第十八話 魔王城は、想像より事務的だった
第十八話 魔王城は、想像より事務的だった
前話までのあらすじ
出発から半日、田中は街道沿いの小さな集落の宿に泊まった。
宿の老人はシアの顔なじみで、「力が全ての場所」という魔王城の内情を教えてくれた。シアは城内では少数派で、話し合いで物事を進めようとするタイプだという。
翌朝、国境の石柱を越えた。
メモには「国境通過:午前。特に問題なし」と一行だけ書いた。
北の空に、魔王城の輪郭が見えてきた。
魔王城が近づくにつれて、道が整備されてきた。
土を固めただけだった街道が、石畳になった。
両側の木が、規則正しく植えられていた。
人が手を入れている道だった。
田中は馬を進めながら、周囲を観察した。
街道沿いに、小屋がいくつかあった。
兵士が立っていた。
黒い鎧を着た兵士が、三十メートルおきくらいに配置されている。
田中が近づくと、兵士たちが視線を向けた。
手は剣に置かれていたが、止められなかった。
シアから話が通っているらしかった。
田中はメモに書いた。
・警備:街道沿いに一定間隔で配置。統制は取れている。ただし表情が疲れている兵士が多い。
・道の状態:石畳、整備されている。維持コストがかかっている。
魔王城が、全体像を見せ始めた。
大きかった。
田中が今まで見た建物の中で、一番大きかった。
王様の城の三倍はある。
黒い石で作られていて、塔がいくつもそびえている。
堀があって、跳ね橋があって、城門がある。
絵に描いたような魔王城だった。
田中は馬を止めて、全体を眺めた。
それから、メモに書いた。
・魔王城:想像通りの外観。黒い石造り、複数の塔、堀あり。規模は王様の城の三倍程度。
・所感:でかい。維持費が相当かかりそう。
城門の前でシアが待っていた。
黒いマントを着て、腕を組んで立っていた。
田中が馬を降りると、シアは近づいてきた。
「来てくれた」
「お招きありがとうございます」
「怪我はないか」
「ないです。道中、問題はありませんでした」
「宿はどうだった」
「良かったです。老人にいろいろ教えていただきました」
シアは少し表情を変えた。
「……何を話した」
「魔王城のことを少し。あとシアさんの人柄を少し」
「人柄」
「話し合いで物事を進めようとする人だと聞きました」
シアはしばらく田中を見た。
「あの老人は、余計なことを話す」
「参考になりました」
「参考に」
「はい。どういう環境の中で仕事をされているか、少しわかりました」
シアは何か言おうとして、止めた。
それから、城門の方に歩き始めた。
「入ってくれ。案内する」
「よろしくお願いします」
城門をくぐると、中庭があった。
広い中庭に、兵士たちが訓練をしていた。
剣の稽古をしているグループ、魔法の練習をしているグループ、体力訓練をしているグループ。
規模は大きかった。
ただ、田中は歩きながら、少し気になることがあった。
「シアさん」
「なんだ」
「訓練しているグループが、バラバラに動いていますね」
「そうだが」
「統一した指揮系統がないんですか」
シアは少し歩調を緩めた。
「……よく気づいた」
「各グループに指揮官がいて、それぞれ独自に動いているように見えます」
「その通りだ」
「連携の訓練はしていないんですか」
「している部隊もある。していない部隊の方が多い」
「なぜですか」
シアは少し黙った。
「派閥があるからだ。幹部ごとに部隊を抱えていて、他の幹部の部隊と合同訓練をしたがらない」
「なるほど」
田中はメモに書いた。
・軍の構造:幹部ごとに独立した部隊。横の連携が薄い。派閥問題あり。
廊下に入った。
石造りの、長い廊下だった。
壁に松明が並んでいて、薄暗かった。
廊下を歩きながら、田中は壁を見た。
剥がれかけた石がある。
松明の燃え方が均一でない部分がある。
床の石畳に、ひびが入っているところがある。
「メンテナンスが追いついていないですね」
「維持費が足りていない」
「年間の維持費はどのくらいですか」
シアが振り返った。
「……いきなり予算の話をするのか」
「外観を見た段階で、維持コストが相当かかりそうだと思いました。実際に足りていないなら、規模の問題か収入の問題か、どちらかですね」
「両方だ」
「なるほど」
田中はメモに書き続けた。
シアが言った。
「田中、一つ言っていいか」
「どうぞ」
「お前は城に入って五分で、もう問題点を探している」
「観察しているだけです」
「観察が早すぎる」
「情報収集は早い方がいいので」
シアはため息をついた。
「……まあいい。この城の問題点は、案内しながら話す。お前が見たいものがあれば言ってくれ」
「ありがとうございます。一つお願いがあります」
「なんだ」
「城の組織図を見せてもらえますか」
「組織図」
「誰が何を担当しているか、誰が誰に報告しているか、の図です」
「……そういうものは、ない」
「ないんですか」
「あったことがない」
田中はメモに書いた。
・組織図:存在しない。
それを見て、少し考えた。
「全体を把握している人間はいますか」
「いない。魔王が全部把握しているはずだが、実際には把握できていないと思う」
「なるほど」
「なぜそれを聞く」
「組織図がなければ、誰が何をしているかわからない。誰が何をしているかわからなければ、問題がどこにあるかもわからない。まず全体像を作る必要があります」
シアは立ち止まった。
田中を見た。
「……お前、もしかして、この城を整理しようとしているのか」
「情報収集の段階です」
「情報収集の先に、整理があるだろう」
「必要があれば」
シアはしばらく田中を見た。
「頼んでいないぞ」
「はい」
「ただ、見てしまったら、気になるだろう」
「……まあ、そうですね」
シアはため息をついた。
「正直な人間だ」
「四回目……いや、初めてシアさんに言われましたね」
「何が四回目だ」
「別の話です」
シアは少し首を傾げてから、歩き始めた。
「案内を続ける。ついてきてくれ」
案内は一時間かかった。
城内を歩きながら、田中はメモを取り続けた。
食料の備蓄庫:想定より在庫が少ない。管理が不十分で、腐らせている食料がある。
武器庫:数は多いが、整理されていない。どこに何があるか把握している人間がいない。
兵舎:定員より少ない人数しかいない。欠員の理由が不明。
厨房:食材の使い方が非効率。献立の計画がない。
会議室:複数あるが、どの部屋をいつ誰が使っているか管理されていない。
書類室:書類が山積みになっていて、整理されていない。
歩くたびに、メモが増えた。
シアは田中が次々とメモを取るのを見て、最初は驚いていたが、途中から諦めたような顔になった。
「タナカ、まだメモを取るのか」
「取れるだけ取ります」
「どこに問題があるかは、大体わかったか」
「大体ではなく、全体的に問題があります」
「全体的に」
「はい。個別の問題というより、情報が共有されていない、記録が残っていない、誰が何に責任を持っているかが不明確、という構造的な問題が根本にあります」
シアは静かに言った。
「……わかっていた」
「わかっていたんですね」
「わかっていても、どうすればいいかわからなかった」
「なるほど」
「解決できると思うか」
田中は少し考えた。
「全部は無理です。ただ、優先順位をつければ、動かせる部分はあります」
「優先順位」
「まず食料。次に組織図の作成。それから記録の仕組みを作る。この順番で手をつければ、三ヶ月で変わり始めると思います」
「三ヶ月」
「もっとかかるかもしれません。ただ、方向は出せます」
シアはしばらく黙った。
「……田中、お前はなぜそんなに落ち着いているんだ」
「落ち着いているというより、見えたことを整理しているだけです」
「見える前から落ち着いていた」
「慣れているので」
「こういう状況に?」
「似たような状況に」
「元の世界で?」
「はい」
シアは少し間を置いた。
「元の世界でも、こういう仕事をしていたのか」
「似たようなことを、十五年」
「十五年」
「はい」
「報われたか」
田中は少し止まった。
この質問は、レオンにも聞かれた。
「報われる、というのが何を指すかによりますが」
「評価とか、感謝とか」
「評価は普通でした。感謝は、されることもありました」
「それだけで十五年続けたのか」
「やることがあったので」
シアはしばらく田中を見た。
それから、静かに言った。
「……私も、同じかもしれない」
「そうですか」
「やることがあるから、続けている。それだけかもしれない」
「それで十分だと思います」
「十分か」
「続けられているなら」
シアは少し黙った。
廊下の松明が、ゆらりと揺れた。
「魔王との面会は、明日に設定してある」
「わかりました」
「今日は休んでくれ。部屋を用意してある」
「ありがとうございます。一点だけ確認させてください」
「なんだ」
「明日の面会、議事録を取っていいですか」
シアは少し目を細めた。
「魔王の前で、メモを取るのか」
「合意した内容を記録しておかないと、後で齟齬が出ます」
「……魔王がなんと言うかわからないが」
「事前に了解を取っておいた方がいいですか」
「取っておいた方がいいと思う」
「では、お願いできますか」
「……わかった。話しておく」
「ありがとうございます」
田中は頭を下げた。
シアはため息をついた。
「田中」
「はい」
「お前と話していると、疲れる」
「すみません」
「悪い意味ではない」
「どういう意味ですか」
「考えることが多くなる」
田中は少し考えた。
「それは、いいことだと思います」
「そうかもしれない」
シアは歩き始めた。
田中はその後を追いながら、メモアプリに最後の一行を書いた。
・所感:シアは話が通じる。この城では、たぶん一番。
次回「第十九話」 魔王の前でも、まずは確認事項から」へつづく




