石柱を見た。

 来るときは「ここから先は魔王領だ」と思った。

 今は、「ここから先はこの国だ」と思った。

 同じ石柱が、方向によって意味が変わる。

 当たり前のことだが、少し可笑しかった。

 田中はメモアプリを開いた。

 【帰路・記録】

 ・国境通過:夕方。特に問題なし。

 書いてから、少し考えた。

 来るときも「特に問題なし」と書いた。

 帰りも同じだった。

 ただ、来るときと帰るときでは、「特に問題なし」の重さが違う気がした。

 来るときは、緊張しながら「問題なし」と書いた。

 帰りは、ただそう思って書いた。

 田中はメモを閉じた。

 石柱を越えた。

 風の感触が、少し変わった気がした。

 この国の風だ。

 馬を進めた。

 城まで、あと半日ほどだった。

 田中は前を向いた。

 やることが待っている。

 王様への報告。北の問題の共有。貴族への説明。ロイドとの連携確認。アレンの報告受け取り。

 やることリストが、頭の中で積み上がっていた。

 ただ、それが今日は、少し、悪くない感じがした。

 やることがある、ということは、関われることがある、ということだ。

 誰かに言われた言葉だった気がした。

 いつ、誰に言われたかは、思い出せなかった。

 でも、今日は少し、その意味がわかった。

 田中は馬を進めた。

 夕日が、街道を橙色に染めていた。

 空が広かった。


次回「第二十四話 王様は、城門の前で待っていた」へつづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ