表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/23

第二十一話 北の話は、想像より大きかった

第二十一話 北の話は、想像より大きかった


前話までのあらすじ

魔王との第一回面会。謁見の間から私室に場所を移し、蒸留酒を飲みながら二時間話した。

停戦条件、食料交易、情報共有ルートの三点について方向性が合意した。

魔王は「イエスマンに囲まれて本音を言える相手がいなかった」と話した。田中の「心の中では議事録を作っていた」という言葉に、魔王が久しぶりに笑った。

シアが田中に「この城を変えてほしい」と頼んだ。田中は受諾した。

メモには「どちらの補佐官か問題、いずれ表面化する。要検討」と書いた。


 翌朝。

 田中はまた夜明け前に目が覚めた。

 昨日と同じだった。

 ただ、今日は少し早く目が覚めた。

 外がまだ暗かった。

 田中は窓を開けた。

 山脈が見えた。

 昨日より近い気がした。

 気のせいではないかもしれない。魔王城は山の麓にある。どの部屋から見ても、山脈は近い。

 ただ、今朝は少し違う見え方がした。

 大きかった。

 山脈が、昨日より大きく見えた。

 気のせいかもしれなかった。

 田中は窓を閉めて、メモアプリを開いた。

 【本日の予定】

 ・午前:魔王との第二回面会(北の話)

 ・午後:城内の追加調査(シアからの依頼分)

 ・注意事項:北の話は、規模が大きい可能性がある。焦らず聞く。

 「焦らず聞く」と書いてから、田中は少し考えた。

 自分に言い聞かせているのかもしれなかった。


 朝食を食べて、シアと合流した。

「昨日はよく眠れたか」

「よく眠れました」

「緊張していないのか、今日も」

「少し」

「毎回少しずつ緊張しているな」

「毎回少しずつ、知らないことに向き合うので」

 シアは少し考えてから言った。

「北の話は、覚悟して聞いた方がいい」

「どういう意味ですか」

「大きい話だ」

「どのくらい大きいですか」

「一国で対処できる規模ではない、という話だ」

 田中は少し止まった。

「一国で対処できない」

「そうだ」

「魔王軍でも、ということですか」

「そうだ」

 田中はメモに書いた。

 ・北の脅威:一国規模では対処不可能。

 書いてから、少し考えた。

 一国で対処できないなら、複数国が必要になる。

 複数国が必要になるなら、この国と魔王軍だけでは足りない。

 やることリストが、また大きくなりそうだった。


 魔王の私室に通された。

 昨日と同じ部屋だった。

 暖炉に火が入っていた。

 魔王はすでに椅子に座っていた。

 テーブルの上に、大きな地図が広げてあった。

 昨日の地図より、範囲が広かった。

 魔王領だけでなく、この国、周辺国、そして北の山脈の向こうまで描かれていた。

「座れ」

「失礼します」

 田中とシアが座った。

 魔王は地図を指で示した。

「ここが魔王領。ここがお前の国。ここが北の山脈だ」

「はい」

「山脈の向こう、ここに何があるかわかるか」

「図書室の記録では、百年前から別の勢力がいるとありました」

「百年前からではない。もっと前からいる」

「もっと前から」

「千年以上前から、あの山脈の向こうには別の世界がある」

 田中はメモを取りながら、聞いた。

「別の世界、というのは」

「この世界とは異なる法則で動いている領域だ。魔法の性質が違う。生き物の種類が違う。時間の流れ方も、少し違う」

「異世界、ということですか」

 魔王が少し目を細めた。

「お前は異世界から来たと言っていたな」

「はい」

「その世界とは違う」

「どう違いますか」

「お前が来た世界は、この世界と同じ時間軸にある。ただ場所が違うだけだ。北の向こうは、時間軸そのものが違う」

「時間軸が違う」

「向こうの時間は、こちらより速く流れる。向こうで百年経つと、こちらでは十年しか経っていない」

 田中はメモを取りながら、少し考えた。

「それが、圧力が周期的に強まる理由ですか」

 魔王は少し驚いた顔をした。

「なぜわかる」

「向こうの時間が速いなら、向こうの勢力は短い周期で世代交代を繰り返す。勢力が拡大する時期と収縮する時期が、こちらより速いサイクルで来る。それが周期的な圧力として現れる」

 魔王はシアを見た。

「シア、この人間は何者だ」

「補佐官です」

「補佐官が、こんな話を即座に理解するのか」

「田中は、そういう人間です」

 魔王は田中に視線を戻した。

「正確だ。向こうの勢力は、約三十年周期で拡張期が来る。今はその拡張期の中にいる」

「三十年周期で、今はその最中ということは」

「あと十年は続く」

「十年」

「そしてこの拡張期は、過去の周期より規模が大きい」

「なぜ規模が大きいのですか」

「向こうが、こちらの世界に本格的に出てくるための『道』を作ろうとしているからだ」

 田中は手を止めた。

「道、というのは」

「山脈に、穴を開けようとしている」

「物理的な穴ですか」

「物理的な穴であり、時間軸の穴でもある。両方の意味でのルートだ。それが開いたら、向こうの勢力がこちらに大規模に流入する」

 部屋が静かになった。

 暖炉の火が揺れた。

 田中はメモを取り続けた。

 シアは黙っていた。

「その道が開く時期は、いつ頃ですか」

「早ければ三年。遅くとも五年」

「三年から五年」

「そうだ」

 田中はメモを見た。

 北の脅威:時間軸の異なる世界からの勢力。三十年周期の拡張期、現在最中。山脈に道を開こうとしている。完成は三〜五年以内。

 書いた内容を見た。

 少し、手が止まった。

 いつもなら、問題を見ると「優先順位をつけて対処する」という思考が自動的に動く。

 今回は、少し、動きが遅かった。

「田中」

 魔王が言った。

「はい」

「どう思う」

 田中は少し考えた。

「……整理が追いつかないです」

 魔王は少し驚いた顔をした。

「お前が、そういうことを言うのか」

「初めて言いました」

「いつもは整理が追いつくのか」

「だいたいは」

「だいたいは、か」

「今回は、規模が違います」

 魔王は少し黙った。

「そうだ。余も、最初に知ったとき、整理が追いつかなかった」

「それはいつですか」

「十五年前だ。父から引き継いだ」

「引き継いだとき、どうしましたか」

「どうもできなかった。ただ、南への侵攻を続けることで、北の圧力から逃げ続けてきた」

「逃げ続ける、というのは」

「南に出口を確保することで、北から押されたときの逃げ場にしようとしていた」

 田中は少し考えた。

「この国への侵攻は、北から逃げるためだったんですか」

「そうだ。この国を制圧できれば、北が崩れたときの退路になる」

「……そうでしたか」

「お前の国から見れば、魔王軍は侵略者だ。それは正しい。ただ、余の側から見れば、生き残るための選択だった」

 田中はしばらく黙った。

 魔王も黙った。

 シアも黙っていた。

 暖炉の火だけが音を立てていた。

「田中、整理できそうか」

 魔王が聞いた。

「少し時間をください」

「どのくらい必要だ」

「……今日の午後、一人で考えさせてもらえますか」

「構わん」

「明日、考えたことを話させてください」

「待つ」

 田中は頭を下げた。

「一つだけ確認させてください」

「なんだ」

「魔王陛下は、北の問題を解決したいと思っていますか。それとも、うまく回避したいと思っていますか」

 魔王はしばらく田中を見た。

「どう違う」

「解決するなら、北の勢力と直接向き合う必要があります。回避するなら、被害を最小化しながら逃げ続ける選択になります。どちらを目指すかで、やることが変わります」

 魔王は長い沈黙の後、言った。

「……できるなら、解決したい」

「わかりました」

「できると思うか」

「まだわかりません。ただ、一人では無理です」

「一人では、というのは」

「魔王軍だけでは、ということです」

「この国と、協力するということか」

「それだけでも、足りないかもしれません」

 魔王は少し目を細めた。

「さらに広い話になるということか」

「なる可能性があります」

「……お前、どこまでやるつもりだ」

 田中は少し考えた。

「やることがある限り、やります」

 魔王はしばらく田中を見た。

 それから、低く言った。

「……頼もしいのか、無謀なのか、判断がつかない」

「私もわかりません」

「正直だな」

「何回目でしょうか」

「数えていない」

「私もです」

 魔王は低く笑った。

 シアも、小さく笑った。

 田中はメモに書き足した。

 ・魔王の意向:解決を望む。回避ではなく。

 ・前提の更新:この問題は、二国間の問題ではない。

 ・やること:午後、一人で考える。


 午後、田中は部屋に一人でいた。

 地図を広げた。

 魔王から借りてきた、範囲の広い地図だ。

 北の山脈。魔王領。この国。周辺国。

 田中はしばらく地図を見た。

 問題の規模を、改めて考えた。

 三〜五年以内に、山脈に道が開く。

 道が開けば、時間軸の異なる世界から勢力が流入する。

 魔王軍だけでは対処できない。

 この国とあわせても、足りないかもしれない。

 では、何が必要か。

 田中はメモアプリを開いた。

 【北の問題・整理】

 ・脅威の内容:時間軸の異なる世界からの大規模流入。山脈の「道」が開くことで実現。

 ・タイムライン:三〜五年以内。

 ・現在の対処:魔王軍が南に退路を確保しようとしていた。→この国との停戦交渉はその文脈。

 ・必要なこと:道を塞ぐか、開いた後に対処するか。

 ・道を塞ぐには:北の勢力と直接交渉するか、物理的・魔法的に封鎖するか。

 ・対処する戦力:魔王軍+この国+?

 ・?の部分:周辺国の協力が必要になる可能性がある。

 田中は書いた内容を見た。

 周辺国。

 この国と魔王軍が停戦しているというだけでも、周辺国は動揺するだろう。

 そこにさらに「北の脅威に対抗するために協力してほしい」と言えば、どうなるか。

 各国の思惑が交錯する。

 利害が対立する。

 誰も動きたがらない。

 田中は少し考えた。

 誰も動きたがらない状況で、人を動かすには。

 情報を整理して、数字で示して、それぞれの事情に合わせた話し方をする。

 やることは同じだ。

 規模が違うだけで。

 田中はメモに書き足した。

 ・方針:まずこの国と魔王軍の停戦を完成させる。その上で、北の問題を共有する。周辺国への働きかけは、その後。

 ・優先順位:焦らない。一つずつ。

 ・懸念:時間が三〜五年しかない。一つずつやっている余裕があるかどうか。

 最後の懸念を見て、田中はため息をついた。

 窓の外に、山脈が見えた。

 大きかった。

 あの向こうに、道が開こうとしている。

 田中は窓から目を離して、メモに最後の一行を書いた。

 ・所感:規模は大きい。ただ、やることは変わらない。情報を整理して、人を動かす。それだけだ。

 それだけだ、と書いてから、田中は少し笑った。

 自分で書いて、少し可笑しかった。

 それだけ、と言えるかどうかは、やってみないとわからない。

 ただ、そう書いておかないと、動き出せない気がした。

 田中はメモを閉じた。

 明日、魔王に話す内容を、頭の中で整理し始めた。


次回「第二十二話 整理できたことと、できなかったこと」へつづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ