表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/23

第十八話 魔王城は、想像より事務的だった

第十八話 魔王城は、想像より事務的だった


前話までのあらすじ

出発から半日、田中は街道沿いの小さな集落の宿に泊まった。

宿の老人はシアの顔なじみで、「力が全ての場所」という魔王城の内情を教えてくれた。シアは城内では少数派で、話し合いで物事を進めようとするタイプだという。

翌朝、国境の石柱を越えた。

メモには「国境通過:午前。特に問題なし」と一行だけ書いた。

北の空に、魔王城の輪郭が見えてきた。


 魔王城が近づくにつれて、道が整備されてきた。

 土を固めただけだった街道が、石畳になった。

 両側の木が、規則正しく植えられていた。

 人が手を入れている道だった。

 田中は馬を進めながら、周囲を観察した。

 街道沿いに、小屋がいくつかあった。

 兵士が立っていた。

 黒い鎧を着た兵士が、三十メートルおきくらいに配置されている。

 田中が近づくと、兵士たちが視線を向けた。

 手は剣に置かれていたが、止められなかった。

 シアから話が通っているらしかった。

 田中はメモに書いた。

 ・警備:街道沿いに一定間隔で配置。統制は取れている。ただし表情が疲れている兵士が多い。

 ・道の状態:石畳、整備されている。維持コストがかかっている。

 魔王城が、全体像を見せ始めた。

 大きかった。

 田中が今まで見た建物の中で、一番大きかった。

 王様の城の三倍はある。

 黒い石で作られていて、塔がいくつもそびえている。

 堀があって、跳ね橋があって、城門がある。

 絵に描いたような魔王城だった。

 田中は馬を止めて、全体を眺めた。

 それから、メモに書いた。

 ・魔王城:想像通りの外観。黒い石造り、複数の塔、堀あり。規模は王様の城の三倍程度。

 ・所感:でかい。維持費が相当かかりそう。


 城門の前でシアが待っていた。

 黒いマントを着て、腕を組んで立っていた。

 田中が馬を降りると、シアは近づいてきた。

「来てくれた」

「お招きありがとうございます」

「怪我はないか」

「ないです。道中、問題はありませんでした」

「宿はどうだった」

「良かったです。老人にいろいろ教えていただきました」

 シアは少し表情を変えた。

「……何を話した」

「魔王城のことを少し。あとシアさんの人柄を少し」

「人柄」

「話し合いで物事を進めようとする人だと聞きました」

 シアはしばらく田中を見た。

「あの老人は、余計なことを話す」

「参考になりました」

「参考に」

「はい。どういう環境の中で仕事をされているか、少しわかりました」

 シアは何か言おうとして、止めた。

 それから、城門の方に歩き始めた。

「入ってくれ。案内する」

「よろしくお願いします」


 城門をくぐると、中庭があった。

 広い中庭に、兵士たちが訓練をしていた。

 剣の稽古をしているグループ、魔法の練習をしているグループ、体力訓練をしているグループ。

 規模は大きかった。

 ただ、田中は歩きながら、少し気になることがあった。

「シアさん」

「なんだ」

「訓練しているグループが、バラバラに動いていますね」

「そうだが」

「統一した指揮系統がないんですか」

 シアは少し歩調を緩めた。

「……よく気づいた」

「各グループに指揮官がいて、それぞれ独自に動いているように見えます」

「その通りだ」

「連携の訓練はしていないんですか」

「している部隊もある。していない部隊の方が多い」

「なぜですか」

 シアは少し黙った。

「派閥があるからだ。幹部ごとに部隊を抱えていて、他の幹部の部隊と合同訓練をしたがらない」

「なるほど」

 田中はメモに書いた。

 ・軍の構造:幹部ごとに独立した部隊。横の連携が薄い。派閥問題あり。

 廊下に入った。

 石造りの、長い廊下だった。

 壁に松明が並んでいて、薄暗かった。

 廊下を歩きながら、田中は壁を見た。

 剥がれかけた石がある。

 松明の燃え方が均一でない部分がある。

 床の石畳に、ひびが入っているところがある。

「メンテナンスが追いついていないですね」

「維持費が足りていない」

「年間の維持費はどのくらいですか」

 シアが振り返った。

「……いきなり予算の話をするのか」

「外観を見た段階で、維持コストが相当かかりそうだと思いました。実際に足りていないなら、規模の問題か収入の問題か、どちらかですね」

「両方だ」

「なるほど」

 田中はメモに書き続けた。

 シアが言った。

「田中、一つ言っていいか」

「どうぞ」

「お前は城に入って五分で、もう問題点を探している」

「観察しているだけです」

「観察が早すぎる」

「情報収集は早い方がいいので」

 シアはため息をついた。

「……まあいい。この城の問題点は、案内しながら話す。お前が見たいものがあれば言ってくれ」

「ありがとうございます。一つお願いがあります」

「なんだ」

「城の組織図を見せてもらえますか」

「組織図」

「誰が何を担当しているか、誰が誰に報告しているか、の図です」

「……そういうものは、ない」

「ないんですか」

「あったことがない」

 田中はメモに書いた。

 ・組織図:存在しない。

 それを見て、少し考えた。

「全体を把握している人間はいますか」

「いない。魔王が全部把握しているはずだが、実際には把握できていないと思う」

「なるほど」

「なぜそれを聞く」

「組織図がなければ、誰が何をしているかわからない。誰が何をしているかわからなければ、問題がどこにあるかもわからない。まず全体像を作る必要があります」

 シアは立ち止まった。

 田中を見た。

「……お前、もしかして、この城を整理しようとしているのか」

「情報収集の段階です」

「情報収集の先に、整理があるだろう」

「必要があれば」

 シアはしばらく田中を見た。

「頼んでいないぞ」

「はい」

「ただ、見てしまったら、気になるだろう」

「……まあ、そうですね」

 シアはため息をついた。

「正直な人間だ」

「四回目……いや、初めてシアさんに言われましたね」

「何が四回目だ」

「別の話です」

 シアは少し首を傾げてから、歩き始めた。

「案内を続ける。ついてきてくれ」


 案内は一時間かかった。

 城内を歩きながら、田中はメモを取り続けた。

 食料の備蓄庫:想定より在庫が少ない。管理が不十分で、腐らせている食料がある。

 武器庫:数は多いが、整理されていない。どこに何があるか把握している人間がいない。

 兵舎:定員より少ない人数しかいない。欠員の理由が不明。

 厨房:食材の使い方が非効率。献立の計画がない。

 会議室:複数あるが、どの部屋をいつ誰が使っているか管理されていない。

 書類室:書類が山積みになっていて、整理されていない。

 歩くたびに、メモが増えた。

 シアは田中が次々とメモを取るのを見て、最初は驚いていたが、途中から諦めたような顔になった。

「タナカ、まだメモを取るのか」

「取れるだけ取ります」

「どこに問題があるかは、大体わかったか」

「大体ではなく、全体的に問題があります」

「全体的に」

「はい。個別の問題というより、情報が共有されていない、記録が残っていない、誰が何に責任を持っているかが不明確、という構造的な問題が根本にあります」

 シアは静かに言った。

「……わかっていた」

「わかっていたんですね」

「わかっていても、どうすればいいかわからなかった」

「なるほど」

「解決できると思うか」

 田中は少し考えた。

「全部は無理です。ただ、優先順位をつければ、動かせる部分はあります」

「優先順位」

「まず食料。次に組織図の作成。それから記録の仕組みを作る。この順番で手をつければ、三ヶ月で変わり始めると思います」

「三ヶ月」

「もっとかかるかもしれません。ただ、方向は出せます」

 シアはしばらく黙った。

「……田中、お前はなぜそんなに落ち着いているんだ」

「落ち着いているというより、見えたことを整理しているだけです」

「見える前から落ち着いていた」

「慣れているので」

「こういう状況に?」

「似たような状況に」

「元の世界で?」

「はい」

 シアは少し間を置いた。

「元の世界でも、こういう仕事をしていたのか」

「似たようなことを、十五年」

「十五年」

「はい」

「報われたか」

 田中は少し止まった。

 この質問は、レオンにも聞かれた。

「報われる、というのが何を指すかによりますが」

「評価とか、感謝とか」

「評価は普通でした。感謝は、されることもありました」

「それだけで十五年続けたのか」

「やることがあったので」

 シアはしばらく田中を見た。

 それから、静かに言った。

「……私も、同じかもしれない」

「そうですか」

「やることがあるから、続けている。それだけかもしれない」

「それで十分だと思います」

「十分か」

「続けられているなら」

 シアは少し黙った。

 廊下の松明が、ゆらりと揺れた。

「魔王との面会は、明日に設定してある」

「わかりました」

「今日は休んでくれ。部屋を用意してある」

「ありがとうございます。一点だけ確認させてください」

「なんだ」

「明日の面会、議事録を取っていいですか」

 シアは少し目を細めた。

「魔王の前で、メモを取るのか」

「合意した内容を記録しておかないと、後で齟齬が出ます」

「……魔王がなんと言うかわからないが」

「事前に了解を取っておいた方がいいですか」

「取っておいた方がいいと思う」

「では、お願いできますか」

「……わかった。話しておく」

「ありがとうございます」

 田中は頭を下げた。

 シアはため息をついた。

「田中」

「はい」

「お前と話していると、疲れる」

「すみません」

「悪い意味ではない」

「どういう意味ですか」

「考えることが多くなる」

 田中は少し考えた。

「それは、いいことだと思います」

「そうかもしれない」

 シアは歩き始めた。

 田中はその後を追いながら、メモアプリに最後の一行を書いた。

 ・所感:シアは話が通じる。この城では、たぶん一番。


次回「第十九話」 魔王の前でも、まずは確認事項から」へつづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ